↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/219

29:全部は拾えなかった

「どッスか!」


 じゃん、と言いながらイレヴンはリゼルとジルの前に立って両手を広げて見せた。

 頼んでいた装備が一週間かけてようやく完成したのだ。確かに今日完成予定だったが朝一で取りに行ったらしい。

 武器は当日用意出来たが流石に防具は素材を渡してから時間がかかる。特に加工が高難度の希少素材ばかりだ。

 防具店でもデザインにかなりの注文を付けていた為にリゼル達は時間がかかりそうだと先に帰ったので、今が初お目見えとなる。


 上着を広げてポーズをつけているが、ちなみに此処はリゼル達の宿の食堂だ。早朝で人が多い中かなりの注目を受けているが本人はむしろ新装備を見せびらかしたいばかりなので喜々として見られている。

 リゼル達は朝食を食べながら机の横に立つイレヴンを見上げた。


「うん、冒険者らしくなりましたね」

「リーダーに言われても……や、なんも。つか今までも冒険者だったんスけど」

「今まではそこらへんの不良と変わらない格好だったじゃないですか」


 以前の格好を思い出して頷くリゼルに、イレヴンは唇を尖らせた。

 しかしリゼルの意見も尤もで、以前の格好は冒険者にしては薄着過ぎたのだ。リゼルやジルも金属装備を纏わないために冒険者としては軽装に見えるが、防御力は見た目を遙かに上回る。

 イレヴンは薄着相応の最低限急所だけは守ったほとんど防御力のない装備で立ち回っていた。実力があるゆえの余裕なのかより刺激を求めての事なのか、他から見れば狂気の沙汰に他ならない。

 リゼルやジルに比べれば軽装だが、しかし動きを妨げないよう配慮された結果なのだろう。


「派手」

「裏地と小物とかだけじゃねぇッスか。真っ黒よかマシ……げっ、」


 飛んで来たフォークを掴み、イレヴンは顔を引き攣らせた。

 ジルもいい加減全身黒を止めたいのだが、しかし他に何色が良いかと言われても特に無い。

 更にデザインに希望がある訳でも無く、それをリゼルやイレヴンに任せようとは確実に思わないので、結局は職人に丸投げした結果似たような装備が出て来るだろうと思うと既に諦めの気持ちが強い。

 それでも言われるのは気に入らないのでフォークは投げたが。


「外見がこれだけ派手なんだし、服もそうじゃないと浮いちゃいますよ」

「流石リーダー分かってるッスね!」

「正直もっと派手だと思ってました」

「あんま目立つ色使うと夜潜れねぇっしょ。これだったら前閉めれば良いし」


 平然と言うイレヴンに、そう言えば盗賊だったのだとリゼルは思いだした。

 リゼルに対しては常に懐いている為忘れがちだが、何年も盗賊の頭をしていた経験は伊達じゃ無い。

 少しは大人しくなったと思われるが、しかしこのパーティと行動を共にしていない時の彼は依然としてタチが悪い。


「折角装備新しくしたし、どっか手強いトコ行きてぇなー」

「じゃあ今日はそうしましょうか。ギルドで依頼見て、良いのが無さそうだったら適当な迷宮に潜りましょう」

「良いんスか。あ、ヒトクチちょーだい」


 リゼルの隣に腰かけたイレヴンが不思議そうに言う。

 依頼は常にリゼルが決めているのだ。自分の意見がすんなりと聞いて貰えるとは思っていなかった。

 こちらを向いて開かれた口に食後の果物(デザート)を差し出しながらリゼルは苦笑する。


「だってジルは自分の意見言わないですし。どの依頼を受けたいとか言わないから俺が勝手に決めてるだけです」

「ふぅん。じゃあ俺がこれやりたいーとか言ったら一緒にやってくれんスか」

「パーティですし、当然じゃないですか」


 当たり前のように微笑んだリゼルに、イレヴンは慣れない感覚に咄嗟に明後日の方向を向いた。

 簡単に感情を隠して偽の感情を晒すイレヴンがこれ程振り回されるのは間違いなくリゼルに対してだけだ。ちなみにジルに対しては全く感情を隠さない。イレヴンにとってはこれも珍しいが。

 リゼルは最後の一口を食べ終え、向こう側を向いてしまっているイレヴンに可笑しそうにしながら立ちあがる。


「ジル、もう出られますか?」

「ああ」

「じゃあすぐに、」

「お前の部屋、カギ開いたままで良いのか」


 そうだった、とリゼルは食堂を出て階段を上がって行った。

 元の世界では自室に鍵をかける習慣が無いのでついつい忘れてしまう。鍵をかけてしまうといざという時に騎士が入れないからだ。

 姿を消したリゼルを目で追って、ジルはイレヴンを見下ろした。

 此方を見上げる視線にはリゼルに向けるような好意溢れる感情は無い。対等目指して足掻く好戦的な視線は、リゼルの隣に立つジルに対してだからこそ向けられるものだろう。


「ニィサンは知ってんスか」

「何が」

「あの人がただの冒険者とか何の冗談だっつーの」


 呆れたように言うイレヴンは、つまりリゼルの正体の事を言いたいのだろう。

 本人に聞けば良いものを、と思いかけてそれが違うのだと気付く。

 彼が今聞きたいのはリゼルの正体では無く、それをジルが知っているかどうかなのだ。

 元々隠そうとも思っていない。知っていると頷けばリゼルがただの冒険者で無いという事を肯定する事となるが、それに関しては明らかに見れば分かる。

 頷いてみせれば、イレヴンはあっそ、と簡単に納得しただけだった。


 トントンと階段を下りる音が聞こえて来る。

 他の誰だろうとリゼルの足音を聞き間違えることは無い二人は立ち上がり、食堂から出ようと扉へ向かった。

 いってらっしゃいと送りだす女将の言葉が聞こえて来る。


「いつか教えて貰えんの」

「必要になれば話すだろ。大した理由も無く何となくで言わないだけだと思うがな」

「げ、そんなテキトーな理由ッスか」


 でもリーダーならあり得る、とイレヴンは楽しそうに笑ってジルを追い越した。






「なぁなぁなぁ見てほらスゲくね装備(これ)。値段もハンパネェけど性能もパネェの」

「そのデザインにあの方は関わっていますか」

「ねぇけど」

「馬鹿丸出しで良いと思いますよ近寄らないで下さい」

「表出ろコラ」


 楽しそうで何より。リゼルは横目でギルドの受付を確認して依頼ボードを見た。

 あの二人は相変わらず犬猿の仲だが、何度か顔を合わせては武器に手をかける様子に“口喧嘩の範疇で収める事”と言ったら今の形に落ち着いた。

 慣れてしまえば何も知らない周囲はコイツら仲良いんじゃないかと思わないでもない。本人達に言ったら大変な事になるが。

 実はリゼルが目で追えない範囲と速さで微妙に手を出してはいるのだが、気付いているのはジルだけなので彼がリゼルに言いつけなければ問題無い。そのジルにしても誰に迷惑をかける訳でも無いし大したことではないと放置している。


 リゼルはどうしようかと依頼ボードを見ながら一通り目を通して行く。

 ジルがB、イレヴンがC、リゼルがD、パーティランクはメンバーのランクの平均となるのでパーティランクはイレヴンがパーティ入りしようとCのまま変わらない。

 それだとBまでの依頼が受けられるのだが、Bランク程度ではイレヴン達は苦労無く魔物を倒してしまうのだ。手強い敵と戦いたいという希望は叶えられない。

 依頼を通した方がランクも上がるし報酬も手に入るし良いかと思ったが、やはり個人的に迷宮に潜ってボスでも倒した方が良いだろうか、と思いながら壁伝いに移動していく。

 ちなみに普通は依頼も受けて無いのに迷宮には潜らない。適正ランクで適正依頼を受ければそれが適正レベルで、大抵適正ランク以上の階層に潜ろうとすると全滅の危機を孕むからだ。


「やっぱり依頼関係なく迷宮に潜りましょうか」

「ついでに依頼受けて途中で達成しても良いんじゃねぇの」

「ああ、成程。イレヴンはどうです?」


 リゼルが振り返る直前、ペンやら何やらで無音の攻防を繰り広げていた二人は何事も無かったかのように此方を向いた。

 呆れた顔をしているジルに気付かない振りをし、イレヴンは軽い足取りでリゼル達の元へと向かう。


「どっかにニィサンでも苦戦する奴いねぇんスか」

「てめぇは性能試したいんだろうが。エレメントの集団にでも突っ込めよ」

「肌出てる部分とんでもねぇ事になるんスけど。あれ物理攻撃効かなくて面倒じゃねッスか」

「あれ、前ジル普通に斬ってましたけど」


 朝の混む時間帯に依頼ボードの前を占領しては邪魔だろうと、ギルドの端に備え付けられているテーブルへと向かう。行き先が決まらない事には出られない。

 リゼルは話し合う二人を見ながら、あまり難易度の高い場所に行かれると自分は邪魔になるのだが良いのだろうかと内心首を傾げる。

 色々やっているように見えて戦闘能力が高くないリゼルは、格下相手ならば難なく捌くが真正面から格上が相手となると手が出ない。一対一ではまず一瞬でやられるだろう。

 なので迷宮のボスと相まみえた時は援護に徹する事となるが、大抵一人で何とかなるジルと一緒だと意味があるのかいまいち分からない。ジル曰く一緒に戦ってて楽、らしいが。


「なあ、あんたのパーティに入ればその馬鹿強い装備揃えて貰えるって本当か。実力があれば良いんだろう、俺なんか」

「誤解されてるようですが、イレヴンは全額自分で払いましたし自力で素材を集める実力を持っています。お店の紹介とかしますか?」

「あ、何かすみませんでした……」


 考え込んでいた時にかけられた声に、リゼルはゆったりと返す。

 イレヴンが加入した時からこういった事が増えた。ジルとは違い名前の売れていないイレヴンがパーティ入りした事で、押せばパーティ入りさせて貰えると思う人間が増えたらしい。

 今回は彼が装備を一新したことで、あの手の輩がまだ増えそうな気がする。


「どうして俺達のパーティに入りたがるんでしょうね」

「そりゃ出来れば実力者揃いのパーティに入りてぇもん、特にリーダー金持ちそうだからパーティ入りすれば贅沢放題みたいに思うんじゃねぇッスか。俺らみたいに決まったパーティ組んでないで必要な時だけ組む奴も多いし、雑魚が調子のって声かけてくんスよ」

「基本的にそれぞれ個人のお財布使ってるから、人のお金で贅沢放題はないですけど」


 決まったパーティを持つのならパーティ用として纏めて資金を管理するところが多いが、リゼルは普通に報酬を三等分する。

 これはイレヴンが言った必要な時に適当な冒険者とパーティを組む場合に行う事だが、しかしその際は完璧に人数で割ることはまずない。誰が一番戦果をあげたか考慮して険悪ともいえる雰囲気で報酬の割り振りを決めるのだ。

 しかしリゼルは全くそんな事を知らず、教える立場であるジルもパーティなど組んだ事が無い。

 イレヴンも同じく知ってはいるものの等分で問題無いので、リゼルは真実を知る事無く至って平和に三等分した報酬を二人にこれからも渡して行くだろう。


「それで、行き先は決まりました?」

「ああ、“精霊の庭(スピリットガーデン)”が良いらしい」

「そこってエレメント系がいっぱい出るとこですよね。え、本当に集団に」

「突っ込まねぇし! 其処のボスが魔法攻撃ばっかってニィサン言ったし、丁度良いじゃねッスか」


 ミスリルや竜の鱗を使用した為に魔法攻撃すらほぼ無効化する性能を試すのには持ってこいだろう。

 無効化すると言ってもわざわざ当たりに行くのも嫌なのでリゼルは一度もこの装備が魔法を無効化した場面を見た事がないが、大丈夫なのだろうか。

 確かに地底竜のブレスは服に覆われた部分は熱く無かったけど、とジルを窺う。


「無力化してくれるんですか?」

「さぁな、俺もまともに喰らったことはねぇ」


 大丈夫だろうか。






 馬車に揺られる事二時間弱、ようやく精霊の庭へと到着した。

 ちなみに今回はちょうどリゼル達が先頭になるように列が切れたので、無事座る事が出来た。

 相変わらず幻狼のクッションが大活躍だ。ジルは座った途端目をつぶり、イレヴンは楽しそうにずっとリゼルに話しかけていた。

 微笑んで相槌を打つリゼルに何故か感極まったイレヴンが途中暴走したが、それは割愛する。


「イレヴンは此処初めてなんですよね」

「ッス」

「ジルが居ると便利で良いです」

「ボス以外あんま覚えてねぇけど」


 草原の真ん中にポツンとある、まるで童話の城にでもありそうな門を見る。

 ジルの提案通り、ついでだからとリゼルはこの迷宮に関係のある依頼も受けて来た。


【魔物の持つ無限の可能性を信じて】

 ランク:A〜B

 依頼人:魔物研究家

 報酬:銀貨30~50枚(量による)

 依頼:水(ウォーター)エレメントが身に纏う水の採取を頼む。

 尚、高魔力を含むと現在確認されている水は倒してしまうと魔力を失ってしまう為、生きている状態での採取が望ましい。

 (※ギルドより)

 当依頼は前例が無く、可能か不可能かも不明な為失敗した際のペナルティ無し。


「お前はどうしてこんなもん選ぶんだ……」

「出来たら新発見じゃないですか」

「どうやるんスか?」

「一応ビンは持って来ました」


 つまり対策は無いに等しい。

 普通に戦うだけでも下手をすれば大怪我する相手にどうして瓶で立ち向かおうとしているのか。

 頭いい割にアホ、とジルは良く言うがイレヴンにも少しだけその意味が分かった。

 勿論リゼルはいざとなれば倒してしまえば良いと思っているし、エレメント相手に遅れをとる事は間違いなく無いと確信しているからこそ依頼を受けたのだが。

 だからと言って瓶はねぇよ、という視線を流してリゼルは迷宮へと足を踏み入れた。


 迷宮内は名前の通り精霊でも住んでいそうな幻想的な光景だった。

 昼とも夜とも言えない不思議な光が周囲を照らし、決して暗くないものの遠くを見渡せる程明るくもない。

 ふわりふわりと浮かぶ光は触ると明滅して消える。生い茂る草木とそこかしこに見える回廊は、確かにどこぞの城にある庭の光景のようだ。

 洞窟型とは違い一階層全てに広がる庭は、決まった道が無い為に方向を見失いやすい。

 その代わり次の階へ繋がる場所さえ把握していれば障害物なく真っ直ぐにそちらへ進む事が出来る。知らなければ広大な空間を虱潰しに探さないといけないが。


「水(ウォーター)エレメントが出るのは?」

「……中層らへんから、だったか」

「うろ覚えじゃねぇッスか」

「一々覚えてられるか」


 数多くの迷宮を、怒涛の勢いで制覇したジルだからこその感覚だろう。

 途中出て来る魔物に苦労しないからこそ印象にも残らないし、時間をかけて攻略していないからこそ覚えていない。


「全部で40階って言ってましたっけ。じゃあ20階ぐらいから行きましょうか」

「宝箱出ると良いッスねー。面白いし」

「俺はいつも真剣です」

「お前宝箱開ける時真顔だよな」


 ぼんやりと光る魔法陣に乗り、転移する。

 庭の中に建てられた東屋のような場所へ辿り着き、とりあえず前方へと伸びている回廊を歩き出した。

 左右を見渡すと相変わらず幻想的な庭が広がっている。

 回廊沿いをずっと歩いていても次の階へと進めるとは限らないので、庭を進む事にもなるだろう。

 しばらく歩いていると、周囲に浮かぶ光とは明らかに異なる明かりがゆっくりと近付いて来た。


「お、ニィサンの記憶通りじゃねッスか」

「水エレメントはいませんけど」

「その内出てくんだろ」


 近付いて来たのは火(ファイア)エレメントだった。

 エレメント系の魔物は核を中心に魔力が集まって燃えているように見える魔物だ。

 大きさは大人が一抱えする程度で、ぽかりと開いた目の部分があるが見えているのかは分からない。迷宮だから理屈じゃなくても仕方無い。

 火を纏う火エレメント、水を纏う水エレメントなど色々な属性の魔物がいる。

 核を破壊しない限り動き続け、実体が無いために弱点属性をぶつけるぐらいしか倒す手段は無い。何せ核でさえ高魔力の塊で物理攻撃は効かないのだ。


「一気に色んな種類のエレメントが出て来るとややこしくなりそうですね」


 とはいえ動きは然程速くないので、リゼルにとっては良い的なのだが。

 水属性の魔力を弾として核を撃ち抜くと、数匹のエレメントは掻き消えるように姿を消した。


「相性良いッスねー」

「イレヴンはどうやって倒してたんですか?」

「属性持ちの剣使うんスよ、魔力通せば属性が発現するってやつ。でもこの剣なら魔力反射ついてるから普通に斬るだけでもいけそうッスね」


 普通の剣でエレメントの核を斬ろうと水を斬るようなものだが、魔力反射の加護がついた剣ならば魔力の塊だろうと斬れた箇所は戻らない。

 それならばエレメントにも致命傷を与えられる。

 良い買い物をした、と頷くリゼルにイレヴンは上機嫌で手に持った剣を回した。


 階を潜るより魔法陣のあるこの階をウロついた方が早いだろうと、エレメントを斬ったり撃ったりする事を繰り返すこと数回、ようやく目当ての獲物が姿を現した。

 燃える様に水を纏っているが、火であれば火花を散らす部分は水滴が散っている。

 一緒に出てきた火エレメントと風エレメントを取り敢えず倒してしまい、さてどうしようかと三人は向き合った。

 時折攻撃するようなタックルや、まともに鳩尾にでも当たれば悶絶するような水の塊が撃ち出されるが難なく避ける。ちなみに水の塊はかなりの速度で向かって来るのでリゼルは他二人に手を引かれたり庇われたりしているが。


「あ、やっぱ駄目そう」


 エレメント本体を瓶で薙ぐ様に潜らせたイレヴンが、空の瓶を振ってみせる。

 本体から離れた途端瓶の中に入っただろう水はただの魔力へと戻ってしまったのだ。

 ちなみに一匹水エレメントを倒してびちゃりと形を崩し地面に落ちる時に瓶に入れてみたが、依頼に書いてあった通りただの水になっていた。


「うーん、核が属性を定義してるってことかな。でも核に実体が無いなら魔力を水に変えるような術式があるとは思えないし、ものとしては水魔法に近いんだろうけど魔力構築をどうやって……」

「ニィサン、後ろ」

「ああ」


 地面を這う様にリゼルの後ろから攻撃をしようと襲いかかる水晶の蛇をジルが踏み砕く。

 胴を砕かれて上下に分かれた蛇はしばらくのたうち回ってその内に力尽きた。

 今まではリゼルに注意の声をかけていたイレヴンだが、最近はそれ以前にジルに声をかけるか自分が守った方が早い事に気が付いた。

 別にリゼルが迷宮を舐めている訳でも自殺行為と分からない程馬鹿ではないことも分かっている。ただ信頼の証なのだと思えば悪くはない。

 その内思考しながらも戦えるようになってくれないか、と思う程度には止めて欲しいが。


「ん? むしろ分離した瞬間魔力が散るんなら難しく考えなくても良いのかな……理屈じゃないにせよ理由はある訳だし、最初に発現した属性に他の魔力が追従してるだけだとすれば」

「おら、横」

「あ、すみません」


 肩を抱くように引き寄せられ、先程まで立っていた場所を水の塊が通過していく。

 イレヴンはすいすいと水エレメントの周りを回りながら戯れるように瓶に水を入れることを繰り返していた。本体から撃ちだされた水の塊を瓶へと入れた時は魔力にはならなかったが、ただの水だった。


「核とか入んねぇッスかね」

「それは流石に危ないと思いますけど。ああ、でも成程」


 リゼルは空間魔法から何かを取り出し、しばらくそれを手にとっていた。

 うん、と一回頷いてイレヴンを手招き、差し出された瓶に持っていたものを入れる。


「代わりに、はい」

「何コレ。魔石じゃないスか」


 コン、と瓶の底で跳ねた丸い石をイレヴンはカラカラと振った。

 魔道具の核などにも使われる魔石は魔力を貯め込む習性を持つ。白ゴーレムのように触れた魔力全てを吸い取るようなものではなく、手順を踏んで流し込まれなければ魔力が吸収されることはない。

 それで水を採ってみてというリゼルに不思議に思いながらも頷き、繰り返した動きで本体を抉る様に瓶を滑らせた時だった。

 瓶の中に入った水は魔力に変わることなく、透明なガラスの中でたぷんと揺れた。


「わ、すっげ、何で?」

「魔石に魔力を流し込んで水属性を発現させてみたんです。偽物の核ですね」


 ヒュンッと剣を一閃して水エレメントを倒し、イレヴンは透かすように瓶を見ている。

 核から離れた瞬間魔力に分解されるのならばもう一つ核を作れないかと思ったのだ。

 元々理屈で説明できるような存在では無い。属性を固定したいなら基準となるものがあれば良いのかと魔石を核の代わりにしてみたが正解だったらしい。

 リゼルもまさか上手くいくとは思わなかったが、やってみるものだと笑った。

 迷宮だから偽物の核を持った途端魔物になる事もあるかも、と思ったがそう簡単に魔物は生まれないようだ。


「迷宮から出たら消えたりしねぇの」

「消えた時は消えた時です。素直に依頼失敗しましょう」


 いさぎよい。

 きっぱりと言い切ったリゼルに思わずイレヴンは感嘆の声を上げる。

 そうして三人は無事依頼を終え、本来の目的である最下層へと向かった。







「わっは、やべぇ! すっげッ」


 全身を青い焔に包む巨体が腕を一薙ぎした。

 ずんぐりとした見た目とは裏腹に素早い攻撃を避けるが、ぶわりと広がる余波の炎が襲いかかる。

 イレヴンは笑みを浮かべながら仰け反る様にそれを避けた。

 炎の巨人の名前はエレメントマスター、迷宮の最下層で待ち構えるこの迷宮最強のボスだ。

 巨大な炎の塊から短い手足が生えたような姿は、見上げる程の巨体を誇っている。


「今の避け方、前みたいにお腹出してたら燃えてましたね」

「前だったらんな避け方しねぇッスよ! でも本ッ当ダメージねぇなコレ!」


 テンションが上がり切ったイレヴンに微笑み、リゼルは銃を構えて巨体の頂点にある空洞に狙いを定めた。

 エレメントにもある空洞の眼。本当に目なのかは分からないが明らかに目の位置にあるから機能しているにしろしていないにしろ目で間違いないだろう。

 普段多用している風属性の弾は使わず、水属性を使ってまっすぐに片目を射抜いた。

 グォォ、と口らしき裂け目から炎が燃えさかるような呻き声が漏れて巨体が射抜かれた目を押さえる。


「ジル」


 残された片目を向けられたリゼルが速やかに後退し、代わるようにジルがエレメントマスターへと迫る。

 下から上へと薙ぎ払われた大剣は巨体の足を縦に切断した。開いた炎の隙間はすぐに元に戻るが、わずかにバランスを崩した巨体は振り上げていたもう片方の手を振り下ろす事が出来ない。

 その一瞬の好機を見逃すはずがなく、ジルは振り上げた大剣を傷を広げるように振り下ろしながら片手を横に出してイレヴンに視線を向けた。


「ニィサン最ッ高!」

「グローブしてなきゃ許してねぇぞ」


 すでにエレメントマスターに走り寄っていたイレヴンは唇を舐めながら差し出された手に向かって跳躍した。

 手の平に片足で着地し膝を曲げた直後、勢いよく押し出される感覚に合わせて空中へと躍り出る。

 ぐんっと持ちあがる体に笑い、投げ出された頂点で逆さになりながら双剣を構えた。すぐ横には無事な空洞の片目が此方を向いていて、イレヴンはにんまりと笑ってみせる。

 全身全霊の力で双剣を振り抜く。振り上げられた片手のつけ根を狙って放たれたそれは、表面を斬りつけただけにも拘らず鋭い剣撃によって太い腕を斬り離した。


「げ、」


 バランスを崩して地面へと倒れ込む巨体と共に落下を始めるイレヴンが空中で姿勢を整える。

 瞬間、倒れこみながらも目を覆っていた手がイレヴンへと迫った。

 これは食らう、と片手で顔を覆いながら剣を構えた瞬間、連射のあまり音が繋がるほどの発砲音と同時に手の平を形作る炎が千切れて霧散した。

 これで足手まといだと思ってんだもんなァと笑い、かなりの高所からにも拘らず綺麗に着地したイレヴンが手を振る。


「リーダーあんがと!」

「はい。ほら、トドメは?」


 時間差でズウンッ……と重い音をたてて倒れた巨体にぶわりと風が押し寄せる。

 エレメントマスターの核は頭に存在する。こうして倒しでもしなければ届きもしないのだ。

 しかも相応に巨大で固いので、イレヴンが空中ですれ違いざまに斬るだけでは足りない。ジルならば一撃で叩き壊せそうな気もするが。

 促され、目の前で燃える炎の中に鎮座する核を斬りつけた。ガキンッという音と共に表面に傷が入る。


「うわ、固ってぇ。エレメント系の核なんざ実体ねぇのに何でこいつだけ固ぇんスか?」

「固いのは核じゃ無くて防御殻ですよ。核を守ってるやつです」


 ゆったりと近付いて来たリゼルに危ないんじゃと思ったが、ジルがさり気なく隣に立ったので問題ないだろうとイレヴンは核(リゼル曰く殻)を十字に刻む。

 傷の入ったその真ん中へと思い切り剣を突き立てると、厚いガラスが割れるように殻が崩れた。

 今にも体を起こそうと手を付いたエレメントマスターに、急いだ方が良さそうだとイレヴンはもはや見えない動きで複数回斬りつける。

 粘度の高い水のような感触にげぇっと顔を顰めた瞬間、核が突然強く光った。


「そういやこいつ最後爆発したな」

「はァ!? ちょ、リ……!」


 直後、轟音と共に核を中心にして激しい暴風が広がった。

 床を抉る程のそれは土ぼこりを巻き上げ、辺り一面を白く染める。

 近くにいたならまず助からないだろう爆発は、エレメントの属性が炎であった割に炎が広がらないだけマシという範囲を通り越していた。


「ゲッホ……」


 ようやくそれが薄れ始めた頃、爆心地からやや離れた場所から激しく咳き込む声があがった。

 宙に舞う砂埃を払う様に手が振られているが、大して意味をなしていない。


「ごほッ、ゲホッ……ッ信じらんねぇ、何で忘れてんの?」

「一々覚えてられるかっつっただろうが」


 涙すら浮かべているイレヴンは、どうしてこの人平然としてるんだろうという目でジルを見た。

 別にジルとて砂埃の影響を受けていない訳ではない。

 盛大に眉間に皺を寄せているが、普段からガラの悪い顔はさしたる違いを感じさせないだけだ。

 イレヴンは肩に降り積もる砂を折角の新品なのにとぶつぶつ言いながら払い落している。


「コホッ」

「あ、まだちょっとケムいッスよ」

「ん、」


 爆発の瞬間、イレヴンに抱えられてこの距離まで退避させられたリゼルが顔を上げた。

 思わず咳き込むと、袖を引き上げたイレヴンの手に口元を覆われる。

 窺う様に覗きこむ顔に大丈夫だと微笑むと、支えるように背中を押さえる手がゆっくりと外された。

 体を離したリゼルを見ていたイレヴンだが、ふいにクンッと後頭部を引かれる感覚にイテッと声を上げる。


「あ、すみません。そういえば握ってました」

「何でんなもん持ってんスか」

「庇われた瞬間つい目に入っちゃって。燃えたら大変じゃないですか」

「お前にしちゃ良く動けたな」


 リゼルの片手に握られたのはイレヴンの鮮やかな赤の髪。

 当然のように爆風には炎も含まれるだろうと思っていたリゼルが守る為に握ったのだろうが、握っているのを忘れるあたりほぼ無意識だったらしい。

 咄嗟の時に動けるとは少しは冒険者らしくなっているのかと呆れ半分に感心しているジルの微妙な褒め言葉を、リゼルは取り敢えず良い意味で受け取っておいた。

 握っていた手を緩め、サラリと流れて行く髪を撫でる様に手放す。


「この赤、綺麗で好きなんです」


 庇ってくれてありがとう、と微笑まれてイレヴンは一瞬動きを止めた。

 しかしすぐに何事も無かったかのように笑って返す姿は、いつもと変わらないものだった。

 リゼルは改めて抉れた周囲の地面を見て、風は吹き荒れた感覚はあったが吹き飛ばされはしなかった事に疑問を覚える。


「爆風が直撃しなかったのは、」

「俺の真後ろでニィサン真っ二つにしてたし。俺だけだったら此処まで下がってもぶっ飛ばされたッスよ」

「初回でぶっ飛ばされたのを覚えてたからな」


 流石のジルも初見であの爆風は避けきれなかったようだ。

 その際に斬っておけば良かったと思ったのを思い出し、リゼルとイレヴンの前に立って大剣を振り抜いたらしい。

 爆風すら斬れる剣風、流石のイレヴンも人間業じゃねぇよと呆れきっている。

 そんな彼にジルは一瞬だけ視線を向け、しかしすぐに外す。イレヴンはその意図を正確に汲み取って得意げに笑ってみせた。

 良く守った、そういう意味だろう。イレヴンがあの行動をとったからこそジルは剣を振れたのだから。


「折角のボスなのに戦利品ねぇんスか?」

「本には炎の最上級魔石とか書いてあったけど……あ、あれじゃないですか」

「爆風で飛び散んだよ。前は拾うの面倒でそのまま帰ったな」

「勿体無ぇ!」


 三人は雑談しながらも部屋中に飛び散った魔石をうろうろと拾い始めた。






 迷宮を出ても消滅しなかった水エレメントの一部は、無事ギルドに納品された。

 ちなみに瓶には“貴方が真理を掴むのを楽しみにしています”のメッセージカードとリボンが巻かれた。

 研究職相手だから凝ったラッピングは邪魔なだけだろうと開閉に支障のない簡単なものだが、もはやリゼルの趣味になりつつある。

 ちなみにイレヴンはジルと同じく意味が分からない派だ。飾り付けるリゼルとジャッジをジルと共に眺めていた。


 イレヴンは手を振ってリゼル達と別れ、一人拠点(アジト)への帰路につきながら綻び一つ無い新しい装備に手を当てた。

 彼が今まで大金を持ちながらも良い装備を揃えなかったにも拘らず、今になってリゼルの意見にすんなりと頷いたのは彼自身気付いていたからだ。

 それは彼の本質すら変える意識の変化。


 そのままでも戦える。勝てる。殺せる。でも、守れない。

 前のままではリゼルを危険に晒していただろう。イレヴンは心臓を掴みあげるように装備をなぞり、うっそりと笑みを浮かべた。

 良すぎる装備は刺激がなくなるから嫌だと言っていた以前の自分は何処にもいない。

 生死を賭けた戦いに代えがたいほどの快楽を感じていた自分は、もっと大きな心地良さを知ってしまった。

 その変化を全く嫌だと感じないばかりか、溢れる喜びすら感じてしまう程に自分はリゼルに惹きこまれているらしい。


「 望むトコロ 」


 誰かを庇うなんてした事がなかった。

 もしあの時一緒にいたのがリゼル以外だったなら、イレヴンはその誰かを盾にすらしただろう。

 リゼルに礼を言われて初めて、自分が咄嗟の状況で彼を庇う以外の選択肢を持っていなかった事に気が付いた。

 衝撃を感じながらも向けられた微笑みに溢れる高揚感に、咄嗟に反応を返せなかったのは失態だ。

 恐らくこれからも彼を守る機会はある。危険に晒す気はないが、その時が来れば今度は余裕の笑みで当然だと返して見せよう。


 イレヴンは足音も無く機嫌の良さを感じさせる足取りで歩きながら、揺れる自らの髪を掴んだ。

 手の平で滑らせ、ある部分に差し掛かるとまるで自ら服従する主の手をとるように恭しく持ち上げる。

 静かに唇に押し当てた髪は変わらず自分のものだが、しかしイレヴンは笑みを深めてパッと手を離した。

 赤い髪はすぐにいつも通りに彼の背中で蛇のようにしなっている。


「つかニィサンも俺が守るのしっかり確認してから剣抜くんだもんなー」


 イレヴンは鼻歌を歌いながら、夕暮れですでに薄暗い路地裏へと姿を消していった。





イレヴンは拠点から通ってます。精鋭達と一緒。

腕利きなんだから精鋭も冒険者になれば良いのにと思いますが、本人達曰く性に合わないんだとか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。