第二十二話 低ランクの踏破者
アイゼルは、山の奥深くにあった。
切り立った岩壁に囲まれた工業都市。鉱山で成り立ち、至る所から金属を叩く音と蒸気の匂いが漂っている。石造りの建物が段々に積み重なり、太い煙突がいくつも空を突いていた。
街の東側には、山脈の地下へと続く国境がある。ドワーフの国と隣接するこの街には、鍛冶と魔導具加工を生業にする者が多く住んでいた。
駅を出たとき、アークは自然とフードを深く被った。
「アーク、どうしたの?」
アークはシオンの耳元に寄せる。
「エルフはドワーフに嫌われてると聞いて……」
「えっ……そうなの?」
昔からエルフが歓迎されない土地だと聞いていた。もっとも鉱山近くのダンジョンが発見されてからは、冒険者や職人を求めて多種族が集まるようになったらしい。それでも、念のための警戒だった。
シオンはチラリとアークを見上げた。目立つ長身と、フードから覗く淡く白い金髪。そして、冷たい青灰色の瞳。エルフの美貌は特徴的だ。
(耳だけじゃ隠せてない気がするけど……)
シオンが隣で小さく笑った。
親切な騎馬兵に紹介された鍛冶工房は、職人街の奥まった場所にあった。
足を踏み入れた二人は、壁に掛かった剣の刃を目で追い、棚に並んだ武具の重心や柄の形を自然に見てしまう。
やはりお互い戦闘職だ。学術都市での穏やかな生活のあと、金属の匂いと鍛えられた武具の気配が体の奥をくすぐる。
無骨なドワーフの店主はアークを一瞥し、少し眉を寄せたが、シオンの取り出した剣を見て目を輝かせた。
「こいつはドラウグヴァルの意匠じゃねぇか!……嬢ちゃん、鬼の国出身?いや、ハイオーガか?」
頷いてシオンは、人差し指で片方の口の端をぐいっと広げた。申し訳程度の牙が、ちょこんと見える。
店主とアークは同時に顔を背けた。
「……ごほん。あー、すまん」
「……?いえ」
シオンは真剣だったが、隣のアークは口元をおさえてわずかに震えていた。
改めて店主が剣を検め、口の端を上げた。
「……こりゃ、派手にやったな」
「……はい」
「対人用の刃を硬い魔物相手に酷使したな。しかも一度や二度じゃねえ」
シオンがわずかに目を伏せる。図星を指されたのが、少し気まずいらしい。
「……直せますか?」
「無理だな。刃をつなぐだけならできなくもない。だが元の強度には戻らんだろう。根元から砕けているし、金属そのものにも疲労が溜まっている」
店主の言葉に、シオンは少し考え込んだ。
「命を預けるなら新しい剣を探した方がいい。 ここでなら、使い手に合わせて仕立てることもできる」
シオンはアークを見上げた。
「ん?」
アークがわずかに顔を傾ける。
――この人と、生きていく。
これから先も隣で戦うのなら。互いに背中を預けられる武器がいい。
「じゃあ……新しく仕立てたい。二本」
「ああ、任せろ。最高の武器を作ってやるよ」
店主は、満更でもなさそうに頷いた。
剣が仕上がるまでの数日。
二人は、宿を拠点にアイゼルの街を見て回った。歯車仕掛けの魔導具が並ぶ露店、職人が腕を競う品評会、どれも活気があった。
二人が立ち寄った防具屋にはドワーフ特有の頑丈なプレートや、軽量で魔力伝導の良い皮鎧が並んでいた。シオンは軽い手甲や脛当を手に取り、指で感触を確かめる。アークは重めの肩当てを持ち上げ、重さを計るようにしていた。
「これ、動きやすそう」
シオンが小さな肩当てを体に当ててみる。
「試着してみるといい」
「うん。そうだね」
「今後のためにお互い揃えておこう。俺も、胸当てを少し補強したい」
店員のドワーフが慣れた手つきでサイズを合わせてくれる。二人は鏡の前で互いの姿を確認し合い、小さく頷き合った。久しぶりの武具選びに自然と会話が弾む。
「やっぱり、こうしてると落ち着くかも」
シオンが砥石を触りながら言う。
「俺もだ。しばらく剣を握らなかったのが、かえって新鮮に感じる」
アークはフードの下で小さく笑い、彼女の頭を軽く撫でた。
最後に立ち寄ったのは、冒険者ギルドだった。
掲示板には、鉱山周辺や坑道の警備、物資護衛の依頼がびっしり貼られている。二人は並んでそれを眺めた。
「アーク。低級の依頼、息抜きにどうかな?この程度なら短刀一本でも大丈夫だし」
シオンが少し目を細める。
「いいな。体が鈍ってるから、俺も動きたい」
そう言ってアークは掲示板から一枚、簡単そうな依頼書を抜いた。内容は坑道近くの小型魔物の討伐。報酬はそこそこ、危険度は低い。
「これでいいか」
「うん。ちょうどいいと思う」
シオンは自身のEランクのタグを取り出した。
アークが目を見開く。
「シオンがEランク?嘘だろう?」
下層まであっさり降りる実力は、少なく見積もってもC相当以上。戦闘力も加味すればBランクは堅いだろう。
「えっ。……ああ、依頼をあまり受けてなくて」
冒険者ランクは、実力だけで決まるものではない。討伐実績や依頼の達成率も評価に含まれる。ダンジョンの探索で宝箱を漁ることの多かったシオン達は、実力に反して実績が少なかったのだ。
「……なるほど。まあ、俺も新規登録でFからだし、ちょうどいいか」
世界最難関ダンジョンの踏破者が、共に低ランク。二人で顔を見合わせて笑った。
ギルドの受付をしていた初老のホビットはシオンのタグを調べ、何かに気づいたように顔を上げた。その視線が、隣のアークへ移る。
「……少々お待ちください」
ホビットは奥へ引っ込むとすぐに戻ってきた。
「どうぞ、こちらへ」
アークとシオンは顔を見合わせた。
奥の応接室でしばらく待つと、大柄な人間の男が豪快に入ってきた。
「待たせたな!俺がここのギルドマスターのラディクだ。君ら二人が、ヴァルグラルのダンジョン踏破者だな」
聞けば、踏破から数週間後。神殿からギルドへ報告があった。
アーク達が踏破したのを目撃したと。そして全員が祭り上げられるのを希望しなかったと。
ただ、彼らのおかげで手をつけられなくなりつつあったダンジョンが沈静化したため、その功績を神殿側は讃えている。
そこでギルド側にも彼らへ相応のランクを与えるなど、何らかの配慮を考えて欲しいとの通達があったそうだ。
ふとアークの脳裏に、シャンテのにやけた顔がよぎった。
『神殿騎士を辞めてシオンを里に連れ帰るじゃと? そりゃ構わんが……嫁を持つなら仕事を見つけてしっかり稼がんとな!』
(……やられた)
高ランクの方が報酬の高い依頼が受けられるからと、お節介に根回しされた気がした。
「とはいえ、だ。ギルド側としては確認する術がない。そこで証明ついでに一つ、依頼を受けてもらいたい」
ラディクは紙を一枚、二人の前に広げた。
「この都市で管理しているダンジョン核――そいつが何者かに抜かれた形跡がある。だが、魔素の供給は止まっていない」
アークは紙面に目を落とした。
核はダミーの可能性がある。どこかに、さらに下層への道があるのではないか。その懸念が調査依頼の要旨として簡潔にまとめられていた。
「その場合、深刻な事態が誰も知らないところで進んでいる可能性がある。調査を急いではいるんだが……どうにも進展がなくてな」
深刻な事態――魔物の大侵攻『スタンピード』
ダンジョンの核が不安定化することで魔素が溢れ出し、爆発的に増殖した魔物たちが地上へと溢れ返り、すべてを蹂躙し尽くす最悪の厄災。
ラディクは太い腕を組んだ。
「核の間を見て何か手がかりを掴んでほしい。踏破者になら頼めると思ってな」
アークとシオンは顔を見合わせた。
「……受けよう」
迷いなくアークは答えた。
シオンも小さく頷き、二人は依頼書に署名を記した。




