6句 希望となる少女
「杣さ〜ん!!」
その声に朔夜が顔を上げると、部下たちが手を振りながらこちらに向かってきていた。
「逢引きの邪魔しちゃ……って、あ!! 吸血鬼だったんすか!?」
「さすが杣さん、一撃っすね〜」
相変わらずヘラヘラしている2人のケツに、朔夜は思い切り蹴りを入れる。
「痛ぇ!!」
「ちょ、何するんすか〜!」
「テメェらはまともに弔いもできねぇのか? 俺らが間に合わなかったから、こいつは狙われたんだぞ」
上官の言葉に、2人は女給へと視線を向けた。
既に冷たくなり事切れたその姿は、何度目にしても慣れるものではない。
それは、部下たちよりも死線を潜り抜けてきた朔夜とて同じだった。
「……後処理は丁寧にやります」
「当たり前だろ、あと任せたからな」
「了解っす」
吸血鬼に襲われ亡くなった者は、眷属になり人を襲う可能性がある。
そのため、遺体が家族の元に帰ることはない。密かに本部へと護送され、死亡した事実のみが遺族へと伝えられる。
尤も、家族がいるような人間を襲うほど、吸血鬼側も馬鹿ではないのだが――。
「クソが……、また間に合わなかった……」
2つの遺体が処理されているすぐ側で、朔夜は小さく舌打ちをした。
俺はいつも間に合わない……。
こんなんじゃ、いこのことだって……。
握っていた拳に、自然と力が入る。
いや、今度こそ護る。
もう2度と、大事なものをあいつらに奪われてたまるか。
いこだけは、何があっても俺が絶対に護る。
――いこだけが、俺の光なんだ。
*
「憩おはよう。もう起きているかい?」
旭は、最愛の妹が眠る自室の扉を叩く。
今日から再び任務へと出るため、出立の前に顔を見ておきたかったのだ。
「おはようございます、お兄様。もう出発ですか?」
「うん、そろそろ出ようかと思って。きちんと挨拶をしておきたくてね」
無論、旭が憩の自室を訪れなくても、少女は必ず兄の見送りをする。
しかし、こうして兄妹だけの時間を作るために、旭は妹を訪ねていた。
「今回もしばらくは帰ってこられないのでしょうか?」
「そうだね、早くて3日はかかると思う」
「わかりました……」
少女の顔が、あからさまに曇る。
3日か……。
この間もそう言って、お兄様は1週間帰ってこなかった。
帝都を護るため、みんなを護るために仕方のないこと。
でも……。
――1人は寂しい。
口にしてはいけない。兄を困らせる。
それがわかっているため、憩は笑顔を作った。
「では、無事をお祈りしております」
旭も妹が無理をしていることに、もちろん気づいていた。
しかし、東門であり、部隊を指揮する立場にある自分が抜けることなど許されない。
だから、せめて少女が喜ぶ約束を取り付けたかった。
その日を楽しみにできるような約束を――。
「そうだ、憩。今年の花火大会は3人で行こうか」
「3人、ですか……?」
「うん。憩と和、そしてお兄様の3人で行かないかい?」
その提案に、先ほどまで沈んでいた少女の顔がぱっと輝く。
そしてすぐに、その表情は再び曇り始めた。
「でも、お兄様もお姉様もお忙しいですよね?」
「大丈夫、その日は絶対に休みをとるから。和も絶対に休みをとるはずだよ」
「でも、よろしいのですか……?」
自身の兄姉だというのに、憩は遠慮がちに問う。
そんな妹の姿を見て、旭は笑顔で答えた。
「当たり前だろう? 和もお兄様も、憩との時間以上に大切なものなんてないんだ」
愛おしい妹の頭を撫でると、花が咲くようにその子が笑う。
「では、楽しみにしております! それと、こちらをお渡ししたくて……」
ゴソゴソと袂を探り、小さな何かを取り出した。
「お邪魔でなければ、一緒に連れていってはもらえませんか?」
「これは……」
「お守りを作りました! お兄様のお帰りを、お屋敷でお待ちしております」
「ありがとう憩。お兄様、とても嬉しいよ……」
手のひらに収まる、妹からの贈り物。
それを首から下げると、隊服の内側へと忍ばせる。
「では、門戸までお送りさせてください!」
愛おしい妹の笑顔に見護られながら、旭は屋敷を出立した。
*
「杣さ〜ん、何見てんすか〜?」
「うるせぇな、関係ねぇだろ」
夜間の巡回任務を終え、宿舎へと向かっていた朔夜たちは、賑わい始めた京の通りを歩いていた。
昨晩の陰鬱な空気はここにはなく、皆が和気藹々と商売に勤しんでいる。
そんな中で彼の目に留まったのは、比較的小さめの小間物屋だった。
簪や櫛などの装飾品から、日用品まで揃えられている。
「誰かに贈り物っすか?」
「あ〜、あれだ!! いつも手紙くれる子!!」
「うるせぇな!! 任務終わったんだからさっさと帰れよ!!」
上官に怒鳴られた部下たちは、ヘラヘラとしたまま先に宿舎へと向かう。
1人残った朔夜は、並んでいる髪留めをまじまじと眺めていた。
……いこは葡萄色が好きなんだよな。
しかし並んでいる物の中に、少女の好きそうなものはない。
好きな色知らねぇで贈っちまった髪飾りも、ずっと着けてたしな。
土産は好きな色のやつ買ってやりてぇし、他の店を当たるか……。
「お兄さん、何かお探し物かい?」
朔夜が店を出ようとしたタイミングで、店主の老婆が声をかけてきた。
「あ、えっと……、土産を見てて……」
「あらあら、それは素敵だねぇ。お兄さんは軍人さんかい?」
「まぁ、そうです……」
こうも穏やかに話しかけられては、店を出ようにも出られない。
気まずそうにしている青年を見て、老婆が笑みをこぼした。
「お土産は髪飾りがいいのかい?」
「そうですね、でもあいつの好む色がなくて」
「その子の好きな色は?」
「葡萄色ですけど」
老婆は少しだけ待ってるように言うと、店の奥へと姿を消す。
そして数分もしないうちに戻ってきた。手に葡萄色のリボンを持って。
「髪飾りとは言えないかもしれないけれど、これなんてどうだい?」
差し出されたそのリボンは、朔夜の思い描いていた色そのままだった。
帝都で自分の帰りを待っているあの子がよく着ていた、葡萄色の羽織と全く同じ色だ。
「それ、ください。いくらですか?」
「お金なんていらないさ」
「いや、そういうわけには」
老婆は青年の言葉を聞き流しながら、リボンを丁寧に和紙で包む。
「孫はね、特務部隊様のおかげでお嫁にいけたんだ。だから、代金はいただけません」
「なんで、俺が特務部隊だって……」
「助けてくださった方が、黒色の軍服を着ていらしたと言っていましたから」
「そう、ですか……」
秘密裏に動いている特務部隊。
何をしているのかも明かせないため、陸軍での肩身は狭いものだ。
しかし所属している全員が、自身の仕事に誇りを持って任務に当たっている。
「どうかこれからも、この国をお護りください」
「……善処します」
「ありがとう、この子にもよろしくね」
老婆から受け取った葡萄色のリボンが、とても重いものに朔夜は感じた。
お土産だけじゃなくて
たまにはお返事書いてあげたらいいんじゃないの?




