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エルフ王――四百年後、死んだはずの妻が帰ってきた  作者: 忘却セミコロン
第二章 世界樹への旅路

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第十九話 追いつく気持ち

「少し、寄りたい街があるんだ」


都市を往復する馬車の中。絡めた指を弄びながら、アークはシオンに囁いた。


「うん、いいよ」

どこに行くのかも、何をするのかも聞かないシオン。


ルカに助け出されたばかりの自分と重なり、アークは胸の奥が痛んだ。


「……学術都市ヴィディアル。行ったことは?」


「ううん。他の街は初めて」


「そう。少し調べたいことができたから、しばらく滞在しようと思う。いいかな?」


「うん。楽しみ」

シオンは目を細め、嬉しそうに微笑んだ。


どんな街なのかも、何ができるのかも、まだわかっていない。それでも、彼女は楽しみだと言う。


「……何が、楽しみ?」

意地の悪い質問が、アークの口からこぼれた。彼女自身に、考えてほしかった。


シオンは少し俯き、考え込んだ。

「……何だろう。でも、アークと一緒だと、何でも楽しいから」


その答えに、絡めた指を握る力が、ほんの少し強くなった。

二人一緒なら、何でも楽しい。そう言ってくれる彼女が、愛おしかった。


「シオンはある? ……何か、やってみたいこととか」


「えっ」

シオンは目を瞬かせた。まるで、そんなことを聞かれるとは思ってもいなかったように。


しばらく考えた後、眉を下げる。


「……どうしたの?」

アークが覗き込むと、シオンは耳まで赤くなった。


「……料理」


ぽかんとした後、アークは思わず吹き出した。


出会って間もない頃、味のないスープを差し出してきたシオンを思い出した。あの時も、彼女は恥ずかしそうに耳を赤くしていた。


「教えようか?スープの味付けとか」

からかうように言うと、シオンは少し悔しそうに口を曲げた。それから、ほんの少しだけ笑って頷いた。




大きな河川に沿うように広がる街、学術都市ヴィディアル。


中央には図書館を併設した大きな学校があり、その外側を研究塔が取り囲んでいる。


料理をしたいというシオンのために、アークは宿ではなく、家具付きの小さな家を借りた。

二階建てのこぢんまりとした住居。窓を開ければ、川の流れと遠くにそびえる研究塔が見えた。


戦いとは無縁の日々が、そこから始まった。


台所に立つ時間はシオンにとって、一番大事な時間になった。


レシピを真剣に読み込んでは、材料の大きさをきっちり測って切る。眉を寄せて慎重に焼き、鍋から目を離さずに煮こむ。

味を確かめ、調整して、また味をみる。


「ふぅ。……すごく、難しい」


料理というのは、どうしてこんなに手間暇をかけるのだろう。


ふと、以前のことを思い出す。


ルーカスのいるモンスターホールを前に、張り詰めていた時。差し出した碗を受け取り、アークがスープを口に運んだ。そして、ほっとしたように息をついた。


ようやく、力を抜いてくれたのだ。


あの時、シオンは嬉しかった。

また、自分の作ったものを食べて欲しい。美味しいと笑って欲しい。


――アークに。


そこまで考えた瞬間、胸が大きく跳ねた。

「……っ」


「シオン?」


「……何でもない」


慌てて鍋へ視線を戻す。胸が高鳴っている。


いつも通り、すぐそばにアークがいるだけなのに、どうしてこんなに落ち着かないのだろう。


アークが笑ってくれたら、嬉しい。アークが喜んでくれたら、自分も嬉しい。


――どうして?


その時、脳裏に昔の記憶が蘇った。


アリアとカイリ。


二人が互いを見つめていた姿は、いつも幸せそうだった。それなのに、どこか切なそうで。そして、苦しんでいた。


あの二人の間にあったものを、シオンは知っている。

けれど、それは自分には関係のないものだと思っていた。


「……これが」

小さく呟く。


これが、恋なのだろうか。


そう思った瞬間、アークが心配そうに顔を覗き込んできた。

「どうした?」


前髪が触れる距離で目が合った。


「……っ」

シオンは思わず顔を背け、一歩後ずさった。


「え? ……俺、何かしたか?」


「ち、違う」


「じゃあ、何?」


距離をまた詰めるアークに、シオンは慌てた。

「待って……今、アークの顔……見れない」


切なそうな顔に、潤んだ瞳。

アークはシオンから目を離せなくなる。


「……恥ずかしい」

シオンはついに両手で顔を覆う。


「……どうしたらいいか、わからない」

指の隙間から見える頬が、赤い。


しばらくの間、アークはその様子を惚けた顔で見ていた。

そして、ようやく思い至る。


――もしかして、今さら自覚したのだろうか。


ふと、笑いが込み上げた。

動けないシオンの耳元に唇を寄せ、アークは囁くように言う。


「たくさんキス、してるのに?」


「……」


「毎日俺に、抱かれてるのに?」


「やめて……」

シオンは耳まで真っ赤になってしまった。


アークは可笑しそうに笑った。シオンはますます俯く。

「笑わないで……」


「ごめん」

そう言いながらも、アークの口元には笑みが残っていた。

「可愛い」


「……」

シオンはしばらく俯いていた。胸の鼓動は、まだ速い。恥ずかしい。どうしていいか、わからない。


それでも。


ゆっくりと顔を上げた。そっと伸ばした指先が、アークの服を少し引く。


「ん?」

アークにまっすぐに見つめられ、シオンの胸がまた大きく鳴った。呼吸が止まりそうになる。


――それでも、今、伝えたかった。


「……アーク」


「うん。何?」


「……好き」


「……っ」


アークは思わず、片手で顔を覆った。

「……ちょっと、待っ、て」


「?」


困ったような表情で、耳まで赤くしていた。


――いつも飄々とした彼が、こんな顔をするなんて。


シオンが見つめていると、アークは深く息を吐いた。それから、顔を覆っていた手を下ろす。


何か言おうとして、やめた。


代わりにシオンを抱きしめた。腕に込められた力は、いつもより少しだけ強かった。


シオンは彼の胸に頬を寄せる。


「……アーク?」


返事の代わりに、髪に唇が触れた。しばらくして、頭の上から小さな声が落ちてくる。

「……俺も、どうしていいかわからない」


その言葉にシオンはくすぐったそうに笑った。アークも、困ったように笑っていた。


心地よい互いの鼓動が、柔らかく二人を包んでいた。


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