第1話 おっさんの僕、25年ぶりに心躍り出す
「はあぁぁぁっ!?来月発売するだってえぇぇぇっ?!」
42年という、僕の人生の中で、これほどまでに声を荒らげ、驚いたことなどなかった……と思う。
そう……あれは、僕がまだ幼稚園にも通っていない、本当に幼い頃のことだ。
当時は、夕方に流れているTV番組と言えば、子供向けのアニメが多かった。
その日は、たまたま正義のロボットの主人公たちが、悪の組織の脅威から人々を護り戦う、そんな内容のアニメが放送されていた。
あの頃の僕は、まだ何が好きなのか何に興味があるのか、自分自身ですらよく分かっていなかった。
そんな時に、僕はそのロボットアニメに心奪われてしまったのだ。
それからと言うもの、僕は色んなロボットアニメと出会いや別れを繰り返していった。やがて、僕は遂に……械真シリーズとの、運命的な出会いを果たすことになる。
因みに、械真シリーズとは、正義のロボットが主人公で、変形や、仲間やサポートメカとの合体を行い、地球侵略を企む悪と戦う、30分アニメだ。
ところが、時間の流れというのは平等な上に、残酷だ。気付いた時には、俺は周囲の友人や同級生たちから取り残されており、未だアラフォーな独身おっさんになってしまっていた。
一番の敗因と言えば、社畜としての日々の生活を、淡々と過ごしてきてしまっていた、と言うことだろう。ただ、マズいと気付けただけありがたいが、そんな僕の名は……河野恵斗と言う。誰か、いい人がいたら紹介して欲しい。
つまらぬ前置きは、これくらいにしておいて、さっき僕が驚いたところまで、話を戻すとしよう。
気を取り直して、何をそんなに……と言うことなのだが、いつも利用しているSNS上に、とある公式アカウントから最新情報が投稿されていたのだ。
それは、今から……25年前、最終回目前に打ち切りとなった、『機装械真ヴェルレイオン』という、械神シリーズ最期のアニメの最新情報だった。
打ち切られた理由は、械真シリーズの視聴率の低迷や、他のロボットアニメの台頭によるものなど、諸説あるが、公式情報はないため定かではない。
ただ、それまで見た械真シリーズの中では、一番キャラ設定に富んでいて、ストーリーもしっかりしていて、毎話ドキドキハラハラの展開だった。
僕が見たのは、そのアニメの主人公ロボ『レイオン』と、サポートロボ『カピオン』の、ダイキャストフィギュアが来月発売という情報だった。
放送打ち切りから今日までの25年間、機装械真ヴェルレイオンに関連した商品ついては、映像作品なども含めて、何も発売されてこなかった。
そんな曰く有り気なアニメが、一体全体どういう風の吹き回しか、25年もの沈黙を破り、主人公と助手だけ、1ヶ月後の発売日を告示してきたのだ。
主人公ロボであるレイオンについては、ライオンモチーフの変形や合体機構もあるロボットなので、製品化されるのは至極当然だろう。
今回の件で、唯一僕が気になったのは、レイオンのサポートロボであるカピオンの方だ。
カピオンは、カッパモチーフのデフォルメされたロボットで、作中唯一変形せず打ち切りとなった。
ただ、設定では女性らしく、人気女性声優さんを起用し、デフォルメされた外見も相まって、カピオンは、癒し系キャラとして定着した経緯がある。
だが、サブキャラがカピオンしか作中登場しなかったと言われると、他にも仲間のロボや、ライバルロボも登場していた為、SNSは荒れるだろう。
まぁ、でも僕的に言わせて貰うと、カピオンについては今で言う、推しキャラだったので、どちらのフィギュアも、絶対予約して手に入れたいと思う。
「も、もし……もし……?」
──「はぁいっ!!海野模型店でぇすっ!!」
善は急げと、行きつけの模型店に僕は電話を入れていた。毎度のことだが、開口一番のハイテンションの応対は、おっさんは慣れておらず参ってしまう。
「こ、河野ですっ!!水川さん……ですよね?」
──「はぁいっ!!河野さぁん?今日はぁ、どうされましたかぁ?」
「ヴェルレイオンの」
ここ最近、海野模型店で働いている、20代前半くらいの眼鏡をかけた、可愛らしい女性で、水川さんと、店主が言っていた気がする。
お店に行くと、おっさんの僕にも、話しかけてくれるような、凄く気遣いの出来る女性で、ちゃんと名前も顔も覚えてくれているようだ。
──「はぁいっ!!レイオンとカピオンのご予約ですねぇ?ありがとうございまぁすっ!!」
「ま、まだ言ってないのに、」
──「いえいえぇ?分かりますよぉ?河野さんはぁ、常連さんですからぁ!!」
「あははっ、あ……ありがとうございます」
明らかに、ヴェルレイオンについては、水川さんが生まれる前の作品にも関わらず、名前を出しただけで、僕が予約することまで察してくれている。
この若さで、ここまでのロボットアニメの知識と、気配りが出来る子は、なかなかいないと思って、更に感心してしまった。
──「当店はぁ、なんと言ってもぉ?特約店ですのでぇ!!河野さんの分はぁ?確約できちゃいまぁすっ!!」
「そ、そうなんですかっ?!」
──「はぁいっ!!ではぁ?発売日のご来店、お待ちしておりまぁすっ!!」
他の常連もいる中で、25年ぶりの新商品を、水川さんは僕で確約してしまった。内心では本当に良いのかと思いつつ、僕は水川さんの勢いに負けた挙句、気付けば電話も切れていた。
まぁ、こうなってしまうと、もう1ヶ月後の発売日を指折り数えて待つしか、俺にはもうする術は残されていないだろう。
◇◆◇◆◇
社畜の僕にとって、1ヶ月など日々の業務に忙殺されていたら、あっという間に来てしまう……そんな単位なのだ。因みに、僕の仕事はといえば、地元静岡の食品製造会社で、社内SEをしている。
そもそもが製造業の為、自社内にはPCや端末、ネットワークに詳しい人間はほぼ居らず、僕が所属する情報システム室に、全て問合せが回ってくる。それが、僕が社畜である所以とも言える理由だ。
環境上、女性との出会いがないわけではないのだが、僕みたいな事務方と、現場では休日のシフトが合わず、なかなか上手くいかず現在に至る。一時期、事務方内で居ないかとも思ったが、殆どが相手がいる女性ばかりで、そもそもお話にもならなかった。
まぁ、そうなると徐々に諦めの境地になってきて、今の僕のように社畜の生活に甘んじてしまうのだ。
そんなわけで、今日は唯一生き甲斐とも言える、ロボットアニメ、械真シリーズのロボ、レイオンとカピオンのフィギュアを、受け取りに出ている。
夏も過ぎた10月の秋空の下、海野模型店まで家から1km弱の道を、僕は一人で歩道を進んで来ていた。
あと少しで、25年ぶりにダイキャストフィギュアという形ではあるが、僕は再び手にすることができる。あの頃は、良いものでプラモデル、普通は食玩くらいの品質の物しか、発売されていなかったのだ。
今でこそ、早ければアニメ放映中に、フィギュアが製作・発売されることも珍しくなくなったが、その当時はそういう時代ではなかった。
だからこそ、機装械真ヴェルレイオンが好きな人間にとって、今日という日がこんなに喜ばしいことはない。
そんなことを思っているうちに、僕の足は、海野模型店の軒先まで来てしまっていた。今日も、水川さんからテンションの高い接客を受けることを、内心楽しみにしながら、僕は入口の扉を開けた。
「こ、こんにちはぁ!!」
「おや?河野さんじゃないかい」
「あ、あれ?!お、オーナー?」
「どうしたんだい?驚いた顔して」
「み、水川さん……今日はいらっしゃらないんですか?」
「ああ、あの子なら、地元へ帰るって言ってね?」
僕を出迎えてくれた第一声は、期待していた水川さんではなく、この店のオーナーで、御歳83になる海野さんのものだった。
しかも、地元へ帰ったということは、もう水川さんには、余程のことがない限り、会えないということを意味していた。
水川さんロスのショックからか、僕は気が遠くなってしまったのか、暫くの間、オーナーの声が遠くに聞こえていたのは言うまでもない。




