愛され妖精の秘密と、崩壊の足音 3 〜牧畜と、正論〜
3.
ウルの腹の底から放たれた衝撃波と、バチバチと大気を焦がす黒雷の殺気。
それを至近距離で浴びた十数匹の妖精たちの鱗粉や、幻術の羽音は完全に吹き飛ばされ、白目を剥きそうになりながら地面の苔の上へとポロポロと墜落していった。
ガクガクブルブルと短い手足を震わせ、涙目でウルを見上げる妖精たち。
だが、彼らは非力な存在でありながら、長年この森で人類や魔物を手玉に取ってきたであろう狡猾な魔性。
目の前の一人と一匹には、これまでの「愛され擬態」が一切通用しないと悟るや否や、驚くほどの速さで愛くるしい隣人の仮面をかなぐり捨てたようだ。
地面に落ちた妖精たちは、コソコソと這い寄って一箇所に集まると、コロとウルの目の前で、小さな手を口元に当ててヒソヒソと会議を始めたのだ。
『なぁ、おい、ど、どうする?』
『あの変な狼、僕たちの鱗粉の精神誘導がまるっきり効いてないぞ……!?』
『なんなんだよ?狼の魔物なんて、鼻がよく効くからイチコロのクソ雑魚じゃねえのかよ』
『知らないよ!幻術どころか、あの黒い雷の魔力、まともに食らったら僕たち一瞬で消し炭だよ!』
『くそー、手口が完全にバレちゃったね』
『相手を間違えちゃったな……。欲をかきすぎたか』
『あの銀髪の人類も、最初は呆けてたのに狼に小突かれて正気に戻るし、おまけに鱗粉が人類共にとって金になるって知ってやがる。完全に狙いを間違ったぞ』
『で、どうする?どうやってあの化け物どもを追い出す?』
『逆に、どうやったら追い出せると思うんだよ?無理だろ!』
『里の秘密まで嗅ぎつけられたら、僕たちの牧畜が破綻しちゃうよ……!』
深刻な顔で羽を震わせながら話し合っている妖精たち。
だが、彼らは致命的な勘違いをしていた。
極小サイズの彼らがどれだけ声を潜めてヒソヒソと囁き合おうとも、コロとウルの驚異的な聴覚と、静まり返った最深部の空気の中では――
「ねえ、全部聞こえてるよ?」
『フン。筒抜けだな。くだらん小細工の次は、随分と頭の悪い密談か』
コロがしゃがみ込み、冷めた目で覗き込んでくると、妖精たちは「ひえっ!?」と短い悲鳴を上げて飛び退いた。
『お、おい!聞かれた!!』
「私たちの聴力を過小評価し過ぎたね」
恐れおののいている妖精のうちの一人を、人差し指でツンと突いてみせたコロ。
コロの隣ではウルがフンと鼻を鳴らした。
『尤も、コソコソと姑息な話し合いを重ねたところで、俺の黒雷で貴様らは一瞬で灰だ。この場の乗り切り方を相談するより、もっとすべき話し合いがあるのではないか』
『ひ、ひえっ……!』
『こ、この狼、野蛮よ!』
『しつこく騙そうとしていた貴様らにだけは言われたくない』
マズルを顰めて低く唸るウルに、妖精たちは益々萎縮してしまう。
「ほらほら、ウルは落ち着いてよ」
『寝言を言うな。この羽虫ども、俺達に幻術をかけようとしていたのだぞ』
「それはそうとね、『牧畜』とやらの邪魔をする気はないんだけどさ。ちょっと気になったんだけど、君たちの里って、ここから近いの?」
『ひ、ひええ……話しかけてきたよ……!』
妖精のリーダー格らしき一匹がそう言いつつも、おそるおそる前に進み出て、引きつった笑みを浮かべた。
『え、あ、えっとね!僕たちの里はね、この森のさらに奥に、すっごく高度な隠蔽魔法を施して隠してあるんだ!だから人類にも魔物にも絶対に見つけられないし、近づけないんだよ?』
牽制するような妖精の言葉に、コロは顎に手を当てて「ふーん」と微笑む。
「高度な隠蔽ねぇ」
『なら簡単だ。この森ごと灰にすればいいだけの話だ。おいコロ、事後確認になるが、それでも構わんな』
『ひえっ……!!悪魔だ!!』
ウルの脅しとも本気とも取れない発言に、妖精たちは益々ガタガタと震えだす。
マズルを顰めたまま妖精たちを睨みつけているウルの頭に、コロはポンと手をおいた。
「話が進まないよ。ウルはちょっと黙ってて」
『むう……フン。つまらん。不愉快だ』
ウルはそのままドスンとその場で伏せてしまった。
「さて、その里の周りって、薬草とかはどうなってるの?」
『え?薬草?……僕たちは魔法だけで十分だし、あんな泥臭い草や苔なんて興味ないから、全然触ってないけど……」
「へえ……。小柄で魔法に長けた妖精さんたちは、薬草なんてただの雑草だもんね。ってことは、里の敷地内や周辺は、最高級の素材が『殆ど手つかず』で残ってるってことだよね?」
コロの目が、本日一番の爛々とした輝きを帯びる。
ハサミをシャキシャキと鳴らす手元に、隠しきれない歓喜が滲み出ていた。
『え?た、多分……?人類も魔物も来ないし……?』
「よし、決めた」
『おい』
地面に伏せたまま目を閉じていたウルの目がカッと見開き、飛び跳ねるように身を起こした。
しかしコロの口角は、ごく僅かに上がったままだ。
「ねえ、一度実際にその里に連れて行ってくれないかな?」
『は、はぁぁっ!?里に連れて行けだって!?』
妖精たちは一斉に羽を逆立てて驚愕した。
妖精たちは再びヒソヒソと顔を見合わせ、図々しくもコロの顔を上から下へと値踏みするように見つめながら、再び話し合いを始めた。
『……ね、ねえ』
『ダメだろ!里はマジでまずいって!』
『そりゃそうだけどよ、俺達に断るなんて選択肢、あんのかよ?』
『ない……かも?』
『どうすんだよ!』
『どうもこうもあるかよ!連れてくしかねえだろ!その野蛮な狼に灰にされるぞ!?』
そんな不毛な話し合いは続く。
『もし里に案内したらさ……』
漸く方針が決定したのか、リーダー格らしき一匹がおもむろに口を開いた。
『絶対に『誰にも里について吹聴しない』って約束してくれる?その辺の魔物とかさ、人類の街に戻って、僕たちの里の場所や秘密をペラペラしゃべったりしない?』
裏切りの温床である人類や魔物を疑う、妖精などの精霊としての確認。
ウルは深い深いため息をついた。
『あれだけ話し合いを重ねて、よもや俺達への条件提示とはな。どうやら森の一帯ではなく、全体を灰にしてほしいらしい』
「物騒なことを言わないの。話が拗れるでしょ」
ツンと上を向きつつ、バチバチと黒雷を纏い始めていたウルの後頭部をパシッと引っ叩いたコロ。
ウルは不満そうに上目遣いでコロへ視線を向ける。
しかし、それに対するコロの返答は、妖精たちの想像を遥かに超えてシニカルで、現実的なものだった。
「とにかくさ、何言ってるのって感じだよ。他の誰かに教えるわけないじゃない」
コロはハサミを鞄に仕舞うと、腰の銀貨袋をポンと叩いてみせた。
「そんな美味い穴場、魔物に教えれば縄張りにされて、折角の薬草のバランスが崩れるかも知れない。他の人類に教えれば、ホイホイと足を運ばれて、せっかくの高価な薬草の価格が市場で暴落しちゃう。独占してこその特別買取価格なんだから。ねえ、ウル?」
『フン。まぁ、当然だな。わざわざ自分の取り分を減らす馬鹿がどこにいる』
正義感もなければ、妖精の生態を告発する気も微塵もない。
ただ純粋に「儲けの独占」だけを理由に秘密を厳守すると言い放った一人と一匹の冷徹さに、妖精たちはむしろ、どんな誓約書よりも強い「信頼」を感じてしまうのだった。
方針が決まった妖精たちに案内され、一人と一匹はさらに森の深淵へと足を進めた。
道なき道をしばらく進んだ先、リーダー格の妖精が空間に向かって複雑な魔力の触手を伸ばすと、まるで水面に石を投じたかのように空間が大きく歪み、鬱蒼とした大森林の景色がガラリと切り替わった。
「これは驚いた」
『ほう……これでは確かに見つからんわけだ』
一人と一匹が驚く隠蔽魔法の結界を抜けた先に広がっていたのは、奇妙な薄緑色の光に満ちた、巨大なすり鉢状の広大な盆地――『妖精の里』だった。
だが、そこに「おとぎ話の妖精の国」のようなメルヘンチックな輝かしさは微塵もなかった。
盆地の底に無数に並んでいたのは、蔦や木の根で編まれた、鳥籠のような歪な檻の数々。
その中に押し込められていたのは、衣服を引き裂かれ、虚ろな目を浮かべて窶れきったまま生かされている人類や、完全に覇気を失った魔物たちの姿だった。
時折、羽音を鳴らした妖精たちが檻の中にふわりと舞い降りては、恍惚とした笑みを浮かべる人類や魔物の身体に触れ、指先から陽炎のような淡い光――生命力そのものをじわじわと吸い上げている。
『あれが、僕たちの言ってた「牧畜」だよ。ああして養分にするために、生かさず殺さずで美味しく飼っているんだよ』
案内していたリーダー格の妖精が、まるで自慢の牛舎でも紹介するかのようにケロッと、誇らしげに答えた。
普通の人類から見れば、あまりの非人道的な光景に激昂するか絶望するであろう地獄絵図。
だが――
「へえ、すごいね。本当にちゃんと管理されてるんだ」
『ふむ。獲物に余計な苦痛を与えず、効率よく吸い上げるか。羽虫のわりには合理的な檻だな』
コロもウルも、特に彼らを糾弾するでもなければ顔を顰めるでもなく、ただ手際の良い職人の工房を品評するかのように、あっさりとスルーして歩き続ける。
そんな一人と一匹のあまりにも冷淡な反応に、近くを飛んでいた別の妖精が、耐えかねたように羽を鋭く鳴らして横槍を入れてきた。
『ちょっと何さ!』
「ん、何が?」
『なんでそんな普通なの!?こういうのを見て、「よくない!」とか、「酷い!」とか、「悪魔の所業だ!」とか、人類だったら普通は怒ったり泣いたりするじゃん!なんでしないわけ!?』
『魔物はそういうことはゴチャゴチャ言わねえけどよ、人類はそういうのゴチャゴチャうるせえじゃん!何も言わねえのがかえって怪しいぜ!』
理不尽な金切り声を上げる妖精たちに対し、コロは歩みを止めず、心底面倒くさそうに小首を傾げた。
「もし人類が他の生き物に対して『牧畜』なんてことを一切してない綺麗な生き物なんだったら、少しは何か言ってたかもね」
『……え?』
「いやいや、人類だって、牛や豚を檻で飼って、都合よくお肉や牛乳を吸い上げてるでしょ?やってることはそれと何も変わらないじゃない」
『だな。毛を刈って、乳を吸い上げて、最後には皮を剥いで、肉は食糧。同じだろうが』
ウルの発言に、コロは「ねえ」と促しつつ、言葉を継いだ。
「等価交換ですらないただの搾取だけど、君たちの生存戦略なんだから。外野の私が口を挟む筋合いなんてこれっぽっちもないでしょ。私だって人類の器で過ごしていて、普通に乳とか肉とか摂取するし、加工された皮だって身につけているからね」
『こうやって飼われるのが嫌だと人類が文句を垂れるなら、もっとしっかり自衛しろとしか言えん』
「そうだね。まあ、あんまり他の人類に見せないほうがいいかもね」
淡々とした声だった。
その徹底して私情を挟まない、人類という種族への冷徹な客観視を聞いた妖精たちは、完全に気圧され、再び一箇所に固まってコソコソと囁き合い始めた。
立場を忘れているのか、その言葉は彼らの悪癖でズケズケと周囲に響き渡る。
『うわぁ……コイツ、やっぱり中身が変わってるな……』
『人類なのに、人類の味方を全くしないよ?気味が悪くない?』
『あれだよ、魔物の匂いがぷんぷんするもんな。やっぱただの人類じゃなくて、頭のおかしい化け獣人だろ』
『間違いないよ!これ、関わっちゃダメなタイプの人類だったわ……』
化け獣人、という不躾な単語が聞こえた、その瞬間。
前方を歩いていたウルが、のっそりと巨大な首を振り返り、その金色の瞳で妖精たちをキッと鋭く睨みつけた。
『――おい。誰が化け獣人だと?縦裂きの刑に処されたい羽虫から順に、前に出ろ』
『ひ、ひえっ……!!』
『やっぱこの狼、野蛮よ!怖い!』
『次からはさ、あんな強すぎる魔物を狙うのは絶対にやめとこうぜ……!』
『堅実にコツコツと、ね……!』
さっきまでの図々しさはどこへやら。
ウルの殺気一発でまたしてもガタガタと震えだす妖精たち。
コロは、そんなウルと妖精たちの様式美のようなビビり合いのやり取りを見て、口元を袖で隠しながらクスクスと楽しげに笑うのだった。
「ウル、脅しすぎだよ。ほら、そんなことより、本当にこの里の周りは薬草が『手つかずの宝の山』だよ。よし、さっそく草むしりを始めようかな」
『フン。おい、羽虫ども。お前らの長にしっかりと説明しておけ。あと、ここで一泊させてもらうからな』
ウルの捨て台詞に、妖精たちの羽は露骨にゲンナリと萎れたように見えた。
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