5句 闇を屠る青年
月明かりが寂しく照らす、人通りの少ない静かな街外れ。
そこは吸血鬼たちにとって、これ以上にない格好の狩場である――。
「お嬢さん、こんな夜更けに1人とは。よろしければお送りしますよ」
高そうなスーツを身に纏った、見場の整った男。
カフェーでの勤務を終えたばかりの女給が、その誘いを断るはずもなかった。
「ありがとうございます。素敵なお召し物ですね」
「いえいえ、ただの安物ですよ」
柔らかく微笑みながら襟を正すその男に、女給は狙いを定めた。
如何にも名家育ちの彼に気に入られでもすれば、こんな仕事で身を削らずに済む。
常日頃から数多の男を相手にしている彼女にとって、これ以上の好物件はなかった。
「どうして、私に声をかけてくれたのですか?」
「貴女がとても魅力的だったからですよ」
「まぁ、お上手だこと」
甘い言葉、歯の浮くような台詞、紳士的な態度――。
そんな彼に現を抜かしていると、いつの間にか寂れた通りへと出ていた。
「あの……、私の家はあちらで――」
隣を歩く男を見上げた瞬間、女給は声を失った。
*
闇夜に紛れて狩りをおこなう吸血鬼。
それを秘密裏に処理する特務部隊もまた、闇に紛れる黒色の隊服を身に纏っていた。
月明かりに照らされる銀のカフスや銀糸の刺繍が、より一層彼らの異質さを際立てる。
「こんな街外れにいるんすかね〜」
「街外れの方が活動しやすいだろが。少しは考えろ」
軽口を叩く部下に呆れながら、朔夜は夜間の巡回任務に当たっていた。
本来であれば、西門の地位にある彼が現場に出る必要はない。
しかし、東門であり四門を指揮する立場でもある旭が現場に出ているため、他の四門たちもそれに習い現場で指揮を取っていた。
故に統率力・結束力が非常に強く、部隊が結成して20数年の中でも1番の成果を上げている。
「でも最近、奴ら全然出てこないっすよね〜。なんでですかね?」
「知るかよ。つーか、出てこねぇ方がいいだろが」
「まぁそうっすけどね! 平和が1番だし!」
ヘラヘラと喋り続ける部下たちを相手にしつつも、朔夜は警戒を怠ってはいなかった。
旭の話では、帝都でも吸血鬼の出現が減ってんだよな。
ただ、その分行方不明者が増えてるってことは、どっかで狩りはしてんだろ。
「杣さん、聞いてます?」
「お前らさっきからうるせぇんだよ、仕事しろ」
「ちぇー、せっかく杣さんと組めたのにー」
「俺ら楽しみにしてたんすよ〜!」
ったくこいつらは……。
無駄にテンションの高い部下たちと巡回を続ける。
帝都のある東領ほど栄えていない西領の夜は静かだ。
おまけに何もない寂れた通りを、この時間に歩く者もいない。
「あれ? あそこに誰かいません?」
目を凝らすと、確かに人影のようなものが見えた。
橋の上に見えるその影は、くっついたり離れたりと、不自然に動いている。
「おぉー!! 逢引きか!?」
「それならそっとしといてやろうぜ!」
「こんなところでしか会えないなんてな……」
「いいなぁ……、俺もそういう相手が欲しいなぁ……」
盛り上がる2人をよそに、朔夜はその影をじっと見つめたままだ。
「杣さん? そっとしておいてあげましょ?」
「いや、なんかおかしい」
「あ! 杣さん!!」
止めようとする部下を置き去りに、朔夜はどんどん近づいていく。
橋の手前に着くと、その影の持ち主がはっきりと見えた。
質のいいスーツを来た、20代後半に見える男――。
「やっぱりな。テメェ、吸血鬼だろ」
腰に下げている純銀製のレイピアを抜きながら距離を詰める。
男はゆっくりと振り返ると、柔らかく微笑んだ。
『せっかくいいところだったのに、邪魔しないでくれる?』
「邪魔されたくねぇなら場所を考えるんだな」
『その色、特務部隊か。いいよ、少し遊んであげる』
男は、抱えていた女給をそっと橋へと下ろす。
もう動きも喚きもしない事切れたその姿に、朔夜の奥歯が音を立てた。
「テメェらは本当にクズだな」
『クズだなんて心外だよ。僕はちゃんと選ばせてあげたのに』
「選ばせてあげた……?」
男の言葉に、朔夜の眉間には深いシワが刻まれる。
そんな青年の表情を見て、男は楽しそうに口を開いた。
『そうだよ? 僕はよければ送っていくと言ったんだ。受け入れたのはこの子なんだよ?』
「そういう女を選んでるくせによ」
『嫌なら断ればよかったんだ。でもこの子はそれをしなかった。自業自得だよね?』
悪びれもせず言い放つ男に、朔夜の怒りは最高潮に達していた。
レイピアを握り直すと、懐目掛け思い切り踏み込む。
「ならテメェがここで始末されるのも自業自得だな!!」
月明かりを反射して、純銀製のレイピアが鈍く光る。
男は朔夜から距離を取ると、本来の姿へと戻り、すかさず羽根を広げた。
『その武器じゃあ、ここまでは届かないだろう?』
まるで煽るかのように、見下ろしながら男は笑う。
――純銀で吸血鬼の心臓を貫く
それこそが、奴らを討伐できる唯一の手段だ。
しかし特務部隊は近接武器を使用する隊士がほとんどであり、賢い吸血鬼を相手にする場合、取り逃すこともままあった。
『どうしたの? さっきまでの威勢はどこに行っちゃったのかなぁ?』
レイピアを握り自分を見上げることしかできない朔夜を、男は楽しそうに嘲笑う。
「誰がそこまで届かないって言ったんだ?」
『言わなくてもわかるよ。だってキミのその武器は近接――』
言いかけて、男は言葉を失う。
弱点である純銀が、彗星の如く向かってきていたのだ。
地面に落ちてきた男の胸から、朔夜はレイピアを抜き取る。
それを鞘へ戻すと、もう2度と笑うことも泣くこともない女給に向かって静かに手を合わせた。
朔夜、メイン回だからってやりすぎじゃない?
いいえ、彼は元々こういう性格なんです。




