第2話 記憶の欠落
翌日。
同じ時間。
同じ場所。
ユウたちは、再び交差点に立っていた。
信号は赤。
人の流れが止まり、車の列が続いている。
昨日と、ほとんど同じ光景。
違うのは一つだけだ。
全員が、意識している。
“あの現象”を。
「……来ると思うか?」
リクが小さく聞く。
「分からない」
ユウは視線を前に向けたまま答える。
「でも、何もなかったとは思えない」
ミナは、少し離れた位置に立っていた。
周囲の人間を、観察するように見ている。
昨日と同じ構図。
違うのは、緊張だけだ。
信号が変わるのを待つ時間が、やけに長く感じる。
誰も、余計なことを言わない。
言葉にした瞬間に、何かが壊れるような気がしていた。
そのとき。
信号が、青に変わった。
人の流れが、動き出す。
ユウも、一歩踏み出す。
横断歩道。
白線。
昨日と同じ場所。
同じ流れの中へ入る。
視線を前に固定する。
昨日、消えた場所。
そこを、通過する。
何も起きない。
一歩。
さらに一歩。
何も、起きない。
ユウは、ほんの少しだけ息を緩めた。
その瞬間。
違和感が走った。
視界の端。
誰かがいたはずの場所に。
“空白”がある。
不自然な、間。
人の流れが、そこだけ微妙に歪んでいる。
ぶつからない。
だが、避けている。
無意識に。
何もないはずの空間を。
「……止まれ」
ユウは低く言った。
リクが反応する。
「どうした」
「今」
一拍。
「いた」
振り返る。
そこには、誰もいない。
ただ、流れていく人々だけ。
ミナが近づいてくる。
「……減ってる」
短く言う。
「何人だ」
リクが聞く。
「分からない」
一拍。
「でも、減ってる」
ユウは、その場に立ち尽くした。
さっき、誰かがいた。
確かにいた。
だが。
顔が思い出せない。
服装も。
背丈も。
何も。
「……またかよ」
リクが言う。
「さっき、見たよな」
「ああ」
ユウは頷く。
「でも……」
言葉が詰まる。
説明ができない。
認識が、追いつかない。
ミナが静かに言う。
「記録が残らない」
「またそれかよ」
リクが苛立つ。
「じゃあどうすんだよ」
ミナは答えない。
ただ、周囲を見ている。
人の流れ。
表情。
動き。
何かを確かめるように。
ユウは、ゆっくりと息を吐いた。
「……確認する」
「何を」
リクが聞く。
ユウは、自分のスマートフォンを取り出した。
「記録」
画面を開く。
昨日の写真。
交差点の風景を、何気なく撮っていたもの。
スクロールする。
拡大する。
人の顔を、一人ずつ確認する。
「……四人いる」
ユウは呟く。
「このグループ」
画面の中。
四人の男女が写っている。
昨日、ミナが言っていたグループ。
四人。
間違いない。
「……で?」
リクが聞く。
「今は」
一拍。
「三人」
ユウは顔を上げた。
同じ場所を見る。
同じグループ。
歩いている。
三人で。
自然に。
何の違和感もなく。
「……おかしいだろ」
リクが言う。
「一人いねえじゃん」
だが。
その“いないはずの一人”が。
誰なのか分からない。
写真には写っている。
だが。
現実にはいない。
そして。
記憶にも残らない。
「……これ」
ユウは呟く。
「消えてるんじゃない」
一拍。
「最初からいなかったことにされてる」
リクが黙る。
ミナが、わずかに頷いた。
「……整合性」
「は?」
「現実が、合うように変わってる」
一拍。
「消えたんじゃない」
「書き換わってる」
その言葉で。
すべてが繋がる。
記憶が曖昧になる理由。
思い出せない理由。
違和感だけが残る理由。
それは。
“元の状態が存在しない”からだ。
ユウは、画面を見つめた。
写真の中の四人。
現実の三人。
どちらが正しいのか。
分からない。
いや。
どちらも正しいのかもしれない。
あるいは。
どちらも違うのかもしれない。
「……なあ」
リクが言う。
「これ、どこまで起きてるんだ」
ユウは答えない。
ただ、周囲を見る。
人の流れ。
何も変わらないように見える。
だが。
どこかが、欠けている。
それが分かる。
数ではない。
感覚として。
世界が、少しだけ軽くなっている。
「……増えてる」
ミナが言った。
「何が」
「消える頻度」
一拍。
「昨日より多い」
ユウは、ゆっくりと息を吐いた。
再現ではない。
進行している。
この現象は、広がっている。
「……止めないとまずいな」
リクが言う。
「でも、どうやって」
ユウは空を見上げた。
何もない。
ただの青空。
だが。
そこに、何かがある気がする。
見えない何かが。
この現象を起こしている。
そんな気がしていた。
「……原因を探す」
ユウは言う。
一拍。
「何が起きてるのか」
「誰がやってるのか」
「どうやって消してるのか」
リクが頷く。
「それしかねえな」
ミナも、小さく言う。
「……観る」
その言葉に、ユウは反応した。
「観る?」
「ただ見るんじゃない」
一拍。
「記録する」
ユウは、少しだけ考えた。
そして、頷いた。
「……分かった」
この世界は、何かおかしい。
それは間違いない。
だが。
まだ、ルールが分からない。
だから。
観る。
残す。
消えない形で。
その先に。
何があるのか。
確かめるために。
ユウは、もう一度だけスマートフォンの画面を見た。
そこには、四人の姿が残っている。
消えたはずの一人も。
確かに、そこにいる。
ユウは、小さく呟いた。
「……まだ、残ってる」
その言葉が。
これから始まるすべての、最初の抵抗だった。




