第六話 泉の向こう
「目的のもんは、すぐそこにあるんだ」
カイリが、低い声で言った。穴の縁を睨みつけたまま、乱暴に頭を掻きむしる。
「だが、オレ達は魔力が空だ。一旦野営して、考えよう」
苛立ちを隠さない声だった。彼もまた、この状況に腹を立てているのだと、アークにも伝わった。
反論はない。魔力の底をつきかけた身体で飛び込めば、ルカ達を弔うどころか、彼らの仲間入りをするだけだ。頭ではわかっている。それでも、足は穴の縁から動こうとしなかった。
シャンテに袖を引かれてようやく、アークは穴に背を向けた。
動けずにいる皆に代わって、シオンは設営を率先して行っていく。
水を汲み、火を起こし、鍋を掛ける。見様見真似で干し肉と乾燥野菜を刻んで放り込む手つきは、どこかぎこちなかった。
自分が作ったスープの手順をなぞっているのだとアークが気づいたのは、鍋から湯気が立ちのぼった後だ。
硬い保存食のパンを添えて、シオンが一人ずつに配っていく。
「……ありがとう」
受け取った椀に口をつけると、熱がじんわりと腹の底にしみわたった。張り詰めていた体の芯が、少しずつほぐれていく。
ふと視線を感じて顔を上げると、シオンがこちらを窺っていた。アークとシャンテが匙を進めるのを見届けて、ようやく彼の肩から力が抜けた。
腹が温まると、頭も回り始めた。 アークは椀を置き、シオンに向き直った。
「下の様子を、詳しく知りたい」
シオンは頷き、指先で地面に簡単な図を描いていく。ホールの広さ。魔物のいる位置。アークが問い、シオンが答える。
短い問いに、短い答え。それだけの往復が、途切れずに続く。
アークとシオンが、これほど長く言葉を交わすのは、初めてだった。
シオンの声は、低く抑えられていたが、その芯はひどく柔らかい。布の縁から覗く唇は淡い色をしていて、火を映す瞳は、ゆらゆらと揺れている。
気づけば、見入っていた。
はっとして、視線を外す。頭を切り替え、作戦の話に戻る。
胸のどこかに引っかかる違和感。
だが、アークは直視することができなかった。見ないことにして、意識の外へ押しやった。
その様子を、カイリが見ていた。眉間に深い皺を寄せ、苛立ちを隠そうともしない。
赤い瞳が、じっとこちらを射抜いていた。
魔力を回復させるため、仮眠を取ることになった。
横になり目を閉じかけた、その時。
「来い」
ひどく冷たい、カイリの声。
シオンは何も言わず立ち上がり、彼の後について、闇の向こうへ消えていった。
どれほど経ったのか。
シオンが、一人で戻ってきた。わずかに濡れた髪。足元が、少しふらついていた。
すれ違いざま、何かの匂いがした。薬のような苦くてわずかに甘い匂い。
「……ふむ」
シャンテが、痛々しいものを見る顔で、シオンを見つめていた。
アークは、ふと思い出す。
時折り、カイリがシオンを連れて水辺へ行くことを。
ハイオーガは水浴びを好む綺麗好きだ。
だから、気にもしていなかった。
考えることが、多すぎる。
アークは両手で顔を覆い、岩の天井を仰いだ。




