リミット
再度に州立工業大学へと赴いた僕たちはライスボール教授に任せた研究の過程を見に行った。
相変わらずのリ・ベリアンたちの抗議活動が盛んで、アーム・クランチの囚人狩り発言に過激に反応していて、人を狩るな、囚人たちのヒューマン・ライツを犯すべきではないと声高に宣言していた。
この事態を想定して、ジェフリーが行動していたのならとんだ影の扇動家だ。
あまりにも激し過ぎる抗議パフォーマンスは遂にはOSE社長の顔写真、ヒーローのグッズなどを火の中に投げ入れ、そして遂にはその事態の収拾に来た警官隊との激しい言い争いにまで発展している。
まだ少しだけ理性がリ・ベリアンたちにはあるようだが、その理性も薄氷の上にあるようなものでいつ暴動の様相を呈してもおかしくない雰囲気だ。
僕たちはその争いに巻き込まれぬように人混みの隙間を抜けて、大学の離れにある施設へと足を進めた。
掃除をしたのか、僅かながらに綺麗になった研究室に静かにキーをタイプする音だけが木霊していた。
「ライスボール。どこにいる? ライスボール!」
声を荒らげて研究室から教授を呼びつけるジェフリー。前回会ったように皮肉で返されるのかと思ったが、今回は違った。
「ようやく来たか! 早くこっちに来い」
弾んだ声で機材の陰から大声で呼ぶ教授。その反応に僕たちは少し驚いた表情でお互いの顔を見て、何事かと思い教授のいるであろう場に向かった。
旧式の大型金属立体出力機が大きな音を立てながら何やら作っているようで、彼はそれとは別の作業台に向かって、試験管の中身を検査していた。
「本調子って感じだな」
僕の言葉に親指を立てて答える教授の顔は生き生きとしたものだった。
「セルドライバーの組み立てはどうだ?」
「組み立て自体は順調だ。もとよりOSEのヒーローが使用しているドライバーはこの大学で研究していたモノの流用だからな。問題は、この子とセルナノメタルとの細胞癒着の問題だ」
教授はそう言って僕たちに座るように手で促してくる。
僕は手近な椅子に座り、ジェフリーは作業台に行儀悪く腰を落ち着かせた。
「順調ってことか?」
ジェフリーは脅すような声で教授に言うかが歯牙にも介さない様子で冷静な態度で返す。
「変身自体を求めるならな。できるだろうが、着脱の問題が大きい」
「どういったもんだいなんだ?」
僕が聞き返すことを想定していなかったのか少し驚いた顔を浮かべた教授は、ホワイトボードに彼だけが理解できる図式をかき始め説明を始めた。
「変身自体は簡単だ。セルドライバーは原子圧縮技術を使い原子構造をコンパクトに器具の中に収めるだけだからな。ただセルナノメタルの、『細胞と金属の癒着』に関して言えば赤点だ。これを見ろ」
ちょうど教授が検査していた試験管を見せてくる。
その試験管にはびっしりと赤黒い金属が内部に付着しておりいくら振ろうとも微動だにしない。
何の金属かと僕は首を捻っているとそれをゴミ箱に捨てる教授が続きの説明をする。
「今見てもらったのが、この子の血液とセルナノメタルが結合した失敗作だ。どんな電気信号を与えようとくっ付いたままだ」
「それのどこが悪い?」
呆れた様子のジェフリーが煙草を取り出して火を付けた。その光景にホワイトボードに『研究室禁煙』の文字を書いて、注視するようにと促すがそれを煽るようにジェフリーがその口からボワっと輪っかの煙を吐いて見せた。
「禁煙なのだが?」
「続けろよ。喫煙所が少ないんだこの街はこのくらい許せ。ゴミ溜めでいくらタバコ吸ったところで変わらんだろ」
嫌そうな顔を浮かべて教授はやる気の半減した様子を見せて説明に戻る。
「強化外骨格のように体表だけを強化してもマイクロウェーブ兵器の前では無力、故に蒸発する液体自体を金属に置き換えることでそれらの難点を解消している。そういった点でセルナノメタルは細胞に癒着させる必要があるが、人間だれしも金属の化け物になりたくないだろう? 結合自体は個別に弱く設定され引き剥がしも容易にするのが普通だ。だがこの子とセルナノメタルの細胞癒着は強固過ぎる。通常がマジックテープ程度の強度だとすれば、この子の場合は溶接と同じだ」
「………………」
僕は言葉を失ってしまう。姉の仇を討ちたいのは確かだが、金属の化け物になるのは嫌だ。
しかしながら金属の化け物になればヒーローを倒せない。全く持って歯がゆい限りだ。
「チェンバーとしての因子が少なすぎる。その影響もあって細胞癒着が強固なのだ。第一にこの子は本当にチェンバーなのか?」
「間違いないはずだぞ。なんせ一度変身しているからな」
「正直な話をしてしまうとよく変身出来たものだ。変身もままならん筈だ」
どうなのかといった顔で僕を見てくる二人に、この現実を呑みことで必死の僕は如何にか言葉を絞り出した。
どうもこうも僕はあの病院での事は不運であり、そして変身したことは怪奇現象と何ら変わりはない。
何故変身出来たのか、何故変身したのか。その事で頭がいっぱいだったが、ふとあることに気が付いた。
「ベルト付けてたな……」
頭によぎったのはシヴァルドにOSE装甲車に乗せられてすぐに、腰から何かしらを力任せに引きちぎられたことだった。
あの器具、間違いない。あれはアームが付けていたセルドライバーだった。
その小さな呟きに、煙草の紫煙と驚きでむせ返るジェフリー。当然だといった雰囲気の教授は腕組んで頷く。
激昂したように叫び散らしてくるジェフリーは煙草を火が付いた状態で僕に投げつけてくる。
「なんにでそれを先に言わねえんだ」
「あんたが僕を誘拐したからだ。それに思いにふけるほどここ最近は暇してないんだ」
「このガキ……、いい度胸してんな」
それを知れた嬉しさと、早く言わなかった僕への怒りから笑顔で拳を鳴らすジェフリーに僕は身構えるがそこに教授が割って入る。
生きがいを見つけた事で精気を漲らせ、枯れた印象があったが今は瑞々しい様子で紅茶を飲む教授は、静かに僕たちの口論を鎮めようとしてくれる。
「ジェフリーお前のせいだろう。この子を引きずり回してせわしなくさせているのはお前だ」
「そうだ。教授の言う通りだ」
「ッチ」
僕たちに聞こえるように舌打ちをしてジェフリーはドカッと座り直して、話を切り上げたいといった感じに教授に聞く。
「それで? セルドライバー出来るのか、出来ないのか? どっちだ」
「試験段階だ。もう少し調整が必要だ」
「そうならそうと早くいいやがれ、手間を取らせるな」
「……えらく焦っているな。何かあったか」
「今は絶好の機会なんだ。ヒーローを殺すいい機会だ」
その言い方に何か引っかかりを覚えた。どことなく余裕を失って焦っている様子だった。
いつものような斜に構えた人を食ったような雰囲気が薄らいで、早くセルドライバーを僕に走者くさせたいといった感じでまた新しい煙草に火を付けた。
「ニュースを見たぞ。アームが発言した囚人狩り、あれのせいか」
「ああ、今が借り入れ時なんだよ」
「混乱に乗じて獲物を狩るのは合理的で最も簡単な方法だが、今回はこの街全体の話だ。普通にやってもヒーローは殺せないぞ」
「心配はご無用だ。武器はたくさん用意した」
「セルナノメタルの装皮を鉛玉程度で撃ち抜けるとは思えんがな」
教授は戸棚より論文を引っ張り出してくる。それセルナノメタルの性質に関する論文であり、目的の項目を探る様に論文に指を這わして探していた。
「あった──セルナノメタルは不形成の金属分子であり、一度それが形成されればダイラタンシーと同じ振る舞いを見せ戦車装甲並みの強度を発揮でき尚且つそれは非常に軽量である……これを打ち破る装備お前が持っていると?」
「こっちのパトロンは連邦陸軍様だ。自前で仕入れた武装で太刀打ちできないなら。ロケットランチャーでも戦車砲でも何でも揃えてやる」
「使える場面まで持っていければいいがな」
悲観的な見方をする教授は論文を定置に戻して、ジャックをしっかりと見据えて言い放った。
「セルドライバーは完成するまで渡せない。こんなモノを年端もいかない子供に渡すことは出来ない」
「僕は22歳ですけど」
「ガキと変わらん。少なくとも私の目から見てしまえばまだまだガキだ」
「生言ってんじゃねえぞ。ライスボール。物もうできるってのに指くわえて見てろってのか?」
「完成したら渡してやる。私が作った未完成品で子供を金属か生き物かも分からないモノに変える気はない」
その発言にジェフリーは椅子を蹴り上げて、銃を抜いた。
怒り心頭と言った目で教授の胸倉を掴み上げて顎下に銃口を突き付け脅し始めた。
「いいからさっさとこいつを変身させろ。ライスボール……」
「私が脅しに応じない事は良く知っているだろう」
「ああ、そのせいで手前は自分のガキを粉々にされたんだからな」
顎に強く銃口をねじ込まれても、何かしらの過去の地雷を踏まれようとも頑としてその要求を応じない姿勢を見せる教授の冷静な仮面は剥がせそうにない。
恐ろしい表情で威嚇するがその変化しない教授の顔に諦めたジェフリーが突き放す様に放した。
「……はァ、それで? いつ完成するんだ」
「3日待って、確実に完成させてやる」




