第二章【四】魔王サイラスと執事ユン
ノアは指輪の入った袋を、ぎゅっと握りしめる。
これを隠して、それからジョーンズを助けにいこう。
(って言っても、私一人で何ができるっていうのよ)
使える魔術もほとんどない。
いや、知識としては頭のなかにあるので、やってみたら出来るかも知れないけれど、レイブランドから魔術を行うときは許可を得なければならないことになっていた。
理由としては、魔力の使いすぎによる枯渇状態になりかねないからだという。
(でも、そんなこと言ってられないし。……待って、召喚ならどう?)
バッと自分の両手を見る。
ノアの体内にあるという、魂。
イーリスを召喚しよう、と思ったが、すぐに止めた。
無尽蔵に召喚できるわけではないし、具現化させておくには結構な魔力を消費する。
今のノアでは、一人召喚するのが精一杯だ。
それならばイーリスではなく、今回の状況に相応しい『執事』を召喚するべきでは……?
イーリスいわく、ノアが『執クロ』で集めたキャラクターはすべて魂を得ているらしいので、魔力さえあれば召喚し放題なのだ。
(そう、例えば……SSRキャラの魔王とか、URの大賢者とか)
キャラクターにはレア度があり、希少なキャラクターほど強いのだ。
他に戦闘特化キャラクターは大勢いるけれど、圧倒的強さがほしいとなれば、変わってくる。
とはいえ、キャラクター設定がどれだけ引き継いで召喚されるのかは、わからないところだが。
(でも、今はジョーンズと、村そのものを無事に取り戻さないと)
当然だが、村は移動できない。
最もよいのは、フィルムドの意識をローリィの村から反らすことだ。
そのとき。
ぬっ、と。
突然、背後から口を押さえられた。
反対の手でガッチリと体を抱え込まれて、身動きもできなくなる。
(なに、誰!?)
「静かにしろ」
玲瓏な声に、ノアは背筋を震わせる。
まさか、こんなに早く見つかるなんて思わなかった。やはり先ほど、フィルムドに見られていたのだろうか。
相手の手が離れるなり、恐怖と悔しさに体を震わせながら、後ろを振り返った。
(あら?)
最初に目に入ったのは、尖った耳だ。
次に、緑のたっぷりとした髪。これは、首の片方から前にたらして、リボンで結んでいる。
瞬きで風が起こりそうなほど長い睫毛に、ほっそりとした輪郭。高い鼻梁。そして長身。
顔立ちは驚くほど整っていて、女性的な色香と男性としての魅力、両方を併せ持っているような、なんとも奇妙な者だった。
(この人も、魔族……?)
緑の髪の者も、耳がピンと尖った者も、ヒトではありえない。
ぽかんとするノアを前に、先に男が口をひらいた。
「私は、サイラス。お前に聞きたい……が、人には我ら魔族の言葉が通じぬのだったな。さて、どうやってこの者と話すか」
声が低いので、性別はきっと男だろう。
しかし、ノアの前で呟くにしては長すぎる独り言のなかに、聞き流せない言葉があった。
――人には我ら魔族の言葉が通じぬ
(……おかしいと思ったのよ)
ノアが拾ってきた甲冑の男は、明らかに敵意がなく、それどころかノアの心配までしてくれていたのだ。にも関わらず、レイブランドたちはあの魔族が動く度に緊張し、ついにノアを転移させたのである。
しかしそれも、魔族の言葉が理解出来ていなかったのだとすれば、納得ができた。
ふと、ノアの目の前で、サイラスと名乗った魔族が、何やら奇妙な動きを始めた。
パントマイムで伝えようとしているらしい。
サイラスをぼうっと眺めながら、ノアは考える。
(……なぜか私には彼らの言葉がわかる、って解釈でいいのかしら)
一通りパントマイムが終わったようで、男が「どうだ?」と聞いてきた。
「よくわからなかったわ。解説つきでお願いできる?」
「仕方あるまい。いいか、これが私を示していて、これが兄上を……なっ!」
身振りと言葉を再び行い始めたサイラスが、ぎょっとしてノアを見る。
「私の言葉がわかるのか? ……お前は、人だろう?」
「魔術師よ。見習いだけど。言葉はわかるけど、どうしてわかるのかはわからないわ」
「通じるのならば、それで十分だ。まず、私に敵意はない」
サイラスはじっとノアを見つめて、ずずいっと距離を縮めた。
「私の要件なんだが、じつは兄上を探しているのだ」
「お兄さん?」
「ああ。こちらから微かに兄上の匂いがしたから来てみたのだが、居たのは兄上ではなくお前だった。おそらく移り香なのだろう……どこかで兄上と会っているはずだ、教えてくれ」
(なるほどね!)
ピーンときた。
あの甲冑の男が兄で、その兄をこの男は探している、ということだろう。
「たぶんあなたのお兄さんらしき人と会ってるわ、すぐにでも案内したいんだけど……」
「何か問題があるのか?」
「そうなの。あ、いえ、あなたやお兄さん云々じゃなくて、私のほうに問題があってね。その問題が解決したら案内するわ。お兄さんって、綺麗な深紅の瞳をした人でしょ?」
パッ、と男が微笑んだ。
「そうだ! ……ふむ、ならば兄上に会うために、お前に手を貸そう。何をすればいい?」
「手伝ってくれるの?」
これは予想外だ。
目をぱちくりするノアに、男は胸をドンと叩いてふんぞり返った。
「任せろ。私は、かの四大魔王が一人サイラスだぞ」
「すごい、心強いわ!」
中二病なのかな、と思いつつもノアはそんな胸中を押し隠して微笑んだ。
魔物や魔族が存在するとはいえ、まさか『魔王』などという者が本当に存在するなんて思わなかったのだ。
◇
「……なるほど、お前の友人が捕まっていると」
「そうなの。彼を救出して、彼らの目をこの村から逸らしたいのよ」
「だがそれでは、他の町や村が標的になるのではないか?」
例えば、『死の魔術師』の形跡を他に見せてそちらに向かわせたとして、今度はその近辺が被害に合う。
サイラスに説明されて、ノアは頷いた。
「そうね。目を逸らすのは無理か」
「殲滅するか? あの程度の人間ならば、造作もないぞ」
サイラスが、テントのほうを見る。
場所をより見つからない森に移動したので、ノアも首をのぞかせてテントを見つめた。
「……さすがに死人を出すのは駄目よ」
「なぜ? 二百年前、人間や魔術師は多くの魔物を殺したと聞くが」
「私はべリス家の長女よ。私の誇りが許さないわ」
「……べリス? どこかで聞いたことがあるな……」
「そうなの? 祖国では有名な公爵家だからね」
「つまり、人や魔術師すべてが好戦的ではないということか」
「そういうことね。魔族は……一応、好戦的な種族、みたいなことをチラッと聞いたんだけど」
サイラスがムッと整った眉をひそめた。
「そんなことはない。実際、二百年前の争いも人が一方的に魔物を森に閉じ込めたに過ぎないし、我ら魔族はほとんど関わってすらいないぞ。それなのに、なぜ好戦的なんだ」
「……確かにね。お互いに誤解してる部分があるみたいだわ」
言葉の壁は厄介だ。
ノアの『魔族は好戦的』という概念は、今日レイブランドから聞いたものだったが、必ずしもそうではないようだ。
ノアは腕を組む。
今はフィルムドの件が先だ。
目を逸らすのが無理なら、完全にこの場所を白にするしかない。指輪とは無関係だと思わせるのだ。
「そうだ、ねぇサイラス」
「ん?」
「あなたが、こう『この森を荒す者は誰じゃー!』って感じで、あいつらを追い払うのはどう?」
「……それでいいならやってもいい。だが、根本的な解決にならないだろう?」
「追い払うときに、さりげなく『ここに死の魔術師などいない』って伝えてくれればいけそう!」
「……いや、ざっくり過ぎて……」
サイラスが、はぁと露骨にため息をついた。
「私は魔族ゆえ、人間とは言葉が通じない。お前が一緒にきて説得すればいいんじゃないか?」
「それが、私は姿を見られるわけにはいかなくて……あ」
こういうときこそ、召喚魔術だ。
交渉に長けている執事を召喚すれば解決である。
ふむふむ、とノアは顎に手を当てて考えた。
やはり交渉となれば、【UR大賢者】だろう。期間限定ガチャに登場しためちゃくちゃレアな『執事』で、名前をコーメイという。
当然ノアは、課金しまくってコーメイを手に入れた。
しかも、ただコーメイを手に入れただけでない。最大である四段階まで覚醒させ、専用装備も装着済みなのだ。
『執クロ』のなかでもっとも知力が高いコーメイがいれば百人力である。
(というわけで、【UR大賢者】孔明を召喚するわ)
そう意気込んで、久しぶりに召喚魔術を使った。
目の前が一瞬、霧のようなものに覆われて視界が遮られていく。
脱力感に襲われたことが、成功した証拠だろう。
足を踏ん張ってふらつくのを耐えながら、期待を込めて晴れていく霧に浮かぶ人影に目を凝らした。
そこに現れたのは、赤と白の山高帽を被った青年だ。
年齢は二十一歳。西洋貴族風の、しかしとてもカラフルで奇抜な……どことなくピエロを彷彿とさせる服装をした彼の名前は、ユン。
レア度でいうと、イーリス同様ノーマルキャラクターである。
「……あれ?」
召喚を望んだのは、コーメイだったはず。
ノアの背後で、サイラスが「おおおお」と驚いているが、それどころではない。
「え、ええっと……どうしてユンが?」
ユンは、腕をさっと胸に当てて優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります、マスター。この度は、マスターの望まぬ形で御前に参上致しましたこと、心からお詫び申し上げるとともに、僕の心、体、魂、すべてをマスターに捧げることを誓います。我が忠誠は、マスターに」
「あ……どうも」
ぺこりと会釈をする。
こんなに礼儀正しく挨拶をされて――そして、恥ずかしくなるほどの忠誠を誓われては、落ち着かない。
「あの、その――」
「はい。マスターのおっしゃりたいことは承知しております。召喚を望んだのは、僕ではなくコーメイだった、と」
「ええ、そう……なんとなくだけど、もしかして……」
コーメイではなく、ユンがきた。
わかりやすく言えば、URではなくノーマルだった。
「呼び出せるキャラクターって、レア度によって呼び出すのが難しかったりする?」
「その通りでございます。レア度が高いほど、マスターの必要魔力が多くなる仕組みのようで……俗にいう、MPでございますね」
「……MP……」
つまり、ノアの魔力不足が原因ということだ。
「このままではマスターの魔力を無駄に消費してしまう結果になると愚考し、コーメイの下位互換である僕が召喚に応じた次第でございます」
そうだ、とノアは顔をあげる。
別にコーメイにこだわる必要は無い。
ユンの知力は、その辺のSRなどよりよほど高く、デッキ強化前の序盤には必須キャラクターだと、かなり評判だったのだ。
少なくともノアより頭がよいことは間違いない。
「ありがとう、ユン。お願いしたいことがあるの」
ノアは事情を話した。
彼が纏う柔らかい雰囲気や的確な質問が、ノアの不安を払拭してくれる。
ずいぶんと心強い味方だと、ノアは感動で涙が溢れそうになった。それほどつい先ほどまでひっ迫していたのだ。
「――かしこまりました、お任せくださいませマスター」
ユンはにっこりと微笑んで、優雅にお辞儀をしたのだった。
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