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30:一人の時に浮かぶ人

 魔鉱国“カヴァーナ”。

 王都パルテダより南に位置する商業国マルケイドの、更に南西にその都市はある。

 マルケイド同様に独立した存在である為に国と呼ばれるが、れっきとしたパルテダールの一都市だ。

 山に面するどころか食いこんで存在する其処は国の一大鉱脈地帯であり、鉱石から魔石まで潤沢な資源を孕んでいるおかげでそれを採掘するために作られたのが魔鉱国の成り立ちとなる。

 採掘された資源はマルケイドに卸され、国中どころか他国にも流通される。


「カヴァーナに演劇の需要ってあるんですか?」

「あそこは働くか飲むかする男共の為の国なんだコンニャロ! 娯楽に飢えた女子供にはバカウケに決まってんだろ!」


 王都での興業を終えて撤去作業を行う流れの劇団“Phantasmファンタズム”をリゼルは訪れていた。

 撤去作業の為に雇った冒険者がせっせと作業に勤しんでいる。

 その中には設営に訪れたパーティ二組も含まれていた。自分達で設営してハイレベルな演劇まで見せて貰い、なにか感慨深いものがあるらしい。

 その表情は晴れ晴れとしており、嫌々行っている様子など欠片も無かった。

 リゼルは撤去には役に立たないだろうと依頼を受けなかったが、国を出る前に挨拶ぐらいには来ようと一人で広場を訪れていた。


 次の目的地はカヴァーナだと団長は言う。

 彼女の云う通り掘って飲んでの暮らしを行う者が大半らしいので、演目次第では酒のつまみにもなるらしい。実力派劇団なのに売り方に躊躇いが無い。

 周囲の冒険者から何故ココにという視線を貰いながら、リゼルは魔鉱国かと呟いた。

 一度行ってみたいと思っていたが、商業国より遠いとなると移動が面倒だ。


「もうちょっとこう、パッと行ければ良いんですけど」

「んな都合良く行くかコンニャロ!」

「ですよね」


 こういう時に元の世界の事を思い出す。

 転移魔術の最高の使い手は、行った事のある場所ならばリゼルを連れて一瞬で移動してくれた。

 国王を足扱いして許されるのはリゼルだけだろう。他の者は頼みすら出来ない以前に、思いつきもしない。

 もし此処に居ればマルケイドまで一瞬で移動して其処から馬車で済むのに、と敬愛する国王に対して身も蓋も無いことを考えているリゼルを団長は顔を顰めたまま腕を組んで見上げた。


「どーしてもっつーんなら! 護衛する代わりにタダで私の馬車に乗せてやっても良いけどなコンニャロ!」

「折角のお誘いですが……」

「断んのかよ!」


 荒ぶる団長に笑い、道中お気を付けてと別れの言葉をかけながらその場を離れる。

 いつまでも居ては邪魔だろう。周囲の団員がお前も働けという目で団長を見ていた。

 広場を仕切っている縄を跨いで去ろうとするリゼルに、団員達は初日のお礼を言いながら手を振った。





 イレヴンはじっと目の前のショーケースを眺めて、うーんと唸っていた。

 場所は中心街の中、西門から入って少し歩いた所にあるチョコレート専門店。

 富裕層から一般層まであらゆる女性の羨望の眼差しを受けるこの店のチョコレートは、一つ一つの値段はかなり高いものの、その甲斐あって味は他と比べるべくもない。

 中心街に店を出す事に成功している時点で、毎日繁盛している事は言うまでも無いだろう。

 当然店の中も女性だらけだが、イレヴンは全く気にする事無くショーケースを覗きこんでいる。


 右隣に綺麗なドレスを来た女性が並ぼうが気にしない。

 左隣に居心地悪そうな女性が並んでいようが気にしない。

 ちなみにイレヴンはこの店の常連だ。目の前で営業スマイルを浮かべる店員は見慣れた光景だと素晴らしい笑顔を浮かべ続けている。

 ただ以前のそこらの不良みたいな格好から、それなりにしっかりした格好へと変わった事については安堵していた。店に変な噂がたっては困る。


「あ、新作あんじゃん。何入ってんの?」

「ビターチョコレートの中に熟成したブランデーを」

「じゃあいらね、あの人酒飲めねぇし」


 自分で聞いたわりに説明を途中でぶった切ったイレヴンに、店員は完璧な営業スマイルを浮かべながらも額に青筋を浮かべた。

 しかし店の雰囲気にあったクラシックな制服に身を包んだ彼女の、頭に被ったヘッドドレスがそれを上手く隠す。元より隠れなければ青筋など浮かべない。

 そしてふと気付いた。いつもは食べたいものを食べたいだけ買って帰る常連がこれ程悩むのは初めてだ。

 “あの人”の言葉を思えば、ついにこの味造形共に素晴らしいチョコレートを贈りたい相手が出来たのか。


 店内で紅茶と共にチョコレートに舌鼓を打っていたドレス姿の少女が、その言葉に紅茶の入ったカップをとり落としそうになっていた。

 イレヴンと同じく常連の彼女が、身なりは軽い割に高級チョコを頻繁に大量購入していく謎の多いこの青年が訪れる度に視線を送っていたのは他の常連にも店員にもバレバレだった。

 同情するような視線が向けられる中、少女は何とも無さそうな顔をしながらも口元を引き攣らせている。

 店員にはイケメンだろうが超面倒そうな性格をしてる目の前の青年に興味を寄せる気持ちは欠片も理解出来ないが、心中お察ししますと内心で呟いた。


「これ美味しいって言ってたからこれ三十とー、あとこの二列十個っつ。あとは、」


 一つ買うにも勇気がいる値段のチョコレートを軽々と選び、イレヴンは普段は目を向けないプレゼント用のコーナーに目を向ける。

 シックであったり華やかであったり、様々な箱の中に色とりどりのチョコレートが数個ずつ詰まっているラッピングは女性なら見ているだけでも満足出来るだろう。

 バラを象るもの、表面に美しい模様が描かれたもの、それが箱とマッチして特別な贈り物となっている。

 イレヴンは一通り目を通して納得のいくものが無いと言わんばかりに溜息をついた。


「贈るにしても釣り合わねぇし、やめ」


 口から出た一言は失礼極まりなかったが。


「いつも通り包んどいて。待ってる間これ食べてるからホールでちょうだい」

「かしこまりました」


 いつも通りとはいえ、とてつもなく面倒くさい。

 店は頼まれれば包装もする。大体多めに購入していく客は箱に詰めて渡しているのだが、しかしイレヴンは箱を断って一個一個包むよう毎回頼んでいる。

 それは空間魔法に入れることを考えてだったり、一々箱から出すのが面倒だったりと相応の理由があるのだが、店員からすれば大量のチョコレートを手包みしていくのはかなりの手間がかかる。

 知ったこっちゃないとばかりに別のショーケースに並んだケーキを指差して、イレヴンはいつもの様に店内の席に勝手に座った。


「ケーク・オ・ショコラです」

「どーも」


 しかし繰り返せば慣れたものだ。

 数人の店員の素晴らしい手付きで続々と包まれるチョコレートは、すぐに美しくトレーに積まれてイレヴンへと運ばれる。

 白い大皿に載ったホールケーキをパクパクと食べていたイレヴンは、愛想良く礼を言って金貨一枚を手渡した。

 いくら愛想が良くても面倒な客には違いない。しかし来る度大量に購入してくれる上客は大変有難い。

 お釣りを持って来る間にワンホールのケーキを全て食べ終えたイレヴンは、目を細めて笑いながら立ち上がる。


「今度連れてこよっと。喜んでくれっかなァ」


 深い感情の乗った声に、店員は思わず意外そうな顔をしてしまった。

 トレーに載せて差し出したお釣りを適当に空間魔法へとしまったイレヴンが、ありがとーと言いながら店を出て行く。

 その背中を見送り、とあるドレス姿の少女の自棄になったような「ケーキワンホール!」という言葉を聞きながら受付の中へと戻って行く。

 何とまあ、イメージにそぐわない心の籠った声を出すものだと感心しながら、イレヴンがその誰かを連れて来るのを期待して「お待ちしております」と呟いた。

 来たら来たで色々な意味で驚く事になろうとは彼女はまだ知らない。






「エール」

「……まだ明るい」

「オフだから良いだろ。冒険者にオフも何もねぇけど」


 違いないと頷いてバーのような酒場のマスターはグラスにエールを注いだ。

 カウンターに座るジルは、時間帯のおかげで客の居ない店内に落ち着きながら渡されたエールを飲み干した。

 言わずとも再び注がれるそれを見ながら煙草を取り出してくわえる。

 ゆっくりと息を吸いながら火を付け、小さく吐きだした。白い煙が店内の空気に揺れて消える。

 マスターが灰皿を寄せると、煙草を指に挟んで唇から離し灰を落とした。眉間に皺は寄っているがこれでもリラックスしている。


「パーティが増えたようだが」

「あ? ああ、一人増えた。……あいつは最初乗り気じゃねぇみたいだったがな」

「彼がか」


 マスターは度々この店を訪れる穏やかな顔を思い出した。

 知性を感じさせながらも甘い瞳は、以前来た年下二人には甘やかすように向けられていた。

 誰かを拒むような人物には見えなかったが、しかし時々人から一線引いている印象を感じたことも確かだ。人当たりは良いものの、内側に入れるか入れないかは彼にとって大きな意味を持つのだろう。


「あいつにしては割と露骨に拒否ってたけど、相手に伝わってたかは知らねぇ」

「……露骨なのにか」

「露骨なくせに分かりにきぃんだよ」


 ジルはパーティ結成までの二人を思い出す。

 パーティに入りたいと言うイレヴンに対し、リゼルにしては珍しく理由も言わずにばっさりと却下していた。しかし口調は穏やかなのだから何を考えているのか分からない。

 拒否する癖に情報は貰ったり、却下する割に尋問させたりと、見ようによっては好意を逆手にとって利用する嫌な人間にも見えただろう。逆手にとるにしても誰にもバレないよう出来るはずなので、リゼルはわざと分かる様にそういった態度をとっていた事になる。


 イレヴンがそれに気付いていたかいないかは分からないが、それでもくっついて回っていた。

 やろうと思えば絶対的な拒絶も出来るはずなのに良い様にやらせていたのは、やはり初めから目を付けていたのかもしれない。あの拒否していた期間はいわばイレヴンに考えさせる為の猶予期間で、リゼルは何かを待っていた。

 そう考えるのが自然かと、リゼルの思考など考えるだけ無駄だと思いながらも煙草を噛んで揺らしながら考えを巡らす。


「色々考えてそうで考えてねぇし、結局ただ欲しくなったのかもな……」

「欲しいのに拒否していたのか」

「我儘なんだよ」


 目を伏せ、グラスを呷る。喉を通る冷たい感覚に頭が冴えるのを感じた。

 昼から酒かとマスターは言ったが、この程度ではとても酔わないのだから問題はないだろう。

 恐らくこのまま迷宮のボスに突っ込んでもジルは変わらず立ち回れるはずだ。


「色々持ってるように見えるけど、あいつが本当に自分のもんにするモノは他人と共有したくねぇんじゃねぇの。自分だけのものにならないから他に居場所があったイレヴンの奴も最初拒否ったんだろ」


 盗賊の頭として、恐怖とカリスマで周囲に人を侍らせていたイレヴンには居場所があった。

 それを受け入れたのは、イレヴンが居場所と考える場所がリゼルの傍だけになったからだろう。

 あくまでジルのリゼルに対する勝手な考えだが、馬車での質問を考えると当たらずとも遠からずだと思っている。

 短くなった煙草を押し潰し、二杯目のエールも飲みほしたジルがカウンターの中のワインボトルに視線を滑らせている様子を見て、マスターは寡黙な表情に良く見なければ分からない程の微かな笑みを浮かべた。


「それならばお前は彼のものだと、そう言ったも同然だな」

「ハッ……随分喋るようになったじゃねぇか」

「彼は余程の聞き上手だ。気付けば話させられている事も多い……だからかもしれない」


 すっと目を細めて笑うジルは相変わらず無駄に威圧的だが、マスターは何でもないかのように返した。

 目に付いたワインを注文したジルに、相変わらず酒を見る目は良いと思いながらコルクを抜く。

 新しいグラスを差し出して注ぐと、透き通るような薄い琥珀色がグラスの底で揺れた。

 そのボトルをワインクーラーへとゆっくりと入れたマスターがそれ以上何かを尋ねることは無かった。心地良い無音の空間を感じながらジルはグラスへと唇をつける。


 先程の問いに否定も肯定もしないが、二人は言わずともその問いの回答を自然と察していた。

 今更。もしジルがマスターの問いに返すならばその一言だろう。

 一匹狼をきどっているつもりかと“一頭”と揶揄される程に他人を寄せ付けなかったジルが、共にいることを苦にも感じない時点でそれは決まり切った事だったのだ。恐らく、それは出会った瞬間から。

 じゃなければどんなに報酬が良かろうと面白そうだと思おうと、一月拘束される事を受け入れはしなかったのだから。


「つまみだ」

「押し売りじゃねぇの」

「パーティが増えた記念として贈ろう」


 それなら有難く貰おうかと出された皿を引きよせた。






 ギルドは魔物の素材の買取も行っている。

 依頼として素材納品が出ていて、そちらの方が割が良ければそちらに回す事もあるが、殆どの冒険者は依頼と関係無く手に入れた素材はギルドへと売る。

 余程需要のある高価で手に入りにくい素材ならば個人的に欲しいという商会もあるが、それは滅多に無くいきなり素材のまま店に売ろうとしても買い取ってくれる店はないからだ。

 買い取った素材はギルドが鑑定して商業ギルドに回し、そこから各欲しい店舗へと卸される。


「これ全部銅貨一枚、その毛皮は三枚、その横のは二枚」

「他は状態が悪すぎるので廃棄で良いですか」

「うん」


 頷いたジャッジに、全く適当な冒険者が多いと小言を洩らしながらスタッドは持っていたファイルとペンを置いた。

 同じ素材でも状態や大きさ、色合いが変われば値段は細かく変動する。

 ギルドにも専属の鑑定士がいるが、追いつかなくなると昔からの馴染みのジャッジが助っ人へと入るのだ。その日のジャッジの店は臨時休業となる。

 間違いがあってはいけない鑑定なので慎重になりがちだが、正確な上に判断の早いジャッジは仕事が早いと重宝されていた。


 スタッドが値段ごとに仕分けされた毛皮を運ばせ、次の素材を持ってこさせる。

 大きな箱に袋ごとに分けられて入れられているのは、大きくても手の平大の魔石だった。

 肩を解すように竦めたジャッジは、魔石かぁと呟いてその山のように積まれた鑑定対象を見る。

 含有魔力量や属性、大きさや形など諸々の要素が入る魔石の鑑定は難しい上に数が多い。

 ギルドとしては出来れば避けたいものなので、ジャッジが補助に入った際にスタッドはここぞとばかりにその鑑定を押し付けていた。


「じゃあ属性ごとに分けてから……なんか凄いのあるけど、火、じゃない炎の、え、何これ」

「ああ、それですか」


 いつも通り属性ごとに分けてから魔力量を見ようとしたジャッジが、魔石の山のてっぺんにやけに丁重な扱いで載せられている袋を見た。

 他の魔石とは比べるべくもない魔力量、最高の質、形に歪みの無い真球、滅多にお目にかかれないものだ。

 魔道具が無ければ満足に仕分けも出来ないはずの属性を見ただけで判別したジャッジは、恐る恐るその袋を手に取った。何故ギルドが一律で使用している袋より豪華な袋なのか。

 これって贔屓じゃないの、と思いかけてジャッジは一人納得しているスタッドを見た。彼が贔屓する存在など一人しかいない。


「“精霊の庭スピリットガーデン”のボスから出たらしいです。結構な量があったそうなので確保しておく分を除いて『たまには世の中の物流に貢献しようかな』だとか」

「リゼルさん……!」


 滅多に出回らない最高品質の炎の魔石など、確かに市場に出れば欲しがる人間など溢れているだろう。

 熾烈な奪い合いが起きそうだ、と思いながらも考えるのはボスと戦ったリゼルのこと。

 意外と戦えることを知ったは知ったが、しかしそれが心配しない理由にはならないのだ。


「怪我、とか」

「百歩譲って実力だけはあると認めてやっている二人がついていて怪我をさせたとあれば、あの二人に生きている価値などないでしょう」


 つまり無傷らしい。

 ほっと一息ついて、手に取った魔石の袋の口を開けた。

 巨大な力を内包しながらも静かに其処にある魔石を見て、ジャッジはその魔力を目視・・しながら一つ一つ手に取って行く。

 十にも満たない数だが希少性を考えるのなら大量といえるだろう。

 頼めば幾つかうちの店に卸してくれないだろうかと思いながら、ジャッジは金額を口にした。普通の魔石とはまさに桁が違う。


「イレヴンの実力も認めてるんだ……ちょっと意外、かな」


 金額を書き込むスタッドの手が止まる。

 淡々とした無表情は変わらないが、ジャッジは何となく不機嫌そうになった雰囲気を感じた。

 付き合いの長さと鑑定眼は、スタッドの機嫌も辛うじて把握出来る。もっぱら負の感情に関してだが。


「あの方がパーティに入れたんですし何も認めない訳にはいかないでしょう。それにあくまで百歩譲った上でと言ったはずですこの愚図」

「何で罵倒するの……!」

「次は」

「うぅ……この袋は銅貨二枚が六個、一枚が十二個、四枚が一個」


 当然のようにリゼル達のパーティの魔石は別に置いておく。

 その素材の希少性もあるが、恐らくそうでなくとも同じことをしただろう。尤もジルがボスや希少種以外の素材に興味を持たないためにリゼルも凡庸な素材を持ち込むことはない。

 かといって最上級素材は持ち込まれるかと言われれば先程スタッドが言ったリゼルの言葉通り滅多に無いが。


「そういえば、リゼルさん最近また絡まれることが多いって言ってたけど……大丈夫そう?」

「馬鹿と違ってあの方は綺麗に流していますよ」

「大人だよね。優しいし、雰囲気綺麗だし……そんなリゼルさんを前に、良く嫌味なんて言えるなって思うけど。萎縮したりしないのかな……あ、この魔石、空だ」

「この箱に除けておいてください。嫌味を言うような下賤であればあるほど本当に高貴なものが分からないのでしょう。あの方の価値がクズのような人間に知られなくて何よりです」

「そっか、納得」


 スタッドは毎度毎度きっぱりと毒を吐くが、ジャッジも完全に無意識ながら時々さらりと零す。

 二人の仲が良い理由の一端を垣間見る事ができる一瞬だ。


「それよりスタッド、鑑定に付き添うのは決まりだけど、リゼルさん達は今日来ないの?」

「今日は来ない気がするので問題ありません」

「ふぅん」


 その後も、二人は流れる様に鑑定を続けていった。






「全く連日勲章授与だの何だの……敵わないな。こちらはまだ後片付けが残っているというのに!」

「貴族の義務でございます。そうおっしゃらず」


 レイはその煌びやかな雰囲気をより煌びやかにするような正装を着ていた。

 馬車から下り、自らの屋敷に到着して一番にする事は出迎える自慢の迷宮品たちに癒されることだ。

 最も特別なものを厳選した自室につくやいなや、首元を締め付けるスカーフを外す。

 傍についていた年配の執事長がそれを受け取り、腕にかけて上着を脱ぐ手伝いをしている。


「陞爵の話もあったとか」

「あったらしいけどね。どうやら騎士達のことを考慮して無くなったらしい。まあ元々断るつもりだったけれど」


 フォーキ団を一網打尽にしたレイ子爵率いる憲兵達の功績は、その爵位を向上させる程のものだった。

 国が保持する騎士団さえ手を出しあぐねていた盗賊団を一日にして捕えたのだ。当然だろう。

 しかし無くなったのは、元々憲兵団と騎士は仲が良くないからだ。

 表立った対立はないが、忠誠を美徳とし団員をほぼ貴族でしめる王宮を守る騎士団と、地位が無くとも実力があれば庶民だろうと関係ない治安維持の憲兵ではとても仲良くなれないだろう。

 今回もレイは城を訪れた際に“何故盗賊団の拠点を発見した際に此方に報告を上げなかったのか”と騎士団の元締めである、とある侯爵に嫌味を言われたばかりだ。笑って流したが。


「さて、それで“フォーキ団の首領”は自白してくれたかな?」

「ええ、先程ようやくと報告が御座いました」

「ふむ、粘ったものだ。しかし否定している姿はさすが商業ギルドと盗賊の二役をこなしていただけある、演技の上手いことだ!」


 商業ギルドのとあるスタッフが盗賊団の頭領だった件について、最近まで本人が盗賊など知らないと主張していたのだ。

 しかし他ならない盗賊団のメンバーが彼が頭領であると主張している上に、数少ない噂の特徴も一致している。本人の否定などなんの意味もないだろう。

 自白に関しては言うまでも無い。人は痛みから逃れるために最初は必死に真実を主張するが、その内痛みを終わらせる為に嘘しかつかなくなる。

 つまり、そういう事だ。


 レイはなんでもないように報告を聞き、一件落着だと頷いた。

 あとは間違いなく処刑になるだけなので、その日取りを決めるだけだろう。

 一網打尽にした盗賊団についても何時までも収容できる訳ではない。同じ末路を辿るはずだ。

 真実を知るものはいなくなる。全てがの思い通りならば、自ら手を下さずに全ての邪魔者を排除した手管は見事の一言につきるだろう。

 レイはサイドボードに飾られた三匹のテディベアを見て笑みを浮かべ、ソファへと座りこんだ。すかさず紅茶が用意される。


「しかし、城に上がるたびに嫁を勧められるのは勘弁して欲しいものだ。余計に疲れる」

「レイ様ほどのお方ならば、後妻でも嫁ぎたいと願う淑女の方々は多いでしょうな」

「後継ぎはいるからと流してはいるが、きりが無い!」

「御子息は騎士学校ですから、憲兵の大元であるこの家は継がないと勘違いする方々ばかりなのでしょう」


 レイには息子が一人いる。血の繋がった正真正銘の実の息子だ。

 まだ息子が小さいころに妻を亡くしているが、それ以来レイが他の妻を娶ったことはない。

 唯一の一人息子が憲兵と対立しているはずの騎士学校に通っている件については、本人の希望に他ならない。騎士も憲兵もどちらも知ることで将来家を継いだ時に対立を無くそうとしているらしい。

 敵地につっこむ心の強さ。言い換えれば立場を弁えぬ破天荒さはレイに似たのだろう。


 唯一の跡取りが家を継がないのではと揶揄され、新しい妻を娶るように勧められるのも慣れたものだ。

 しかし慣れていようと疲れるものは疲れる。

 自ら選んだお気に入りの迷宮品に囲まれ、好みの紅茶を飲むこの時間はお気に入りの一時だった。

 ゆったりとくつろぐレイに、執事長は静かに語りかける。


「しかしレイ様、絶対に後妻を娶らないと決めている訳では無いのでしょう?」

「うん? そうだね、アレを越える女性がいるならば娶っても良いかもしれないね」

「奥方様は強く美しく聡明な方でしたから、あの方以上の女性となるとなかなか居ないでしょうに」


 執事長はいつしかの光景を思い出した。

 自由奔放なレイ、そのレイの留守を任された奥方の手腕は今でも脳裏に刻み込まれている。

 訓練場に並ぶ憲兵。その憲兵に苛烈に指示を飛ばす女性。次々力尽きる憲兵。しばき起こす女性。

 時々書類を持って来る憲兵。突き返す女性。ふらふらしながら直した書類を持って来る憲兵。次の仕事を追加する女性。泣く憲兵。無視する女性。

 最終的に死屍累々となった訓練場の真ん中で、一人真っ直ぐに立つ姿は何とも美しかった。


「私の一生はレイ様のお世話に終わりそうです」

「だろうとも! ああ、だが」


 にやりとレイが笑う。

 決して若いとは言えない年齢なのに魅力衰えない笑顔は、むしろ最近特に魅力が増しているように執事長には感じられた。それは、彼と出会った影響なのか。

 良い影響だ、と執事長は眼元の皺を深くして微笑んだ。


「リゼル殿の性別が女性だったなら、私は恐らく熱烈に口説いていただろうね!」

「今もそう変わらないと思いますが」


 快活に笑うレイに、楽しそうで何よりだと執事長は二杯目の紅茶を注ごうとポットに手をかけた。







「子供の事に過剰に反応する親をモンスターペアレントと言うじゃろ」

「……いきなり何だ」


 シャドウは自分の素姓を知る数少ない人物の一人であるインサイを見て、露骨に顔を顰めて見せた。

 自分が子供のころから殆ど外見が変わらない、話に聞いている唯一人の孫の父親といっても恐らく通じるような爺さんが何故かシャドウの執務室を訪れて意味の分からないことを言っている。

 童顔な家系とは聞いているが、これはどうなのか。ジジイ言葉に違和感がありすぎる。

 シャドウは今日も美しい顔にハッキリとした隈を刻みながら、書類へと向き合っていた。


「親じゃ無くて祖父の場合どうなるんじゃろうな。モンペならぬモングラとでも言うんか」

「却下だ。本題に入れ」

「昔はもう少し可愛げがあったんじゃが……いや、気の所為かもしれん。今とそう変わり無かった。うちの孫の方が万倍可愛い」


 シャドウはもはや反応を返すのを止めた。

 先程から途切れず動き続けるペン先は、何度もインク切れを起こしてインク壺へと突っ込まれている。

 無言だが露骨な邪魔するなという訴えを、しかしインサイは全てスルーした。

 年寄りにありがちな鈍感ではない。彼はジャッジに似ても似つかずに生まれた時から我が道を行く人物だ。


「商業ギルドに喧嘩売ったんじゃが良かったか」

「却下だ!」


 良い訳ないだろう、とシャドウは盛大に顔を顰めた。

 突如落とされた爆弾発言に持っているペンの先が折れる。

 仕上げた書類にジワジワと広がって行くインクに鋭く舌打ちして、潔く復元を諦めて書類を捨てる。書きなおした方が早い。


「ギルドに加盟はしていないものの、だからこそ関係を拗らせないよう私が常々配慮している事は知っているな…」

「おう。でも儂の孫に舐めたマネしくさったし」

「却下だ。ギルドの不祥事の噂など私も先程知ったばかりなのに何故知っている」


 情報は商売にも密接に関わる。

 人も物も集まるマルケイドでも、突出して情報が早いシャドウがギルドの不祥事を知ったのは今日の朝だ。それも貸出スタッフの盗難というだけで、その被害者がインサイの孫などという詳細は流れてきていない。

 間髪入れず書類を書きなおすシャドウにインサイはうむ、と頷き自らのポケットを漁る。

 取り出した一枚の手紙に、問題の孫から直接話が来たのかと納得をしかけたシャドウが再びペン先を折るのは二秒後のことだった。


「とある貴族顔負けの冒険者からだがの」

「、」


 折れたペン先を捨てる。

 思い出すのは自分に夕食を奢らせた穏やかな微笑みを浮かべる男。

 ただ者ではないと感じ、監視を付けたものの遊ばれた感が否めず、帰ったと思いきやインサイを通して幾つもの爆弾を落として行った男だ。

 嫌いだとか気に入らないだとかの感情は持っていない。あるのはただ異常な程の警戒心のみ。

 間接的にこちらに貸しを作り続ける男がその溜まり溜まった貸しを盾に何かを要求する日が来るのかと思うと、生粋の商売人として構えずにはいられないだろう。


「ジャッジには知られないようにしてたようじゃが、問題のスタッフの過去全ての盗難品リスト、それに気付いていた商業ギルド職員リスト、その他商業ギルドを壊滅させるに相応しい情報が目一杯つまっとる」

「……あの男の情報網は一体どうなっている。いや、待て……貴様もしかしてその情報を、」

「いや、匂わせとるだけで明言はしとらん」


 それだけの情報をマルケイド側が持っているとなると、歴代のマルケイド領主が苦心して築き上げた商業ギルドとのパワーバランスが一気に崩れる。

 インサイはマルケイド屈指の商人だ。此方の陣営だと判断されるには充分で、その商業ギルドにとっては弱点ともいえる情報をマルケイド領主も当然知っていると思われるだろう。

 孫馬鹿とはいえ流石にそこまで暴走はしないか、とシャドウは艶やかな髪を煩わしげに掻きあげた。


「喧嘩を売ったと言ったが」

「うちの孫に何すんじゃ、ぐらいしか言っとらん。儂に対して隠蔽しようという動きもあったようだし、舐められる訳にはいかんからな。あ奴もわざわざ知らせるっつう事は動けっつう事じゃろ」

「……却下だ。お前が冒険者風情に動かされるなど、」

「奢らされた奴に言われてもの」


 笑うインサイに、シャドウは苛立たしげに再び舌打ちをしながら手を動かし続ける。

 インサイはそんな彼を見てニヤリと笑った。熟練の商人としての経験と小さい頃から見ている相手だという事が相まって、冷たさすら漂わせる美貌が浮かべる感情は良く把握出来る。

 自らの発言に僅かに眉を寄せたシャドウに気付かない筈が無かった。


「冒険者風情などと、思ってもないことを口に出すもんじゃねぇ。口にした一瞬畏まるくらいならの」

「……却下する。用件が済んだなら出て行け」


 カラカラと笑うインサイを見送り、シャドウは苛立たしげに書きあげた書類を横に積んだ。

 進めても進めても終わらない仕事に不満を持った事は無い。これがライフワークで、シャドウの謂わば趣味なのだから。

 書類に向かっている時が一番落ち着く仕事中毒ワーカーホリックの代表例だが、体調管理は徹底しているので問題はない。


「フォーキ団……壊滅か」


 ギルドの不祥事と共に流れてきた情報。

 マルケイドの物資輸送の馬車も度々被害にあっており、被害総額は洒落にならない金額となっていた。

 直接マルケイドに影響がある訳ではないが、商人達の損害は商業国としての損害と言い換えて並ぶべきだろう。

 商業ギルドのスタッフ、フォーキ団の壊滅、物事が同時に起こりすぎている気がする。これは人為的なものか。

 ふと脳裏に浮かんだ男は、相変わらず甘い瞳を細めて微笑んでいた。


「……却下だ。考え過ぎだろう」


 盗賊団の壊滅さえ彼の思惑などと、そうなれば自分はまた間接的に彼に借りを作ったこととなる。

 小さく呟き、思考を止めて再び書類に向き合ったシャドウは知らない。

 その数日後、商業スタッフがフォーキ団の首領だったなどという情報が届いた事で聡い二人は全ての真相を悟ることを。

「孫のカタキを完全にとってくれおった!」と大喜びなインサイの横で三本目のペンを握った部分ごと折ることとなる。





「ッんく、」

「何だそれ、クシャミか」

「リーダー、風邪っすか? 今日出掛けんの止めとかねぇ?」

「いえ、そうじゃないですけど……噂でもされてるんでしょうか」


 噂されただけでクシャミが出るなら出っぱなしだろ、と二人は不思議そうなリゼルを眺めながら内心で突っ込んだ。



シャドウさんはまだデレてくれない。

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[良い点] え、くしゃみ可愛すぎだろっっ…////
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