森林都市
いくつかの街を経て、私たちはついに西の街へと辿り着いた。
最初に驚いたのは、この街には周囲を取り囲む高い壁が無かった。
多くの街には魔獣や蛮族の襲撃から守るためにそれがある。
しかし、この街にはそれがない。
「大きな樹ね」
「はい。私にはとても懐かしい光景です」
聞けば、リデルの故郷に似ているようだ。
街、というよりもそこはまるで森。
いくつもの巨大な樹が立ち並ぶ。
それはいつかの大地の魔獣が天へと体を伸ばした時よりも高く、そして太い。
何人で手をつなげば、その幹を一周する事ができるだろうか。
そんな森の中で、街はまるで空に浮かぶようにして存在している。
実際に浮かんでいる訳では無い。
樹の周りを取り囲むように円形の床が階層を作っていて、その上に家々があった。
樹の層は別の樹へと、そしてそれぞれの層が行き来できるようにゆるやかなスロープで繋がっている。
これが壁がなくても街が維持できている理由のようだ。
地面から距離があれば、地を行く獣では到底襲えない。
私たちはその樹々の中から、一番下の階層につながる門を選んで街の中へと入る。
街を行き交う人々は、リデルのように小さな人が多かった。
背中に蝶の羽を生やした者、一見すると小鳥のように見える半人半獣の姿の者、緑色の肌に植物の蔦が体中に巻き付いた者など、大きさは同じようでも様々な特徴を持った人達が飛び回り、そして歩いている。
私とリリアンヌとリックは、そうした人達を踏みつけたりしないように、道の端を歩いた。
それは彼ら、彼女らから見れば大きい人達がそうしていたので、それにならった。
私の前を踊るように飛ぶリデルの表情は明るい。
そんな彼女を見て、私もなんだか嬉しい気分になる。
来て良かった。
まだこの街で何もしていないし、何も起こっていないけれども、そう思えた。
街の第1階層は以前に戦った殺人鬼のような、主に大きい人達向けの階層のようで、私でも大きいと思える家や店が並んでいる。
実際に、ここで暮らしている人達は小さい人達だけではないようだ。
ただ、人口の比率としてはやはり小さい人達が多く、街の至る所で彼ら、彼女らが行き交っている。
馬はこの階層で預けなければならないと言われたので、素直に預かってくれる所を探し、数日分の代金を支払ってリリアンヌを預けた。
上の階層へと登り、第2階層に入ると私にもちょうど良いと思える大きさの街並に変わる。
この上に向かうとさらに小さくなり、リデルのような小さな人達は主に第4階層で暮らしているようだった。
「どうする?私は泊まれないけれども、せっかくだから上で泊まる?」
リデルはもう彼女にとって何もかもが巨大な世界での暮らしに慣れきっているようで、今までそれについて不平を言う事はほとんど無かった。
それでもやはり自分が使いやすい物の大きさで満たされた世界を味わいたいのではないだろうか。
そう考え、聞いてみたけれども、リデルは首を振った。
「大丈夫です。モリーアンと同じ宿にしますよ。後でお店だけ覗きに行きたいですけど」
第3階層までは私でも立ち入れるらしい。
しかし、そこから上の階層は完全に小さな人専用になっているようで、私は入れないとの事だった。
とにもかくにも宿を探す。
階層入り口にほど近い宿はほとんど埋まっていたので、そこから大分離れた宿を見つけ、リリアンヌと同じように数日分の代金を先に払って泊めてもらう。
木で出来た平屋だった。
どうやらこの街ではそれが普通のようで、街並はどこも木造の建物で溢れかえっている。
荷物を降ろし、少しだけ休んだ後に私たちはギルドを探すべく部屋を出た。
ギルドは各階層にあるようだった。
分散して置いてあるからだろうか。
カウンターに職員がふたりだけの狭く、簡素な建物だった。
既にカウンターにはふたりの戦士がいる。
それなら待つかと後ろにつくと、ちょうど職員たちの後ろを飛んで通りかかった蝶の羽が生えた小人の女性が気が付く。
「どうぞ」
言われるままにカウンターの真ん中へと向かうと、ふたりの戦士が脇にずれてくれた。
礼を言って間へと入る。
「それで今日はどういったご用件で?」
リデルとは大分印象が違う小人だった。
リデルがどこか子供っぽい印象、と本人に言えば怒るだろうけれど、それに比べると随分と大人っぽい印象だ。
カールした薄い紫のロングヘアーと黒ぶちの眼鏡がそう見せているのだろうか。
カウンターの向こう側に彼女用の席があるようで、彼女はそこに腰掛けた。
「ここはどんな仕事があるのかしら?」
牧場の街を出た辺りまではかなり余裕があったお金も、旅の途中でだいぶ使ってしまっている。
まだまだ飢える程、宿にも泊まれない程では無いけれども、何か良い依頼があれば請け負っておきたかった。
質問から私がはじめてこの街に来た事を察したのだろう。
「そうね。この辺は蛮族は少ない代わりに魔獣、妖獣の類いが多いわね。得物は何が使えるの?それにもよるのだけれども」
「弓と剣よ」
「そう。腕は良い方?」
「悪いつもりはないわ」
「モリーアンは弓がすっごく上手なんですよ。前に弓の職人さんも凄いって褒めてました」
私の肩の後ろでふわりと浮いていたリデルが口を挟む。
「そう……ならこんなのはどうかしら?」
眼鏡の小人の目の前には、自分の大きさよりも大きなファイルが置いてある。
それに手をかざすと、ファイルはひとりでにぱらぱらとめくられた。
やがて、ファイルの中程でぴたりと止まる。
そこには灰色の鳩に似た鳥が描かれている。
しかし、鳩にしては描かれている絵の質感がどうにも妙だ。
それはまるで鎧かなにかのような質感で描かれていた。
「ここからそう離れていない場所に泉があって、その周辺に群れで住み着いている鳥よ。これもキメラの一種と言われているわ」
一緒に記載されている地図を差して彼女は続ける。
「どこからか渡ってきたみたいで、現れた当初は青銅の身体だった。群れで人を襲って、人だけじゃなく、この辺の野生生物を片っ端から襲う様は災害そのものだったわ」
そこまで言うと、表情が何か苦い物を噛んだかのようなそれへと変わる。
「その頃は矢でも魔法でも効いたのよ。ただ、数が多いからどうしても全ては倒しきれなくってね。襲ってくるとはいっても、全部が全部、襲撃してくる訳じゃないし、どうしても逃げられてしまう個体も出てくる。ねぐらを探して駆除しても、どうしても駆除しきれないのが出てきてね。そういう事を繰り返していたら、その内に襲ってくる鳥の肌が青銅から鉄へ変わったの。今では文字通り鋼の肉体って訳よ」
思わずリデルと顔を見合わせた。
大地の魔獣の時も、随分でたらめな魔獣だと思った。
しかし、今回のそれはさらにでたらめだった。
「つまり進化したんですか?」
進化。
生き物が長い年月をかけて、種としての肉体構造を変化させる事。
リデルは続ける。
「でも、そういうのってそんな短期間にいきなりは起こりませんよね?」
「そんなに長い事襲われているの?」
「そうでもないわ。まだ現れてから半年くらいよ。進化……そうね。言われてみればぴったりね。今では矢は弾くし、魔法にも耐性が出来てて一撃で倒すのも難しいの。いえ、制限無しで放てば有効なんだけれども、街の中でそんな事はできないし、何よりも厄介なのが、飛行速度が普通の鳥とは段違いでね。もともと腕利きでも対応するのに苦労していたのに、今では襲ってくるのを何とか撃退するだけね」
散発的に訪れては襲撃を加える。
どうにか守るので精一杯という状況のようだ。
依頼は2種類。
ひとつは鋼の鳥を見つけて倒してくる事。
泉の周辺をその日その日で移動しているらしく、群れで移動する鋼の魔獣を見つける事自体はそんなに難しく無い。
問題は、大勢で向かえば逃げられ、少数で向かうと太刀打ち出来ない事だった。
以前に数人の魔法使いと護衛の戦士で向かったらしい。
その時には2羽程倒すのに成功したけれども、戦士は重症、魔法使いは死亡したようだ。
威力の大きな魔法でも、散開して飛んでくる鳥を一度には倒せない。
そして、その間に別の鳥に襲われる。
倒せると分かっても、この方法では犠牲は必ず出るし、犠牲が出ると分かってやるような人も今ではいないらしい。
「どれくらいいるんですかね?」
「数は10にも満たないはず。あと少しって所で苦戦中なのよ」
そしてもうひとつは襲ってくる鋼の鳥からの街の護衛だった。
「矢を射かけられるようなものね。あれは。しかも、矢とは違って正確にこちらを狙って動くから、実際にはそれ以上の脅威なのは間違い無いわ。高速で飛んでくる鋼の鳥は、クチバシに当たれば矢で射られるのと変わらないし、爪に引っかかればナイフで切られるようなものかしら。無理にとは言わないわ。正直、やめておいたらって言いたいけれども」
それでも勧めてくるのは、目下の所、これが一番何とかしたいと考えている事態という事だろう。
リデルの顔をちらりと見ると、あまり気乗りしないようだ。
私も群れと戦うのは厳しいと感じる。
ただ、値段は破格だった。
1羽仕留めるだけでも、金貨が出るようだ。
「少し、考えさせてもらっても良い?」
「良いわよ。実際に、気軽に引き受けて現役引退した人もいるから慎重にね」
それを聞いて、リデルの顔がさらに渋くなった。
「硬いですね」
「そうね」
ギルドで検討するなら実物を見た方が良いと言われ、別の樹の区画の施設を訪れた。
そこはひとつの樹を取り囲むようにひとつの建物が覆っている区画だった。
ギルドで言われて来た事を告げると、中のひとつの部屋へと通され、そこで出されたのは件の鳥の死体だった。
鳥の形に作った鎧のようなそれは、実際に硬い。
許可を貰ってナイフを突き立てても、浅く傷がつくだけだ。
「リビングアーマーではないんですよね?」
リデルは職員に色々と尋ねていた。
この鎧のような肌をはがすと、中にちゃんと肉が存在しているらしい。
鎧を着込んでいる訳でもない。
やはりこれはこの鳥の肌なのだ。
「これは矢ではどうしようもないんじゃない?」
「いえ、関節の継ぎ目や羽の下の部分、人でいう脇の下などは比較的薄い装甲でして、そこなら威力を伴った射撃は有効です」
この鳥は血を浴びて、自らの強度を高める能力があり、そしてその特性上、血を浴びにくい箇所はそれほど高い防御力を持たない。
さらに矢に毒を塗れば効果は飛躍的に上がる。
ただし高速で飛来するそれに狙って当てるのは至難の技のようだった。
ただ、弱点を狙って射抜けなくとも、飛来するそれに当てる事が出来れば多少なりとも攻撃を防ぐ事には繋がる。
そうした面でも矢の腕がある人は欲しがっているようだった。
「魔法はそんなに効かないのかしら?」
「まともに直撃させられれば、今でも有効ですよ。ただ、街に被害のでない規模で撃てる魔法、そういう小規模の魔法ですと避けられてしまいまして」
そして、街の外ではあっさり逃げられてしまう、と。
機動力。
しかも空を自在に飛び回る。
この街には魔法使いが多い。
最初は順調に数を減らし続けられたのに、ここに来て厄介な敵へと変貌したようだ。
いや、数が少なくなったからこそ難しくなったのかもしれない。
色々と話を聞いて、施設を出た。
「リデルはどう思った?」
尋ねると、リデルが目を細め、何とも言いようのない表情をする。
「もしかして、やれると思いました?」
私は出来ると思った事しかやらない。
私が前に言った事を覚えているのだろう。
「分かった?」
おかしい。
表情には出していないはずなのに。
「なんだか不思議そうな顔をしていましたから」
倒す方法がある。
なのに出来ないのは何故なんだろうか?
確かにそんな事を考えていた。
「群れで襲ってくるって聞いた時には私も無理だと思ったわ。特に街の外で前も後ろも無く襲われたら絶対に無理だって」
野に出て、自在に動き回る群れを少数で相手にするのは絶対に無理だ。
これは私でも絶対にやらない。
しかし、相手はこちらに来てくれるのだ。
それならばやりようはあると思った。
「罠は効かないそうですよ」
罠を張る。
これも既に試されている。
鋼の爪でがあろうとも、太い綱を編んだ網を使えば捕らえるのは容易だろう。
最初は有効だったらしい。
しかし、次第に罠を仕掛けた場所に近づいて来ないようになった。
最近は、街の周辺部の、それも罠の無い区画を選んで襲ってきているらしかった。
施設の職員の話では、人の動きを見ているのではないかという事だった。
街全体に罠を仕掛ける事は出来ない。
自然、今までに襲われた場所を重点的に、そして次に人の流れが多く、襲われたら困る場所に仕掛けていっている。
それを学習し、人の流れの少ない場所を選んで襲って来ていると考えられていた。
「それも確かに厄介な話だけどね。まあ、しばらくはこの街にいるのだから、その間に襲撃を見る事もあるでしょう。それから考えましょうか」
そう、せっかく遠く離れた街まで来たのだ。
まずは街を見よう。
他にも魔獣討伐の依頼があったけれども、今日明日のお金に困っている訳ではないのだから。
そう言うと、リデルは嬉しそうに飛び回った。
合成弓
冒険者の矢籠
祭儀用の剣
スルゲリのナイフ
左手:黒水牛の小手
右手:黒水牛の小手
積層鎧
牛革のベルト
鹿革のブーツ
スチュパリデス!12の難事に登場する災厄の鳥!
ファーストブレイクでアタック!通ればついばみでさらに追加ダメージ!
いつか出したいと思っていた禍津鳥!




