男子禁制の森と、虫のいい事情 1 〜訳ありの依頼と、完璧に管理された森〜
1.
背後にそびえる大森林の恩恵を受け、玄関口として栄える巨大な街。
切り出されたままの太い丸太で組まれた建物が立ち並び、大通りには青々とした樹液と真新しい木屑の匂いが立ち込めている。
巨大な切り株をそのまま台座にした露店には、森で採れた珍しい果実や色鮮やかな薬草が並び、毛皮を纏った狩人や、身の丈ほどもある斧を担いだ木こりたちがひっきりなしに行き交っていた。
そんな活気に満ちた、しかしひどく土臭いその大通りを、コロとウルはいつものようにのらりくらりと歩いていた。
「結構大きな街だね。木こりや狩人だけじゃなくて、旅人や商人も多いや」
『フン。人類の匂いが強すぎて鼻が曲がりそうだ。さっさと用事を済ませて森へ向かうぞ』
「まあまあ。せっかくだから、ちょっと掲示板でも見ていこうよ」
コロは街の広場に設置された掲示板の前で足を止めた。
数ある依頼書の中から、硝子玉のような氷藍色の瞳が一枚の羊皮紙を的確に捉える。
特定の薬草の採取依頼。
内容自体はごくありふれたものだが、そこに書かれた数字を見て、コロは少しだけ目を丸くした。
「へえ、随分と……」
『おい、なんだ?口に出して言え』
「え?ああ、そうだね。なんかね、必要な薬草が書かれているんだけどさ」
『ふむ、何かおかしいのか?』
「報酬が高すぎるんだよ。下手したら相場よりも倍以上するのもあるよ」
『臭うわけだな』
「だね。いい匂いか、悪い匂いか……」
『厄介そうだ。忘れろ』
「え?それは惜しいよ」
そして、依頼書の備考欄には赤インクで太々とこう記されていた。
「あ『告知事項あり。詳細は薬師ギルドまで』だって。ふうん。『訳あり』ってわけだ」
『それ見ろ、やはり厄介事だ。忘れるぞ』
「忘れられないよ。その『告知事項』とやらが問題なさそうなら、こんなに効率的な依頼はないもん」
『誰のお眼鏡にもかなわんから、そうやって張り出されているんだろう』
「細かいなぁ。とりあえず話を聞くだけ聞いてみようよ」
『俺は言ったぞ。それは厄介事だと』
「はいはい。たしかに、ね」
コロは手慣れた動作でその依頼書を剥がし取ると、やれやれと呆れるウルを見て小さく笑った。
街の薬師ギルドの窓口。
静かで様々な乾燥ハーブの匂いが立ち込めるギルド内で、依頼書を提示したコロに対し、窓口の受付を担当する人間族の若い女性職員は、ひどく困惑したような顔を見せた。
「あの……お嬢ちゃん、字は読めるかな?この依頼書の備考欄には『※告知事項あり』って書かれているんだけど」
その心配そうな言葉に対し、コロは反論するでもなく、背負っていた鞄の中から麻布の包みを取り出し、カウンターの上に広げた。
『おい、コロ。馬鹿にされているぞ』
「ウルは黙ってて」
そして、道中で採取し、もともとここで売る予定だった薬草の数々を淡々と並べ始めた。
根の先まで傷一つなく掘り起こされた薬効の高い薬草に、絶妙な乾燥具合で香りを閉じ込めた希少な薬草。
どれも、一流の知識と技術を持った採取者でなければ用意できない、完璧な処理と保存状態だった。
「これ、道中で採ってきたものだからついでに買い取ってほしいんだけど」
「えっ……?こ、これは……なんて見事な処理……」
「私はこういう仕事ができる人なんだけど。その依頼に、どういう『わけ』があるのか聞かせてほしいな」
コロが氷藍色の瞳で淡々と見上げると、受付の女性は並べられた薬草の品質と、目の前の少女のただならぬ手際に圧倒され、ゴクリと唾を飲み込んだ。
先程までの子供扱いするような態度は消え、カウンターから身を乗り出すようにして声を潜める。
「……分かったわ。でも、訳ありなんてもんじゃないのよ。対象となる薬草の群生地はね、この大森林のさらに深部――『女性のみの武装集団』が自治を行っている縄張りなの。通称、アマゾネスって呼ばれる戦士たちね」
「自治?へえ。そんなのもいるんだ」
「ええ。彼女たちは領主や王国の法に従わず、森に立ち入る男を容赦なく排除するの」
『俺は雄だぞ。やはり厄介事だ』
コロの隣で行儀よく座っていたウルはマズルを顰めてしまう。
しかしウルのボヤきなど聞き取れない受付の女性の言葉は続く。
「もし掟を破って捕まったら、無事では済まないわ。過去に腕自慢の男の傭兵たちや採取家が、何度も強行突破しようとしたけど、全員身ぐるみ剥がされて、ボロボロになって森から叩き出されたのよ。……中には、帰ってこなかった人もいる」
「王国や憲兵は何をしてるの?まさか放置?」
「ええ。あんな辺境の森一つを制圧するために正規軍を動かすのは、攻略コストが領地価値に見合わないんですって。だから、完全な『管理区域外』として黙認されているのよ」
受付の女性は、コロの隣に控えるウルの巨体をチラリと見て、さらに顔を曇らせた。
「……女性なら見逃されることもあるみたいだけど、それでも勝手に森の資源を荒らせば攻撃されるわ。それに、その……立派な魔狼も、オスなら問答無用で標的にされるかもしれない。だから、この依頼は――」
「……なるほどね。不法侵入と、交渉の手間を含んだリスク料込みの値段、だね」
コロは女性職員の真剣な忠告を聞き終えると、実務的な判断であっさりと頷いた。
「いいよ、お姉さんたちへの挨拶は私がやっておく」
「えっ!?いや、だから危険だって――」
「ウルはまあ、雄だけどね。あくまで『犬』だし、問題ないよね」
『む?おい、誰が犬だ。俺は誇り高き――』
「はいはい。とりあえず、サクッと採取してこようか」
コロは受付の女性の制止も、ウルの文句も華麗にスルーし、呆れるウルを尻目に、事も無げにその高単価な依頼を受諾したのだった。
ギルドを後にし、森へ向かう前の買い出しで市場を歩いていた時のこと。
大通りの一角で、わあわあと人だかりができているのに出くわした一人と一匹。
人垣の中心からは、ひどく甲高い赤ん坊の泣き声が響いている。
コロが人々の隙間から覗き込むと、地面に置かれた粗末な籠の中に、まだ生まれて間もない赤子が布に包まれて泣き喚いていた。
しかし、周囲の街の大人たちは特段慌てる様子もなく、ただ忌々しそうに顔をしかめながら愚痴をこぼし合っている。
「ったく、またかよ。あのアマゾネスども、この街を何だと思ってるんだ……」
「自分たちの掟だか何だか知らねえけどよ、ここまで行くとイカれてるぜ」
「また町の外に捨てられてたんですって。考えられる?」
「俺達に無責任に赤ん坊を押し付けといて『掟』とは、笑わせるぜ。まったく……」
「文句を言っても始まらねえよ。ほれ、誰かこの子をまた代官様のところに持っていってやれよ。孤児院に入れるか、どっかの農家に引き取らせるか決めてもらわねえとな」
「だな。この赤ん坊に罪はねえと思うんだけどな……」
慣れた手つきで籠を持ち上げる大人たち。
どうやら、この街では特段珍しい光景でもないらしい。
旗から見ていた町の子供達ですら「また?」「らしいよ」「変なの」「可哀想に」などと、遊びながら話をしている始末。
『……なるほどな』
事の顛末を察し、ウルが呆れたように鼻を鳴らした。
『雄を排除する雌だけの集団では、たとえ自分の腹を痛めた赤子であろうと雄は排除の対象というわけか。つくづく業の深い種族だ』
「人類は本当に、なにがしたいのかよく分からないね」
『赤子がいっちょ前になるまで何年もかかる生き物のくせに、まさかそんな事も知らんで放り出しているのか?』
「自立させているというよりは、自分たちで殺して埋める『手間』を、街に押し付けてるんだね」
コロは遠ざかっていく赤子の泣き声を硝子玉のような氷藍色の瞳で見送ると、どうでもよさそうに肩を竦めた。
「ま、わざわざ手を汚さないだけ合理的なのかな。さて、ご飯も買ったし、そろそろお仕事に行こうか」
集落で不要になったオスという『バグ』を、殺害という手間をかけずに街へ廃棄する。
そんな徹底した合理性に満ちた女たちの森へ向かって、一人と一匹は歩き出した。
街の喧騒から遠く離れた、大森林の深部。
一歩足を踏み入れると、天を衝くような古代樹の枝葉が陽光を遮り、森の中は昼間でも薄暗く、ひんやりとした静寂に包まれていた。
湿った腐葉土の匂いと、どこかで微かにせせらぐ冷たい水の音。
一見すれば、ただの美しい手付かずの自然に見える。
しかし、森をしばらく歩き進めるうち、一人と一匹はすぐにこの森が孕む『違和感』を覚え始めていた。
最初に気づいたのは、等間隔に並ぶ巨木の幹に、鋭利な刃物で削り取られたような真新しいマーキングの痕跡だった。
『フン。こんな印もないと迷うのか。程度が知れているな』
木の幹につけられた傷跡を鼻先で嗅ぎ、ウルが馬鹿にしたように鼻で笑う。
「わからないよ?樹液を採取した痕かもしれないじゃない」
『ハッ! 我が子をゴミのように捨てる辺り、確かに人類というより、樹液に目がない虫ケラかもしれんな』
コロの冗談めかした言葉に、ウルは先ほどの街での光景を引き合いに出して強烈な皮肉を返した。
しかし、コロの硝子玉のような瞳は、そのマーキングの先にある『本当の違和感』を正確に捉え始めていた。
「……なるほど。あからさまな印で部外者の視線を上に誘導して、足元への注意を逸らしてるわけだ」
『なるほどな、最高につまらん小細工だ。俺はあまりにつまらなくて感動している』
「まあね。とはいえ、たしかに徹底的に『管理』されてるね」
『管理すれば偉いというわけではない』
「うん。ウル、右足の先、そこ踏まないでね。よく手入れされた感知式の糸が張ってあるよ」
コロが指差した先。
落ち葉に巧妙に隠された細い糸が、ピンと張り詰めた状態で木と木の間に渡されていた。
それは一つだけではない。
一人と一匹の目には、獣道に見せかけた誘導路、枝先に仕込まれた毒矢のギミック、そして足跡を消すためにわざと撒かれた特有の植物の種など、自然の造形を装った『人工的な殺意』が次々と視覚化されていた。
「……ここもダメ。あの苔むした倒木の下にも、物理的なトラップが仕掛けてある。……見事なものだね」
『……チッ。やはり虫だ。糸ばかりで、まるで蜘蛛だぞ』
「だね。……解除するのは簡単だけど、他人の『備品』を勝手に壊すのは面倒になりそうだから。避けて通るのが一番、角が立たないよ」
コロは他者の敷地に対する「業者としての最低限の敬意」を払いながら、流れるような動作でトラップ群をすり抜けていく。
そして、岩陰や湿地に自生する目的の薬草だけを、手際よくカゴへと収めていった。
コロは他者の敷地に対する「業者としての最低限の敬意」を払いながら、流れるような動作でトラップ群をすり抜けていく。
しかし――
「……うーん、ここも面倒くさいなぁ」
目的の薬草の群生地にたどり着いたものの、コロはカゴを置き、大きなため息をついた。
良質な薬草が生えている場所、つまり『人が立ち寄りやすい場所』には、ことごとく嫌らしい角度で罠が集中して仕掛けられていたのだ。
薬草を引き抜こうと手を伸ばせば、手首の絶妙な位置に毒針を飛ばす仕掛けがあり、しゃがみ込もうとすれば足元に落とし穴のトリガーが待っている。
「これじゃ、採取の邪魔だよ」
『悪知恵のよく働く虫ケラだな』
「いくら備品を壊さないようにっても、作業効率が悪すぎるね……」
『だから言っただろう。厄介事だと』
「だね。なるほど納得だよ。だから相場の三倍なんだ」
『チッ、ちまちまと小賢しい。これではいつまで経っても終わらんぞ』
慎重に、まるでパズルを解くように薬草を一本一本採取するコロの横で、ウルが苛立たしげに尻尾を地面に叩きつける。
『おい、コロ。手っ取り早い方法がある』
「ん、なに?」
『そこの木に張ってある糸。あれをグイグイ引っ張って、「仕事の邪魔だ」と虫ケラどもに直接文句でも付けるか』
ウルの極めて野蛮で、しかし理にかなった提案に、コロは思わず苦笑した。
「あはは。呼び鈴代わりに罠を作動させるの?さすがにそれは苦言の呈し方としてマナー違反だよ」
『マナーだの備品だの、知ったことか。俺はただ、さっさと用事を済ませて小賢しい森から出たいだけだ』
「まあね。私も同感だよ。……とはいえ」
コロは立ち上がり、腰に手を当てて周囲の鬱蒼とした森を見回した。
硝子玉のような視線の先、木々の隙間には、明らかにこちらを『監視』している複数の気配がある。
彼女たちは、侵入者がいつ罠にかかるかと今か今かと待ち構えているのだろう。
「……向こうのお姉さんたちも、私たちが全然罠にかからないから、どうしていいか分からなくて困ってるみたいだしね」
『フン。ならば、こちらから出向いてやるか。それとも向こうが痺れを切らすのを待つか』
「そうだね。とりあえず、お茶でも飲んで休憩しようか」
一人と一匹は、鬱蒼とした森の中で顔を見合わせる。
慎重な採取作業に飽きてきた観測者と、小細工に苛立つ魔狼。
圧倒的な森のプロフェッショナルたちは、ただの「面倒くさい」という理由で、完璧な管理体制を誇るアマゾネスたちを完全に置き去りにしたまま、のんびりと水筒の蓋を開けるのだった。
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