12句 見せない月
「なあ、相楽の爺さん遅くね?」
頬杖をつきながら漣が時計を見やる。
予定の時刻から、30分が過ぎようとしていた。
「仕方がない、僕たちだけで先に始めようか」
「いいんですか? 爺さん待ってなくて」
「後で報告しておくから大丈夫さ。では、始めよう」
特務部隊の総司令を務める黄山。
今日は帝国陸軍の定例会に参加しているのだが、四門会までには戻ってくる予定だった。
お祖父様を待っていたら、憩の稽古が終わってしまう。
本当は、朔夜をずっと待っているあの子に会わせてあげたい。
でも、彼が会わないと決めているのだから、接触は避けなければ……。
「……旭さん、大丈夫ですか?」
完全に上の空になっている上官に、千歳が声をかける。
旭の珍しい姿に、漣と朔夜も怪訝な表情を浮かべた。
「どうしたんだよ、具合でも悪いのか?」
「前回と変わらないですし、今日はもう解散にしましょう」
上官の返事を聞かず、3人が帰宅の用意を始める。
「え? みんなもう帰るのかい?」
「今から戻れば夜間偵察に間に合うんで、俺は帰ります」
「……僕は寄るところがあるので失礼します」
若手の2人がいそいそと書斎を出ていく。
漣だけは荷物はまとめたものの、その場に留まっていた。
「漣ももう戻るのかい?」
「いや、俺はこっちで3日は過ごす予定だぜ! せっかくならゆっくりしてえからさ!」
「そんなにこっちにいて、南領は問題ないのかい?」
「大丈夫大丈夫! 俺なんかよりあいつらしっかりしてるしよ!」
ガハハ! と大口を開けて笑う同期に、旭も自然と笑顔になる。
「なら、夕飯はうちで食べていくかい?」
「マジで!? いいのかよ!!」
「構わないさ、憩も喜ぶと思うよ」
「ラッキー! 憩に会うのも久々だなー!」
夕飯はビフテキか!? と騒ぐ漣。
彼が自分を想って今残ってくれていることに、旭は気がついていた。
お調子者で軽薄そうな男に見えるが、誰よりも仲間想いなのは細小波 漣 だ。
そんな真の姿を見てもらえる機会もほぼないため、彼の二つ名は南門の噛ませ犬、という実に不名誉なものだが……。
「そういや杣は、なんで憩を避けてんだ?」
「決意が揺らぐから会わないんだってさ。憩はずっと手紙を書き続けているみたいだけれどね」
「そういや、あいつが南領に来てたときも、憩から手紙来てたな」
「返事が来ないって、最初の頃は泣きそうな顔で報告されていたよ」
朔夜が相楽家にいた頃のことを、旭は思い出していた。
*
「朔夜! 見て見て!」
「うん? 今度は何してんだ?」
「お庭のお花を集めてきたの!」
「お前、勝手に引っこ抜いてきたら爺さんに叱られるぞ!?」
当時11歳の憩は、5つ歳上の朔夜にとても懐いていた。
特務部隊として忙しなく働いていた旭と、芸花魁として売れ始めた和の代わりに、少女の相手をしていたのが彼だったからだ。
「怒られたら、一緒にごめんなさいしてくれる……?」
「ったく……。ほら、元の場所に戻しにいくぞ」
憩の手を引きながら、庭の隅にある花壇へと向かう。
この頃既に少女の宿命を知っていた朔夜は、なるべく憩と時間を共にしていた。
特務部隊に入るため、黄山に稽古をつけてもらっていたこともあり、許可を得て少女を外へ連れていくこともあった。
「ねぇ朔夜、今年も花火大会に行けるかな?」
「爺さんが許可してくれたら行けるんじゃねぇか」
「また一緒に行ってくれる……?」
「当たり前だろ? もしダメでも庭で見ような」
とびきりの笑顔で自分を見上げる憩。
親はおらず、兄姉も忙しく、祖父も家を空ける——。
そんな少女にとって、朔夜は唯一素直に甘えられる家族以上の存在だった。
そしてそれは、朔夜も。
1度全てを失った彼に、憩は眩しすぎるほどの光だった——。
*
帰りの列車に揺られながら、朔夜は緋色に染まる帝都を眺めていた。
今回も会わずに済んだ……。
思わず、大きなため息がこぼれる。
四半期に1度行われる四門会。
無理に参加する必要はなく、不参加であっても情報は後日共有される。
しかし彼にとって、四門会への参加は最優先事項だった。
稽古場の窓に反射する、少女の姿を一瞬でも目にするために——。
……あいつ、未だに舞は嫌いなんだろうな。
専属である矢桐に引きずられていく姿を、朔夜はかつて何度も目にしていた。
そして稽古が終わると、必ず目元を赤く腫らして戻ってくるのだ。
どうしたのかと聞いても、ニコニコと笑うばかりで絶対に理由は言わない。
既に令嬢としての振る舞いが叩き込まれているなと、感心したものだった。
……その割には、ガキっぽいところもあるんだよな。
それが毎回手紙に書かれていた
「早く帰ってきてくれると嬉しいな」だった。
それなのに、その言葉の代わりに少女が初めて贈ってきた詩。
月の君 闇を照らせし その影は 黎明の空 なお光りけり
勉学に疎い朔夜には、憩の言わんとしていることが全くわからなかった。
ただ、何かが少女の中で変化した。それだけは確かだった。
「……もう少しだけ、待っててくれ」
たとえ少しの間離れることになっても、俺は必ずいこを護る盾になる。
……いや、違う。矛になる。
もう奪われないために、護りぬく矛になってやる。
帝都を離れていく列車。
暮れゆく夕日に、朔夜は向かっていた。
朔夜がやばい男すぎる……怖くね……?
反射した姿でもいいから見たいんかな……。
これにて夏が終了です!
次回から秋になりますが、その前に人物紹介を更新します(漣・千歳分)。
そして8月10日月曜日
白銀が護りし緋の神子 第2帖 —銀嶺の秘鑰— が開幕します。
こちらは毎週月曜日更新です。
初回は前作(金霞の五星)の総集編と人物紹介&用語集をアップ!
銀嶺からでも楽しめるように設計しておりますので、
気になった方は遊びに来てくださると嬉しいです*\(^o^)/*
それに伴い花笑は、更新日が木・土になります。
申し訳ございませんが、何卒よろしくお願いいたします。




