2句 鳥籠の少女
「今日は憩の行きたいところに行こうね」
「はい! お兄様、ありがとうございます」
翌日、旭は憩と外出するため休暇をとっていた。
あの後も色々行き先を考えはしたのだが、本人の気持ちが最優先だということに、今朝ようやく辿り着いたところだった。
「でも、お仕事がお忙しいのでは?」
「大丈夫だよ。僕が憩と出かけたかったんだ」
「嬉しいです! 私もお兄様とお出かけしたかったんです!」
「本当かい!? 僕はなんて幸せなお兄様なんだろう……」
やはり、今日は休みをとって正解だった。
報告書は山ほど溜まっているけれど、この笑顔に勝るものはないな……。
陽の光を全身で浴びながら、隣で金色の瞳を輝かせる愛おしい妹。
自分がそばにいられる今だけは、自由に羽根を広げられるかわいそうな妹――。
ごめんね憩、だけどキミを護るためなんだ。
「じゃあ、どこから行こうか」
未だ伝えられぬ秘密を抱えたまま、旭はにっこり微笑んだ。
「憩、これだけでいいのかい?」
「これだけって……、5冊もよろしいのですか?」
「もちろんじゃないか!」
兄妹は屋敷から歩いて10分ほどの本屋へと来ていた。
この距離でさえ、兄もしくは特務部隊が一緒ではないと外出が叶わない。
旭に買ってもらった本を胸に抱えながら、憩は嬉しそうに店を後にする。
「お兄様、ありがとうございます!」
「どういたしまして。次はどこに行きたい?」
「えっと、では次は――」
「旭さん! お疲れ様です!!」
少女が行き先を伝えようとしたタイミングで、夜間の巡回任務を終えた特務部隊の隊士たちが旭に声をかけた。
愛する妹の言葉を遮られたシスコンの眉間には、一瞬深いシワが刻まれる。
しかし、すぐにいつもの東門の聖人へと表情を切り替えた。
「お疲れ様。変わりはなかったかい?」
「はい! 昨晩も問題ありませんでした!」
「それならよかった。総司令には僕から伝えておくから、今日はこのまま帰っていいよ」
「ありがとうございます!」
上官である旭と巡回班の隊長が話しているすぐ隣で、金色の瞳を持つ少女に目を奪われている新人隊士がいた。
それに気づいた隊長が、すかさず隊士を肘で小突く。
「おい、無礼だぞ!」
「し、失礼しました!!」
指摘され、新人隊士の頬が赤らむ。
それと同時に旭の顔から一瞬笑顔が消えたが、それに気づくものは隊長以外いない。
兄が話し終わるのを静かに待っていた憩は、一歩前に出ると隊士に微笑みかけた。
「ごきげんよう。初めまして、相楽憩と申します。いつもお祖父様やお兄様がお世話になっております」
「い、いえ! 滅相もございません!! 自分は――」
少女に挨拶された隊士が自己紹介をしようとしたところで、隊長が慌てて彼の口を塞ぐ。
「多大なるご無礼を!! きつく言い聞かせますので!!」
「構わないさ、初回だからね。じゃあ、あとは頼んだよ」
去っていく上官たちを、隊士たちは敬礼をしながら見送る。
兄妹の姿が見えなくなると、隊長が大きなため息をついた。
「お前……、憩ちゃんに馴れ馴れしく声をかけるなんて……」
「和さんの下の妹さんですよね!? 初めてお会いしました!!」
「いいか? あの子に声をかけられても、返すのは挨拶だけするんだ」
「えぇ!? せっかくだから名前だけでも!!」
興奮気味で話す新人の肩を、隊長ががっちりと掴む。
そして、真剣な眼差しで一言だけこう伝えた。
――まだ、死にたくないだろう?
*
特務部隊は、大日本帝国を東西南北で分けた4領土単位で活動している。
各領土には“四門“と呼ばれる領土長が存在し、彼らの指示で隊士たちは日々任務当たる。
その部隊の総司令こそが、憩たちの祖父である黄山だ。
「ごめんね憩、話が途中になってしまったね」
「いえ! ご挨拶ができてよかったです!」
邪魔をされずに妹と話をするために、兄妹は甘味処へと来ていた。
テーブルの上は、憩が注文した甘味で埋め尽くされている。
「憩は本当に食べるのが好きだね」
「はい! お兄様と来られたのが嬉しくて、頼みすぎてしまいました……」
「そっかぁ……、ゆっくりでいいからね」
「はい! いただきます!」
嬉しそうに目の前でみつ豆を頬張る妹。
ゆっくり、とは言ったものの甘味は次々に憩のお腹へと消えていく。
憩のこんなに嬉しそうな顔、久々に見た気がする。
僕も忙しくてなかなか外に連れ出してあげられないし、和とだと外には出られないからなぁ。
朔夜が一緒に住んでいた頃はもう少し外に出られていたから、尚更寂しい思いをさせてしまっている……。
悶々としている兄の考えなど露ほども知らぬ少女は、甘味の締めに抹茶を飲んでいた。
「お昼ご飯にトンカツを食べに行こうかと思っていたんだけれど、食べられそうかい?」
「トンカツ……!!」
金色の瞳を見開きキラキラと輝かせる愛おしい妹の姿に、旭の目尻がさらに下がる。
「お昼ご飯の前に、行きたいところはあるかい?」
「はい! 寄りたいところがあります!」
外に出られたとしても、近場しか飛べない鳥籠の金糸雀。
せめて、一緒にいられるときぐらいは好きに羽根を広げられるように――。
鳥籠に鍵をかけるしか護る術のない現実から、旭は今だけ目を逸らした。
シスコンでブラコンの兄妹ですが、
本人たちは兄妹なんだから当たり前ぐらいの感覚です。




