閑話:大侵攻が発覚した直後の王都でのこと
いつもは決まった間隔で鳴らされ、王都の人々に時の流れを告げる鐘の音。
それが何度も打ち鳴らされ、異変を知らせたのは早朝のことだった。
アインたちはちょうどギルドに向かう道を歩いていた。
前夜の飲みすぎを少しばかり引き摺り、絶えず欠伸を漏らしながら歩いていた時だ。
普段は伸びやかな鐘の音が、急を知らせるように小刻みに鳴り響いた。
「あ? 何?」
「なんかずっと鳴ってね?」
「鳴らすヤツ酔っぱらってんだろ」
彼らは変わらずダラダラと歩を進めていた。
だが視界にいる人々が、不安そうな顔で周囲を見渡しては足早に去って行く。
それを眺めているうちに、通りを出歩くのは同じくギルドに向かう冒険者だけになった。
「人いねぇんだけど」
「怖」
「竜でも降ってくんじゃねぇのぉ?」
「ギャハハッ、ねぇ~~よ!」
いつもならば徐々に活気を増していく大通りから、突如それが失われて落ち着かない。
準備中だった屋台の店主が、慌てて商品を引き上げる声がやけに大きく聞こえてくる。その違和感に、アインたちはわざと大きな笑い声を上げて歩いた。
前方を歩く冒険者が、本命の武器が修理中だと嘆いている。いやに強い嘆きようだった。
「おら、たらたら歩いてんなよ」
「あ?」
ふいに後ろからかけられた声に、アインたちは手慣れたように振り返ってガンを飛ばした。
そこにいたのは、同じく王都で活動中の冒険者パーティ。熟練の槍使いを筆頭に、護衛依頼を得意とするベテラン冒険者たちの四人組だった。
肩に立てかけるように持つ槍の先端を揺らし、男は揶揄うように告げる。
「忘れてんなら教えてやろうかね。これ、警報だぞ」
「あ、けいほう?」
「何だっけそれ」
「こりゃあ駄目だ。絶対零度に叱ってもらえ」
槍使いの男がカラカラと笑いながらアインたちを追い抜こうとする。
だがアインたちはそんな彼に食らいついた。絶対零度の怒りを買うかもしれないという危機感に、同じく歩調を速めながら必死になってつめ寄る。
「何何何、なんで⁉ 俺ら何やった⁉」
「王都に来たら真っ先に説明されんだろぉ、この状況」
「聞いてねぇって!」
「こりゃあ叱られるだけじゃあ済まねぇかもな」
「なんだよ何されんの⁉」
こうしてアインたちは絡みに絡み、何とか非常時の集合について思い出すことができた。
到着したギルドには、すでに多くの冒険者が集合していた。
ギルド前の大通りは冒険者で埋まり、時折馬車が通りがかってはその都度道を空けている。だがどんどんと冒険者の数が増えているので、数秒すればそのスペースも埋まってしまった。
アインたちもまた、その集団の一員になろうと近くの冒険者に声をかける。
「これ何の集まり?」
「大侵攻だとよ」
「大侵攻ぉ?」
「マジかよ!」
大侵攻といえば以前のマルケイドが記憶に新しい。
アインたちは驚きのあまり大声で叫ぶも、周囲は誰も気にかけなかった。ここにいる冒険者たちにとっては先ほどから何度も繰り返されているやり取りであるし、それ以前に多少大声で喚こうが日常茶飯事だと気にしない面々だからというのもある。
「大侵攻とか見たことねぇよ」
「その言葉だって商業国ん時に初めて聞いたよな」
「魔物の群れなんだろ? どんなん? おんなじ魔物ばっか来んの?」
アインたちはすぐに落ち着きを取り戻す。
驚いたはいいものの、具体的にそれがどういうものかを想像できなかったからだ。
大侵攻という単語すら少し前まで聞いたことがなかった。得ている情報も“大量の魔物が攻めてくる”というもので、思い浮かぶものといえば、いつか依頼を受けた時に魔物の群れから追いかけられた記憶のみ。
大多数の冒険者にとって、大侵攻への認識はこの程度のものだった。
よって周囲から聞こえてくる会話からも、対策や行動指針についての内容は聞こえてこない。
「俺いるとこに大侵攻来んの二回目なんだけど」
「今すぐどっか行け」
「パーティ揃わねぇ。どこ行きやがったあいつ」
「なぁ、酒買ってきていいか」
思い思いに会話する冒険者たちは、それでも退屈そうにはしていない。
彼らは魔物相手に怯みはしない。敵わないと分かれば逃げるし、手ごわいと思えば戦闘を避けもする。だがそれでも魔物相手では、高揚を伴わない恐怖など縁がないのだ。
震えて動けなくなる者などFランクの時点で消えている。
ならば残るは生きるため暮らすため、自ら荒事に飛び込んでいく命知らず共のみ。
「……俺、気づいたんだけどさぁ」
ふいにアインが真剣な顔をして告げる。
「俺ら呼ばれてここ来てんじゃん。なら指名依頼みたいなもんだろ」
「そうかもな……」
「え、てことは」
「報酬出んじゃねぇの……?」
彼らに衝撃が走った。
実際、報酬は出る。通常の依頼よりもレートは低いが、倒した魔物の数によって増額する。
ここれはアインが大発見のように告げているが、割と知れ渡っている事実であった。
「えっ、失敗ねぇしやり得じゃん」
「倒した分だけ稼げんだろ⁉」
「しっ、あんま大声出すな。他の奴らに聞かれたら取り分減るぞ」
アインたちは歓喜によって徐々にテンションを上げていく。
隣で丸聞こえの冒険者が「こいつら馬鹿だなぁ」という目で見るが、彼らは気づかなかった。
「そんで何よりジルさんがいねぇ」
「あの人多分一人で半分くらい持ってくからな……」
「分かる」
「前の踏破から二回目の大金持ち行けるぞコレ」
ジルにあらぬ冤罪をかけながら、彼らは円になって互いの肩を力強く掴んだ。
そして気合を込めるように力強く叫ぶ。
「やってやんぞォイ!」
「オォーッシ!」
だが直後、その横を凄まじい勢いで氷の柱が走り抜けていった。
「道に広がらないでください」
「さーせん……」
現れたスタッドに、冒険者たちはすごすごと行儀正しく道の端に寄った。
その後ろを二台の馬車がのんびりと通り過ぎていく。馬の気分によりスピードが出ないらしい。
冒険者らが何とも言えずにそれを見送るなか、スタッドは気にかけることなく話を切り出した。
「この場にいる冒険者を四つに分けます。それぞれ東西南北の城門に移動してください」
「それ選べる?」
「選べません」
冒険者による特に意味のない質問は淡々と切り捨てられた。
ちなみに分け方はざっくりとした目分量で、集団を前にスタッドが「ここからここまでは北」「ここまでは西」と区切る形だった。
まとめ役を除き、冒険者に戦術的なバランスなど求められない。よって戦力や数が極端に偏らなければそれで良いのだろう。これにより、アインたちは東門に振り分けられた。
暇なうちに腹ごしらえしろと用意された食料を掻っ込み、しばらく経ったころ。
腹も膨れたし暇だし陽気も良いしと、城壁の上で呑気に昼寝をしていた時のことだった。
「来たぞ!」
誰かの雄たけびにアインたちは跳ね起きた。
彼らは咄嗟に剣を抜くも、そういえば弓を使えと言われたのだ鞘に納める。
「すっげ、アイン見ろ! こんなん見たことねぇぞ!」
「見てるっつの!」
互いの装備の襟首をつかみ合い、大興奮で城壁から平原を見渡した。
地平線から徐々に姿を現す魔物たちは、一匹、十匹、無数の影へと増えながら迫りくる。
東門の冒険者たちのまとめ役が、弓を構えろと声を張り上げた。
「そういや俺ら弓使ったことなくね」
「ねぇよな」
「しゃーねぇじゃん、練習されてくんねぇし」
どうせ大侵攻が始まれば、素人でも撃てば当たる数の魔物が押し寄せる。
そう言われてアインたちは、矢が勿体ないからと事前に触らせてもらえなかった。とはいえ許可を出せば、調子に乗った冒険者たちが練習だからと好き勝手に打ち始めるので、こればかりはまとめ役の英断とも言える。
「弓引ける筋力だけありゃいいとか言われてもさぁ」
「なぁ握り方これで合ってんの?」
「で、矢ここ? なんか違くねぇ?」
「痛ッて指引っかけた!」
魔物の群れが迫るなか、アインたちは弓を手にてんやわんやだ。
見かねた憲兵が横から口を挟もうとするも、そこは相性が悪い者同士――もとい、一方的になんか気に入らないなと思っているアインたちが突っぱねてしまう。
「おい、そこに矢羽をかけてな……」
「ハァー⁉ 分かってんだけど⁉ そんくらい⁉」
「こぉーーーだろ⁉」
「いや待て、そんなに覗き込むと」
城門を襲い来る魔物の群れ目掛け、アインは引き絞った弦から指を離す。
直後、弾かれた弦が彼の横っ面をしこたま叩いた。ついでに矢は外れた。
「痛ッッッッアーーーッ痛ッッッッ‼」
「大丈夫か。だから言っただろうが……」
頬を押さえ、地面で丸まったアインの肩に憲兵が手を置いた。
そしてまとめ役へと片手を上げ、よく通る声で高らかに告げる。
「負傷者一名!」
「やめて……報告やめて……」
アインはちょっと泣いたし、仲間たちは声にならないほど爆笑していた。
また、報告を受けたまとめ役からの返答は「ほっとけ」の一言であった。
時は遡り、王都に警報代わりの鐘が響き渡った頃。
「これ……」
開店準備中だったジャッジは、鐘楼の方角を見つめて目を見開いた。
驚きと、不安。それにより強くなる心臓の音を感じながら、すぐに手にした【OPEN】の札をひっくり返した。そして店内に駆け込んで、大きく深呼吸をする。
「(何かの非常事態だから、国民はまず家の中に待機する)」
形骸化した国の法は、ジャッジが生まれてから日の目を見ていない。
恐らくインサイの若い頃まで遡ってようやく、一度あるくらいだろう。その時は巨大なハリケーンが発生したのだと聞いたことがある。国の二割を薙ぎ払うほどの災害だったらしい。
だが王都に暮らす人々は、誰しもその決まりを心得ている。
ジャッジがインサイから言い聞かされたように、子供たちは何度も厳しく教えられるのだ。
「よし」
その成果だろう。ジャッジは落ち着いて行動を始められた。
いまだ心臓は跳ねているが、頭は冷静だ。しっかりとした足取りで奥の部屋に向かい、空いた木箱を幾つも運んでくると、それらを次々と店内の床に並べていった。
「(またハリケーンか、それ以外かは分からないけど……きっと、必要になるはず)」
ジャッジはどんどんと商品を木箱に詰めていく。
回復薬各種、魔物避け、他にも非常時に役に立ちそうな道具諸々を選別する。
商業ギルドに所属していると、有事においての物資提供が求められる。指定店以外に義務はないが、ジャッジはそうすべきだという教育を受けているし、彼自身も心からそう思っている。
非常時に、それができるだけの店づくりはしているつもりだ。
そうして店内在庫のうち、どんな事態であっても役立てられる物資をまとめ終えた時だ
「あ」
外から、憲兵のものだろう声が聞こえてきた。
拡声器を使っているのだろう。通り一本分の住民には十分に届くだろう声量だった。
憲兵はまず、落ち着いた行動に感謝をする旨、そして今すぐの脅威はない旨を説明する。更には決してパニックにはならないよう、落ち着いた声色で念を押したうえでそれを告げた。
「“ただ今、大侵攻が王都に接近中です”」
「大、侵攻……?」
まさかと、ジャッジは息をのむ。
同時に、まとめた物資の一部変更を始めた。冒険者に提供できる道具を増やしていく。
その間にも、憲兵は何度も時間的余裕は十分にあることを伝えながら説明を続ける。
「“これから、各地区城門に近い順に避難を始めていただきます。憲兵が誘導いたしますので、これから指名する区域にお住まいの方は、落ち着いてお近くの大通りに集合してください”」
耳をすませば、遠くからも同じような文言が聞こえてきた。
互いを邪魔しない範囲で、重なり合って響いている。案内役の憲兵が、各地域に送り出されているようだ。それに万全の体制を感じて、ジャッジの動悸が徐々に落ち着いていく。
聞く限り、ジャッジの店周辺の避難はまだまだ先になりそうだ。
「(今すぐの危険はないって言ってるし、荷物の詰め込みだけやっちゃおう)」
ジャッジはエプロンの紐を結び直して気合を入れた。
そっと扉を開いて外を確認してみれば、近隣の店舗でも似たようなことを始めている。
何となくやりやすくなり、店の裏手から荷車を引っ張ってきて玄関前につけた。目の前の通りも避難民が通っていくことになるので、可能なかぎりぴったりと店の壁に寄せておく。
ふと振り返れば、やや離れた位置に拡声器を構える憲兵の後ろ姿が見えた。
「“また各ギルドに所属し、行動を定められている方は、区域ごとの避難指示が出る前に動いていただいて構いません。ただし個人での物資輸送は、住人の避難が済んでから改めて案内があるので――……”」
各ギルドに所属して、この状況で行動する必要がある者。
すなわち必要物資を用意するジャッジのような商人であったり、今回の場合は冒険者だ。
そこでふとジャッジは気づく。現状、もっとも人手が足りないのは冒険者ギルドではないかと。
なにせ数多の冒険者に比べ、職員の数は限られる。その癖やることは溢れかえっているだろう。王都のギルド職員は精鋭揃いだと聞いたことがあるが、単純に人が足りないせいで手が回らない部分もあるはずだ。
ならば、ギルドを定期的に出入りしているジャッジにも手伝えることがある。
「(こういう時に、手伝ってほしいとかは言われてないけど……)」
憲兵による案内を思い出して、良いのだろうかと迷ったのは一瞬だった。
脳内にいるリゼルが「解釈は広げようと思えば広がりますよ」と応援してくれている。
「(……臨時鑑定士もしてるんだから、所属してる!)」
商業ギルドの重鎮が知れば頭を抱えるだろうが、ジャッジは堂々と己を納得させた。
そして可能なかぎり手早く物資を荷台に詰め込んで、戸締りを確認してから駆け出す。
途中ですれ違う憲兵には、怒られはしないかとドキドキしながらも控えめに頭を下げた。お疲れ様です、とばかりに礼を返されて恐縮してしまう。
「(あ、避難する人たちだ)」
中心街に向かって歩く住人たちも見かけた。
彼らは皆、心配そうにはしているものの悲観的な様子はなく、互いに声を掛け合いながら歩いている。以前のマルケイドでの大侵攻において、避難民の被害がゼロだったこと、意外なほど短期間で収束したことが安心材料になっているようだ。
なんとなく安心して、すれ違いざまに手を振ってくれる子供に小さく振り返す。
自分にできることを精いっぱい頑張ろうと、ジャッジは決意を新たにした。
そうしてたどり着いた冒険者ギルドでは、冒険者たちがひしめいていた。
ここだけ賑やかだし、ここだけ楽しそうだなと、隠れるようにギルドに歩み寄りながら思う。
頼もしさを覚えるべきなのかもしれないが、流石に戦意に満ちた冒険者集団は怖い。スタッドが出てきて道を塞ぐ彼らに一発かましたタイミングで、そっとジャッジはギルドに滑り込んだ。
ギルド内は戦場だった。
職員たちが駆けまわり、常に伝達事項を口にしている。時折意味のない雄叫びも上がっていた。
「ぶ、物品管理のお手伝いを」
「うわーッ有難うジャッジ氏有難う!」
目が合った職員が、すべてを口にする前に叫びながら駆け寄ってきた。
すかさず腕を握られて、全力ダッシュで案内されたのは普段鑑定を行う倉庫だった。
ここならばある程度在庫を把握している。役に立てそうだと安堵するジャッジに職員が差し出した、もとい押し付けるように突きつけたのは十数枚にも及ぶ物品リストだった。
「このリストにあるやつ在庫と照らし合わせて合わなかったら訂正して廊下にある箱に各城門に分けて送れるように詰めて運搬指示と輸送記録までお願いしていいですか! 表にギルドの馬車あるから!」
「わ、分かりましたっ」
「よっしゃァーッッ」
謎のハイテンションで去って行く職員を、ジャッジは何も言えないまま見送った。
止まると二度と動けなくなる生き物のようだった。お疲れ様ですという暇もなかった。
「よし」
ジャッジはひとまずリストを捲り、ざっと全項目に目を通す。
ここでギルドが何をどこまで用意したのかを把握しておけば、自分の店から追加で何を提供したほうが良いかも分かるだろう。一石二鳥だと頷いて、勝手知ったるとばかりに動き出した。
頼まれた仕事を終え、ジャッジは感謝を叫ばれながら冒険者ギルドを後にした。
結局物資の仕分け以外にも雑務が流れてきたが、自分から手伝いに行ったのだから文句はない。途中でこれはギルド職員以外が見たらまずいのでは、という書類仕事も回ってきたような気がしたが気づかなかったことにした。
ジャッジも世俗に揉まれる商人だ。見なかったふりなどお手の物、というほど得意ではないが、頼まれごとは無事に完遂できたので結果オーライだろう。
「(あとはうちの商品を運んで、その後は避難かな)」
前線で手伝えることがあれば、という気持ちがないと言えば嘘になる。
だがこれ以上は、ジャッジが足を踏み入れていい領域ではない。戦う人々を信じるのみだ。
それに避難民を受け入れている中心街にも顔見知りの店があるので、そちらが手伝えそうなら手伝いたい。やれることがあるのは、何も戦場だけではないのだから。
「(ギルドの仕分けで東門の回復薬を少し減らしたから、全部向こうに運んじゃおう)」
そうしてジャッジは、たくさんの物資と共に東門へと向かっていった。
更に時は遡り、王都に警報代わりの鐘が響き渡るよりも前のこと。
冒険者ギルドで大侵攻発生の報告を受けたスタッドは、すぐさま依頼の手続きを止めた。
その隣をギルド長が、あとは任せると告げて走り去っていく。
「現在王都にいる冒険者のリストアップを」
「分かったわ」
「俺避難していい?」
「業務を終えてからなら構いません」
「大侵攻終わるまで終わんねぇじゃん……」
消沈しながら働きだす職員を無視し、スタッドも動き出す。
王都では非常時に鐘が鳴るが、実際は異変が見つかってからそれが鳴るまでに多少の空白時間がある。危機が判明した直後に鳴らしてしまっては、避難のスタートが却って遅れてしまう可能性があるからだ。
当然ながら一分一秒を争う時などは鳴らすが、今回は魔物の群れが王都に到着するまでに幾らかの猶予がある。十全に準備を終えてから大衆を動かすのが、もっとも安全確実に進むだろう。
それは冒険者ギルドも変わらない。
大侵攻だからと先立って知らされたが、早い者はすでにギルドで依頼を受けているのだ。
「ひとまず外で待機してください」
「は?」
大侵攻の知らせに唖然としていた冒険者をひとまず追い出した。
これから冒険者ギルドは忙しくなる。勝負は鐘が鳴り、冒険者が集まってくるまで。
それまでに済ませられる手配は済ませておかなければジリ貧だ。なにせマルケイドでの大侵攻に対する援助とは仕事量がまるで違う。今回は、自分たちの管轄内でのことなのだから。
「スタッド君、リストはまだだけど大まかな人数は出たわ」
「有難うございます」
スタッドは手渡された書面に目を通し、淡々と告げた。
「まずは衣食住の手配から行います」
「お前……言い回しが貴族さんに似る時あるよな」
同僚からの指摘は特に問題がないことを再確認しただけだったので無視した。
戦力を継続させるには衣食住が非常に重要である。
そしてこれに関しては、決して冒険者ギルドだけで担えるものではない。
「おう戻った」
「職人の数は揃いそうですか」
「西の鍛冶屋のおっちゃんに声かけた。同業に話回してくれるだと」
汗をぬぐいながら報告をする同僚に、スタッドはペンを握る手を止めないままに問う。
この職員に任せたのは、衣食住の“衣”だった。冒険者のそれとは鎧、ひいては剣である。使えば摩耗していくそれを、その都度鍛え直してくれる職人の確保は必須であった。
なにせ大侵攻が何日で終息するのかは誰にも分からない。
過去の記録では十日続いたとも、ひと月続いたとも書かれている。後者については記録が古すぎて信憑性にかけるが、片手の指で足りる日数で終わったマルケイドが例外なのだ。
とにかく最悪を想定して準備は進めなければならない。
結果的に備えすぎて大変なことになろうがそれはいい。あとでギルド長がどうとでも捌く。
「ただ現場に出るっつうのは難しいな。設備の用意が間に合わねぇ」
「安全確保も難しいのでそれで問題ありません」
「協力してくれる職人には各門から一番近い工房に集まるよう伝えたぞ」
「有難うございます」
職員は言うだけ言って、さっさと次の作業へと向かって行った。
どこもかしこも休憩する暇がない。スタッドもまた、もっとも面倒で、行う意義が分からず、けれど最優先に行うべきだという訳の分からない根回しを進めているところだった。
「スタッド君、炊き出しについての報告いいかしら」
「はい」
間髪入れず現れたのは、ギルド長の妹である職員だった。
「食料はどうにかなりそうよ。避難民のものとは別に確保できたわ」
「分かりました」
「ただ調理する人に悩んでるの。なるべく戦力は減らしたくないわよね」
彼女に任せたのは、衣食住の“食”だった。
なにせ冒険者というのは腹が減ったら働かない。次から次へと魔物が襲いかかってくる大侵攻では、とにかく動き回るせいで余計に腹を減らすだろう。これが特に冒険者のモチベーションへと直結するのだ。
ならば食事を用意してやらないといけない。
住民が避難してしまえば、当然ながら買い物もできないし店も開いていない。だが大食らい共の胃袋を満たす膨大な量の食事を、一体誰が準備するのか。まさか避難民から料理人を引っ張ってきて作らせる訳にはいかない。
「憲兵の食事も恐らく炊き出しです。後ほど合同調理ができないか聞いてみます」
「有難う。食料は門の近くの倉庫に保管するわね」
「お願いします」
合同調理の許可が出た場合、調理技術を持つ冒険者を派遣することになる。
だが自分たちだけで作るよりは人数も抑えられるだろう。スタッドは冒険者の料理事情などまったく知らないが、何日か城壁の外でぶらついていても平気で帰ってくるのだから、最低限はこなせる人間が何人かいるはずだ。
ちなみにスタッドは一切できない。よって手伝う気はない。
「スタッド、冒険者の寝床ってさ」
「転がしておけばいいのでは」
「毛布だけ手配しとくわ」
衣食住の“住”は一瞬で終わった。
普段は野営だって平気な冒険者だ。今更ベッドがなければ寝られないなど言わないだろう。
スタッドは書き上げた手紙を持って立ち上がる。そして冒険者ギルド付きの郵便ギルドの職員にそれを渡し、すぐさま手紙のことなど忘れたかのように歩き出す。
必要な物資を搔き集めるのに、商業ギルドの力を借りたいと申し出るための手紙だった。
冒険者が使い物にならなくなって困るのは商業ギルドも同じ。王都が堕ちては商売どころではないので断られることはない。というよりも、申し出に先立って食料などを融通しているのはあちらなのだが。
それでも文書に残すことが重要なのだと彼らは言う。
「……」
実のないやり取りを理解できないまま、スタッドは憲兵との打ち合わせに向かった。
王都の鐘が鳴り響き、冒険者たちがギルドの前に集まりきった頃。
職員たちの忙しさはピークを迎えていた。
「必要物資のリストを作ったのでお願いします」
「俺……?」
「冒険者への指示出しのほうがいいなら変わりますが」
「こっちやりまーーす!」
死にそうな顔をした職員が、最期の力を振り絞って満面の笑みを作る。
その笑顔に一瞥すら向けることなく、スタッドは扉を開けて冒険者たちの前に立った。一から数えはしないが、おおよそ王都に所属する冒険者全員が集まっているように見えた。
こそこそとギルドに入っていくジャッジを尻目に、迷いなく指示を出していく。
「この場にいる冒険者を四つに分けます」
冒険者の群れを、目分量で四組に分けた。
マルケイドの大侵攻の時は、送り込める人数に限りがあったので厳選したがここは王都――つまりはホームだ。どこかが足りなければ別のところから移動すればいい。
どうせ、単独で戦況を動かせるような冒険者など滅多にいないのだから。
「今回の作戦では憲兵と連携をとることが多くなります。問題行動は慎んでください」
「憲兵だァ?」
「あいつらが魔物との戦いで何の役に立つんだよ」
「説明は省きますが貴方がたの食事情を握っているのは彼らです」
釈然としないながらも黙り込んだ冒険者を背に、スタッドは次なる目的地へと向かった。
憲兵との連携を詰めるため、向かった城壁で待っていたのはレイだった。
いや、本来の会合相手である憲兵総長も予定どおりにいる。だが何故かレイもいる。
スタッドはただ淡々とこの場に不釣り合いな相手を眺め、その正面で足を止めた。
「私はどなたを相手に会合を進めればいいですか」
「勿論、私で構わないよ」
堂々と告げるレイには、それ以上何も言わなかった。
これでただ見たままに、刺激に飢えた貴族が大層な護衛を引き連れ、物見遊山に現れたのなら帰っていただろう。ただスタッドは、彼がただ見たままの道楽貴族でないことを知っている。
有能か無能かで言ったら、間違いなく有能に振り分けられるだろう。
上司であるギルド長と懇意にしているのは、何もただ気が合うだけではない。気が合ったうえで、互いの望みを叶えるために手を貸し合っているのだ。
スタッドが路地裏にいた頃、今よりずっと悪質であった“そこ”へと二人は手を入れた。塵を掃き出し、どうしようもない汚泥を埋め立て、綺麗にとはいかないまでも、不可能だったはずの風を通したのだ。
力を持った人間が二人悪だくみをした結果だった。スタッドはその過程で拾われたが、どちらに対しても特に感謝はしていない。
「まず冒険者ですが既にこちらに向かっています」
「彼らが城壁に並ぶ姿は圧巻だろうね」
「食事についてはそちらの調理にあやかることになりました。人手が必要でしたら容赦なく冒険者を使ってください。文句を言うことがあれば食事を与えなくても結構です」
「はっはっ、普段は勇ましい彼らも形無しだ」
面白そうに笑うレイへと、スタッドは数枚の書類を渡した。
冒険者ギルドが集められた食料物資の資料だ。好きに使ってくれていいという意図でもある。
レイの視線が数秒、書面をなぞる。
「食料はどこにあるのかな」
「各門の物流倉庫を借りています」
「これの管理も引き受けよう。献立も考えやすいだろうしね」
「お任せします」
「ところで朝食はどうかな。必要ならば第一陣を作らせよう」
スタッドが朝食をとったのは既に数時間は前のことだが、確かに鐘の音に急かされて食べられていない冒険者もいるだろう。空腹が原因で憲兵に突っかかる可能性がある。
「お願いします」
頷いたスタッドに、レイが近くの憲兵へと指示を出す。
食料を移動しがてら準備を進めてくれるようだ。まだ魔物がいない状況で一度作らせる目的もあるのだろう。大侵攻が始まれば、誰しものんびりとはしていられない。
「うちもある程度の練習は必要だろう」
「調理のですか」
「冒険者たちに手伝わせる練習もね」
彼はあっさりと笑う。
確かに冒険者は憲兵と仲が悪い。いつでも自分たちをしょっ引ける憲兵を本能的に嫌っている。
実のところこれは憲兵に限らない。基本的に、規律正しい相手とは合わないのだ。
「こちらからも釘は指しましたが」
「ああ、君たちのことばかりじゃないよ」
どういうことだと視線を向けた先で、レイの目元が愉快げに歪む。
「憲兵にも、冒険者を苦手とする者が多いんだ」
傍に立つ憲兵総長が、何かを誤魔化すように咳ばらいを零す。
また周囲の会話が聞こえる範囲にいる憲兵数人も、心当たりがあるかのように視線を逸らした。
「まぁ見てのとおり真面目な人間が多い。私自身不真面目な性分だからか、それについてはとても素晴らしいと思うとも。だが、どうにも羽目を外せないことに引け目を感じるみたいだ」
「何故ですか」
「こればかりは仕方ない。ないものねだりだからね」
スタッドにはいまいち理解ができなかった。
羽目を外そうなどと考えたこともなければ、外さないようにしようと戒めたこともない。
「その点、冒険者はどこまでも自分を解放できる。羨んでしまうんだろう」
スタッドはおもむろに城壁を見上げた。
早い冒険者はすでに城壁に到着し、我先にと駆け上がっていた。そして辿り着いた先で、草原の果てに向かって大声を出してみたり、胸壁の上を歩いて憲兵に注意されていたりする。
「あれが羨ましいんですか」
憲兵総長に問えば、頭痛を耐えているような顔で首を振られた。
その後も冒険者ギルドに戻り、各地の要所を回って確認を進める。
急ごしらえの割には上出来だろう、という程度まで準備を済ませることができた。
「……」
人通りのほとんどない街中を歩きながら、ふと頤を持ち上げる。
大侵攻が近づいているのだろうか。通り抜けていく風はひりついた空気を孕んでいた。
ならば早めに戻ったほうが良い。奇特な貴族が作り上げた司令拠点は城壁の上にある。
戦場を広く見渡すことができるが、その分狙われやすいはずの場所。レイがそこを選んだのは、己の身は守れる程度の実力があるからか。――それとも“中枢”から離れたほうが都合の良いことでもあるのだろうか。
などと、スタッドは考えない。
なんとなくリゼルの思考をなぞり、身の内にある欲求を慰めているに過ぎなかった。
ちなみに欲求は「そろそろ会いたい」である。彼は近頃、再びサルスを訪れる計画を立てていた。
「(もし、来るなら)」
サルスからリゼルが来るのだとしたら。
その理由の中に自分が入っていればいいと、騒めき始めた城壁を見上げながらも思った。




