男子禁制の森と、虫のいい事情 3 〜圧倒的な害虫駆除と、夕焼けの街の忘れ物〜
3.
ウルが北の森へと消えてから、わずかな時間が経過した。
アマゾネスの集落の広場では、ひどくシュールな光景が広がっていた。
「……うん。この切り方をしてる人はすごく上手だね」
コロが丸太に座り、数人の戦士たちが次々と運んでくる薬草を、職人のような手つきで一つ一つ検分している。
「茎を切る時に、刃先にほんの少しだけ魔力を込めてるでしょ?」
「あ、ああ……」
「やっぱりね。そうすることで切断面が瞬時に塞がって、鮮度と香りが逃げないんだよね。これ、腕利きの採取家がよく使う技術だよ。すごく品質がいい」
「……あ、ありがと、う……?」
厳格な検収作業に対し、恐る恐る薬草を差し出していた戦士の一人が、思わず戸惑ったように礼を言った。
何十人もの武装した女戦士たちが、銀髪の少女の「合否判定」に一喜一憂し、完全に彼女のペースに巻き込まれている。
「でも、こっちの根っこを掘った人は少し雑だね。土を払う時に細いひげ根が千切れちゃってる。薬効成分が逃げるから、次はもう少し優しく扱った方がいいね」
「は、はい……申し訳ありません……」
完全に「現場監督と作業員」の構図だった。
隊長はその光景に頭を抱えそうになりながらも、コロの指摘が的確すぎるため何も言えない。
薬草の仕分けが一段落すると、コロはふと思い立ったように隊長に話しかけた。
「ねえ、お姉さんたち」
「ん、なんだ」
「森の管理って大変でしょ?」
「……急に何だ?」
「いやね、あちこちに罠を張って、見回りをして、侵入者が来たら捕まえて、捕らえたり、街に捨てたり。……ちょっと負担がかかりすぎてるなって思って」
「それは仕方のないことだ」
「そんな事はないよ。もっと楽に森を管理する方法があるよ」
コロはその冷めた氷藍色の瞳で、広場を取り囲む森を見渡した。
「テイミングの技術を持ってる人を捕らえるなり、自分たちで人里に潜伏して探してスカウトするなりして、ここにお迎えすればいいんだよ」
「魔物を操り、番犬にしろと?我らの森に、そのような穢れた獣を――」
「違うよ、洗脳して使役するんじゃないよ」
「なんだと……?」
隊長は思わずといった様子で、コロのすぐ側で腰を降ろした。
コロは森の方――遠くを見つめながら言葉を継いだ。
「それは長続きしないし、反乱のリスクがあるから。そうじゃなくてね、魔物を『隣人』として対話して、条件を出して、一緒に住まないかって聞くの」
コロの突拍子もない提案に、隊長だけでなく、他の戦士たちも目を丸くした。
「考えてもみてよ。ここの森は、アマゾネスのお姉さんたちが徹底的に管理してるおかげで、他の森みたいに冒険者とかの余計な人類がワラワラやって来ない。すごく静かで安全だよ。だけどね、ちょっと足を伸ばせば、人類の街があって、そこには美味しそうな家畜がワラワラと居る」
「……」
「人類は群れになって昼夜問わず襲ってくるから面倒くさい。関わりたくない。でも家畜肉は是非食いたい。これ、知能が高い魔物の総意だよ。でもね、ここにはそれがないんだ」
「……!そこで、我々の存在、か……」
「そう。お姉さんたちが管理している森だから、人類は下手に手出しできない。この辺りはね、知能の高い魔物にとっては、喉から手が出るほど魅力的な『優良物件』なんだよ。条件次第では、喜んで引っ越してきてくれる強い魔物がいっぱい見つかるはずだよ」
淡々と語られる、森の不動産プレゼン。
隊長は息を呑み、コロの言葉の先にある『真意』に気づき始めた。
「つまり……その引っ越してきた魔物に、森の境界の防衛を任せろと?」
「だね。人里から入ってくる侵入者は、全部その魔物に『お食事』として処理させちゃえばいい。そうすれば、お姉さんたちが手を下す必要がなくなるから、何も知らない街の人たちからの『お姉さんたちへの反感』も少しは減るでしょ?魔物だって人類を煙たがらずに堂々と食べられる」
コロは悪びれる様子もなく、極めて合理的な『ヘイトコントロール』と『業務の外注化』を提案した。
「自分たちだけで全部やるのは非効率だよ。お姉さんたちの目的は『森を守ること』であって、『罠を張ること』じゃないんだから」
その冷徹なまでに理にかなった言葉に、アマゾネスたちは背筋に冷たいものを感じた。
この少女は、人類の倫理や情ではなく、純粋な『効率』と『損得』だけで世界を見ているのだと。
誰もが目の前にいる『少女の皮を被った何か』に固唾を呑んでいた、その時だった。
――ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!
北の森の奥深くで、地響きを伴う巨大な轟音が鳴り響いた。
直後、空を劈くように黒い雷光が走り、鬱蒼とした木々の一部が消し飛ぶのが見えた。
「な……ッ!?」
「今のは、何だ……!?」
戦士たちが慌てて槍を構え、轟音の方向へ身構える。
しかし、その警戒はすぐに解かれることとなった。
『……チッ。毛ばかり長くてすばしっこいだけの、全く張り合いのない雑魚だったな』
木々の隙間から、全くの無傷――それどころか息一つ乱していないウルが、悠然と歩いて戻ってきたのだ。
その足元に、ドサリと巨大な物体が投げ捨てられる。
四つの目を持つ巨大な妖猫の、黒焦げになった首だった。
アマゾネスたちが何十人掛かりで被害を覚悟して挑まねばならなかった森の脅威が、文字通り『一瞬』で駆除された証拠だった。
「お帰り、ウル。早かったね」
『あんなもの、狩りでも戦闘でもない。ただのゴミ掃除だ』
ウルは忌々しそうに鼻先を前足で擦りながら、コロの隣にどっしりと腰を下ろした。
「お疲れ様。こっちも終わったよ」
コロは、戦士たちが集めた最高品質の薬草がぎっしりと詰まった鞄を背負い直す。
「それじゃ、取引完了だね。私たちはもう帰るから。さっきのアドバイス、よかったら検討してみてね」
用は済んだとばかりに、コロは踵を返す。
『運動をして腹が減ったな』
「その腹の虫を黙らせるだけの報酬は出るから、今晩はたっぷりウルを労わないとね」
『フン。適当な脂身ばかりだったら承知せんぞ』
「私がそんな屑肉を選ぶわけないでしょ」
『期待しているからな』
「家畜が多かったし、多分美味しい肉が出てくると思うよ」
『ふむ、どうせなら豚がいいな』
「それこそ脂身ばかりじゃないの」
『む、好きなのだから良いだろう!』
「はいはい。たしかに美味しいもんね、豚肉は」
アマゾネスたちは、ただ圧倒的な暴力を前に硬直したまま、見送ることしかできなかった。
森を出る帰り道。
コロは木陰に潜んでいた見張りの戦士に向かって、歩きながらボソッと告げた。
「……あ、お姉さん。入り口から3つ目の糸の罠、少し弛んでるよ。……あそこだけ感知精度が甘そうだから、早めに直しておいたほうがいいと思うよ。……じゃあね」
呆気に取られる戦士たちを置き去りに、一人と一匹はのらりくらりと森を後にするのだった。
夕刻の薬師ギルド。
カウンターの上に並べられた、瑞々しさを保ったままの最高品質の薬草の数々を見て、受付の女性は言葉を失っていた。
「嘘、でしょう……?まだ半日も経ってないわよ……」
「だね。お姉さんと会ったのは朝早くだったかな」
「ええ、それにこの保存状態……本当にあの森へ行ってきたの?」
「うん。ちゃんと指定されたものを揃えてきたよ」
信じられないものを見るような受付の女性に対し、コロはあっさりと頷く。
「本当に大丈夫だったの……?アマゾネスたちに見つかったら、ただじゃ済まないって言ったのに……」
「さあね。採取家はね、あんまり手の内を人に喋らないものだよ」
コロは人差し指を唇に当てて、悪戯っぽく微笑んだ。
これ以上の詮索は無用。
そのプロフェッショナルとしての明確な線引きに、受付の女性もそれ以上は追及できず、ただ圧倒されたように頷くしかなかった。
「……分かったわ。文句なしの達成よ。これが約束の報酬ね」
チャリン、チャリン、と。 相場の三倍という破格の報酬――ずっしりと重い数枚の金貨が、コロの革袋へと収められた。
ギルドの建物を外へ出ると、大森林の玄関口である街は、燃えるような夕焼けに染まっていた。
切り出された丸太の建物が赤銅色に照らされ、長く伸びた影が大通りを覆い始めている。
昼間の土臭い喧騒は落ち着き、代わりに酒場から漂う肉を焼く香ばしい匂いと、一日の労働を終えた人々の活気が街を包み込んでいた。
その夕暮れの通りを歩きながら、コロはふと立ち止まり、背後のウルを見上げて口を開いた。
「ウル。ちょっと重要な話があるんだ……」
そのひどく真剣なトーンに、ウルもピタリと足を止め、油断なく周囲の気配を探る。
アマゾネスの残党か、それとも別の厄介事か。
魔狼が金色の瞳を細めて警戒態勢に入った、次の瞬間。
「実はさ。私たち、まだ今日の宿をとってないんだよね」
『…………は?』
ウルの口から、間の抜けた声が漏れる。
『……おい』
「だから、急いで探さないと野宿になっちゃうかも」
『ば、馬鹿者ッ!先程あんなに豚の肉がどうとか偉そうに語っていたではないか!どこで食うつもりだったのだ!』
「いやあ、森の中の仕事が思いのほかスムーズに進んだから、すっかり忘れてて」
『ふざけるな!俺の腹はすっかり脂身の乗った豚肉を迎え入れる準備ができているのだぞ!』
先ほどまで何十人もの精鋭部隊を震え上がらせていた、絶対的強者の威厳はどこへやら。
「大丈夫大丈夫、考えすぎだよ。豚肉はその辺の食堂でも食べられるだろうし、宿だって多分見つかるよ。最悪、また森に戻って野宿でも――」
『絶対に嫌だ!!』
「あはは。ほらウル、急がないと日が暮れちゃうよ」
『誰のせいだと思っている!』
美味しい豚肉のために早く宿を探せと急かす魔狼と、まあ何とかなるとのんびり歩く少女。
長く伸びた二つの影を並べながら、夕焼けに染まる街を歩く一人と一匹。
彼らの気ままな旅は、明日もまた、こんな調子で続いていくのだろう。
※ ※ ※
その日の夜。
大森林の玄関口である街の、こじんまりとした宿の一室。
念願のたっぷりと脂身の乗った豚肉を平らげて満足そうに丸まるウルを横目に、コロもまた柔らかいベッドに身を横たえていた。
瞼を閉じ、意識がゆっくりと深い底へ沈んでいく。
コロは柔らかな光に満ちた、果てしなく白い空間にいた。
輪郭がぼんやりとしていた意識が、徐々に形を成していく。
「おかえりなさい、私の可愛いコロ」
コロの背後から、全てを包み込むような柔らかい声が響く。
「ただいま、女神様」
サッと振り返ったコロは、両手を広げて微笑んでいる女神の胸の中に滑り込むようにしてくっつく。
女神はガラス細工を扱うように、その頭に頬擦りをしている。
「今日ね、女の人たちだけで森を管理してる、ちょっと変わった集団に会ったんだ」
「まあ。女の人たちだけで?」
女神はコロの銀髪を優しく梳きながら、さも退屈そうに目を細めた。
「うん。無駄に意識が高くて、効率を優先する人類たちだった」
「不思議ね。女だけでは種は増えないのに」
「ね。まあ、交渉自体はウルのお陰ですごく楽だったんだ。……でもね」
「でも?」
「自分たちの住んでいる森の土は『神聖』だからって、自分たちの腹を痛めて産んだ男の赤ん坊を、わざわざ殺さずに街に捨てているんだ。後始末の手間を街の人に押し付けてるだけなのに、それを『掟』だって誇らしげに言ってた」
コロの報告に、女神はパチリと瞬きをした後、くすくすと上品な笑い声をこぼした。
「ふふっ、やだ。なんて滑稽なのかしら」
女神の赤い唇が、冷酷な弧を描く。
「効率や合理性を求めているようでいて、結局は自分たちが作った『神聖な土』なんていう陳腐な幻に縛られているのね。他人に押し付けて、自分の手を汚さないことを『誇り』だなんて……人類というのは本当に愚かで、矛盾だらけの生き物だわ」
「私もそう思ったかな。だから、魔物を隣人として住まわせて、侵入者は全部その魔物に食べさせちゃえばいいってアドバイスしておいたよ。そっちの方がずっと効率的かなって」
コロの言葉に、女神はうっとりとした吐息を漏らし、背後からさらに強くコロを抱きしめた。
「ええ、その通りよ。なんて賢くて、完璧な答えなのかしら」
「完璧かどうかはあの女の人達次第だけど、割と効率的だとは思うよ」
「……つまらない掟や矛盾に縛られて生きる人類の群れの中で、あなただけが、いつだって透き通るような真理を見つめているわ」
ちゅっ、と音を立てて、女神がコロの額に甘いキスを落とす。
「群れを成して、くだらない掟に縛られて、それでも自分たちは神聖だと思い込んでいる哀れな『虫けら』ね」
「ははは、女神様も見てたんだね」
「ふふ、ウルったら、ずっとイライラしていたわね!」
「そうなんだ。森の中で優位に立っているみたいなさ、大きな顔をされるのが余程気に触ったみたい。ずっと『虫けら』『虫けら』って」
見つめ合ってクスクスと笑う女神とコロ。
「とにかく。男の人を排除する割には、子をなすために男の人を生け捕りにするんだから、本当に虫がいい話だよ」
「ふふっ!また『虫』が出てきた!」
「あはは!偶然だよ、偶然!」
声を上げて笑うコロは、幸せそうな笑みを浮かべたまま、女神の身体にぎゅっと抱きつく。
女神は目を細め、口角を僅かに上げながらコロの背中をゆっくりと擦っている。
「あなたはそんなつまらない群れに属してはダメよ?」
「え?まさか!頼まれても断るよ!」
「ええ、それでいいの。あなたは誰の群れにも属さなくていい。私の可愛いコロ」
泥に塗れた現実世界で、戦士たちが森の掟と矛盾に縛られながら、暗闇の中で槍を握りしめている頃。
コロは、自分だけを溺愛してくれる神様の温もりの中で、ただ静かに、心地よい微睡みへと身を委ねるのだった。
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