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エルフ王――四百年後、死んだはずの妻が帰ってきた  作者: 忘却セミコロン
第一章 沈黙を解く迷宮

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第六話 泉の向こう

「目的のもんは、すぐそこにあるんだ」

カイリが、低い声で言った。穴の縁を睨みつけたまま、乱暴に頭を掻きむしる。


「だが、オレ達は魔力が空だ。一旦野営して、考えよう」

苛立ちを隠さない声だった。彼もまた、この状況に腹を立てているのだと、アークにも伝わった。


反論はない。魔力の底をつきかけた身体で飛び込めば、ルカ達を弔うどころか、彼らの仲間入りをするだけだ。頭ではわかっている。それでも、足は穴の縁から動こうとしなかった。


シャンテに袖を引かれてようやく、アークは穴に背を向けた。




動けずにいる皆に代わって、シオンは設営を率先して行っていく。


水を汲み、火を起こし、鍋を掛ける。見様見真似で干し肉と乾燥野菜を刻んで放り込む手つきは、どこかぎこちなかった。


自分が作ったスープの手順をなぞっているのだとアークが気づいたのは、鍋から湯気が立ちのぼった後だ。


硬い保存食のパンを添えて、シオンが一人ずつに配っていく。


「……ありがとう」

受け取った椀に口をつけると、熱がじんわりと腹の底にしみわたった。張り詰めていた体の芯が、少しずつほぐれていく。


ふと視線を感じて顔を上げると、シオンがこちらを窺っていた。アークとシャンテが匙を進めるのを見届けて、ようやく彼の肩から力が抜けた。


腹が温まると、頭も回り始めた。 アークは椀を置き、シオンに向き直った。

「下の様子を、詳しく知りたい」


シオンは頷き、指先で地面に簡単な図を描いていく。ホールの広さ。魔物のいる位置。アークが問い、シオンが答える。


短い問いに、短い答え。それだけの往復が、途切れずに続く。

アークとシオンが、これほど長く言葉を交わすのは、初めてだった。


シオンの声は、低く抑えられていたが、その芯はひどく柔らかい。布の縁から覗く唇は淡い色をしていて、火を映す瞳は、ゆらゆらと揺れている。


気づけば、見入っていた。


はっとして、視線を外す。頭を切り替え、作戦の話に戻る。


胸のどこかに引っかかる違和感。

だが、アークは直視することができなかった。見ないことにして、意識の外へ押しやった。


その様子を、カイリが見ていた。眉間に深い皺を寄せ、苛立ちを隠そうともしない。

赤い瞳が、じっとこちらを射抜いていた。




魔力を回復させるため、仮眠を取ることになった。

横になり目を閉じかけた、その時。


「来い」


ひどく冷たい、カイリの声。


シオンは何も言わず立ち上がり、彼の後について、闇の向こうへ消えていった。


どれほど経ったのか。


シオンが、一人で戻ってきた。わずかに濡れた髪。足元が、少しふらついていた。


すれ違いざま、何かの匂いがした。薬のような苦くてわずかに甘い匂い。


「……ふむ」

シャンテが、痛々しいものを見る顔で、シオンを見つめていた。


アークは、ふと思い出す。

時折り、カイリがシオンを連れて水辺へ行くことを。


ハイオーガは水浴びを好む綺麗好きだ。

だから、気にもしていなかった。




考えることが、多すぎる。

アークは両手で顔を覆い、岩の天井を仰いだ。


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