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エルフ王――四百年後、死んだはずの妻が帰ってきた  作者: 忘却セミコロン
第二章 世界樹への旅路

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第二十四話 仄暗い希望

確かなのは、二つのことだけだった。


この核は魔素を生み出していない。ただ、どこかから受け取り流しているだけ。そして既知の構造とは別にまだ誰も知らない下層へ続く空間が、おそらく存在する。


本物の核がそこにあるのか。二つの核がどう繋がっているのか。それはまだ、誰にも分からない。岩盤を掘り進めてみない限り、シオンの索敵も推測の域を出ない。


シオンが分かる範囲の情報を紙に書き、念のため抜いてきた核のインゴットと一緒にギルドへ提出した。


「なるほど……」

ギルド長のラディクは腕を組み、しばらく考え込んでいた。


隣の初老のホビットはインゴットを興奮気味に鑑定している。どうやら、とても希少な金属らしい。あんなに触って大丈夫だろうか。


「とにかく、調査はこれで十分だ。あとは領主と相談してみる」

ラディクは報酬の入った袋と、二人分の冒険者タグを渡してきた。


アークとシオン、ともにBランク。


「……まあ、こんなに簡単に踏破されれば信じざるを得ないだろ」


抜かれた核のインゴットを一瞥するラディク。


踏破の報告は受けていた。だが、今回。核の間にたった一日で到達し、幻影に飲まれず核を抜いてくるところを確認した。噂ではなく実力として。それならギルドとしても、ランクを上げざるを得ない。


「下層の調査が進んだときに、また協力を頼むかもしれない。いずれAにもなるだろうさ」

ラディクは苦笑いした。




二人は宿に帰り早めに休むことにした。各々、湯殿で疲れと汚れを落とす。


シオンは湯の中で自分の体を、ゆるく抱いていた。


核の間で見たアークの顔。あのまま、戻ってこないかと思った。

腕を強く掴んだときの、手の震え。あれは恐怖だった。アークを失うかもしれない、恐怖。


戻ったアークに抱きしめられ、どれだけ安堵しただろうか。


(アークがあれほど望むものって……)


優しく撫で、支えてくれる大きな手。


ふと、カイリに触れられていた記憶が脳裏をよぎる。あの頃はただ耐えるものだった。罰であり、嫌だとさえ思わなかった。


でも今は、違う。


――もう他の人には、触れられたくない。


触れるのも、触れられるのも、自分の意志で選びたい。


アークの大きな手を思い出す。


「アーク……」


愛しい名前を呟き、シオンはゆっくりと部屋へ向かった。




先に部屋へ帰っていたアークは、濡れた髪を乾かしもせず項垂れていた。


ダンジョン核《コア》で何かを見るのは、分かっていた。


迷宮都市の核の間では、何も見なかった。そして抗えたカイリを間近で見ていたから、自分も大丈夫だと軽く考えていた。


今回の核に、魂の禁呪を提示されたとき。

これを手に入れられるなら、死んでもいいとさえ思った。


「カイリは、これに抗ったのか……」


すごいな。

素直に、そう思った。


その時、シオンが湯殿から部屋に戻ってきた。

熱に浮かされたような顔で、アークに近づいてくる。


「アーク……」

甘くて拙い、心を掻き乱す声。


思わず喉が鳴った。


彼女はゆっくり彼の襟を引き寄せ、唇を重ねてくる。


控えめに舌が入って、アークの舌先に触れる。応えるように、彼女の牙を優しく舐めた。


(これは、もどかしいな)


「俺を、どうしたいの?」

唇を離されたアークが笑って、シオンの指に自身の指を絡める。


シオンはアークを見つめ、ぽつりと呟いた。

「アークは……子どもが、欲しい?」


一瞬、アークは何を言われているのか、わからなかった。


エルフは他の種族と血が交わらない。アークのように他の種族と番う者も稀にいるが、皆、子はいない。


――シオンが子どもを望んでも、応えてあげられない。


アークの背中に、冷たいものが伝った。


その顔を見て、シオンが眉を下げた。

「私は……欲しくない」


「……え?」


「薬、捨てたでしょう?アークが望んでいるならと何度も考えたけど……やっぱり、私は二人だけでいたい」


呆然とするアークに、シオンが俯く。

「ごめんね」


「え、待って……」


(薬? 捨てた?)


アークは、ハッと思い出した。

「あの……薬瓶のこと?」


シオンがアークの部屋に来た、あの日。荷物を整理していた中に、あの薬があった。

毒性もあるし飲む必要もないと、シオンに確認も取らず……確かに、捨てた。


シオンが申し訳なさそうに呟いた。

「ごめん……」


アークはしばらく唖然としていたが、額に手を置き大きく息を吐いた。

「いや、勝手に捨てたのは悪かった。シオンの体が、心配だったんだ」


「アーク……」


アークは困った顔で笑った。

「エルフは他の種族との間に子どもができないから……考えもしていなかった」


「え、そうなの?」

シオンが、目を見開いた。


ーーじゃあ、彼の渇望するものとは何だろう。


アークが頷く。

「それに……俺が望んでるのは、シオンと二人で生きていく時間だ。それだけは、ずっと変わらない」


「そっか、よかった」

シオンが安堵を浮かべて笑った。


いつもどこか、自分のことを他人事のように見ていたシオン。でも最近は自分で考え、悩んで、決めている。その変化が、アークは嬉しかった。



シオンの腰に手を回し、アークは額を合わせた。


安堵の裏側に、まだ消えきらない震えがあった。核の誘惑にあと一歩で呑まれかけた感覚は、今も体のどこかに冷たく残っている。


それでも、今は。

今はこの温もりの方を、強く感じていたかった。


「これからは、もっとちゃんと話そう」


「……うん、そうだね」

アークが渇望する願いは、いつか彼から話してくれるのを待ちたい。シオンは彼の目を見て、静かに笑った。


重なる影をランタンの光が、優しく揺らした。




腕の中で眠るシオンを見つめながら、アークは核の間で見たものを思い返していた。


己の渇望するものを、見せられた。


今生を共に生きるだけでは、足りない。死んだ後も、魂を繋いでいたい。それすらも足りず、たとえ輪廻の果てで姿形が変わっても、必ず見つけ出したいと願っている。


――俺は、どこまで欲しがっているんだろう。


核は――王立図書館の禁書庫を見せた。

王都ミズガルにある、この国で一番大きい図書館。


あの本はそこに、本当にあるのかもしれない。

アークにとって王都は、古い記憶が眠る場所。できることなら、避けて通りたかった。


それでも。可能性があるなら、調べたい。


アークはシオンの頭に、そっと顔を寄せた。


――来世すら、誰にも渡したくない。


アークの中に仄暗い希望が、静かに灯りはじめていた。

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