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不完全な世界の残し方 ―選ばれなかった現実たちへ―  作者: stracchino


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第1話 目の前で人が消えた

『余白』を読んでくださった皆様、ありがとうございました。

今回は雰囲気が大きく変わり、SF作品になります。

ただ、テーマとしては前作と同じく「揺れ」を扱っています。


この作品は、

「選ばれなかったものは、本当に消えてしまうのだろうか」

という疑問から始まりました。

毎日22時更新予定です。


よろしくお願いいたします。


 その違和感は、最初からあったのかもしれない。


 ただ、それに気づかなかっただけで。


 あるいは、気づかないようにできていたのかもしれない。


 ユウは、交差点の手前で立ち止まった。


 信号は赤。

 人の流れが止まり、車の列が静かに続いている。


 いつも通りの朝だった。


 少なくとも、そう見えていた。


「……なんか、変じゃねえ?」


 隣でリクが言った。


 ユウは視線を前に向けたまま答える。


「何が」


「いや……」


 リクは言葉を探すように、少しだけ間を置いた。


「うまく言えないけどさ」


「なんか、ズレてる感じ」


 ユウは小さく息を吐く。


「お前、いつもそれ言ってるだろ」


「そうか?」


「そうだよ」


 軽い会話。

 いつも通りのやり取り。


 だが。


 ユウ自身も、感じていた。


 説明できない違和感。


 風景が、ほんの少しだけ噛み合っていない。


 音と動きが、微妙に一致していない。


 言葉にするほどではない。


 だが、無視しきれない。


 そんな感覚。


 そのとき。


 信号が、青に変わった。


 人の流れが、一斉に動き出す。


 ユウも、一歩踏み出した。


 横断歩道を渡る。


 白線の上を、一定のリズムで歩く。


 何もおかしくない。


 そう思った瞬間だった。


 前を歩いていた男が。


 消えた。


 音もなく。


 何の前触れもなく。


 ただ、そこからいなくなった。




「……は?」


 ユウは足を止めた。


 視線の先には、何もない。


 さっきまで確かにいたはずの場所に。


 人がいた痕跡すら、残っていない。


「……今の」


 リクも立ち止まる。


「見たか?」


「……ああ」


 短く答える。


 周囲を見る。


 誰も気づいていない。


 人の流れは、そのまま続いている。


 ぶつかることもなく。

 避けることもなく。


 まるで。


 最初から、そこに誰もいなかったかのように。


「……おかしいだろ」

 リクが言う。


「完全に消えただろ、今」


 ユウは答えない。


 ただ、さっきの場所を見続ける。


 頭の中で、映像を再生する。


 確かに、いた。


 男が、前を歩いていた。


 その背中を、見ていた。


 間違いない。


 だが。


 次の瞬間には、いなかった。


 消えた。


 説明がつかない。


 考えようとすると、思考が滑る。


 理解が、追いつかない。



「……なあ」

 リクが言う。


「今の、なんだったんだ」


 ユウは、ゆっくりと息を吐いた。


「……分からない」


 それが正直な答えだった。


 だが。


 分からないままにしていい種類の出来事ではない。


 そう、直感していた。


 横断歩道を渡り切る。


 信号が、再び赤に変わる。


 人の流れが途切れる。


 日常が戻る。


 何もなかったかのように。


「……気のせい、じゃねえよな」

 リクが言う。


「……ああ」


 ユウは頷く。


 気のせいではない。


 見間違いでもない。


 あれは、確かに起きた。


 現実として。




 そのとき。


「……一人、少なくない?」


 小さな声がした。


 振り返る。


 ミナが、少し離れた場所に立っていた。


 いつものように、無表情に近い顔で。


 だが、視線は鋭い。


「……何が」

 リクが聞く。


「さっきのグループ」


 ミナは、通り過ぎていく人たちを見ながら言った。


「四人だった」


 一拍。


「今、三人」


 ユウは、息を止めた。


 その言葉が、何よりも現実だった。


 誰かが消えた。


 だが。


 その“誰か”が、思い出せない。


「……誰だよ」

 リクが言う。


「誰が消えたんだ」


 答えは出ない。


 思い出そうとするほど、輪郭がぼやける。


 顔が思い出せない。

 声が思い出せない。


 名前すら、出てこない。


 最初から、いなかったかのように。


「……おかしいだろ」


 リクの声が、少しだけ強くなる。


「消えたのに、思い出せないって」


 ユウは、何も言えなかった。


 これは、単なる消失ではない。


 “存在そのもの”が、削られている。


 そうとしか思えなかった。


 ミナが、小さく呟く。


「……記録が残ってない」


「は?」

 リクが聞き返す。


「最初から、いなかった扱い」


 一拍。


「だから、思い出せない」


 ユウは、目を閉じた。


 さっきの光景。


 男が、歩いていた。


 その背中。


 確かに、見ていた。


 だが。


 それ以上が、出てこない。


 情報が、ない。


 まるで、途中から削除されたように。


「……何なんだよ、これ」


 リクの声が、わずかに震える。


 ユウは、目を開けた。


 そして。


 ゆっくりと、空を見上げた。


 何もない。


 ただの青空。


 だが。


 そこに、何かがあるような気がした。


 理由はない。


 ただ。


 見られているような。


 そんな感覚。


 ユウは、小さく息を吐いた。


「……とりあえず」


 一拍。


「もう一回、確認する」


 リクが頷く。


「どうやって」


「同じ場所で、同じ時間」


 一拍。


「もう一回起きるか見る」


 ミナが、静かに言う。


「……再現」


「そうだ」


 ユウは頷く。


 これは偶然ではない。


 そうであってほしくない。


 だから、確かめる。


 何が起きているのか。


 この世界で。


 何が消えているのか。


 そして。


 なぜ、思い出せないのか。


 信号が、再び青に変わる。


 人が、動き出す。


 ユウも歩き出す。


 何も変わらない日常の中へ。


 ただ一つだけ。


 確かな違和感を残したまま。


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