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エルフ王――四百年後、死んだはずの妻が帰ってきた  作者: 忘却セミコロン
第一章 沈黙を解く迷宮

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第十六話 解散

二十七層。


そこは、これまでのどの階層とも違っていた。


壁を這う血管のようなものが張り巡らされ、空気そのものが粘度を持っているかのように重い。歩を進めるごとに耳の奥で、何かが囁いているような錯覚があった。


その先にダンジョンの最奥――核《コア》の間があった。


辿り着いた者が何よりも渇望するものを、幻影として映し出すのだという。そして、その幻に手を伸ばしてしまえば、魂ごと持っていかれる。


伝え聞いていた各地のダンジョンと、同じ仕組み。


シャンテは、その間に入ることができないでいた。渇望するものはわかっている。そして、抗えないであろう自分も。老司教は手を組み、その先を若者達に託した。


アークは無意識のうちに、隣にいたシオンの手を探していた。指先が触れた瞬間どちらからともなく、しっかりと握り合う。


不思議なことに、視界に映るのは飾り気のない石造りの台座と、その上に浮かぶ形のない光だけだった。


隣のシオンを見る。

シオンもアークを見上げた。


渇望するものが、既にこの手の中にある。それ以外に、何も望んではいない。アーク達にはこの場所の罠が、そもそも効かないのだ。そのことに、どこか可笑しさすら覚えていた。




カイリの前には――アリアが、立っていた。

微笑みを湛えたまま白い手を、こちらへ差し伸べている。


一緒に、行きましょう。


声にならない誘いが、そこにあった。


「……俺も、一緒に死にたかったよ。アリア」


カイリは静かに、その姿を見つめた。

愛しい人の手を、取りたい。今すぐにでも、駆け寄りたい。


なのに。


湧き上がってくるのは、歓喜ではなかった。降り積もった自責の念が、堰を切ったように溢れ出す。


護衛でありながら、愛してしまった。

責務を放り出し、駆け落ちなどという道を選んでしまった。


守れなかったのは、自分だ。

その罪の埋め合わせをシオンに押し付け、理不尽な仕打ちを重ねてきた。


こんな自分を誇り高いアリアが、許すはずがない。


それでも。


耳の奥に彼女の最後の声が、蘇った。


――あなたは、生きて。


あの言葉をずっと守り続けてくれたのは他でもない、シオンだった。

どんなに傷つけられても、文句一つ言わずに。


――だから俺は、シオンを……




長い沈黙の後、カイリは静かに息を吐いた。


「俺は、生きるよ。アリア」


震える手で、目の前の幻を切り払う。

幻が消えて、台座の光の形が揺らいだ。


カイリが手を伸ばすと、視界が真っ白な光に包まれた。




やがて光が引き、カイリの手には一振りの剣が握られていた。


このダンジョンの核《コア》。

手にした者の欲望を映し、その心を絡め取り、やがて魂ごと飲み込むはずの魔剣。


だが、欲望に飲まれず、自分で選び取った者が手にした今。


それはもう、美しく鍛え上げられた一振りの剣に過ぎなかった。


カイリはその刀身を、しばらくじっと見つめていた。




しばらくして。


カイリはシオンの方を振り返った。

シオンも、まっすぐにその視線を受け止める。


「解散だ、シオン」


寂しさと、安堵と――

言葉にならない、いくつもの感情が入り混じり、彼女は小さく頷いた。


シオンの瞳から、一粒の涙が、頬を伝って落ちた。


アリアを失ったあの日から。

ずっと握りしめていたものを、ようやく手放していいのだと――


そう思った。


アークは何も言わず、その肩をそっと抱き寄せた。


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