第八話 眠る横顔
どれくらい続けたのか、もう誰も把握していなかった。
神聖魔法を送る。下層を聖火で焼き、浄化で清める。交代し、また送る。その繰り返しに、時間の感覚はとうに溶けていた。かなりの時間を費やしていたことだけは確かだ。
老体に鞭を打ち続けたシャンテは、いつしか壁に背を預け、ぐったりと目を閉じている。
最後にもう一度、とシオンが索敵の糸を慎重に張り巡らせた。目を閉じ、息を殺すようにして、下層の気配を探る。
「……あらかた片付いた」
低く、掠れた声だった。
「残ってるのは、強いドラゴン種が三体。あとは――神聖魔法が効かない、何か」
その言葉に、場の空気が張り詰めた。だが、それを深く問う余裕は、もう誰にもない。
「ちょっと……休む」
言い終えるが早いか、シオンの体がぐらりと傾いた。安堵した拍子に、糸が切れたように力が抜けたのだろう。
「――っ」
隣にいたアークが、咄嗟にその身を受け止めた。
「おい……!」
野営地の外側を一人で見張っていたカイリが、弾かれたように駆け寄り、途中で止まる。
行き場を失った手が、宙で彷徨った。
アークは自分の外套を脱いでシオンの体を包むと、そのまま静かに抱き上げた。思っていたよりもずっと軽い。焚き火のそばまで運び、そっと横たえる。
そして、その頭の近くに腰を下ろした。
カイリの目が、冷ややかにアークを見据える。 アークも、視線を逸らさずに見返した。
しばらくの睨み合いのあと、先に折れたのはカイリだった。舌打ちひとつで焚き火の向こう、シオンの足元に荒っぽく腰を下ろす。手近な干し肉を火で炙り、乱暴に嚙みちぎった。
「……で。これからどうすんだよ」
炎越しに、低い声が飛んでくる。
「降りたとして、仮に目的を果たせたところで、上まで帰れるのか?」
下層は深く、降りれば戻れない。
食料もポーションも、折り返すにはもう足りない。もっともな疑問だった。
アークは懐から一枚の紙片を取り出し、カイリに見せた。帰還用の転移スクロール。これを使えば、都市の神殿にある転移陣まで、一息に戻れる。
「便利だな」
呑気な感想に、アークは付け加えた。
「一枚で、白金貨三枚する」
「……は?」
カイリの動きが止まる。
「家が建つじゃねーか」
絶句するカイリに、アークは思わず小さく笑った。
その拍子に視線がふと、隣で眠るシオンの寝顔に落ちた。
穏やかに閉じられた目元。かすかに開いた唇の隙間から、規則正しい寝息が漏れている。戦場でのあの張り詰めた気配は、今はどこにもなかった。
――エルフの里に帰ったら、家を建てるのもいいな。
脈絡もなく、そんなことを思った。




