第3話 ズレた現実
違和感は、消えなかった。
むしろ、はっきりしてきていた。
ユウは、教室の窓際に立っていた。
昼休み。
いつもの騒がしさ。
だが、その中で。
何かが、噛み合っていない。
音と動きが、微妙にズレている。
誰かが椅子を引く音が、少し遅れて聞こえる。
笑い声が、重なって響く。
一つのはずの音が、二つある。
「……気づいてるか」
ユウは、小さく言った。
隣に立つリクが、顔をしかめる。
「何が」
「音」
一拍。
「ズレてる」
リクは耳を澄ます。
しばらくして、眉をひそめた。
「……ああ」
「なんか、二重に聞こえるな」
ユウは頷く。
これまでは、違和感だった。
だが、今は違う。
はっきりと、認識できる。
「……昨日よりひどい」
そう呟いたとき。
ガタン、と椅子が倒れた。
教室の中央。
誰かが立ち上がった拍子に、ぶつけたらしい。
だが。
音が、二回した。
同じ音が、少しだけ遅れて。
クラスの何人かが、顔を上げる。
だが。
すぐに、元の会話に戻る。
気づいていない。
いや。
気づいても、違和感として処理されていない。
「……なんで誰も反応しないんだよ」
リクが言う。
「普通、気づくだろ」
ユウは答えない。
窓の外を見る。
校庭。
走っている生徒。
その影が。
ほんの一瞬だけ、遅れた。
「……見たか」
「何が」
「影」
リクも窓の外を見る。
しばらくして。
「……今、遅れたな」
ユウは、ゆっくりと頷いた。
確信に変わる。
これは偶然ではない。
現象だ。
そして。
進行している。
そのとき。
ミナが、静かに近づいてきた。
手にはノート。
何かを書き込んでいる。
「……記録してるのか」
ユウが聞く。
ミナは頷く。
「時間と現象」
一拍。
「パターンを探す」
ノートを覗く。
時刻。
場所。
現象の種類。
細かく書き込まれている。
「……どうだ」
「共通点がある」
一拍。
「全部、“一致してない”」
ユウは眉をひそめる。
「何が」
「現実と」
短い言葉。
だが、意味は重い。
「……現実と一致してないって」
リクが言う。
「それ、どういうことだよ」
ミナは少し考えた。
言葉を選ぶように。
「……複数ある」
一拍。
「同時に」
ユウは、その言葉を反芻する。
複数。
同時に。
それが、今の状態。
「……じゃあ」
一歩、前に出る。
「音が二重なのも」
「影が遅れるのも」
一拍。
「別の“現実”が重なってるってことか」
ミナは、わずかに頷いた。
「……近い」
リクが頭を掻く。
「意味分かんねえけど」
「でも、なんか納得できるな」
ユウは窓から目を離した。
教室を見渡す。
誰も、気づいていない。
普通に話し、笑い、動いている。
だが。
そのすべてが、ほんの少しだけズレている。
「……重なってる」
ユウは呟く。
「別の状態が」
一つの世界ではない。
複数の可能性。
それが。
同時に存在している。
そして。
完全には重なりきらない。
だから、ズレる。
そのとき。
突然、静寂が訪れた。
音が止まる。
会話が止まる。
動きが止まる。
時間が、止まったように。
「……またか」
リクが言う。
だが、ユウは違和感を覚えた。
これは、今までと違う。
“ズレていない”。
完全に、一つになっている。
音も。
影も。
すべてが一致している。
「……なんだ、これ」
ユウは呟く。
その瞬間。
ズレが戻った。
音が二重になる。
影が遅れる。
世界が、再び揺れる。
「……今の」
リクが言う。
「一瞬だけ、普通だったな」
ユウは、ゆっくりと頷いた。
「……ああ」
一拍。
「全部、揃ってた」
ミナが、静かに言う。
「……一致状態」
「は?」
「一つに決まってる状態」
ユウは、その言葉を飲み込む。
一つに決まる。
それが、さっきの状態。
完全な一致。
ズレのない世界。
だが。
すぐに崩れた。
「……維持できないのか」
ユウは呟く。
ミナは首を振る。
「違う」
一拍。
「維持されてない」
ユウは、息を止めた。
維持されていない。
つまり。
誰かが。
何かが。
この世界を。
“決めきれていない”。
「……だからズレるのか」
小さく呟く。
ミナが頷く。
「……そう」
一拍。
「選ばれてない状態」
ユウは、ゆっくりと息を吐いた。
世界は一つではない。
そして。
一つに決まっていない。
だから。
ズレる。
揺れる。
重なる。
「……じゃあ」
リクが言う。
「さっき消えたやつも」
一拍。
「選ばれなかったってことか」
ユウは、答えなかった。
だが。
その可能性を、否定できなかった。
窓の外を見る。
校庭の影が、また遅れる。
音が、重なる。
世界が、揺れている。
ユウは、小さく呟いた。
「……これが現実か」
確定していない。
決まっていない。
揺れ続けている。
それが。
今、自分たちがいる世界。




