崩れない過去
診療所と何だったのか。
あっさりと医者の看板を下ろしたカルロがあれたこれやと揃える道具の数々は一体何に使うのかと言えば、アームを、ありていに言う拷問の器具を各種取り添え始め、診療所内は医療施設と言うよりはガラクタ倉庫のそれと変わらなくなり始めていた。
その一角では、ガラクタ倉庫が化学施設さながらのサイエンス的な道具がズラリと並びそこでは爆音のロックミュージックが垂れ流されている。
「~♪」
上機嫌のカルロが小躍りを踊るほどの軽やかな足取りで、その器具らから何やら怪しいものを制作して、その脇では似たような状況のジェフリーが密輸業者から買い付けた銃火器を吟味してそれらに弾丸を込めていた。
あまりにも異様な光景に僕は診療所の端で小さく縮こまるしかやることはなく、その光景を見て顔をポカンとしているばかりだった。
「よぅしっ……次はこいつでいくか」
つかつかと小銃を片手に診療所の外に向かったジェフリー、その姿が見えなくなって数分後に外で聞こえる銃声と絶叫するような悲鳴が港に木霊して、そして鳴りやんで少ししてまた不機嫌な顔で戻ってくる。
もうこれが十数回行われた風景であった。
「畜生が! 硬すぎんだよあの野郎!」
銃を投げ捨ててジェフリーが缶を蹴り上げ、言っている内容とは全く違った嬉しさが溢れ出た声色で次の銃を選別している。
「四〇口径でどうにかなる相手でもなかろうに。もっと科学的に攻めないと」
カルロが出来立てほやほやのビニールに満たされた何かしらの気体に頬ずりする。
それを見てジェフリーは新しい殺し方が現れたとにこっとして聞く。
「何作ったんだ?」
「硫化水素ガスだ。結構高濃度に作ったからなここで割れたら俺たちコロリだぞ。当分あそこには入るなよ」
カカカッと独特な笑い声で次はカルロがアームのとこへと向かった。
僕はその光景にとうとう嫌気がさしてため息をついた。
強固な特性を見せるアームのセルナノメタルは弾丸などでは傷などつかず、そしてセルドライバーの免疫促進機能によって毒物にも強い耐久性を見せている。
どんな方法も、どんなやり方も徹底してアームを害することは敵わず、トライ&エラーの繰り返し。
そしてそれらは悉く無駄であり、引き出せるのはアームの悲鳴ばかりだった。
殺せるかもしれない方法に戦々恐々と悲鳴を上げる、アームの声に耳がどうにかなってしまいそうだった。
アームは憎い。それは疑いようのない事実だが、ここまで精神的な苦しみを与えて許されるのか。
強く言うが僕は敬虔で熱心なカトリック教徒だとか、生命倫理を振りかざす倫理主義者だとかそう言ったわけではない。
しかしながらだ、生きとし生けるものの命を遊び半分で奪うことは『残酷』であると認識している。
姉さんも遊び半分で殺されたから僕の主義に当たりここまで憎んで憎み切った。
だが僕に手を貸してくれた人々が目の前で同じことをしているという現実に少しだけ落胆してしまう。
優位に立ったのなら冷静に、正しい判断を下さなければならない。
僕は間違っているのだろうか。感情任せにアームを痛めつければいいのだろうか。
「はァ……ちょっと出てくる」
「おう、あんまり遠くに行くなよ。この辺りは物騒だ」
「一番物騒な人間がよく言うよ」
僕はそう言って診療所、いや、旧診療所から出た。
オーロヴィル・シティ南東部は治安の悪さは折り紙付きで、ジェフリーたちだけでなく誰れ彼構わずに銃を撃っている。
中央通りよりヒーローによって一掃された悪い連中が各地に散る形でコミューンを形成して、南東部もまたその一つである。
ぽてぽてと何をするわけでもなくコンテナの迷路の中を歩き回り、優柔不断に揺れる気持ちの整理を付けようとして見るが、自分の問題に自ら回答することほど難しい事はなかった。
矮小な僕にとってこの感情を片付けると言う事はまさしく悟りへの道のりとさほど変わりはない。
復讐か、自らの倫理観を優先するか。どちらも僕にとっては重要な事であり、何よりも優先したいことだった。
アームには正しい裁きを加えたい、しかしながら恐怖に震えながら殺されるまで痛めつけるのは本当に正しいと言えようか。
不思議なことにこれを肯定できる自分がいる。アームを恐怖のどん底に叩き落して徹底して姉と同じ恐怖を与えたいと思っている。
なのに、僕の一部はそれを否定している。
相反する双方の感情が同時にせめぎ合い、悩みの苦痛を引き起こしている。
いっそのこと壊れてしまえば答えなど簡単に出てしまうのだろうが、悩める僕に壊れることほどこの悩みを解消するのと同じように難題なのだった。
そうこう考えている内に僕は無意識に向かっていたのはアームを閉じ込めている古びた大金庫の前で、閉じられた金庫の扉の前で防護服姿のカルロが、注射器片手にぶっ倒れながら、起きながらにして夢を見ていた。
「どうだ?」
僕が声を掛け、その声に現実に引き戻されたカルロが口元から垂れる涎を啜り上げてまとも、とも呼べないが会話のできるまでに回復した。
「どうしたんだ坊ちゃん」
「なんでジェフリーもアンタも、子犬ちゃんや坊ちゃんって呼ぶんだ。僕はジャックだ、子犬でもガキでもない」
「いやガキでしょ。そう反論するあたり特に」
口をへの字にして僕は扉の隣にしゃがみこんだ。
カルロのうめきなのか笑い声なのかも分からない薄く漏れる声が、港の音の波と同じように等間隔で声を上げる。
こうはなりたくはないな。そう思えるほどに彼の表情は見るに堪えないほど崩れて解けて呆けている。
「なんで薬使ってるんだ。アンタまともそうに見えるのに、それじゃあ狂人だ」
「狂わないとこの世界やってられないさ。へへ、ひと殺すのにまともな頭で出来るわけないだろ」
そう言ったカルロは力の入りきらない体を自力で必死で起こして、僕の隣に座り込んだ。
「マリファナやる?」
「そういったのはやらないことに決めてんだ。煙草も酒も」
「生きてて楽しかそれ?」
「……前までは」
姉さんが死んで以降何をやっても楽しくはない。美味しいものをたらふく食べようと、見た事もない光景を見たとしても、僕の心には雨のように降りしきる不快感にも似た絶望感ばかりだった。
何をしても何を見ても楽しくはない。
寝るたびに見るアームの姿に背中に感じる姉を潰したあの生々しい感触に、僕は夢の中で何度もあの悪魔の姿に変身してアームを殺す寸前まで痛めつけ、遂には殺せず目が覚める。
この夢を見るたびに、僕の心は引き裂かれ鮮度を失い、枯れ果ててゆく。
僕の表情に、カルロは揺らめきながら言う。
「坊ちゃんはこっちの業界の人間じゃないだろ。どうしてこんなことしてんだい?」
「……こいつに、姉さんを殺されたんだ。僕と、姉さん壁のサンドイッチ……」
「そりゃ悲惨だ。まあ当事者じゃねえから何とも言えねえよ。御愁傷様だ」
「バカにしてるのか?」
「──しねえよ。大切な人が死んだ悲しさは俺だって」
遠い目をするように向かいのコンテナの一点を見つめて、カルロは自身の過去を語ってくれた。
「俺はな、紛争に派兵された衛生兵だったんだ」
「……そうだったのか」
「えらく落ちぶれたと思ったろ。退役軍人の退役金なんて雀の涙だ。世間様でPTSD抱えて必死で闘病してまっすって面の連中は運のよかった奴で、大半が俺みたいな事になる」
「……」
砲弾と弾丸の中でどれだけ血に塗れたのだろうか。おそらく僕の想像するよりも遥かに想像を絶する光景を目にして生きたのだろう。
カルロは続けた。
「そうでさあ、俺が最後に着いた任務はどんなんだっと思う?」
「どんなんだったんだ?」
「現地住民の虐殺だ。笑えるだろ、軍人がテロリストに武器を流しているかもしれないって武器なんてこれっぽっちも持ってない奴らをさ、ガンガン撃ってくんだ」
今でも時折取りだたされるテロ鎮圧作戦の連邦の人道に対する問題。その作戦に関するあらましを彼は語っていた。
その全容は世間で公表されている内容とは全くと言って真逆の内容だった。
「俺らは車に乗ってよ。市街地の大通りを突っ走って建物が見えちゃあそこに問答無用で銃を撃つんだ。あちこち弾痕だらけにしてよ。小さな子をミンチにしてさ、赤ん坊抱えた女を赤ん坊ごと撃ってさ、結果としてその作戦の意味が、薬のキメ過ぎた将校がとち狂って発令した誤報作戦だったんだ。笑えるだろ? 俺達も狂ってねえっとこんなこと行えねえって上層が俺たちを薬漬けにして、イカれた一部の単独行動で片付けたんだ」
バッと立ち上がり大声で喚いて、当たり散らす様に注射器をコンテナに投げつけるカルロの表情は怒りで歪んで、そして悲しそうな表情で金庫を蹴りまくった。
「ああそうかい! じゃあ狂ってやるよ。お望み通り、俺達は狂って、薬漬けの人生を道化でいてやるよ! クソが、クソ世間の、クソどもが! 一体俺たちが何をしたってんだ!」
ひとしきり喚いたカルロが崩れ落ちるように座り込んだ。マリファナへ火を付けて、静かにその紫煙を吐き出した。
「もう狂ってないとこの世界生きていけないよ」
そううなだれて愚痴っぽく言う。
想像以上にハードな内容だった。言葉を失い、どういった風に言えばいいのか。
彼の過去を聞かされてこれほどまでに腐る事ができる内容に僕は目を白黒させてしまった。
「悪い。僕が、センシティブになりすぎた」
「いやいいさ、俺は新しい世界があいつらのおかげで発見できた。LSDのトリップはまさしく神の国だ。このサイケデリックな風景お前たちに見せてやりたいくらいだ」
「そいつは遠慮しとくよ」
カルロは立ち上がって、ガスマスクを被り僕に金庫から離れるように指示して、大金庫の扉を開いた。
妙に臭い匂いが離れた僕のところまで漂ってくる。硫化水素ガス特有の強烈な腐卵臭が一気に押し寄せてくる。
思わず口と鼻を押えて顔を背ける。
薄暗いその中を見たカルロは落胆したように肩を落として、僕に向かって手を振って見せた。
その中身が見えた僕はその光景に驚いてしまう。何十分間も硫化水素ガスが充満した金庫内で、未だアームは健在だった。




