1句 金色の少女
「こらぁ、憩!! お主はまた窓から脱走しおって!!」
3階建ての煉瓦造りのお屋敷。
その屋敷の一角にある書斎で、黄山が怒鳴り声をあげていた。
帝都中に聞こえるのではないかという大声は、孫娘である憩に向けられたものだ。
「だって、お祖父様が許可してくださらないから……」
着物をギュッと握りしめながら、15歳の憩は黄山の前に立っていた。
揺れる金色の瞳には、疲れ切った祖父の顔が映っている。
「何度も言っておるじゃろ。旭と一緒なら外出許可を出すと」
「お兄様は忙しくて帰ってこないではないですか……」
「仕方ないじゃろ、あやつは四門の中でもトップだからな。それに欲しいものがあるなら、矢桐に頼めば買ってきてもらえるじゃろ?」
そういうことじゃないもん……。
諭すような祖父の言葉に、憩の眉間にシワが寄る。
相楽家の当主である黄山が言うように、少女の専属である矢桐に頼めば、必要な物は屋敷から出なくても揃えられる。
しかし、憩の目的はそこではないのだ。
「……お主が外に出たいのはわかるが、危険だと何度も教えておるじゃろ?」
「わかっています……」
「それならもう2度と、窓から脱走したりせぬようにな」
その言葉に返事をすることなく、憩は書斎を後にした。
「私だって、別に好きでこの瞳なわけじゃないのに……」
憩は自室に戻ると、化粧台の前で自分自身と睨めっこしていた。
兄である旭にも、姉である和にも、同じ血が流れているはずなのに、2人とも瞳の色は淡い薄茶色。
顔も似ているし、髪色も同じなのに、なぜか瞳の色だけが違う——。
「私も普通の瞳がよかったな……」
大きなため息をつくと、鏡の中の自分と再び目が合った。
——いいか、憩。
金色の瞳は帝都では、いや帝国ではとても珍しいものじゃ。
その瞳に惹かれる者も少なくはない。絶対に1人では外出せぬようにな。
外に出るときは、必ず儂か旭の許可を取るように。
「……お祖父様が許可を出してくれたのなんて、たった数回」
黄山の教えを思い出しながら、窓の外を見つめる。
季節は春を迎えたばかりだ。
小鳥たちが楽しそうに歌を奏でている。
上手な子もいれば、下手くそな子もいる。
しかしどの子も春の陽を浴びながら、楽しそうに過ごしていた。
「……いいなぁ。私も自由に外に出たい」
3階にある自室は、ちょうど小鳥たちと目が合う位置だ。
外にいるその子たちとの違いに、憩は再び大きなため息をついた。
*
「旭さん、ご報告申し上げます!」
帝都が一望できる高台の上で、旭は部下から言伝を聞いていた。
内容は吸血鬼の出没状況や他領土の守備報告などで、特段変わったことはない。
「ありがとう、引き続きよろしく頼むよ」
「かしこまりました!」
にこやかに返す上司に、隊士は誇らしげに返事をする。
――帝国陸軍特務部隊。別名、対吸血鬼討伐部隊。
彼らは帝都に跋扈する吸血鬼を、秘密裏に処理する組織だ。
その活躍が表に出ることはなく、同じ陸軍にでさえ公表されることはない。
「今日は帰れそうかな……」
緋色に染まる担当領土を眺めながら、旭は静かに口を開いた。
もう1週間も屋敷に帰れていない。
先月した憩との約束も護ることができなかった。
あんなに楽しみにしていてくれたのに、兄として不甲斐ない……。
「何か、新しい本でも――」
いや、それではダメだ。
あの子は外に出たいのだから、それを叶えてあげないと……。
今日はもう遅いから、明日は朝から憩と本屋に行ってそれから——。
夕日に照らされながら、何やら物思いにふける旭。
そんな彼の背を、まるで崇高なものを見るかのように隊士たちは眺めていた。
「やっぱり旭さんかっこいいよな! 侯爵家のご子息なのに偉そうにしないし」
「他の四門たちより優しいし、東門の聖人って二つ名なだけあるよな!」
「きっと今も、俺たちが思いつかないようなすごいこと考えてるんだぜ!!」
憩は甘味も好きだから、やはり甘味処にも寄るべきかな?
でも、久々に2人でトンカツを食べに行くというのも捨てがたい……。
あ! そうだ!
トンカツを食べに行って、それから甘味処に行けばいいんだよ!
部下たちからは慕われ、上官からの信頼も厚い相楽旭。
しかしその実態は、妹を愛してやまない重度のシスコンなのである。
*
——いこ。お前、また爺さんに叱られてんのか?
「朔夜!?」
憩は飛び起きると、辺りを見渡す。
窓から細く差し込む月明かりが、寂しく部屋を照らしていた。
「なんだ、夢か……」
もぞもぞと、再びベッドに身体を沈める。
「朔夜に会いたいなぁ……」
彼と生活を共にしたのはたったの2年間。
だけど、私にとっては忘れられない2年間——。
初めて行った花火大会、初めて行った本屋さん、初めて行った甘味処。
全部全部、朔夜が連れていってくれた。連れ出してくれた。
いつも隣にいてくれた、誰よりも会いたい大好きな人との大切な思い出——。
暗い天井を見つめていると、なぜか視界が歪み始める。
「早く、帰ってきてくれないかなぁ……」
頬を伝う寂しさを抱えたまま、夜はしんしんと更けていった。
憩ちゃんの鳥籠時代のお話――。
ちょっとしんみりなところも多いのですが、
お楽しみいただけますと幸いです*\(^o^)/*




