7句 想いやる兄妹
「矢桐さん、お兄様からお返事は来ていますか?」
「いえ……、今日も来ておりません」
「そう、ですか……」
旭が任務のために屋敷を立ってから、既に10日経つ。
――早くて3日。
その日になっても帰ってこない兄に、憩は手紙を出していた。
しかし、いつも2日と待たずに来ていた返事が、今回は一向に来ないのだ。
お兄様に、何かあったのかな……。
少女の表情が陰り始める。
特務部隊の仕事は、常に危険と隣り合わせだ。
「いってらっしゃい」が最期の言葉にならないとも限らない。
お兄様も、お父様やお母様みたいに……。
幼い頃に父と母を亡くしている少女にとって、旭は兄であり親でもあった。
祖父である黄山も愛情深くはあるが、総司令という立場上、家を空けることも多い。
そうなれば憩が旭に愛情を求めるのも、旭が憩に愛情を与え続けるのも、もはや自然な流れだった。
「憩様、少し休みましょう」
「いえ、私は大丈夫です……」
「いいえ、少し休みましょう。その後、旭様がお好きなクッキーを焼きましょうか」
少女の肩を抱くと、矢桐は部屋まで送る。
寂しい、悲しい、つらい、苦しい、怖い——。
そんな負の感情を上手く表に出せない、鳥籠の少女。
憩が幼い頃から専属として側にいた矢桐は、少女の感情の機微に特に敏感だった。
「矢桐さん……、お兄様は大丈夫でしょうか?」
「えぇ、きっと大丈夫です。旭様ですよ? 大丈夫に決まっています」
「そう、ですよね……! 少し休んだら、お兄様のお好きな胡桃入りのクッキーを焼きます!」
「はい、では準備しておきますね」
少しばかり明るくなった主人の顔を見送る。
朔夜様が一緒に暮らしていた頃は、憩様ももう少し素直だったのに……。
いや、もういない彼に縋るべきではない。私がお支えしないと。
矢桐はそっと、少女の部屋の扉を閉めた。
*
「旭さん、お願いですから少し休んでください!!」
「いや、大丈夫だよ……。これだけ済ませたら……」
「そう言って、いつから寝てないんですか!!」
特務部隊の本部である相楽邸から、数十キロ離れたところにある東領司令部。
その一室で、旭は山のような書類に追われていた。
「旭さん!!」
どれだけ部下に心配されようが、その手を止めることはない。
「ダメだよ、僕は帰らなきゃならないんだ……」
「帰るためにも、少し休んでください!」
「休んだら、帰るのが遅くなるだろう……?」
目の下に真っ黒いクマを作り、ボサボサの頭で書類に向かう。
3日で帰ると伝えたのに、また約束を破ってしまった……。
花火大会は明後日、それまでには必ず帰らないと……。
最短で3日なのだから、別に約束は破っていない。
しかしシスコンの脳内は、眉を下げながら自分を待っている愛しい妹のことでいっぱいだった。
次の書類に手をかけると、ふわりと何かが床に落ちる。
拾い上げたそれには、几帳面な字で「お兄様へ」と書かれていた。
「なっ……!! 誰だい!? これをここに置いたのは!!」
大声を上げながら立ち上がる。
今の今まで死にそうだった上官のその姿に、部下たちは肩をびくりと震わせた。
「それは……、旭さんにお伝えした際にそこに置くようにと……」
「ぼ、僕がかい!?」
「はい……。妹さんからだと、一応お伝えしましたが……」
申し訳なさそうに縮こまる部下を見て、自らの記憶を掘り返す。
——後で読むから、そこに置いておいてくれるかい?
「あぁ……、僕はなんてことを……。憩からの手紙を無視するだなんて……」
「と、とりあえず中を確認しては……?」
絶望に打ちひしがれる上官に、別の部下が声をかける。
その言葉に後押しされ、旭は和紙に包まれた手紙を開いた。
お兄様へ
お仕事お疲れ様です。
お身体、お変わりないでしょうか?
お姉様も花火大会の日、お休みを取ってくださいました。
あまり無理をせず、必ず帰ってきてください。
帝都から、お兄様のご無事をお祈りしております。
憩
「これ……、届いたのはいつだい……?」
「5日くらい前でしょうか……」
「5日!? 5日だって!?」
「はい……」
旭は手紙を丁寧に折りたたむと、懐へと仕舞い込む。
そして、再び書類と向き合い始めた——先ほどよりも5倍速で。
「あ、旭さん……? お返事は……?」
「返事を書くよりも、仕事を終わらせた方が早いだろう? 手紙は書いても届くまでに時間がかかる。それなら僕が帰った方が早いんだ」
よくわからない理屈を並べる上官に、部下たちはもうかける言葉がなかった。
あにぃのおかげで後半ギャグになってしまったよ。




