凶運
深夜のオーロヴィル・シティに渦巻く騒動。
ここ数日続く、リ・ベリアンと警官隊との衝突は苛烈さを極め暴動さながら、いや、暴動と同じような光景が繰り広げれていた。
アームの発言がここまでの波紋を広げるなんて誰が想像し得ようか。
いるにはいる、僕の隣に座り可愛らしいアイスクリームトラックを運転するジェフリーが仕掛けた状況だ。
火炎瓶や、銃火器まではリ・ベリアンからは持ち出されていないがこの状況ではいつそう言ったものを使いだしてもおかしくはない。
角材や廃材、長く間合いをとれる武器を選んだ100人規模のリ・ベリアン集団を押さえつけるように強化運動補助外骨格を身に纏った警官たちが、スタン警棒を片手に彼らを叩きのめし、叩きのめされていた。
「戦場だな。ゴッホっ……」
「まだマシだよ。戦場未満の暴動だ、略奪もまだ起こってない」
ジェフリーは焦っているように、路肩に車を停車させ多機能双眼鏡で騒動の様子を覗いていた。
通りの一角を塞ぐようにリ・ベリアンと警官たちとの衝突を先んじて予測していた僕たちは、そこにヒーローが駆けつけると目測を立てて深夜まで街中を車で駆け回り、そしてようやく起きたこれに胸を躍らして観察が開始する。
しかしだが、この状況を楽しんでいるのはジェフリーだけで、僕はと言えば胸やけのようなむかむかとする不快感に心臓が痛んで仕方なかった。
異様に乾いた掠れた咳も出て、喉も痛んだ。
風邪を拗らせたわけでも、持病のモノからでもない。何か異常な感覚が僕を苛んでいた。
「ゴッホっ! ゴッホっ!」
「風邪なら移してくれるなよ。こんなお祭りのときにダウンだなんて──」
「ゴエっ──」
次の瞬間に僕の口からとてつもない量の血が溢れ出た。
あまりにも唐突な吐血に僕自身も動揺してしまい、隣でいきなり血を吐いた僕の姿に目が飛び出んばかりに驚いているジェフリーは体を僕から逸らして引いていた。
「なんだよ! いきなり、血吐きやがって!」
「しらね……ボへぇ──」
留まることなくごぼごぼと音を立てて血が口から滝のように出てくる。
僕自身こんなことは今までなかったために焦りが一気に感情を支配する。
車を飛び出て道端でゲ―ゲーと酒の飲み過ぎでゲロでも吐くかのように、口から飛び出てくるさらさらとした血は、一瞬で僕の足元を赤く染め上げた。
「おい何がどうなってやがる!」
こんな状況の僕の様子にさすがのジェフリーもリ・ベリアン達のあれだけ楽しんでいた騒動そっちのけで車を降りて僕の背中を叩いた。
叩かれた瞬間に張り詰めていた何かが切れさらに大量の血が溢れ出てくる。
「ホントにどうなってやがんだ。おい何を食った、血が混じってるなんて食道から出血してる証拠だ!」
「──食道?」
ハッとする。
薬だ。退院の際に医者から出された薬を今日に限って飲み忘れている。
臍の上に手を乗せた途端に激痛が僕を襲い、顔から血だまりに突っ込んでしまった。
「いっ、イでぇエエエエ!」
「腹痛? どういうこった!?」
「薬局、このあたりに……ない、か?」
「ああ、クッソ」
横目でちらりと騒動の様子を見たジェフリーだったが、僕もほっとけないと僕を担ぎ上げて、近くの薬局へと走って行った。
警官隊とOSE装甲車が到着しているが仕方なかった。
一ブロックも離れていないスーパーマーケットの中にあるドラッグストアに走ってジェフリーは息を切らせ、僕は血を吐きながら到着する。
もう店仕舞いを済ませて、シャッターも降りていた。
しかしどうもこうも考えている暇のないジェフリーは息苦しさから咳き込みながら、愚痴っぽく言いながら拳銃を抜いた。
「くっそ、タバコ辞めるかな!」
パンと一発、的確にシャッターの鍵穴を撃ち抜いて無理やりこじ開けて、ドラッグストアへと押し入った。警報機がうるさく鳴り響きだし、僕たちは焦りながら入る。
僕をソファーに投げ捨ててジェフリーはレジの奥、薬を陳列している戸棚に乗り込んで大声で叫ぶ。
「どの薬だ!」
「再生安定剤……リボルピレン20ミリだ」
息も耐えだえに薬の名前を言うが、ジェフリーに詳しい事が分かるわけはない。
再生安定剤の戸棚の錠前を壊して手当たり次第に持ってくる。
「どれだ? 覚えているだろ自分が飲んでる薬くらい!」
「これだ、これ!」
僕は山のように積まれた薬の中から服用している薬を探し出して口に頬り込んだ。
飲み水を探し、ウォーターサーバーでチビチビ飲む余裕もなく、引き倒してボトルをむしり取って浴びるようにして水で腹を膨らませていく。
血を大量にはいたせいか異様に喉が渇き、そして即効性なのか薬の効果で痛みが瞬時に消えていく。
僕は崩れ落ちるようにその場に倒れ込んで、安堵する。
こんなにひどい症状が出るとは聞いていないと愚痴っぽく思うが、医者には強く念押しされていたことを思い出し失念したことに頭を抱える。
「バカやろうかお前は」
「まったくです」
今回ばかりは非難されても仕方がなかったが、手持ちの薬も底をついていることもあり飲んでいなかったのだ。
ジェフリーは僕の飲んだ薬、リボルピレン錠を見て目を細める。
「劇薬じゃねえかこれ……」
「細胞の安定剤だ。腸の移植で皮膚が不安定なんだと」
「そうかい、さっさとずらかるぞ。手持ちが切れてんなら持てるだけ持っていくぞ」
僕はだるく重い体を起こして、リボルピレンを持って薬局を出た。
肩を貸してくれるジェフリーに寄り添いながら、僕はアイスクリームトラックへと足を戻した。
リ・ベリアンと警官たちとの衝突はもう沈静化しているようで、御縄に着いた学生たちが輸送車に押し込まれている最中であった。
その光景を見てがっか知りしている様子のジェフリーに申し訳ない事をしたと思ったが、それも一気に吹き飛ぶ人物が目の前にいた。
僕たちの車、アイスクリームトラックに寄り掛かる男はこの夜中に相応しく柄の悪い恰好で、その目はぎらついている。
腕を組んで僕たちに気づいたそいつが気さくに声を掛けてくる様子に感情が消え失せた。
アイツだった。──姉さんを殺した。
アーム・クランチだった。
店先の街灯に照らされて薄暗い顔色は薄笑いで飾られ不気味に思えるほどだった。
「よう、お前病院にいた奴だろ?」
「────」
僕は言葉を失い、アームを呆然と見ていた。何故ここにいるんだ? 。
声を掛けられたことにジェフリーもその存在に気付いて、足を止めて驚いていた。
そして彼の震えた手は歓喜を示していた。
「どうしたんだ? フラフラじゃないか?」
ゆっくりと近づいてくるアームに足が震えた。あれだけ憎んだ相手が目の前にいるのに。
腹が千切れるほどに怒れるのに、恐怖で全身が冷たくなってゆく。
体中に纏わりつく冷たい視線は殺気ともいえる。僕たちの状況はまさに絶望的な状況だった。
アームに対抗できるセルドライバーはないのに、眼前にいるヒーローはその鉄拳を振り下ろそうとしている。
「走れ」
静かにそう呟いたジェフリー。
いきなり肩に掛ける僕の手を振りほどき、瞬く間に拳銃を抜いていた。
銃口から閃光が輝き、銃声が街中に木霊した。
弾丸の軌道よりも素早く動いたアームが腰の器具、セルドライバーのスイッチを入れ、起動する。
「ははっ! ──変身」
腰より伸びる赤黒い管が全身を包んで解けて現れたのは銀に輝く甲冑の勇士。英雄の見参だ。
銃声を聞きつけた警官たちが一斉に僕たちを見て、手に持った警棒を勇ましく振り上げて襲い掛かってくる。多勢に無勢、二対多数はさすがのジェフリーも相手にならないと踏んだのか回れ右の逃走を図った。
「走れ! 逃げるぞ!」
僕は言われるがままに共に走り出し夜の街を疾走する。
警官たちの強化運動補助外骨格の脚の速さに敵うわけはない。それを理解しているが、弱点も僕はよく知っている。
連中の外骨格は直線では強いが曲がり角にはめっぽう弱い。学生の時のやんちゃがこの時ばかりは功を奏したのだ。
路地裏に素早く逃げ込んで、ジグザクに縫うように僕とジェフリーは駆けてゆく。
「こんな事ってありかよ!」
僕は大声で叫んで、心の中にある不満をぶちまけた。
「最悪過ぎるタイミングだ!」
本当に最悪過ぎるタイミングにヒーローと遭遇してしまった。
車もほっぽり出してドブネズミのように路地裏を走るほど滑稽なことはないだろう。
こんな調子で本当にヒーローを倒せるのか甚だ疑わしい限りだった。
路地の曲がり角から現れた警官たち、相当の外骨格操作の技術があるのだろう、こんなに狭い路地でも生身と遜色ない動きを見せている。
姿を見た瞬間にジェフリーは上着で顔を一瞬で隠し、警官に飛び掛かった。
伸し掛かり、マウントを取ったジェフリーは上着越しからの拳を振り的確に警官の顎先を捉えて、気絶させる。格闘には相当の腕があるようだった。
足を僅かに止めた僕は、隣の壁より異様な炸裂音のような瓦礫の音が聞こえそこを見た時、壁が砕け銀色の腕が伸びてきて僕の頸を掴み上げた。
「ガッ──!」
壁を突き抜けて現れたのはヒーロー。アーム・クランチだった。
雑な発想だが、この奇想天外な戦略は確かに効果的だろう。壁は壁だ、人と人を物理的に隔てる障壁、それを突き破ってくるなんて──。
「ぎっ、がは──放、せ」
『ああ? なんだって?』
とぼけたように言うアームは優位に立っていることを理解しており、僕をいたぶる気でいる。
足でアームの胸や腹を蹴るがびくともせず、むしろ足の裏が痛むばかりだった。
ジェフリーが拳銃をアームに構えた途端に僕を彼の元に投げ捨て、銃撃を牽制する。
縺れあうようにして僕たちは絡まって倒れ、ジェフリーは僕を押しのけようと顔を手で押してくる。
「どけ! バカ!」
「悪い!」
僕は体を避けて、ジェフリーの射線上から体を退かすがヒーローの動きも早かった。
やにわにジェフリーの拳銃が手から跳ね上がり宙を舞う。
銀色の一閃、振り上げられた足が天高く上がっており次の瞬間にはジェフリーの肩を蹴り下ろしていた。
聞くに堪えない何かしらが割れた音が鳴り、ジェフリーが苦痛から絶叫する。
『そこで大人しくてろ。クソ悪党が』
吐き捨てるようにジェフリーを見下ろして、僕の上に乗って首に両手を掛けてるアーム。
その手に力が入り、僕の息の根を止めようとしてくる。
ギリギリと軋みを上げる喉が、目が飛び出さんばかりに見開かれて、眩暈すら覚える。
『どうした? あの悪魔にならないのか?』
声を荒らげて言ってくるアームだが、僕にあの悪魔の姿になる力はなかった。
力と言うよりは道具だが、それだとしても僕に今アームに対抗する力は──。
「ぎ、ぐ──銃弾が、効かないなら……こいつはどうだ!」
途切れかけの意識の中でハッと気づいた僕は腰に収めたものをアームの腹に押し当てた。
それは、ジェフリーから貰っていた改造テイザーガン。
引き金を引いた途端に針が飛び出し、目に見えるほどアームの体が発光した。
『ギャアアアアアアアア!』
喉が裂けんばかりの悲鳴を上げるアームの手が、僕の頸を折れそうになるほど収縮して痙攣する。
電撃による筋肉の収縮作用であった。
全身がセルナノメタル製の金属ならよく電気を通すだろう。電撃ほど痛いものはないだろう。
痙攣し、硬直し、遂には泡を吹て気絶したアームが僕に向かって倒れた。
「ゲホッ! ゲホゲホッ!」
僕はアームを押しのけて新鮮な空気を肺一杯に吸い込んで咳き込んだ。
倒れて伸びるアームの姿にざまあ見ろと唾を吐きかけて僕はジェフリーに駆け寄った。
「大丈夫か? 肩割れたんじゃないのか!?」
「ああ、割れてるだろうな。興奮で痛みはないが、当分痛むぞこりゃ」
歯を食いしばりながらそういうジェフリーは僕の肩を叩いた。
「よくやったじゃねえか。大収穫だ」
「え? なにが?」
「あれ、ヒーローを生け捕りにしたじゃねえか」
顎で示したアームはテイザーの一撃で完全に意識がない。
改造の成果か、それとも単純に人間は電撃の弱いのか。どうであろうと確かなのはジェフリーの言う通りヒーローの生け捕りに成功した事だった。
「どうするんだ。こいつ」
「運ぶぞ」
邪悪な笑みを浮かべたジェフリーは立ち上がり、アームが起きないようにとテイザーの電源を入れ続けた。




