↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフ王――四百年後、死んだはずの妻が帰ってきた  作者: 忘却セミコロン
第一章 沈黙を解く迷宮

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/27

第十七話 シオンを

神殿の寮にある、アークの私室。

そこで彼は、荷物の整理をしていた。


部屋は殺風景だった。壁一面を占める本棚には、古文書と魔導書がぎっしりと並んでいる。それ以外には、簡素な寝台と、使い込まれた机、椅子が一脚あるだけ。


窓の外では、木々が風にざわめいている。まだ日は高いが、荷造りにはちょうどいい静けさだった。


扉が、小さくノックされた。


「箱、持ってきたよ」

シオンだった。


「ありがとう」


彼女の抱えていた木箱を受け取り、机の脇にそっと置く。


「これ、どうするの?」


「売る本を詰めようかと」


「そっか、手伝う」


短いやり取りのあと二人は黙々と、本棚の書物を箱に詰め始めた。古い革表紙の感触を確かめながら、一冊、また一冊と積んでいく。


「物、少ないね。本はこんなに多いのに」


本が減ると、その異常な物の無さが際立った。


長く神殿に仕えてきたのに、私物がほとんど無い。積み上げてきた歳月に対して、あまりにも軽い荷物だった。


「ああ。そのうち、ダンジョンで死ぬだろうと思ってたから」


シオンが少し笑った。

「私も、そう」


それを聞き、アークは部屋の隅にあるシオンの鞄に目を移した。




ダンジョン核を抜いた、一週間前のあの日。


魔力の流れが止まったのを確認して、四人は帰還スクロールで帰って来た。


「踏破達成は英雄扱いになる。ギルドや領主に呼ばれて晩餐会やパレード、ってところかの」


シャンテからそう聞いて、カイリは疲れた顔をした。

「勘弁してくれよ……」


「はっはっは!では、秘密としておくか」

シャンテも面倒臭かったらしい。


核《コア》を抜いたダンジョンは、ゆっくり時間をかけて閉じていく。魔物が湧きにくくなり、壁が少しずつ崩壊し、やがて土に還る。

報告などなくとも、そのうち気づくだろう。


他人事のようにぼんやり聞いていたシオンに、アークが声をかける。


「シオン」


「ん? どうかした?」


「これからは、俺と暮らさないか」

カイリと宿に帰す気はない。


シオンは少し照れながら、嬉しそうに頷く。


ホッと息を吐き、アークも笑う。

「よかった。じゃあ早速、シオンの荷物を取りに行こう」


シオンは少し考えると、頭をわずかに傾けた。

「……荷物?」


「……え?」


シオンの持ち物は、ダンジョンに潜る際に持つ鞄に全部入っていた。


少し驚いたが、逃亡して来た過去があるから、そんなものかと流していた。




「……午後から、少し買い物に行こうか」


「買い物?」


「そう。服とか、靴とか……色々」


「いいね、行こう」


何を買おうか。欲しいものはあるか。

弾む会話の中で、本棚の書物は少しずつ減っていった。




本があらかた片付くと、他の書物に紛れていた宝石箱が、シオンの目に留まった。


黒檀に金の細工が施された、小さな宝石箱。

とても綺麗で、とても新しかった。明らかに、最近手に入れたばかりのものだと分かる。


手を伸ばした、その時。

後ろから大きな腕が、そっと彼女を包み込んだ。


「……アーク?」


この一週間で触れ合うことが随分自然になった。


アークは何も言わずに、彼女の肩に顎を乗せる。

振り向かなくても、その微かな笑みの気配が伝わってきた。


「俺の、宝物だ」

低く、優しい声だった。


「開けてみて」


シオンは小さな留め具にそっと指をかけ、蓋を開いた。


指が、止まる。


「……これ」


声が震えた。


中に入っていたのは――丁寧に洗われ、三つ編みに整えられた、赤みの混じる黒髪。


自分の髪だった。


あの日、アークの嫌悪感を少しでも和らげようと、迷いなく切り捨てた髪。


(……こんな、ものを)


目の奥がじんと熱くなる。


アークは短くなったシオンの髪に顔を埋め、しばらくそのままでいた。


「シオン」


「……ん?」


「一緒に、俺の故郷に行かないか」

囁くような声。


「大陸を越えた、海の向こうにある島だ。世界樹がそびえる、エルフの里」


無意識にこわばったシオンの手に、アークは自分の手を重ねた。


「世界樹の下で誓って……君を、妻にしたい」


「私を……?」

震える声で、シオンが聞き返す。


「シオンを」

その一言に、迷いはなかった。


こみ上げる涙を堪えきれず、シオンの目から大粒の雫がこぼれ落ちた。驚きと抑えきれない喜びが押し寄せてくる。


そんな彼女を、アークはそっと自分の方へ向き直らせる。


「一緒に来てくれる?」


シオンは声にならないまま、小さく頷いた。

アークはわずかに笑い、彼女の頬を両手で包む。


「愛してる」


そして静かに、唇を重ねた。




窓の外で、木々が風に揺れている。

その風は、遠い海の向こうから、吹いてきたような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。