変身
三日間寝る間も惜しんで続けたアームへの殺害試行がいよいよ手詰まりになり始めていた。
購入した銃をすべて試してどれもダメだったジェフリーが空薬莢を手持ち無沙汰に弄びながら、殺害方法リストに横線を引いてカルロと共に次なる一手を考えていた。
「あの金庫ごと海に沈めてしまうのはどうだ。流石に酸素を奪われちゃどうしようもないだろ」
「三年前に同じようなことをギャングがした」
「そいつらどうなった?」
「壁の染みに変わったよ」
頭を抱えてジェフリーが道具の中から掘削用のドリルを取り出して見せるが、カルロは首を横に振って無理だと意思表示をして、無意味なことを伝える。
ジェフリーは苛立たし気に掘削ドリルを放り投げて、大きなため息をついた。
「どうやってぶち殺す? 銃もガスも刃物もダメ。完全な手詰まりだ」
「知り合いからマスタードガスを仕入れているけど、この分じゃやっても意味ないかもな」
「クソッタレヒーローが……」
汚い罵声を吐き捨てて、最後の手段へと連絡を取り始めた。
連絡している先はライスボール教授の電話番号で、三日で仕上げると言ってかなりの時間遅れている。
カルロは疲れからか、マリファナを吸う量が加速度的に増えてハイになり始めてまともな提案も出来なくなっていた。
「早くアイツを殺さないと、俺達がヤバい。発信機か何かでここ最近の警察のやつらの動きが激しい」
「…………」
僕はエナジードリンクを片手に、診療所を出て大金庫の方に向かった。
もう目立たない方法などジェフリーも選んでいる暇はないだろう。爆弾でも何でも引っ張り出してくるはずだ。
僕は念のために拳銃を持って金庫の前に立った。
「……よし」
金庫を開けて、薄暗い中で蹲っているアームに向き合った。
日光に眩しがるように目を細めて僕を見てくるアームが口を開いた。
「……お前か、あの二人の次はお前が俺を殺しに来たのか?」
「中途半端な変身で殺せないんだよ。話さないだろうがどうやったら死ぬんだ? アンタは」
「喋るかよ。俺だって死にたくないんでね」
僕はアームの前に座り込んで、額に銃口を押し付けた。
「聞かせてくれよ。何で姉さんを殺したんだ」
その問いにアームは静かに息をついて、申し訳ないといった風に答えた。
「あれは不可抗力だ。セルナノメタルで変身してると気分が上がるんだ。他なんてどうでもよく感じるほどに、悪党を殺せればそれでよく感じるほど気分がよくなる」
「それで姉さんを潰したのか? 気分が上がってるから?」
「悪い事をしたと思ってるよ。どうしようもなかったんだ」
冷静に答えるアームに僕はどうするべき悩んでしまう。
こんな言い訳じみた答えで納得できるほど僕は単純に出来ていないのはこいつだってわかっている筈だ。
なのに、この答えを返してくると言う事は本当の事しか語っていないのだろう。
「そんなんになるなら、なんでヒーローなんてやってんだよ」
「……契約だよOSEとの業務契約、俺達は治安維持のために悪者を殺すことを許されてる、それでもな、人を殺すことには罪悪感は感じているんだよ。セルナノメタルは麻薬みたいなもんだ、あれを装着すると何でも許される気になれる」
「…………」
僕はその言葉に反論することも言い返すこともできなかった。何故ならその気分が少しだけ分かったのだから。
あの悪魔のような姿に変身した時、僕も感じた。
すべてを満たす全能感のような、全ての事柄を容認されたような気の大きくなった感覚。
あれがセルナノメタルの弊害なのならば彼に否を求めるのは間違っている。セルナノメタルの装着を容認しているOSEと世間が断罪されるべきだ。
カルロの過去のように。
「仮にそうであって、今それをぼくに聞かせて何がしたいんだ」
「俺を殺すんだろ、どうせ。だったらさ少しの間ぐらい陽の光を浴びたいと思うのはぜいたくなことか?」
僕はあまりにも人間臭いアームの要求に殺すべきなのか躊躇ってしまう。
やはりアームも人間だ、殺すなんて残酷を容認できるほど僕は冷徹に出来ていない。
こいつは殺されるべきなのに、こいつは殺すべきなのに、僕の軟弱な意志のせいでいたずらにアームを生き延びさせている。
ひと思いに殺せればこんなに悩まずに済んだだろうに。
僕はその願いを聞き入れて、扉を開けて僅かな間席を外した。
診療所へと戻った僕は静かに椅子に腰を落ちける。
「アームに一発でもぶち込んだのか?」
「撃てなかった」
「腰抜けが」
カルロの質問に答えた僕をなじるジェフリー。僕は唇を尖らせて、エナジードリンクの缶をゴミ箱に投げ入れた。
「セルドライバーが完成した。ライスボールがここに持ってくるそうだ」
「装着して僕にアームを殺せって?」
「ああ、現状奴はもう口を割りそうにない。ならぶっ殺すしかない」
「本当に殺す必要性があるのか」
「殺さにゃ俺たちが殺されるだけだ。もうアームを誘拐しちまったんだからな」
僕は錆びたコンテナの天井を見上げて、訊いてみる。
「殺す必要性はあるのか」
「誘拐した時点で俺たちはもうあいつ等にとって悪党だ。ヒーロー法の適応範囲で殺害対象だよ」
「そうか……」
僕はそう言い、僅かな仮眠を取った。
………………
夜も更けた時、唐突にそれは訪れた。
コンテナの扉がやにわにへちゃげ内側に向かって捲れあがる。
「なんだ!? どうしたんだ」
僕は飛び起きて叫んだ。
ジェフリーがありったけの銃を体中に巻いて僕の胸倉を掴んで捲し立ててくる。
「てめえ! あの金庫の扉きちんと閉めたか!」
「え……あっ!」
失念していた。開けたまま僕はここに戻って仮眠をとってしまっていた。
僕の反応に顔が破裂せんばかりに血を頭に昇らせるジェフリーが喚いた。
「アームは中途半端に変身を解いて、この機会を狙ってたんだ! 金庫が変身してたとしても敗れないってわかってな!」
「そんな……! あいつにもうそんな力はないんじゃないのか!」
「演技派なんだよ! ヒーローての正義の味方であって、エンターテイナーでもあるんだよ!」
入口を必死でモノで塞ぐカルロがそう言い、後ろの扉を指さした。
「ショック受ける前に動け! マジで殺されるぞ! 後ろの扉が非常口、物を退かしてさっさと逃げるぞ!」
焦りからか手が震えが止まらない。もうこのコンテナの薄壁一枚先に猛獣をも超えるモノが、ヒーローのアーム・クランチが頭に血を登らせて暴れているのだ。
体が痺れてゆくような感覚が全身に駆け巡り、どう動いているのかも主観的に理解できない。
まるで僕の感覚が体の外に抜け出して、ラジコンでも操作しているかのように体を動かしていた。
山と積まれた物を退かして僕たちは外へと飛びした。
「車! 車! 車!」
僕たちは盗難車の車に乗り込んだ。後部座席に僕、運転席にカルロ、助手席にジェフリーが乗った。
「何やってる早くエンジン掛けろ!」
「うるせえ! おめえが盗んできた車だ! エンジンを直結し直すのがどんだけめんどうか──」
「言い争うなよ! こんな時まで!」
爆音が轟きカルロの診療所が粉々に吹き飛んだ瞬間を僕たち三人は見逃さなかった。
三人の動きが止まってそこから現れる怒り心頭のアームの姿、中途半端に変身の解けた姿ではない。
万全の戦闘状態のアームが銀色の装皮を真っ赤に染めんばかりに目を血走らせて、歩いてくる。
「……こいつはヤバいな」
「ひぃ! なんでこんな旧式ガソリン車選んだんだよ! クソ配線でどうしようもないじゃないか!」
「黙れ! さっさとエンジン掛けろ!」
窓から小銃を突き出してアームを牽制するためにやたらと銃撃する。僕も銃を手に持っていることを気づき、初めて撃つ銃に手を震わせながら銃口を構えて撃った。
発射の衝撃が腕に抜け、上半身が強く突き飛ばされたような衝撃が肩に抜け痛みで僕は呻いた。
「いってぇ! なんだこの銃! 反動が強すぎだろ!」
「素人が五〇径を撃とうなんて、なに取り狂ってんだ! 黙って後ろで頭でも抱えてろ!」
ジェフリーは僕から拳銃をむしり取って小銃と拳銃の二挺でアームをハチの巣にしようとしていた。
しかしヒーローの装皮、セルナノメタルの装甲は早々には貫くことができない。
アームのヒーローとしての特性、それは剛腕怪力ばかりではない。それを両立させるには頑丈な拳が必要なのだ。それに合わせセルナノメタルの変幻自在の特性が、タングステンも同等の分子構造的に破壊困難な結合性を見せていたのだ。
「掛った! エンジン掛ったぞ!」
歓喜の声を上げるカルロがハンドルをバンバンと叩いて嬉しそうに笑う。
エンジンのうねりが聞えたのかアームが車の前に出て進行方向を塞ぐ、しかし僕たち、いや、正確にはカルロはそこまで優しくなかった。
「死ねぇえええ!」
酷い掛け声でアクセルを踏み込んだカルロは猛スピードでアームを引こうとかっ飛ばす。
しかし、アームと衝突した途端に車は跳ね上がり、エアバックが爆発して行く先を真っ白に塞いでしまう。
エアバックの炸裂の衝撃に顔を打ち付けたのかカルロとジェフリーは呻いて、僕は椅子の頸の部分に鼻を打ち付けてしまう。
「おい……おいおいおい! 車浮いてんぞ!」
前方を軸に、車の後部が徐々に浮き上がり車体が直立する。
目の前がエアバックの布で白く塞がれている為にどうなってるか分からなかったが、これだけは理解できた。
「アームがこの車持ち上げてるぞ!」
「分かってなら早く降りろ!」
僕たちは車から飛び降りてその光景に絶望感にも似た感情を抱いた。
どれだけの重みがあろうか、鉄の塊である車の車体が二本の腕と、日本の脚だけで支えられ持ち上がっていた。
怪物じみた怪力、怪物じみた耐久性。僕の目には今のアームはヒーローと言うより化け物に見えた。
『死に腐れ! ゴミ共が!』
罵声を吐いて車を振り下ろしたアーム。
耳を割くような衝突音と衝撃。地面はひび割れ、僅かに周辺のコンテナが浮き上がったように見えた。
銃を構えて遊撃しようとしているジェフリー、もはや無駄だとわかっていようとも抵抗せずにはいられないのだろう。
カルロは何をとち狂ったのか、手持ちの幻覚剤をすべて口に詰め込んでいた。
とうの僕も、どうすればいいのか、どうすべきなのか、頭の中が真っ白になってしまいそうだった。
「ジェフリー! ジャック!」
不意の呼び声に現実に引き戻された。
呼び声の主は──ライスボール教授で、何かを僕へと投げてきた。
「ご用命のセルドライバーだぞ!」
「ちょうどいい時に来た! ジャック! 早く変身しろ!」
ジェフリーが僕に急かすようにそう言ってくる。選択の余地はないように思えた。
──死ぬか、生きるか。
震える手で、僕はセルドライバーを掴んで、腰に、臍の上あたりに押し当てた。
ベルトが左右へ伸びて装着される。
分かりやすく側面にスイッチが備え付けられており、僕はそれを押して叫んだ。
「──変身!」




