第一話 迷宮の底で
世界最大のダンジョン都市、ヴァルグラル。
その地下深くで、エルフの神殿騎士アークと司教のシャンテは、聖火を灯していた。
炎に照らされているのは、まだ新しい遺体だ。
先日、臨時で雇ったばかりの斥候と戦士と魔導士――三人組の冒険者。
雇う際に必ず同意させる一項目がある。
『宝箱などは、絶対に開けないこと』
その約束を、彼らは破った。
「……律儀に守るやつの方が少ないがのう」
シャンテがぼやきながら、聖火をくべる。骨まで灰になるまで焼き尽くし、周囲一帯に浄化の光を広げていく。
この工程を怠れば、死者の魂はダンジョンに絡めとられ、アンデッドとなって溢れ出す。それを防ぐのが、ヴァルグラルに常駐する神殿騎士団の仕事だった。
回収するのは遺品だけ。遺体は残さない。
淡々と、それだけを繰り返す。
アークとシャンテの二人が潜ると、寄り道も収集も一切せず、最短距離でひたすら下層を目指す。それゆえに、二人についていけば普段より遥かに早く深層へたどり着けると噂され、下層の希少な宝に目を眩ませた冒険者たちが後をついてくることも少なくなかった。
だからこそ、報酬を払い依頼をしているのに。
今回もこの有様だ。
「……またか」
アークが短く吐き捨てる。
「こりゃ一度、上に戻るしかないのう」
シャンテが顎髭を撫でながら決める。せっかくここまで潜ったが、二人では火力も探索能力も心もとない。
(ルカ……)
下層で死んだ、仲間の神殿騎士が思い浮かぶ。
兄のように慕っていた。穏やかで強い、アークの憧れ。
沈みそうになる気持ちを振り払い、アークはシャンテに同意した。
「そうだな、戻ろう」
無理を押して進めば、次に灰になるのは自分たちかもしれない。
そう判断したときだった。
通路の先から、二人の人影が現れた。
一人は上背のある美丈夫で、ラフな軽装に荷物を無造作に担いでいる。赤い目、黒髪の短髪。額に角がある。ハイオーガだろう。
もう一人は、赤毛の混じる黒い三つ編みと鼻先まで届く長い前髪。口元を覆う布で顔の大半を隠した、線の細い――少年。
「おい、あれ開けろ」
美丈夫の男が、通路脇に置かれた宝箱を顎で示す。
「待て、それはやめろ……!」
アークが咄嗟に制止する。鍵穴の周辺に毒霧を散らす罠がある。
だが、少年は一瞥しただけで、迷いなく手を伸ばした。指先から放たれる魔力が鍵穴の周りをなぞり、二、三度小さく差し込んだ器具を動かす。
かちり、と乾いた音がして、蓋が開いた。
拍子抜けするほど、あっさりと。
アークとシャンテが、思わず息を呑む。
「お前たち、一体……」
問いかけようとした、その瞬間だった。
通路の奥から、獣の唸り声が地鳴りのように迫ってきた。ブラッドハウンド・ファングの群れ――死肉の匂いに誘われたのだろう。
アークとシャンテが同時に武器を構える。だが、それより先に、少年の体が動いていた。
音もなく、群れの只中へ駆け込む。翻る布の合間に閃く刃が流れた。狙うのは、ただ一点――足の腱だけ。
一匹、また一匹と、前脚を斬られた獣たちが体勢を崩し、次々ともつれ合うように倒れていく。統率を失った群れの動きが、一瞬にして止まった。
少年が、短く言った。
「カイリ」
「おう」
その声に応え、美丈夫の男が炎を纏った魔剣を一閃させる。紅蓮の斬撃が弧を描き、崩れた群れを一薙ぎに刈り取った。
静寂が戻る。
少年がふと顔を上げ、アークと目が合った。焼け焦げた獣の群れへ、こくりと小さく首を傾ける。
「浄化」
言われて、アークははっと我に返った。慌てて聖火を広げ、浄化の光を纏わせる。ブラッドハウンド・ファングの群れは、みるみるうちに灰となって崩れていった。
「――ほう!」
シャンテが目を輝かせて、二人に歩み寄る。
「凄腕の二人組がいると聞いておったが、お主らのことじゃったか!いや、強いのう!」
アークにも、聞き覚えがあった。たった二人で下層まで潜り続ける、美しいハイオーガの魔剣士と、その傍らにいる黒衣の少年。
シャンテは上機嫌のまま、間髪入れずに切り出した。
「どうじゃ、今からでも儂らに雇われんか。このまま下層まで、付き合ってほしいんじゃが」
提示された安くない額に、特に目的もなく潜っていたらしい男――カイリは、興味なさそうにあっさりと頷く。
アークは、少年の方が気になった。彼の意思はどこにあるのか。ちらりと視線を送る。
(彼は、それでいいのか?)
少年は何を言うでもなく、当然のように、静かに受け入れていた。




