第十話 名前
シオンは床に手を合わせ、目を閉じた。
「多分あと三層で、核がある」
帰るか、踏破か。
「もし皆が協力してくれるなら、このダンジョンの核を抜きたいんじゃが」
シャンテがそう切り出した。
核を手にすれば、ダンジョン内の魔素の供給が止まる。神殿騎士団で対応できない魔物が出始めた以上、このダンジョンは閉じたほうがいいと判断したのだ。
「いいな、踏破か!」
カイリは不敵に笑った。
「二度と、同じ悲劇は起こしたくない」
同意し頷いたアーク。その顔をシオンは、静かに見つめていた。
二十五層。
ドラゴンやオーガといった大型種の多いエリアだった。
カイリは、楽しげにそれらを蹴散らしていく。中でも、オーガに対しては特に容赦がなかった。
「オーガを名乗んな!」
剣を一閃させながら、吐き捨てるように言う。
「弱えくせに、角つけてんじゃねえよ!」
その言葉に、シオンの肩がぴくりと揺れた。俯くように、少し顔を伏せる。
「ハイオーガとオーガは、関係ないんじゃがなあ」
離れた場所から、シャンテがのんびりと口を挟んだ。
「角だけ見て、人間が勝手につけた名なんじゃよ」
アークは、その横顔をちらりと見てから、シオンに尋ねた。
「ハイオーガというのは、強さと角に関係があるのか」
シオンは、少し間を置いてから答えた。
ハイオーガは黒髪と赤い瞳が特徴の、角と牙を持つ種族だ。
ただ彼らの住まう鬼の国ドラウグヴァルでは、奴隷として攫ってきた人間も多く存在するため、混血が生まれやすい。
そうした混血は、純血に比べて見目や能力が劣るとみなされ、下級として扱われる。
同じハイオーガでも、角も無くわずかな牙しかないシオンでは、アリアやカイリとは明確な身分差がある。
「そんなことで……」
アークは、思わず言葉を失った。
「俺のアリアは、角が二つ。美しく長い黒髪に、真紅の瞳だった」
会話に割り込むように、カイリが自慢げに言う。
「……まあ、それでも同僚で、幼馴染だからな。シオンとは仲良くしてやってんだよ」
そう言い残し、カイリは次の敵へと駆け出していった。
アークとシャンテは、思わずシオンを見た。だが、シオン自身は、それを気にした様子もない。
それが、二人にはよほど痛々しく映った。
下層へ降りる前に、一行は野営地を見つけて休むことにした。
敵が強い分、慎重に進む必要がある。
アークは焚き火のそばで、受け取ったばかりの剣の手入れをしていた。布で刃を拭っているだけで、目の奥が熱くなる。
ふと視線を感じて顔を上げると、シオンと目が合った。
口元は見えないのに、微笑んでいる気がした。
アークの口角も、ゆるく上がる。
「シオ……」
「シオン」
割り込むように、カイリが呼んだ。
シオンはほんの少し戸惑いを見せたが、その後をついていく。
アークは説明のつかない予感に、すっと血の気が引くのがわかった。
そんなアークの様子に気づいたのか、カイリは薄く笑ってみせた。それからシオンの手首を掴み、そのまま奥の闇へと消えていった。




