表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀が護りし緋の神子 ―花笑の箒星―  作者: おやまみかげ
第1折 春色の夢見草

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/13

3句 飛べない少女


「本当に(なごみ)の分だけでよかったのかい?」

「はい! 私が持っていても使う機会はあまりありませんから」


 落ち込むことも悲しむこともなく、さも当たり前のように答える憩。

 少女の姉であり、旭の妹でもある和の(かんざし)を購入するために、兄妹は呉服店へと来ていた。


「毎月屋敷に呉服屋を呼んでいるだろう? 和の分だけなら、そのときでもよかったんじゃないかい?」

「それではダメなのです! それではお姉様を驚かせられないので……」


 購入した簪を、憩は大切そうに懐へと忍ばせる。


 ――吉原の芸花魁(アイドル)

 それが和の肩書きであり、彼女の仕事だ。

 いつかその花を手に入れるべく、和の客たちは虎視眈々とその座を狙い続けている。


「お姉様もお忙しそうなので、何か贈り物をしたくて」

「そっかぁ、憩はとても優しくていい子だね」


 なんて素晴らしい妹なんだろうか。

 自らの姉に贈り物をするなんて、本当に出来が良すぎる。

 でもそれと同時に、憩から贈り物をしてもらえる和が羨ましい……。

 とても羨ましい……。でも僕が簪をもらっても、使う機会は憩以上にないな。

 いや、屋敷の中で使えばいいのか? 御守りとして懐に忍ばせてもいいし……。


 シスコンの脳内が激しく荒れていることに気づかぬ憩は、お昼のトンカツに胸を躍らせていた。




 *


「いらっしゃ……、って旭くん! 今日は憩ちゃんと2人かい?」

「こんにちは。ようやく憩との約束が護れました」

「軍人さんは忙しいよなぁ……。憩ちゃんも元気そうで!」

「ごきげんよう、おじ様。お久しゅうございます」

 

 相楽行きつけの高級トンカツ屋。

 兄妹が幼い頃からお世話になっているお店で、店主は憩が厳しい外出制限をされていることも知っていた。

 注文を済ませると、旭が口を開く。


「お昼ご飯を食べたら、次はどこへ行こうか。また甘味処にでも行くかい?」

「いえ、もう十分楽しみましたのでお屋敷に帰りましょう」

「他に行きたいところはないのかい?」

「はい、もう十分です!」


 笑顔で答える愛しい妹。

 しかし、旭の心はその笑顔と正反対の方を向いていた。


 もう十分って、本屋と甘味処、呉服店にしか行っていないじゃないか……。


 閉ざされた世界で生きてきた憩には、外の世界がわからない。

 だからこそ、知っている場所が行きたい場所になる。

 本で得た知識は、少女にとっては幻想と同じで現実ではないのだ。


 そして旭にはそれがわかっていた。

 だから、行き先を計画していたのだ。

 少女の世界を少しでも広げるために――。

 

「それなら、お兄様に少し付き合ってくれるかい?」

「もちろんです! どこに行かれるのですか?」

「大通りから少し外れたところに、桜が綺麗な神社があるんだ。そこに憩と行きたくてね」

「神社……!! 楽しみです!」


 正直、そこまで楽しみにするほど何かある場所ではない。

 それでも、そんなところに心を躍らせる妹に、旭は罪悪感を抱いていた。


 


 *


「ご馳走様でした!」

「じゃあ、神社に行こうか。お団子でも買って、お花見もついでにどうだい?」

「素敵です! では、お団子屋さんに行きましょう!」


 団子屋でお土産も含めた団子を買ったあと、兄妹は神社へと向かう。

 そよそよと吹く風が頬をくすぐる度に、憩は外に出ていることを実感していた。


「どうしたんだい? ニコニコして」

「春の風が心地良いなと思いまして」

「そうだね、今日は天気もいいからお花見日和だ」

「はい! お庭でするお花見よりも楽しみです!」


 帝国陸軍特務部隊の総司令本部も兼ねている相楽邸。

 その庭には、四季を彩る木々や花々が植えられている。

 屋敷の景観は使用人たちの手で護られており、花見は彼らの成果が現れる一種の恒例行事だ。


「ほら、着いたよ」

「わぁ……」


 目の前に広がる光景に、憩は思わず息を呑む。


 鳥居の向こうに見える淡い桜色。

 春の心地良い風に揺られ舞う、小さな小さな桜の妖精たち。

 そこに佇む、小さいながらも神聖な空気を纏うお社――。


 まるで夢のような景色が、現実にそこにある。

 嬉しさで胸が弾むのと同時に、なんだか心が苦しくなった。


「ここの神社はね、小さいながらにちょっと有名な場所なんだよ」

「そう、なのですね……。とても、とても美しい場所です……」

「それはよかった。ほら、お参りをしに行こうか」


 鳥居をくぐると、背筋がしゃんと伸びる。

 まだお昼過ぎで太陽は真上近くにあるはずなのに、ここの空気は少し冷たく感じた。


「ここが有名な理由は、桜以外にもあるんだよ」

「どんな理由なのですか?」

「ここで願ったことは、必ず叶うと言われているんだ」

「願いが叶う……」


 もしそれが本当なら、どれだけ素敵なことだろう――。


「試しに願っていくかい?」

「はい! ぜひお願いします!」


 春風に吹かれた桜が、ふわりと憩の肩へ降り立つ。

 少女はそれを手に取ると、静かに目を閉じた。


 

 ――もし、私の願いが叶うなら、また朔夜(さくや)と花火大会に行きたい。

 

 ……ううん、そんな贅沢なことは言わない。

 

 だから神様、お願いします。

 優しい朔夜が、どうか無事に遠征を終えられますように——。


 

 毎年帝都で行われる、桜の満開を知らせる花火大会。

 きっと今年も、1人で見ることになるんだろうな……。


 願い終えた少女は、手にした桜を日に透かすと柔らかく微笑んだ。





屋敷の中だったとしても、簪使うのやめてくださいね。

あなた、侯爵家の跡取りだということをお忘れなく……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ