第二章【一】行き倒れの甲冑
「よし!」
今日の朝食は、軽く炙ったパンと、カリカリベーコン、目玉焼き。
それから、朝採れ野菜のサラダである。
ここに来た当初は食事そのものが無くて自分で調達していたが、今ではレイブランドが用事で街に行った際に、パンやベーコンなど、日持ちする食糧を買ってきてくれるのだ。
おかげで、とても豪華になった。
ベーコンがあるだけで、一日のテンションが変わってくる。
(やっぱりタンパク質って大事よね)
うんうんと頷きながら食卓に並べていると、レイブランドがやってきた。
彼は元々食事を取らないタイプの魔術師――たまにいるらしい―だったが、ノアと暮らすようになって食事を取るようになった。
とはいえ、最初の頃は食事のたびにノアが呼び行って、嫌そうな顔をするレイブランドを強引に誘っていたのだが、今では自主的に来てくれるのだから嬉しい。
先日そんなことをこぼすと、「お前は色々やらかすから、目が離せないのだ」と言われてしまった。
会話もほとんどない朝食が終わると、日課の鍛錬をこなす。
資本の身体ができるまで、体力と肉体の強化は地道に行わなければならないらしい。
そうして、昼前になると夕食の準備に取りかかる。
ここに来て半年が過ぎた今、家庭菜園もかなりよい具合に育っているが、果物や特定の野菜などはやはり森に入って採ってこなければならないのだ。
夜の森は危険で、入ってはいけないと言われている。
そのため、森に用があるときはこの時間帯――昼過ぎ頃――に、行くようにしていた。
「先生、いますか?」
レイブランドの実験室のドアを叩く。
奧から返事がしたので部屋に入ると、散らかった部屋の奥で試験管をぐるぐる回しているレイブランドがいた。
「光を嫌う、しめてくれ」
慌ててドアを閉めると、レイブランドが試験管を元の場所に戻した。
肩越しにノアを振り返る。
「どうした」
「今から森に行ってきます」
森に入るときは、必ず声をかけること。
レイブランドがいるときは絶対にその約束を守るように言われていた。
「また行くのか? 昨日も行っただろう」
「……一昨日ですよ。果物を採ってくるだけですから」
「そうか、わかった。……一人で行けるか?」
「子ども扱いしすぎですよ」
むっとして言うと、レイブランドもむっとした。
「お前はすぐに何かやらかすからな」
「気をつけます」
「くれぐれもな。いいか、煌めいている線は越えるな。向こうは『魔の森』だからな」
「はい!」
すでに知っていることだが、レイブランドはノアが森に行くたびに言う。
それだけ危険な場所なのだろう。
「呼び出し用魔具は持ったか?」
「持ちました」
「使い方は――」
「ばっちりです!」
ノアは決して油断しないことをレイブランドに誓って、収穫用の布袋を首から提げて森に向かった。
(少し過保護な気がするのよね)
レイブランドが心配するのは、ノアが不出来なせいだ。
ことあるごとに面倒をかけてしまうし、何かと想定外の自体を引き起こしてしまうのである。
ノアは自分の手をみた。
魔術関連の授業では、言われたことをこなせるし、今のところ盛大に失敗したり躓いたりもしていない。
召喚に関しても上達している。
ノアは、望んだときにイーリスを召喚できるようになった。
召喚したまま数日を過ごすこともできるほどだ。
まだレイブランドから、彼の前でしか召喚魔術を使ってはいけないと言われているが、確実に成長している。
力をつけるたびに、ふと怖くなるときがあった。
感情のままに魔力を使ってしまうのではないかと。
大勢いる魔術師たちは、力を暴走させることはないのだろうか。
もしノアが、怒りのまま――例えばライラに魔力を使ってしまったら、どうなるのだろうか。
悶々と考えながらも、以前ほど感情が波打つことはない。
それは、心身を鍛えてきた結果が出てきているのかもしれなかった。
いつもの果実の木々がある場所にくると、熟れた果実の甘い匂いにノアは自然と笑顔になった。
山奥で暮らしていると、どうしても甘味が貴重になってくる。
調味料もあればよいが、ノアは素朴な味も好きだった。
肉類は、レイブランドが日持ちする加工済みのものを買ってきてくれるし、今のところ、やはり大事なのは甘味だ。
熟しすぎているものは袋に入れることができないので、他の生き物の餌として放置する。ほどよく熟している果実を四つ捥いで、ノアは袋にいれた。
洋梨のような見た目のそれは、そのままでも美味しいし、煮てジャムにするのもよい。
そのあと、大根のような野菜――というかたぶん大根――を、引き抜いて、それも鞄にしまったとき。
ふと、果実の木の向こうに、自然界のものとは思えない銀色の輝きがみえた。
鉄のように硬質な印象のその光に、眉をひそめる。
(……前きたときは、なかったわ)
ノアは首を傾げて、恐る恐るそちらに向かっていく。
銀色の輝きは、甲冑だった。
前世で西洋史を学んだときに見たような、それからお金持ちの家にインテリアとして飾ってそうな、そんな甲冑である。
「誰がこんなところに捨てたの?」
訝りながらある程度の距離で足を止めた。
レイブランドいわく、この辺りには誰もこないはずだ。
魔術師が転移してくることもあるというが、この半年来客は一度もない。そもそも甲冑をこんなところに捨てる理由がないし、故意に捨てたのだとしたら、それはあまりよい意味ではない気がする。
「……あら?」
目を凝らす。
甲冑の手の部分に、人の肌のようなものがみえた。
ぎょっとしてさらに目を凝らしながらさらに近づくと、甲冑には中身があった。
青白い顔をした青年が仰向けで横たわっていたのだ。
ノアは固まったが、それは一瞬だった。
すぐさま自分がいる場所を、そして『魔の森』とレイブランドの家の場所を確認する。
(こんな場所に行き倒れているって、おかしくない?)
しかもこの甲冑男『魔の森』から這ってきたような形跡があった。
ノアはめちゃくちゃ訝りながらも、近づいていく。
(先生を呼びに行くべきよね)
そう決めて踵を返したとき、背後で男が唸った。
苦しそうな呻き声だ。
ノアはため息をつくと、呼び出し魔具をいつでも使えるように準備して、再び男に近づいていった。
傍にしゃがむと、甲冑の隙間から手をいれて首の脈を確認する。
とても弱いが、脈はあった。
「……生きてる、よかった」
しかし失血している可能性もある。
事故や事件で大怪我を負った場合、一分一秒が命取りになるのだ。
前世で死んだ自分自身を、目の前で息を引き取ったカラビアルを思い出して、ノアはすぐに男から甲冑を引き剥がしにかかる。
かなりの重労働で、半年前のノアならば途中で息が上がっていただろう。
幸いなことに鍛錬の成果が発揮されて、上半身の甲冑を退けることに成功する。
鎧は前と後ろ部分で分かれていて、前後のつなぎ目を丁寧に外せば意外に簡単に脱がせることができた。
男は前開きのラフなシャツを着ていた。
ノアはボタンを引きちぎってシャツを開き、素肌をじっと見つめる。
「怪我、怪我は……」
日焼けのない、白い肌だ。
絹のように滑らかで、怪我一つない。
(もしかして、下半身のほう……?)
ノアは男の足元に移動して、靴部分の鎧を外す。
それから、すね当て、ひざ当てと、どんどん取り外していき、太もも当てを引っ張るようにして足から抜き取る。
さすがに慣れないことをすると疲れるもので、ノアは少し息があがっていた。
それでも命には代えられないので、ふらつきながらも男の太もも近くにしゃがみ込む。
ズボンもシャツ同様、ラフなものだった。
あちこち撫でて確認するが、出血は見当たらない。
(そういえば先生が、この辺りには人間の気を吸う寄生虫がいるって……)
ノアたち魔術師には関係のないことだが、人だと命取りだという。
寄生虫とやらを見たことがないが、レイブランドいわくもし寄生虫だったらひと目でわかるらしい。
ノアは男のズボンに手をかけて、勢いよく引き下げた。
そのとき。
背後で、誰かが枝を踏む音がした。
熊の幻を思い出して、ノアは背筋を凍りつかせる。
ここは『魔の森』が近いため、鳥以外の生き物はいないはずだ。
あの熊の幻も、ノアの焦りが見せたただの幻覚だった。
だから、猛獣は勿論、小動物もいないはず――。
ノアは、恐る恐る背後を振り返った。
ローブ姿の男がいた。
ひょろりと背が高い痩せ型で、顔は骸骨のようにげっそりとしている。
「……お盛んなのは結構だが、道を尋ねてもよいかね?」
男が言った。
遠慮がちに、ノアを、そしてノアが跨がっている男をみる。
固まったままのノアに、男は続けた。
「この近くに知り合いの魔術師が暮らしているのだが、場所がわからんのだ。きみのような少女……失礼、女性……ンンッ、美しき女性に、このような状態で尋ねるのは、非常に気が引けるのだが……」
「……先生の、知り合いの方……?」
呟いたノアに、相手の男が目を瞬いた。
ノアは、改めて男を見る。
ローブ姿は、どことなく魔術師っぽい。
何よりここにこれるのは、魔術師だけだと聞いていた。
「助けて、この人が――」
「そういう手伝いは断る」
「命がかかってるのに、断るの!?」
「……む? 情事の真っ最中ではないのか」
あらぬ誤解をされていたらしい。
「違うわよ、こんなとこで致してたまるかっての!」
(私、前世を思い出してからどんどん口が悪くなってる気がする……)
そんな心の嘆きは一旦忘れて、ノアは事情を説明した。
ローブ姿の男はすぐに駆けより、甲冑男の脈と瞳孔を確認すると、胸元から取り出した小瓶の液体を口元にたらした。
その後、やはり全身を確認するようで、そのままだった手甲から上腕部までの鎧を外していく。
鎧を外すのはなぜかノアの役割で、男はノアが中途半端に破いた服を取り去っていった。
そうして乙女が恥じらう全裸状態にしたところで。
「……外傷はないな」
と、男が呟いた。
「……脱がせちゃったんだけど」
「どうせ脱がせねばならんのだから、前後しただけだ。何も問題は――」
男が視線を巡らせて、動きを止めた。
何気なくノアも男の視線を追った先で、レイブランドが唖然とこちらを見ていることに気づく。
帰りが遅くなったので、様子を見に来てくれたのだろうか。
優しい師匠にノアは笑みを浮かべた――けれど。
レイブランドの表情が強ばっていることに気づいて、笑みが引っ込んだ。
「……アガーノ……お前、ノアに何をさせている……?」
レイブランドの目がつり上がり、表情がどんどん怒りに変わっていく。
どうやら本気でレイブランドを怒らせたらしい。
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二章開幕です。
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次回も、2から3日後の更新になります。




