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28:一番金持ち?

 昨日の今日で、とスタッドは淡々とした無表情の中に恐ろしい程の冷たさを孕んで目の前で浮かれる馬鹿を見た。

 そう、スタッドにとって彼は馬鹿でしかない。

 本当は溢れる語彙力の全てを用いて罵詈雑言を並べ立てても足りない程だが、それらを混ぜて潰して精一杯圧縮して全ての悪意を込めてただ“馬鹿”と呼ぶ。

 人に対して関心を持たずただ冷たいだけのスタッドにとっては珍しい程の嫌悪感を抱いていた。


「祝! パーティ入り! 俺!」

「今からでも考え直しませんか」


 浮かれまくるイレヴンを意図的に視界から外しながら心底心から問いかけるスタッドを、リゼルは苦笑しながら宥める。

 淡々としながら殺意溢れる空気は、リゼルがその髪を撫でようとなかなか収まりそうにはない。

 むしろ促すようにリゼルの手首を掴んで自らの頭に押し付ける様子は、そうでもしないと機嫌は回復しないと伝えたいのだろうか。

 態度からは考えられない微笑ましい行動にリゼルは掴まれた手首をそのままに、もう片手で自らのギルドカードを差し出した。


「考え直すなら誘いませんよ。ほらイレヴン、ギルドカード出して下さい」

「さっすが俺のリーダー!」


 その言葉に、スタッドの視線が今日初めてイレヴンを見た。


「は?」


 瞬間、ギルド内の温度が一気に下がる。

 チリチリと音が聞こえそうな程に冷気を放っているスタッドは掴んでいたリゼルの手をそっと離した。

 リゼルは取り敢えず机の上に置いたギルドカードを回収する。ギルドカードの再発行はお金がかかるのだ。

 スタッドが音も立てず椅子を引きながらゆっくりと立ち上がる。

 イレヴンは取り出したギルドカードを手の平で遊ばせながら、淡々と此方を見るスタッドにニィッと唇を引き上げた。


「誰が誰のだって言いましたもう一度言ってみなさい」

「この人が、お・れ・の、リーダーだっつったけど?」


 バキンッと氷を割るような音が聞こえたのは錯覚だろう。

 その錯覚を現実として捉えてしまう程、一瞬で溢れたスタッドの殺気は強大なものだった。

 魔物であれば即座に逃げる程のそれはギルド中に広がり、更に応えるように場に広がった身を這いまわるようなおぞましい殺気に、誰しもが身を震わせた。

 イレヴンは恐れなど感じてもいないどころか高揚した様にその笑みを獰猛なものへと変化させ、唇をなぞる様にゆっくりと舌を這わせる。


「身の程を知らない野良犬風情が図々しい」

「牙抜かれた飼い犬に吠えられても怖くねぇなァ!」


 スタッドがその手に氷の刃を作り、イレヴンが短剣を抜いた瞬間。

 氷の刃は手の中で砕け散り、刃を光らせる短剣は弾かれて床へと突き刺さった。

 直後二人の視線が同時に現れた人物を射抜く。


「はしゃぎ過ぎだ」


 誰にも止められないと思われた争いを一瞬で止めたのはジルだった。

 抜かれた剣は既に納められているが、人並み外れた速さを持つ二人が反応出来ない程の攻撃を仕掛けられるなど唯一人以外に存在しない。

 いつの間にか二人の間に立っているジルの後ろからリゼルが顔を出し、苦笑する。


「喧嘩は構いませんが周囲に迷惑はかけないように」


 今回はパーティ編成に来ただけなので、依頼を受ける冒険者に溢れる早朝を避けて空き始める時間帯に来ている。

 それでもギルドが完全に無人になる事は無い。リゼルは固まっている周囲を見ながら改めて二人を見た。

 これは斬り合いになると思ってジルに助けを求めたが正解だったようだ。後コンマ数秒遅ければギルドが無事では済まなかった。


 リゼルが一声かけられれば良かったのだが、濃密すぎる殺気に挟まれる位置に立っていた為か、初めて感じる事が出来た殺気に感心していたらそのタイミングを逃したのだ。

 初めて感じる殺気がこれとか、他の冒険者に言わせればトラウマ以外の何物でもない。そこで恐怖せずに感心するのだからリゼルの平常心の強さは言うまでもないだろう。

 視線を向けただけで察してくれたジルが動いてくれて良かったと内心で安堵し、少し咎めるように二人を見る。

 いじけるように視線を逸らして剣をしまったイレヴンと、じっとリゼルを見つめながら椅子に座るスタッドに、良い子だと微笑んだ。


「全方位にわざわざ喧嘩売ってんじゃねぇよ」

「つかニィサン俺の短剣普通に壊れんだから床にブッ刺すの止めてくんないスか」

「てめぇの兄になった覚えはない」


 元の空気を取り戻したギルドは徐々にざわめきを取り戻して行った。

 反省の欠片もないイレヴンはジルに任せる。基本的に誰かに合わせる事をしないイレヴンに、それも個性だと放置しているリゼルだが度が過ぎるのは問題だろう。

 獣人とは自らより強者に従いやすいというしジルが丁度良いだろうとリゼルは思っているが、ジルに言わせてみればリゼル以外の言う事に従う訳が無いだろう事は当然のことだ。

 しかしリゼルに比べれば効果は薄いだけで、確かに自らより強者であるジルの言う事も聞くので問題は無い。


 リゼルはそんな二人を見て大丈夫そうだと頷き、自らはスタッドの前へと立った。

 椅子に座ってただずっとリゼルを見続けるスタッドは、イレヴンとは違い反省はしているらしい。

 イレヴンを再起不能にしようとした事については欠片も反省はしていないが、リゼルに迷惑をかけてしまったかもしれない点は反省している。

 何処か窺うような空気を出しているスタッドに笑い、その頬にゆっくりと片手をあてた。


「いつも冷静な君が珍しいですね」

「ご迷惑をおかけしましたか」

「誰にだって合わない人はいます。迷惑だなんて思ってませんよ」


 擦り寄ろうとして方法が分からなかったのか、頬にあてたリゼルの手に微かな重みが加わる。

 向けられた視線は何の感情も無いかのように透き通っているが、しかしリゼルにとってその感情を読み取ることは容易い。優しく頬を撫でると、その瞳は気持ち良さそうにゆるりと溶けた。

 ちなみに俺もあっちが良いずるいと面白くなさそうなイレヴンは、邪魔しようと足を進める前にジルのアイアンクローを喰らって撃沈している。


「でもイレヴン個人が気に入らないだけで、パーティ入りが嫌な訳じゃないんですよね」

「貴方を守る人間が多いに越した事はありませんから。ただそれが一度貴方の命を狙った人物だという事が個人的に許せないだけです」


 スタッドはイレヴンが完全にリゼルに敗北した瞬間を目にしている。

 だからこそイレヴンがもう一度リゼルに危害を加える事は無いと確信してはいるが、やはり図々しいと思わずにはいられない。しかし実力はリゼルを守るに値するのだから、パーティ入り自体は反対しない。

 スタッドは頬を撫でる手をそっと握り、自然と傾いた顔のままリゼルを見上げた。


「貴方の決定に異を唱えるつもりはありません。パーティ登録を行いましょう」

「ありがとう」


 お互い相手が有能だと分かれば認めるぐらいはするはずだ。

 その内仲良くなるだろうと、マイペースにリゼルは一度頷いた。






 何故魔法使いが少ないのか。

 それは単純に攻撃可能な威力を出せる程の魔力を持つ者が少ない事と、危険が多い事に起因する。

 誰しも練習すればマッチ程の火を出す事は出来るが、風で消えてしまうような火で攻撃は出来ない。

 魔法の威力は純粋に魔力の量で決まり、多くの人々はマッチの火がせいぜいなので魔法使いは自然と少なくなってしまう。

 隣国にある魔法学院の生徒たちも全員が魔法を充分に使える魔力を持っている訳ではない。魔力の少ない者が魔法理論や魔道具研究の分野に携わりたくて通う事も多々ある。

 それ程に魔力を多く持つ者は少ないのだ。希少という程でも無いが。


 冒険者にも魔法を使う者は時々いるが、大抵が使えたら便利程度だろう。

 主力には成らないが実用出来る程度の魔力を持つ者は、折角だからと得意属性ぐらいは練習しておく。

 しかし振り上げて降ろすだけの剣とは違い発動までにタイムラグのある魔法は頻繁には使われないし、そもそも戦闘中に魔法発動の為とはいえ無防備になれるはずがない。

 頻繁に使うのはそれこそ魔法を主力とする魔法使いだけで、その場合は信用出来るパーティが必要となる。

 そんな事情の中、魔力は使用しているものの魔法使いかと言われれば微妙に違うリゼルは特殊な立ち位置にいるだろう。


「魔法? 獣人は基本苦手だから俺もちょい使うぐらいッスね」

「ん、今まで一回も使ったところ見て無いですけど」

「雑魚相手じゃ剣のが早いんスもん。強敵相手の奇襲とか罠ぐらいしか役立たねぇし」


 そう言ってイレヴンは大きなスプーンに大量に載ったオムライスをばくんと口に入れた。

 昼食時だからと入ったイレヴンおすすめの美味しい卵料理の店は、時間帯もあって結構混んでいる。

 冒険者などは滅多に寄らない店だからか、リゼル達を見慣れない者ばかりの周囲からこの机だけやけに注目を受けていた。

 気にせずオムライス(超大盛り)を頼んだイレヴンは美味しそうに山の様な料理を消化していく。

 見た目は細いのに良く食べる、と微笑んでリゼルはオムレツを飲み込んだ。ふわふわで美味しい、流石お勧めというだけある。


「罠っていうのは?」

「罠っつうか、まぁ俺得意属性“闇”なんスけど」

「意外性の欠片もねぇな」

「どういう意味ッスか」


 卵料理が美味しい店だというのに肉を食べているジルが、ニヤニヤ笑っているイレヴンに見たままだろと呆れたように言う。

 基本属性はリゼルが魔銃ライフルで使用する火・風・水・土に加えて光と闇がある。

 後者ふたつは前者と比べて得意とする者がやや少ない。その得意属性を持つのが魔法が苦手な獣人である事から分かる通り、個人の得意属性は完全にランダムだ。

 ちなみにスタッドの得意属性は“氷”、水の上位属性で使用出来るものが滅多にいない希少属性だ。


「もっと濃い影が良いんスけど」


 イレヴンは机の下を覗き込みながらコンコンと踵を鳴らした。

 んー、と唸っているのは魔法発動の集中の最中なのだろう。無詠唱は詠唱するより難易度が高いが、何度も使い込めばコツを掴むので可能となる。

 しかし魔力を展開する手間は変わらずあるので、時間短縮にはならない。ただ静かになるだけだ。

 盗賊だったイレヴンにとって無音というのは大きなアドバンテージだったのだろう。


「んー、あ、出来たッスよ」


 覗きこんでいた顔を上げてちょいちょいと指先で足元を指差す。

 リゼルとジルが顔を見合わせて足元を覗きこんでみると、イレヴンの膝から下が陰に溶ける様に消えていた。

 濃い影が良いと言った通り、薄らと足が見えてしまっているのは陰で隠しきれなかったからだろう。

 もし夜にこの魔法を使えばイレヴンを見つけることはかなり困難になる。


「段差の下に剣立ててこれ使って隠した時はウケたなぁ! 段差を飛び降りた奴ら気付かないでどんどん串刺しになんの!」

「光属性で似たようなのは見た事ありますけど、これは初めてです」

「すげぇっしょ。痛ッ、何で蹴るんスか!」

「普通に感覚はあんだな」


 当たり前だっつの……とブツブツ言いながらイレヴンは魔法を解いた。

 魔法が苦手の言葉通り有効範囲は狭く使用時間も短いらしいが、使い方によってはイレヴンの言う通り立派な罠にもなるだろう。

 イレヴンも底意地が悪い上に頭の回転は速い。かなり効果的な使われ方をされてきたようだ。

 ちなみに一番目立つテーブルの客が一斉に机の下を覗き込む様子は奇妙としか言えない。店員は何か落としたのかと予備のフォークやスプーンを持って周囲をうろついてさえいた。


「リーダーも前闇魔法使ってたし、もしかして得意魔法一緒ッスか。つか普通の戦闘魔法も使えるんスか」

「勿論使えます。魔銃あれ手に入れるまでは普通に魔法使って戦ってたんですから」


 ちなみに得意魔法は違う、というとイレヴンは若干ガッカリしていた。

 イレヴンに対してリゼルは元の世界の事を話していない。知っているのは未だにジルだけだ。

 別に教えても問題は無さそうだが、教えなければいけない理由も特にないので折角だから隠せる内は隠しておこうだなんてリゼルは気楽に考えている。イレヴンに知られたら盛大に文句を言われそうな考えだろう。

 ちなみにジルは色々な意味で言わなくて正解だと思っている。


「魔法使ってるとリーダーどんな感じになんの。ガーッとやっちゃうんスか?」

「そこそこじゃねぇの」

「普通ですよ」

「アンタらの基準でそこそことか言われたら期待しかねぇんだけど」


 そんな事言われても、とリゼルはちらりとジルを見た。

 初めの頃に知っていた方が後々便利だろうとリゼルの魔術・・をジルへと見せていた事が役に立ったと思うが、しかしジルとは違いリゼルはこの世界で正規の魔法使いというものを見た事がない。

 周囲と比べると、という概念がジルにも無い為に基準と言われると何とも言えなかった。

 ただリゼルが膨大な量読んだ書物から言ってみれば、リゼルの魔術はこちらの世界よりもより戦闘向き。

 生活関連の魔法については此方の方が優れていると常々思っていたが、戦闘魔法についてはあちらが優位だったようだ。


 カモフラージュ用に幾つか此方の世界の魔法も覚えたが、やはり慣れている方がやりやすい。

 戦闘魔法については魔法使い固有のオリジナル魔法も度々あるようなので使い続けても問題はないだろう。

 基本的には魔銃を使用するが。低コスト高リザルトともなれば使わない手は無い。

 ジルはとっくに食べきった皿をどかし、リゼルが手を付けなくなったオムレツを自らの前へと持って来ると数口で食べきった。

 思い出すように眉間に皺をよせ、置かれた水を飲み干す。


「威力はそこそこだが、器用な事するな」

「ん? どういう意味ッスか」

炎の矢フレアアローあるだろ」

「名前のまんまっしょ、魔力強ぇ程矢がでかくなるやつ」

「ああ。それを矢でかくしないでそこそこの威力の奴10本作った」

「えー……それ一番むずいんじゃねぇの」


 イレヴンの眼がリゼルを見る。リゼルはとりあえず微笑んで返してみた。

 炎の矢はイレヴンの言った通り魔力を注げば注ぐほど矢が巨大化する。実力のある魔法使いが使えば青ゴーレム(火属性が弱点)をその巨大な矢で一撃で倒せるだろう。

 白ゴーレムでさえ苦労せず倒せてしまうリゼル達がいるので分かりづらいが、それが出来れば一流どころか地位も名声も約束される程の事だ。

 そして本数だが、複数作る事も難しいものの不可能ではない。

 しかしその場合一本一本の威力は最低限の魔力を使用したものとなるので、一本ではFランクでお馴染みの草原ネズミですら倒せないだろう。


 イレヴンが驚いているのは決して本数の事だけでは無い。

 ある程度の魔物に通じる威力を持った矢を、一本では無く複数本作った事に驚いているのだ。

 しかも複数本といっても二本三本の話じゃ無い。熟練の魔法使いが最低限の炎の矢を用いての本数と変わらない数の矢を作り出している。

 これは更に数倍威力のある矢を一本作るより遙かに難しく、そして複雑な魔力行使が必要となる。


「これはもう慣れとかの問題じゃねぇスよ。しかも魔力量も多そう」

「俺の周りにいた人の中では低い方だったんですけどね、魔力」

「しかも追跡ホーミング付きだ」

「げっ」

「自動じゃないですよ、自分で操作しただけです」

「10本をッスか。アンタさっきから謙遜しようとして墓穴掘ってんからね。気付いてねぇっしょ」


 リゼルは苦笑した。もはやそうするしか無い。

 元の世界では戦闘魔術についての技術が進んでいた為、こちらよりは学ぶ機会が多いのだ。

 学ぶ機会が多いとはいえ習得出来る人間はやはり限られるので、やはり其処はリゼルが器用だったのだが。

 何故魔銃や魔術について貴族がそんなに関わっているのだと言われたら、それは元教え子(現国王)が関わっている所為に他ならない。彼の為ならば高等技術を身につける事ぐらいしてみせるのだから。

 余所の国の戦場に乗り込んで行って大暴れしていた元教え子を思い出し、リゼルはふっと眼を細めた。


「やーっぱ普通じゃ……、……何か今」

「そろそろ出るぞ。行く所があんだろ」

「はい」

「あ、ちょ……」


 リゼルの笑みが常とは違う事に気がついたのか、動きを止めたイレヴンが口を開くより先にジルが席を立った。あれ程盛られていたオムライスもとっくに完食されている。

 イレヴンは会計に向かって歩いて行くジルの背を見て、そして立ちあがって軽く服を整えながら此方を見下ろすリゼルを見た。微笑まれ、納得がいかないように顔を顰めて一気に水を飲み干す。

 先程の笑みが普段のものとどう違うのかは分からないが、何かが決定的に違っていたのは確かだ。自分に向けられる笑みに嘘は無いと知っているものの、何処か落ち着かない。


「行きましょうか」

「了解ッス!」


 かけられた優しい声にニッと笑って、リゼルの腕を掴んで引きながらジルの後を追いかけた。







「此処ってアレじゃないスか。ジャッジ?の店」

「そうです。イレヴンにあった武器が無いかと思って。今のは君にとってベストじゃないでしょう?」

「まぁ一番使いやすいってだけだし。じゃあ武器屋じゃねんスか?」

「大丈夫、欲しいなーと思ったものは大抵あります」


 謎の信頼を一心に背負ってしまった店の扉を見て、イレヴンは疑問に思いながらも扉を潜った。

 やはり店内ではせっせと商品を整理しているジャッジの姿がある。

 一度ぐらい落ち着いて出迎えて欲しいものだとリゼルは微笑み、いらっしゃいませと言いかけて止まったジャッジへとイレヴンを差し出してみる。

 差し出すと言っても背中を押しただけだが、イレヴンは成程とニヤニヤしながらジャッジの前に立つと「どーも」と軽く挨拶した。


「ジャッジ君がどうしても嫌って言わなかったので、パーティに入れちゃいました」

「そういや嫌がられてたッスねー。なぁどう? 今でも嫌? 嫌っつっても出てかねぇけど」

「え、あ……!」


 さっと顔を青くしたジャッジが慌てているのを追い詰めるイレヴンは楽しそうだ。

 この二人は上手くやりそうだと頷くリゼルを、ジルはこいつ時々容赦ねぇなという視線で見下ろした。楽しんでる感が否めない。


「俺イレヴンっつうんだけど、ジャッジは嫌なわけ? 俺の名前も呼びたくねぇくらい嫌なわけ?」

「う、うぅ……」

「新入りの顔合わせなんだから堂々としときゃ良いだろ」


 助けを求めるように此方を向いたジャッジに、ジルが呆れたように一声かけた。

 リゼルは一度傍観体勢に入ると基本的に動かないのだ。楽しそうにじゃれあう二人を見ている。

 しかしジルも微妙に楽しんでいるのが、火に油を注ぐような助言に表れているだろう。

 案の定堂々とイレヴンと対峙する自分を想像して無理だと半泣きになっているジャッジがいる。


「リ、」

「あ?」


 ふと何か言いかけたジャッジがちらりとリゼルを見る。

 微笑まれ、何かを決心したように猫背を伸ばしてイレヴンの事を見下ろした。例え上から見下ろして居ようと怖いものは怖い。


「リゼルさんが決めたなら、僕は、反対しない」

「ならヨロシクー」

「え、あ、う、うん」

「何か怖がってんけど、“今は”普通の冒険者なんだけど?」

「今はって何……!」


 再び半泣きになるジャッジをけらけら笑っているイレヴンに、良し仲良くなったとリゼルは満足げに頷いた。リゼルの仲良くは時々ハードルが低い。

 しかしスタッドの時に比べれば段違いに平穏な関係に落ち着いただろう。

 傍から見れば不良とパシリにしか見えないが、イレヴンがリゼルの関係者に対して高圧的態度に出る事はあり得ないので問題は無い。


「ジャッジ君」

「は、はい……!」


 呼ばれ、すぐに来たジャッジに今回の用件を伝えた。

 そもそもリゼルはパーティ内で装備に格差があるのは何となく嫌だと思っている。

 確かにイレヴンの実力があれば滅多に傷を負う事も無いだろうし、不慮の事故で武器が折れるなんて事もないだろう。しかし今揃えられる万全の装備を、とはジルから学んだ事だ。

 イレヴンがリゼル達のパーティに入ったと知らせる意味でも丁度良い。まさか誰も最高装備に身を包んだ冒険者が元盗賊だとは思えないだろう。

 最高装備を揃えられる財力と実力があるのなら、盗賊業を行うことに対してはリスクしかないのだから。


「短剣、ですか……えっと、どういった……?」

「んー、俺もあまり……剣を選ぶならやっぱりジルかな」

「こういうのは本人が使いやすいもんが良いだろ」

「スよね。どうせなら妥協したくねぇし、まずはー」


 それからイレヴンはこれでもかと云うほど注文を付けまくった。

 剣について妥協しない者は多い。熟練ならば尚更だろう。

 特にイレヴンは煩い方らしく、今の何処ぞの商隊から奪った迷宮品をただ何となく使いやすいという理由で使っていたなどと思えない程だ。

 切れ味重視だの、刃は薄い方が良いけど刃毀れだけは嫌だの、反りはこれぐらい握りの重さはこれぐらい、見た目ダサいのは嫌だけど派手すぎるのも嫌だけど装飾は欲しいだの、作った方が早いのではと思ってしまう。

 しかしやはり最高装備といえば迷宮品だ。人知を超えた性能は剣士ならば誰もが欲しがるものだろう。


「そんで全体が艶消しされてれば完ッ璧」

「多ぇよ」

「道具に拘んのがプロっつーでしょ。で、ある?」


 聞きながらも、イレヴンは条件を全て満たすものは無いと当然思っている。

 とりあえず要求を全部言っておいて、その中の内いくつかの条件が一致すれば御の字だ。ジャッジもそう判断しているからこそ、条件にあう剣をいくつか見繕っているのだろう。

 ジャッジはうーんと思いだすように首を傾げている。


「あ、一本、じゃなくて一組だけ……」

「一組しかねぇの?」

「あの条件全部当てはまるのが一組あるだけでも凄いと思いますけど」

「リーダーは本当に剣は素人ッスね。こういう時はいくつか条件上げといて全部ヒットしなくても、」

「え、あの、全部の条件、呑むけど……」

「これだからリーダーの関係者はっつんだよ! よっしゃァ!」


 マジで早く早くと急かされ、ジャッジは奥へと引っ込んで行った。

 しかし、とジルは思う。来る度に思うがこの店の品ぞろえはどうなっているのか。

 それ程広く無い店内の割にリゼルが何かを求める度に、それが無かった事は無い。例え冒険者と関係が全くなかったとしてもだ。

 空間魔法があるとはいえ、それが品ぞろえが豊富な理由にはならない。

 ちらりとリゼルを見下ろした。恐らくそんな事はリゼルには関係ないのだろう。有るなら有るに越した事は無いとでも思っているに違いない。

 思慮深い割に変な所で大雑把なのだ。


「えっと、これなんだけど……」

「すっげ、迷宮品なのにちゃんとした双剣じゃん。左手用がサブでちょい短い……あー、これって」

「握り短ぇな、てめぇには良いんじゃねぇの」


 イレヴンは上機嫌で箱を覗きこみ、ジルもそれを見下ろして何かを納得している。

 ちなみにリゼルには何も分からない。剣が二本並んでるな、ぐらいだ。

 だがイレヴンの様子を見る限りひどく気に入ったらしい。


「これにします?」

「する!」

「じゃあジャッジ君これ貰います。必要なのも全部買っちゃいましょうか、お金大丈夫です?」

「ヨユーっす」


 足りないならと財布を取り出したリゼルをイレヴンは手で制した。

 元パルテダール一大盗賊の頭領の座は伊達じゃ無い。各地に振り分けた盗賊達から日々戦利品が届いていた。

 しかも貯め込んでいた財宝は今一気に回収出来ている。先日各地を走り回って盗賊達を集めていた部下に、各地の拠点から回収させていたのだ。

 リゼルに言われて精鋭達は残し、ある程度の資金は分け与えてあるにしてもイレヴンの手元には溢れんばかりの金貨銀貨が残っている。

 今回の剣も希少な迷宮品の双剣であり、更に付与された加護もジルの大剣同様に剣士が望む全てが詰まっている為にかなりの値段だが、イレヴンは平然と金貨を掴んでジャッジへと渡していた。


「ホルスターも作んなきゃッスね」

「どうせこれから装備も作りにいくので、そこで作って貰いましょう」

「リーダー達みたいな奴? 俺素材って全然残してねぇんスけど」

「俺もジルに譲って貰いましたし、良いですよね?」

「余ってるしな」


 贅沢な話ッスねーとケラケラ笑うイレヴンに微笑み、リゼルは次の目的地へと歩を進めた。





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