第二十三話 核が映すもの
「情報と食料、あとは薬やポーションが必要だな。シオンの武器は明日?」
アークは口元に手を置いて、シオンに尋ねた。
「うん。明日、受け取れる予定」
「じゃあ、分担しよう。俺は教会で、神殿関係者から情報を集めてくる」
シオンは頷いて、アークから荷物用の袋を受け取る。
「買い出しは得意。任せて」
「……食料は、ほどほどにな」
張り切るシオンにアークは少し笑って、彼女の額に口づけた。
ギルドに併設している商業施設では、少し割高だが一通り揃う。
シオンは携帯用野菜や乾燥肉、ポーションなどを迷いなく購入していく。
ふと、薬棚の小さな薬瓶に、目が止まった。
(これ……)
かつて常飲していた、あの薬。
アークの部屋に身を置いてから、いつの間にか無くなっていた避妊薬。
――もしかしてアークは……欲しいんだろうか。
穏やかな日々の中、少し柔らかくなった自分のお腹を、そっと触った。
工業都市アイゼルの迷宮。
鉱山跡地から入り口が複数見つかったダンジョンで、珍しい鉱石が湧く。そのため、冒険者に混じり、職人達も自ら潜るのが珍しくない。
低層階は広いが、入り口が鉱山跡地にしかできないため、その構造は比較的把握されている。そしてこの地域の領主の元、ダンジョンは厳重に保護され、核を抜くことは許されていなかった。
「ダンジョンを資源として活用しているんだな」
アークはダンジョンの天井を仰ぎ見た。ドワーフ達が掘り進めた整然とした採掘跡があり、所々に鉱石が露出し鈍く煌めいている。冒険者の中に採掘者の格好の者も散見された。
「不思議だね。ダンジョンにも違いがあるなんて」
シオンも床に手をつけ、階層を探っている。
シオンの新しい武器は、彼女の腰に収まっていた。
ショートソードとパリングダガー。
魔物用にと強度と鋭さを重視したため、今までの武器より重い。
(もったいないな……)
アークはシオンの機動力を殺しかねないその選択を、今一つ理解できずにいた。
その時。
床から手を離し、シオンが開けた場所まで素早く移動した。
「アーク。持ち上がったら、腹の節を狙って」
それだけ言ってシオンはショートソードを構え、近くの石を蹴り飛ばした。
坑道の奥から地響きが聞こえ、シオンは反対方向へ素早く走り出す。
「……!!」
途端、シオンを追って蠢く岩の列がアークの正面をすり抜けていく。
巨大百足。
シオンはそのまま壁を蹴り、足場を使って飛び上がる。ムカデの頭が、シオンを追って高く上に持ち上がった。
(これか!)
硬い外殻に刃は通らない。だが、節と節の繋ぎ目――そこだけは、皮が薄い。
アークは持ち上げられた胴体の、ちょうど節の隙間めがけて、力を込めた一閃を叩き込んだ。
柔らかい筋が深く断たれる感触があった。支えを失った巨体が大きく仰け反り、そのまま後ろへ崩れ落ちる。
その瞬間。上から飛び降りたシオンが、百足の頭にショートソードを突き立てた。
振り落とされた尾が、人の腕ほどもある毒針を振り回しながら地面を叩く。アークはその根元へ剣を突き刺し、暴れる尾を地に縫い止めた。
大きく息を吐くアークに、シオンが高揚した顔で駆け寄る。
「アーク!」
飛びついて抱きつくシオンを、咄嗟に抱き留めた。
「すごい!できた!嬉しい!!」
「シオン?」
「これなら、一緒に戦える!!」
一緒に……。
今までの連携で、シオンは歯痒かった。指示を出し、獲物を弱らせ切ってもらうか、急所を一撃で落とすことしか学んでこなかった。
背中を預け合う戦い方をしてみたかった。
斬撃に魔力を乗せることに共鳴し、アークとカイリが二人で楽しげに敵を叩き伏せていく。それが、ずっと羨ましかったのだ。
「そんなことを思っていたのか」
「うん。一緒に戦えるようになりたかった」
――だから、この武器だったのか。
「……もう少し先に教えてくれないか?生きた心地がしなかった」
「うん、ごめん」
そう言いながら嬉しそうに首に擦り寄るシオンの頭に、アークはため息をつきながら頬をのせた。
ギルドで受け取った地図とシオンの探索魔法を頼りに、下層を目指す。
「このダンジョンは構造があまり変化しないんだね」
シオンが罠の位置を地図で指差しながら、呟いた。
「そうみたいだな。降りるのが楽でいい」
散歩のような気軽さで魔物を難なく退け、時々野営を挟みながら、下層まで二人は降りていった。
核の間に近づくにつれ、通路の空気が変わっていった。
魔導ランプの間隔が狭くなり、壁の継ぎ目には幾重にも結界の印が刻まれている。管理されたダンジョンの一番神経質な場所に足を踏み入れているのだと、嫌でも分かった。
核の間の前には、警備兵達が立っている。
ギルドからもらった通行書を見せ、扉を開けてもらった。
重い扉の向こうは静まり返っていた。先ほどまでの喧騒が、嘘のようだった。
石造りの台座に淡く光る結晶――抜かれたはずの核は、小さいながらも確かにそこに再生しつつあった。魔素も絶えず供給され続けている。
「……あるね、核」
「ああ」
彼女は何度か周囲を見まわし、幻影が見えていないかを慎重に確認する。
そしてまだ小さい核の光に、手を入れてみた。
淡い光が周囲を包み、シオンの手には小石ほどのインゴットがのっていた。
「これが、核……」
台座を見ると、すでに小さな光の粒子がわずかに集まり出している。
「この核、魔素を生み出してない。ただ受け取って流してるだけ。どこから来てるか探ってみるね」
「……ああ」
アークの声がわずかに掠れていることに、シオンは気づかなかった。
シオンが台座に手を当て、索敵の糸を這わせている。
その光景を見ていたはずのアークは気づけば、見覚えのある場所に立っていた。
――王都ミズガルの、禁書庫。
ルカとシャンテと迷宮都市へ移る前。シャンテが入っていくのを扉の外から見た、あの部屋。
その中央。台座の上に、一冊の本が置かれていた。
古びた革表紙。背には世界樹の紋様と――禁呪の意匠がある。
『魂結びの術式』
その文字を見た瞬間、アークの心臓が強く跳ねた。
理屈より先に確信があった。
――これさえあれば、シオンと繋がっていられる。
ずっと探していたものが、そこにあった。
足が勝手に、前へ出る。手を伸ばせば、届く。あと少しで――
「アーク!!」
鋭い声が耳を打った。
伸ばしかけた手首を、誰かが強く掴んでいる。視界が一瞬にして揺らいだ。
気づけばそこは、ダンジョンの核の間だった。禁書庫の幻影は跡形もなく消えている。
目の前には泣きそうなシオンの顔があった。必死の形相でアークの腕を、両手で押さえ込んでいる。
「……シオン?」
「だめ……!!だめだよ、アーク!!」
シオンの声が震えていた。
「コアの幻影に触れたら、魂ごと持っていかれるのを忘れたの!?」
アークは自分の手が……台座のすぐ近くまで伸びていたことに、今さら気づいた。
心臓がまだ、うるさいくらいに鳴っている。
「……俺、は」
何が見えていたのか。
何に手を伸ばそうとしていたのか。
シオンは何も聞かず、ただアークの手を強く握ったまま震えている。
「……行かないで」
その一言に、アークはようやく体に力が戻ってくるのを感じた。
「……ごめん。止めてくれて、ありがとう」
そう言って、彼女を抱きしめた。




