第2話 おっさんの僕、異世界に勇者召喚される
約1ヶ月もの間、今日というこの日を迎えるのを、僕は待ち侘びながら過ごしてきた。25年ぶりの新商品である、機装械真ヴェルレイオンのレイオンとカピオン、2体のダイキャストフィギュアを、僕自身の手で受け取る瞬間をだ。
「あ、オーナー?1ヶ月前に予約した商品、受け取りに来たんです」
「おや?河野さんの予約なんて、あったかね?」
全く予想もしていなかった展開に、僕は直面して変な汗をかき始めていた。確かに、オーナーは予約を受けていないので、僕が予約したことを知らない可能性もある。
「機装械真ヴェルレイオンの」
「ああ、25年ぶりの新商品のやつかい?」
「はいっ!!そうですっ!!」
「確かに、レイオンとカピオン、一体ずつ入荷してきてるね。」
「い、一体ずつだけなんですかっ?!」
械真シリーズ最期の作品の新商品なのに、入荷が一体ずつと聞くと、急に僕は不安になってきた。電話口で、快く予約を受けてくれた、水川さんのことを疑うわけじゃないけれど、あまりに少な過ぎだ。
「今から、予約の確認するからね?河野さん、少し待ってて?」
「はい!!」
海野模型店では、予約はノートに名前や商品名、値段、注文日などを書くだけの、非常にアナログなオペレーションだ。水川さんが働くまでは、オーナーだけでお店を切り盛りしてきたので、それで充分なのだ。
まさに今、予約が綴られているノートを、オーナーが開いて、カウンターで確認しているところだ。
「お待たせしました」
「ど、どうでしたか?」
「うん。河野さん、良かったね?水川さんが、予約受けてくれていたよ?」
「水川さん、ありがとおぉぉぉっ!!」
思わず、僕は店中に響くような大声をあげていた。その大声に、オーナーもビックリした様子だ。ここに水川さんが居ないのが、本当に残念でならない。
「この店の枠が、各1体だけだったようだね。それで、河野さんの予約を受けた以外、全てお断りしたみたいだよ?このことは、内緒にしておいて」
「はいっ!!」
「ああ、それとね?水川さんから、手紙預かってたんだ。河野さん宛で」
「えぇぇぇっ!?て、手紙ですかっ?!」
まさかの展開続きで、僕は夢でも見ているんじゃないかと、思ってしまう。最近、少し気になり始めてきていた、水川さんから僕みたいなおっさんに手紙など、あり得ない事態だ。
「お仕事の最終日の帰りにね?河野さんに、渡して欲しいって、頼まれてね?」
「そ、そうなんですね。あ、ありがとうございます」
水川さんが、オーナーへ直々にお願いしてまでの、僕への手紙だ。根拠などないのに、その内容について、期待し始めている自分がいる。
全くもって、おっさんの分際で気持ち悪い。
そんな葛藤、自問自答しながらだった為か、手紙を受け取った後の記憶が曖昧だ。ふと我に返った時には、大きめの紙製の手提げ袋が2つ、カウンターの上に載っていたのだから。
「河野さん?くれぐれも……お気をつけて、お持ち帰りくださいね?」
「いやいや、オーナー?大袈裟すぎますってぇ!!」
「まあまあ、とにかくです。お気をつけ下さい」
「はい、分かりましたっ!!」
明らかに、今日発売となった、機装械真ヴェルレイオンのダイキャストフィギュアは、全国的に配荷された数は知れているだろう。だから、運良く手に入れられた人が、帰りに狙われることだって、無くはないだろう。それらしい荷姿を手に、販売店から出てくれば尚更のこと。
オーナーはそれを危惧して、僕に言葉をかけてくれたに違いない。そも気持ちは無碍には出来ない。
「オーナー?今日は、ありがとうございます!!」
「そうだ!!手紙、水川さんが『早めに読んで欲しいと、お伝え下さい』って、言ってましたよ?帰り道にでも、読んであげて下さい」
「そ、そうなんですか?!分かりましたっ!!お店出たら、読みます!!」
「はい。河野さん?くれぐれも、お気をつけて?」
俄然、水川さんからの手紙の内容が、気になってきてしまった。僕は、オーナーに軽く会釈した後、カウンターの紙袋を手に取ると、足早にお店を後にした。流石に、大きめの紙袋を2つ片手に、お店目の前に居ては目立ち過ぎる。
その為、お店から少し歩いたところにある、コインパーキングまで向かい始めていた。
そこならば、歩道沿いでひらけており、少し立ち止まっても、邪魔にはならないだろうと考えた。
そうこうしている間に、コインパーキングの歩道側にある出入り口付近まで、僕はやってきていた。
そこで、僕は躊躇することなく、戦利品の紙袋の中から、水川さんからの手紙を取り出し、封を開けた。
──『河野さんが、この手紙を読んでいる……と言うことは、私は……もう、オーナーのお店には居りません。』
──『お別れのご挨拶を、河野さんへ……直接お伝えする機会が、結局……最終日までございませんでした。』
そんな2行で、水川さんからの僕宛の手紙は、静かに幕を開けた。
──『ですので、私からこのお手紙で……ひと言だけ、お伝えさせていただきたいと思います。』
──『このたび、私は……海野模型店を辞めることととなりましたが、これで今生のお別れという事ではございませんので、予めご了承下さい。』
──『水川花陽音より』
手紙の中で、水川さんの下の名前を知ることとなった。それは良いことなのだが、肝心の手紙に書いてある意味が、僕には少し難しすぎたようだ。
これが、社交辞令的なものか、別の真意が隠されているのか、考えれば考えるほど、僕の頭の中は混乱するだけだった。
とりあえず、いつまでもこんな場所にいても仕方がない。まずは、このまま家へと帰って、落ち着いて考えてみることにする。
大きな紙袋を両手に持ち替えた僕は、まずは幹線道路沿いの歩道へと向かう為、その場を離れた。
その道沿いに、海野模型店は構えているのだが、コインパーキングが一本入った裏通りにあった。
今のところ、機装械真ヴェルレイオンの新商品を狙っての襲撃はなさそうだ。ただ、オーナーから気をつけるようにと、何度も言われている。
だから、僕は家路を急いで、一心不乱に歩道を進んでいた。
「うわっ?!」
突然、目が眩むような光に僕は包まれた。次の瞬間には、僕の身体は浮遊感に包まれる。
「えっ?!えぇぇぇっ!?うわぁぁぁぁっ!!」
その直後、ジェットコースターで高い場所から急降下していっている、そんな感覚に囚われた。ただ、さっきの光をまともに見てしまい、目が眩んで周りの状況が分からない。
あれ……意識が遠く……。
◇◆◇◆◇
「……か?」
「……ですか?」
遠くの方で、声が聞こえる。聞き慣れない声だ。まだ、僕自身……意識がハッキリしない為、不明瞭ではあるが、何か語りかけているようだ。
「大丈夫ですか?」
「ん……っ」
ボンヤリする意識を、集中すると耳から入る言葉がハッキリしてきた。どうやら、僕を心配して語りかける、男性の声だった。
強い光を見て眩んでいた目を、僕はそっと開けると、まだ少しぼやけながらも、今度は像が結んだ。
僕の顔を、覗き込むように見ている男性と目が合った。
「へっ……?」
そんな間抜けな声を、出さずにはいられなかった。目の前にいる男性は明らかに、日本人ではなかった。ファンタジー作品の世界でよく見る、白人系の司祭のような出で立ちだったからだ。
「おお!!勇者様がお目覚めになられた!!」
「ぼ、僕が?」
「はい!!我が国の王命により、『勇者召喚』させて頂きました!!」
「ゆ、勇者召喚ですって?!」
「はい!!異なる世界より、あなた様のような勇者様を、召喚させて頂く儀式でございます!!」
勇者召喚などという言葉が飛び出し、ある程度察しはついた。とりあえず、状況把握をしようと、僕はゆっくり上体を起こすと、周囲を見渡した。
どうやら僕は、天井が大きく開いた、神殿のような場所の床の上で、先程まで横たわっていたようだ。




