第五話 見えない道
二十二層目。
布陣が変わった。
前衛にカイリとシオン。中央にシャンテ。アークは、最後尾。
誰が言い出したのかは、わからない。気づけば、いつの間にか陣形ができていた。
「……何のつもりだ」
低く問いかけても、答える者はいなかった。
カイリは前を向いたまま歩き、シオンは黙って足を進め、シャンテは何食わぬ顔で髭を撫でている。
戦えない配置ではない。むしろ後衛からは、戦場の全体がよく見える。だからこそ、見なくてもいいものまで目に入る。
シオンが敵の体勢を崩す。その瞬間には、もうカイリの剣が振り下ろされている。合図はない。声もない。互いの呼吸を知り尽くした者同士にしか生まれない、淀みのない流れがそこにあった。
長い年月をかけて積み上げてきたものだと、一目でわかる。
胸の奥に、苦いものが湧く。
ついさっきまで、あの位置に立っていたのは自分だった。戦うことを楽しいと思い始めた矢先に、その場所だけをそっくり取り上げられたような喪失感。
助けを求めるように、シオンを見る。
目が困ったように細められ、肩がわずかにすくめられる。
休憩に入ったところで、アークはカイリを捕まえた。
「なぜ俺が後ろなんだ」
思わず大きな声が出た。
「たまにはいいだろ」
「理由になっていない」
「確かに、ならねえな」
カイリはひらひらと手を振り、悪びれもせずにどこかへ行ってしまった。
その背中を睨んでいると、視線を感じた。シャンテが楽しそうな顔で、こちらを眺めている。
「……なんだ」
問いただしても老司教は何も言わず、口の端だけで笑った。
二十三層目。
曲がった通路の先は行き止まりだった。
「ちょい、休憩」
魔力が枯渇したカイリが座り込み、シャンテも腰をトントン叩いた。
「そうだな。少し休もう」
アークが背の荷物を置く。
その先で、シオンはしゃがみ込み、床に手を当てている。
このところ、その頻度が増えている。頻繁に、執拗に、足元の石の奥へ見えない糸を垂らすように。
何かを探り続けていた。
ひどく苦しそうな横顔。寄せられた眉と、かすかに震える睫毛が、何かを堪えている。
思わず声をかけていた。
「どうかしたか?」
シオンの肩が強張った。そして長い沈黙のあと、彼は絞り出すように言った。
「ルーカスさん達はあの下に、いるかもしれない」
シオンが示したのは、その通路の何でもない一角。
カイリが小石を放る。石は床に触れた途端、音もなく消えた。石畳だと思っていた場所が幻のように掻き消え、黒い口がぽっかりと開く。
落とし穴だった。
その下は、モンスターホール。獲物が罠にかかるのを待つ、魔物の巣だ。
覗き込んだ闇の底に、シオンが探り当てたものがある。
「人の形をしたものが、複数」
シオンが、静かに告げる。
「神聖な魔力が混ざってる。でも、生きてない」
索敵の糸が、それを見つけてしまった。
彼は何度も確かめていた。確かめて、確かめて……それでも言い出せなかったのだろう。
神聖な魔力を纏った、人の形をしたもの。
半年前、この下で命を落とした、神殿騎士たち。
遺体を放置すれば、アンデッドになる。神殿騎士である彼らが、誰よりもそれを知っていた。
ルカ達が、ダンジョンに利用されている。
シャンテが、低く呻く。
その横でアークは、静かに穴の底を見つめていた。




