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元・魔物の少女と魔狼の異世界観測記 〜狼の鼻と、神の余暇〜  作者: 三沢 七生


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自由の熱病と、賢者たちの退路 2 〜崩落の国境線と、悪党たちの退路〜

2.


「おい、聞いたか!?また税金を取られるらしいぞ!」

「ああ、収入の40パーセント?……とか言ってたぞ?」

「なっ……!?ま、待てよ?計算する……!」

「なんだよ。なんだか『これからは平等だ』とかなんとか聞いたぜ?」

「おい、馬鹿野郎!それじゃあ前よりも高くなるじゃねえか!」

「なんっ……!!なんだと!?!?」

「徴収の仕方が、人頭税とか定額税から形が変わっただけじゃないか!これまでは僅かな人頭税と、家単位の定額税だけで済んでいたんだぞ!?収入の40パーセント……それが老いぼれや女の収入まで40パーセントでぶん取られてみろ!?」

「お、おい!革命前より酷えじゃねえか!!」

「……あの革命軍の連中……結局のところ、俺達から搾取したくて『革命』とか言ってたんじゃねえのか!?」

「あ、待てよ!!この暫定とか書いてる『愛国特別税』ってなんだよ!?!?」


街の広場からは、数日前の『自由の歌』とは打って変わって、怒りと疑心暗鬼に満ちた怒声が響いていた。

壁に貼り出された急ごしらえの『愛国特別税』の布告書の前に群がり、頭を抱えて座り込む者や、隣人と胸ぐらを掴み合って暴れる者すらいる。


隣国侵攻の噂に加えて、国庫が空っぽであることを隠しきれなくなった革命軍が、急ごしらえの重税を強き始めたのだ。

『自由』を勝ち取ったはずの市民たちは、自分たちがかつての独裁政権よりも酷い状況に置かれていることに、ようやく気付き始めていたようだ。


そんなひどくきな臭い空気が漂う裏通りで。


「……そろそろ次だな」


カシムは広場から聞こえてくる怒声を冷ややかに聞き流しながら、配下の男たちに鋭く指示を飛ばし始める。


「革命軍から巻き上げた金貨も含めて、ここからは現金を全部吐き出せ!宝飾品を中心に徹底的に買い叩け!」

「おう!」

「連中はどうにかして当座の食い扶持と現金を確保しようと必死だ!だからこそ、先祖代々の宝石だろうが、金持ち共からぶん取った美術品だろうが、叩けばいくらでも安く吐き出すぞ!とにかく軽くて、他国で高く売れる『本当の価値』だけを狙え!」

「おう!!」


カシムの号令で、キャラバン隊の面々が荷馬車の前で大々的な『最後の買い取り』を始める。

パニックに陥った市民や商人たちは、目の前の現金を求めて、高価な宝石や貴金属をカシムたちの足元へ次々と放り出していった。

泥だらけの震える手で差し出される、一族の家紋が入った銀の燭台や、血のついた豪奢な首飾り。

カシムはそれらを感情の欠落した目で値踏みし、本来の価値の十分の一にも満たない数枚の硬貨と冷酷に交換していく。


その狂騒の渦の傍らで、コロとウルはただぼんやりと突っ立ってその様子を眺めていた。


「すごいね。みんながパニックになってるのに、カシムさんたちだけがすごく冷静に、一番美味しいところを持って行ってる」

『狩りの上手いハゲタカだな。死肉を漁る速度も、去り際の判断も、見事なまでに徹底している』

「これは最早、職人の技だね」

『後は上手いことトンズラすれば、まさに職人ってやつだ』

「だね。まぁ、そのための駒が私たちって感じかな」

『たまにはこういうのも悪くない』


一人と一匹の感心したような呟きなど気にも留めず、カシムの算盤は血の滲むような速度で弾かれ続けていた。




やがて太陽が西に傾き、広場の不満がいよいよ暴動へと発展し、街のあちこちから煙が上がり始めた頃。


「よし、予定通りだ!『借りていた』ものを全部あいつらに『高値で返して』、嵩張らない富に替え尽くした!こんなゴミ溜めに用はねえ!馬を潰さない程度に急がせろ!」


カシムの号令と共に、限界まで宝飾品を詰め込んだキャラバン隊は、陣形を整えて極めて迅速に動き出した。


「頭!表の正門は暴徒と革命軍の小競り合いで完全に塞がってます!」

「んなお行儀よく玄関から帰らねえぞ!今は町の門は全部ダメだ!南南西に向かえ!革命の時に崩れ落ちて空いた城壁の穴がある!そこから一気にトンズラするぞ!!」


荷馬車の御者台で立ち上がったカシムが、血走った目でムチを振り上げながら、隊の面々に怒声を飛ばした。


「どうせ今夜には東西南北、色んな隣国が雪崩れ込んできて境界線が滅茶苦茶になる!誰も今この瞬間のドタバタなんざ覚えてねえ!轢き殺してでも進めぇぇぇッッッ!!」


カシムは後ろを振り返り、最後尾の馬車に乗っているコロとウルに向かってニヤリと悪党の笑みを向けた。


「嬢ちゃん!犬っころに『邪魔するやつに天罰を下してやれ』って伝えておけ!お前さんたちも、身体がなまって仕方ねえだろ!?この最高の特売セールは、盛大にド派手に締め括らねえとな!」


その言葉を聞いたウルが、ニヤリと裂けるように口角を吊り上げた。


『……言われずとも。群れの掟すら守れぬ羽虫の掃除など、息抜きにもならんがな』

「ウル、馬が怯えるから、音は少し抑えめにお願いね」

『承知した』


キャラバン隊の馬車が、暴動と略奪の炎に包まれ始めた街の裏通りを猛然と駆け抜ける。 荷馬車に積まれた富に目をつけ、路地裏から武器を掲げて立ち塞がろうとする暴徒たちが次々と現れた。


「おい!その荷馬車を置いて――」

『退け』


――ズバァァァァァァァァンッ!!


暴徒の言葉が最後まで発せられることはなかった。

馬車の屋根に軽やかに跳び乗ったウルが、黄金の瞳を光らせた瞬間。

音を殺した鋭い漆黒の雷光が、暴徒たちの足元の石畳をピンポイントで抉り飛ばす。


「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?」

「ば、化け狼だ!!逃げろ!!」


一瞬にして炭化した地面と、大気を焦がす圧倒的な熱量。

命の危険を本能で察知した暴徒たちは、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように道をあけていく。


「はーっはっはっは!!いいぞ犬っころ!お前最高だなァッッッ!!ほれほれーッッッ!!道を開けろーいッッッ!!」


前方で御者台にしがみつきながら、カシムが狂ったように高笑いする。

右から迫る革命軍の残党には黒雷の牽制を。

左から群がる略奪者には、空気を震わせるような圧倒的な殺気の咆哮を。

ウルという規格外の「天罰」を屋根に乗せたキャラバン隊は、怒号と炎が渦巻く地獄絵図の街を、誰一人傷を負うことなく、まるでモーセの海割りのように一直線に駆け抜けていく。


「頭!前方に城壁の穴が見えました!」


だが、その抜け穴を塞ぐように、革命軍の残党たちが何重もの槍を構え、瓦礫のバリケードを築いて待ち構えていた。


「クソッタレ!!どうやら俺達を帰したくねえ――」


カシムの言葉が最後まで紡がれることはなかった。

目も開けていられないほどの、まるで太陽が爆発したような閃光が、辺りを支配する。


――ズバァァァァァァァァンッ!!


耳をつんざく雷鳴が、遅れて一行の耳に届く。

先程までそこにあったはずの瓦礫の山も、槍を構えていた兵士たちの姿も、黒焦げの跡だけを残して綺麗さっぱり蒸発していた。


『さっさと帰るぞ』

「ウルは延泊したくないみたい」


この興奮気味な状況にも、全く動じていない一人と一匹。

コロの言葉を受け、カシムは一人と一匹を振り返ってニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「後で肉は弾むぜ!よーし!オラオラァッ!!そのまま突っ込め!!」


ガラガラと激しい音を立てて、キャラバン隊の馬車が、かつて独裁者が築き、革命によって壊された石壁の穴をすり抜ける。

砂埃を巻き上げながら、彼らは完全に無法地帯と化した小国から、鮮やかに、そして無慈悲に離脱していった。




それからさらに二日後。

昼夜を問わず馬を走らせたキャラバン隊は、かつて国境線として機能していたはずの、隣国への検問所へと辿り着いた。


しかし、関所を守るはずの建屋は焼け落ち、検問の柵すらも乱暴に打ち捨てられている。

代わりにそこを陣取っていたのは、『治安維持』を名目に国境を越えようと集結している隣国の先遣隊だった。


「止まれ!何者だ!」


槍を構えた兵士たちが鋭い声を上げると、御者台から飛び降りたカシムが、先程までの悪鬼のような顔を瞬時に消し去り、両手を擦り合わせながらペコペコと小走りで駆け寄った。


「お、お助けください、お役人様!我々はしがない他国の行商人でして!革命だの暴動だのという恐ろしいゴタゴタに巻き込まれ、命からがら逃げ延びてきたのです!」


その声は涙ぐんでおり、恐怖に震える哀れな商人の見事な三文芝居だった。


「ふん。逃げ延びてきただと?その馬車に積んである荷は何だ。この国の混乱に乗じて、不当に持ち出そうとしている盗品ではないだろうな」


隊長格と思しき男が、値踏みするような、そして明確な『搾取』の意思を持った嫌らしい目でカシムと荷馬車をねめつける。

スルーで通してくれる気など毛頭ない。

難癖をつけて荷物を没収する――つまり、軍隊という大義名分を被った『合法的な強盗』の目だ。


だが、カシムはそんな腐った権力者の扱いなど赤子の手をひねるよりも熟知していた。

ここで騒ぎを起こすのは『悪手中の悪手』であるとして、コロとウルには大人しくしておくよう、入念に釘を打っていたのだ。


『また俺が一掃すればいいものを……』

「それをやっちゃったら、カシムさん達は一生お尋ね者になっちゃうからね」

『全く、面倒だ』


ため息混じりにそう唸ったウルが、ボフンと尻尾を荷車の床に叩きつけた。


「と、とんでもない!暴徒に襲われ、売り物はあらかた燃やされてしまいました。残っているのは、私どもの細々とした生活必需品ばかりで……。あ、そうだ。せめてもの『国境警備の慰労』として、こちらをお納めください」


カシムは隊長の死角になるよう体を寄せると、その手にそっと、ずっしりと重い小さな革袋を握らせた。

中に入っているのは、宝飾品を買い漁ったあとに残った『旧体制の刻印が入った金貨』の束だ。

国が滅んだ今、この国での通貨としての信用は紙屑同然だが、溶かせば純度の高い『金』としての価値は決して下がらない。

これから戦地へ向かう兵士にとって、懐に隠しやすく、後でどうとでもなる最高の裏金だ。


「……ほう!砂糖菓子か」

「ええ。……兵隊さんたちも、これから『治安維持』でさぞやお疲れでしょう?」

「これはまた、随分と甘そうだな……」

「でしょう?溶かしても美味しいですぜ?」


カシムが卑屈な笑みの奥で片目を瞑ると、革袋の確かな重みを確かめた隊長もまた、口元をニヤリと歪めた。

悪党同士の、言葉の要らない完璧な意思疎通だ。


『ん?アイツ、何を言っているんだ?』

「隠語だよ、隠語。そのまま言ったら、もっと偉い人にバレちゃうでしょ」

『ふむ……ある意味『職人』か』

「だね。そういう職人」


砂糖菓子の匂いなど全くしていなかった点に疑問を持ったウルだったが、コロの説明を受け、呆れを通り越して感心してしまっているようだ。


「……ふむ。異国の地で商売を失うとは、気の毒なことだ。我々、栄えあるオーソンヌ王国治安維持軍は、善良な民の味方である。……よし、通れ!」

「あ、ありがとうございます!へへっ、神のご加護を!」


隊長が鷹揚に頷いて道をあけると、カシムは何度も頭を下げながら御者台に戻り、キャラバン隊は静かに国境を越えた。




検問所が見えなくなり、完全にオーソンヌ王国の安全地帯に入った途端。

カシムは先程までの愛想の良い涙顔を嘘のように消し去り、地面に向かってペッと汚い唾を吐き捨てた。


「クソッタレが。治安維持だのなんだのと偉そうに嘯きやがって、やってることはただの山賊じゃねえか。……まあいい、あの程度の端金でこの荷台の莫大な利益が守れるなら安いモンだ」


カシムは腹を抱えて下品に笑い、今や黒い煙で覆われた小国の空を振り返ってヒュッと口笛を吹く。


「西の街道は昨夜落とされて、欲をかいて居座った他のキャラバンは残らず身ぐるみ剥がされたって噂だ。国境封鎖のギリギリ一歩手前……俺たちもあと半日遅れてたら、今頃あの国と一緒に丸焼きにされてたかもな!」


豪快に笑い飛ばしているが、彼ら商人は、死の淵を綱渡りしながら革命の熱狂から利益だけを啜り上げ、火の粉を被る前に完璧なタイミングで逃げおおせたのだ。


「さすが頭!ギリギリのタイミングで逃げ果せたんすね!」

「俺の恋人は『金(カネ)』だからな!愛するヤツの動きなんざ、手に取るように分かるさ!」


荷台の上に座るコロは、地面に落ちて泥と血に塗れた、不格好な手作りの『自由』の旗を静かに見下ろした。


「あの国の人たちも、願いが叶って『自由』になったんだね」

「ん?なにがだい、嬢ちゃん」


ポツリとそう漏らしたコロの言葉を掬い上げたカシムが、不思議そうな表情でコロに視線を送る。

コロは足元の旗をつま先で弄りながら言葉を継いだ。


「ほら、守ってくれる壁をなくして、隣国の奴隷になるか、どこかへ逃げて残忍な獣に食い殺されるかを選べる自由を手に入れたんだ。これからは選ぶ権利なんてどんどん減っていって、女神様の元へ帰るか、有無を言わさず新しい飼い主に首輪をつけられるだけなのにね」


つま先で弄っていた旗がウルの元までズレると、ウルはマズルを顰めながら、前足でズイッとコロの方へ旗を押し戻した。


「事が終わってから『独裁でも、生きていられるだけマシな必要悪だった』なんて気づいても、もう遅いんだけどね」


コロの淡々とした、あまりにも救いのない事実の羅列に、カシムは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに「違いねえ」と肩をすくめて前を向いた。


「嬢ちゃんは、たまに俺たち商人よりえげつねえ物の見方をするな。まあいい、これで俺たちの契約も終わりだ。たんまり稼がせてもらったし、次の町に行ったら約束の報酬に色をつけて払ってやるよ」

「ありがとう、おじさん。ウルの肉もね」

「ああ、もちろん覚えてるぜ。今回の功労者には次の町で一番いい肉を買ってやる!」

『次の町までは、あとどれくらいだ?』


肉の話を受けたウルが、ソワソワした様子でコロの足に頭を押し付けた。


「ははは、明日の朝くらいには着くと思うよ」


クスクスと笑いながらコロは小さく息を吐くと、遠くに霞む検問所の方へと視線を向けた。


「……壊した檻を直すための釘一本、もうあの国には残ってない、か」

『ん、同情するか?コロ』

「ううん、全然。自由の匂いは、焦げ臭くてお腹が空くね」

『全くだ』


コロは鞄の中から新しい干し肉を取り出すと、背後で燃え上がる『かつて国だったもの』にはもう二度と振り返らず、パクリとその肉をかじった。


挿絵(By みてみん)

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