スチュパリデス
その日は、宿に戻り、そのまま休んだ。
翌日は朝からリデルと別れて街を歩く。
リデルは上の階層へと向かって行った。
リックは私についてきたので、一緒に歩く。
念のために装備を一通りまとって来た。
今いる区画は街の中程で、人の通りも多く、言われていた襲われる区画とは遠い。
それでも万が一に備えた。
しばらく歩き回り、人に聞き、1軒の工房を尋ねる。
扉をくぐると、鉄と火の臭いが鼻についた。
金属鎧を扱う工房だった。
旅の途中で、また鎧に気になる部分が出来ていた。
激しく動くと、体にあたり、そこだけ痣が出来てしまう。
早めに直したかったのに、腕の良い職人に会えなかった。
一度直したはずだったのに、また当たるようになっていたのだから腹が立つ。
聞いた評判ではここの工房はなかなかに有名なようで、この街の前の街でもその名前を聞いていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
現れたのは、以前に訪れた街の弓工房の職人に似ていた。
しかし、こちらの職人は声も、態度も落ち着いていて年齢を感じさせる丁寧さがある。
いかにも熟年の職人といった風情だった。
鎧を見せ、説明する。
最初に尋ねられたのは、その気になる部分の話ではなかった。
「これを着て、戦っておられたんですか?」
「ええ。そうだけど」
「その、重くはないですか?」
鎧は魔獣の体当たりにも耐えられるように、衝撃に強い多層構造になっている。
革と金属を重ねているために、どうしても重くなってしまうのは仕方がなかった。
最初は確かに重く感じた。
今ではもう慣れきっている。
そう言うと。
「そうですか……費用はかなり掛かるんですけど、軽く作り直しましょうか?」
今の単純に重ねて層を作っているだけの構造を、より効率的に衝撃を逃がすように変えれば、今の半分とは言わないまでも、かなりの軽量化ができるようだ。
それに重さは一緒でも魔法により精錬された今よりも強い鉄を使えば、強度的にも強くできる。
そう言われ、すぐにでも頼みたいと思った。
しかし。
リックを見た。
リックは舌を出し、短い呼吸を繰り返して私を見る。
私が今持っているお金をすべて使えば問題なく頼める。
ただ、これにはリデルから預かっている分も入っていた。
リデルに断わりも無く勝手に使う訳にはいかない。
しかし、頼みたい。
リデルに聞けば良いと言ってくれそうな気もする。
リデルと別れた時の顔を思い出す。
笑顔でお金の入った袋を下げて飛んでいた。
あれは色々と何か買うつもりだろう。
実際、今までと違ってこの街には彼女の大きさの、彼女が欲しい物がたくさんあるはずだ。
彼女が色々と買うつもりでいるのに、お金は使ってしまったと言ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。
そこまで考えて、ふと思いついた。
職人に聞いてみると、それならただですぐにやってくれるというので、早速に頼んだ。
1刻と待たずに出来た鎧を着込み、工房を出た。
リックは尻尾を振って付いてくる。
そんなリックに話しかける。
「リデルには内緒よ」
私は街の外側の区画に向けて歩き出した。
日はまだ昇っている最中で、まだまだ時間はある。
ギルドで昨日なんとなく聞いていた区画を探して歩いていると、それらしい戦士や魔法使いが立っている所に出た。
街の外側へと目を向ければ、視界は開けている。
人の通る道と、まばらな樹々、そして空。
第2階層なので、地面からはかなり距離がある。
そしてここは上の階層は存在しない区画でもあった。
いかにも鋼の鳥が襲来しやすそうな地点だ。
しかし、実際には街の中央でも空から急降下して襲ってくる事もあるようなので、あまり関係はないらしい。
そうした人たちから少し離れた位置にベンチを見つけたので、素知らぬ顔をしてそこに腰掛け、待った。
昼を過ぎ、お腹が空いてきたので近くに店は無いか探すと、軽食を出している店を見つけたので、そこで適当な物をリックと食べる。
場所を外したのか、それとも今日は現れないのか。
元のベンチに戻っても、特に変化は無かった。
腹ごなしに散歩でもしようと、ベンチから離れ、あてもなく歩く。
そうしている内に、悲鳴が聞こえた。
「行くわよ」
リックに声をかけると、声のした方へと全力で走り出した。
走りながら矢を抜いた。
声のした方から押し流されるように人が走ってきていた。
鋼の鳥が現れたのだろう。
鎧は軽い。
いくつもの層をなしていたそれは、職人に頼んで今は一番下の金属1枚だけになっている。
人の流れはすぐにまばらになった。
元々人通りの多かった場所ではない。
そしてまばらになった人の上を何か鈍く灰色に輝く物体が飛び回っていた。
先程、見かけた戦士が盾をかまえている。
1羽がその盾に火花を散らしてぶつかった。
鋼の鳥。
その動きは速く、きちんとその姿を見定められない。
大きさは鳩と同じくらいだろう。
ただし、その動きの速さは鳩とは比べ物にならなかった。
盾を構えた戦士が衝撃にぐらつく。
盾を撃ったそれとは別の1羽が兜を被った頭に直撃していた。
兜は外れ、宙を飛ぶ。
直撃した1羽の魔獣が一瞬だけ失速していた。
その姿がはっきりと私の目に映る。
鈍色の身体。
羽毛など無く、まるで鳥の姿に彫像された鋼のオブジェ。
まるで停止したかのように錯覚した瞬間に手が動く。
自動的に。
反射的に。
私自身の意識すら飛び越えて放たれた矢は、その鋼の鳥へとまっすぐに飛び、そして飛び上がろうとしたその鋼の身体の脇へと突き刺さる。
リックが吠えた。
その声に意識が戻る。
戻った瞬間、咄嗟に伏せた。
いつの間にか私へと別の鳥が迫っていた。
風切る轟音。
灰色の突風。
今の一射で標的にされてしまったようだった。
血を求めて狂ったように舞い飛ぶ。
甲高い悲鳴が響く。
それはまるで金属音。
耳障りな凶鳥の叫び声が場の混乱をさらに高める。
弓を構える余裕などない。
すぐに弓を捨てて、剣を抜く。
弓を構えている間に腕でも頭でも、魔獣の餌食にされてしまうだろう。
突風。
疾風。
渦巻く風。
血を浴びたそれは、いつの間にか赤へと変じている。
剣を盾に、建物を背後に何とか身を守る。
その場にいた魔法使いがフォローしようとしてくれたのか、杖を振るう。
振るった杖から稲妻が放たれた。
1羽が突如として現れた光の柱に絡めとられて、一瞬だけ動きを止める。
しかし、ほんの一瞬だった。
そのまま何事も無かったかのように羽ばたき、またその身を疾風へと変える。
その間にも別の鳥が魔法使いに襲いかかる。
礼を言う間も無く、私にも別の1羽が迫る。
剣で払おうとしたが、剣は空振り、逆に私の顔へと爪が迫る。
これは。
避けきれない。
強い確信に、顔をそむけようとし、そしてそれは何とか成功した。
頬に衝撃。
視線の端にしぶく血が映る。
それでも目をやられるよりは良い。
衝撃に逆らわずに、そのまま倒れ、地面を転がった。
その先に扉があった。
咄嗟に手を伸ばし、ノブを握ると、それは果たして開いた。
そのまますぐに扉の中へと身を潜り込ませると、扉に衝撃が走り、硝子が割れた。
そこは食堂だったのか。
いくつものテーブルが並び、奥の方に客や店員と思しき人たちが手を取り合うように固まっていた。
屋内に飛び込めば不利になるのが分かっているのか、鳥は店の中には入って来ない。
その様子に、ひとまず一息つく。
そして気が付いた。
「あ」
リックを置いてきてしまった。
まるで嵐のただ中にいるかのような、激しい物音がしばらく響いていた。
金切り音にも似た絶叫が響くたびに、店の中から短い悲鳴が上がる。
どれほどの時間が経ったのか。
嵐が静まるのを待って、ようやく店の外を窺い、魔獣の姿が無い事を確認して外へと出る。
外はひどい有様だった。
赤い染みが点々と散らばっている。
その先に、戦士や魔法使いがうずくまっていた。
誰ひとりとして例外無く、体中にひどい傷を負っていた。
生きているのか、死んでいるのか。
食堂の中にいた人たちも、魔獣の姿が無くなった事を確認して出てきた。
ある人は人を呼びに走り、ある人は倒れ、うずくまる戦士を介抱する。
そこらじゅうの建物に傷が刻まれ、硝子が飛び散っていた。
私が逃げこんだ扉にはひときわ多くの傷が刻まれている。
「これが鋼の鳥か」
至る所に残っている爪痕を見て、改めて実感が湧いた。
確かに恐るべき魔獣だった。
血を浴びる。
ただそれだけのために執拗に人を襲う。
あまたの血を浴びてきたあの爪は果たしてどれほどの硬さなのだろうか。
身にまとう鎧には無数の傷。
革のパーツだけでなく、鉄で出来たそれの端が確かに切り裂かれていた。
衝撃に対する強さよりも、軽く動きやすい事。
それを求めて外してもらったこれではギリギリの強度だったのかもしれない。
剣もすでにボロボロだ。
きちんと職人に見てもらわなければならないだろう。
見渡してもリックの姿は無い。
まさか連れ去られたのだろうか?
代わりに捨てた弓が落ちているのを見つけたので、とりあえず拾いに歩く。
すると、どこからかリックがとことこと歩いてきた。
どこかに隠れていたのだろうか。
その口には1羽の鳥。
私が射落とした鋼の魔獣だった。
「ごめんね。置き去りにして」
体を改めると、全身ほこりだらけ、所々に血がついていたけれどもリック自身の血ではないらしく、傷は無いようだった。
よく襲われなかったものだ。
無事で良かった。
リックの体を抱きしめると。
リックは一声、わんと吠えた。
街の人の勧めで、他の戦士達と一緒に治療院へと向かい、そこで治療を受けた。
頬の傷は存外深く、もう少しで口が破ける所だったようだ。
治療には魔法を使われたので、傷自体はすぐに塞がった。
ただし、完全に治った訳ではないらしい。
他には大きな怪我はなかったので、あまり大きく口を開けたりしないように、と妙な注文をされて治療院を出た。
手近な硝子に顔を映すと、そこには赤い痣がある。
「これは……さすがに分かるかな」
出来てしまった傷は仕方無いだろう。
私は嘆息すると、リックが持って来た鳥を持ってギルドへと向かった。
「……よく、毒矢無しで倒せたわね」
矢は完全に鋼の身体を貫き通し、その身へと達していた。
いくら他の箇所に比べて薄いとはいえ、それでもここまで見事に突き立ったりはしないらしい。
眼鏡の小人は呆れたようにその傷を見ていた。
だからこそ、毒を塗った矢が必要になるようだ。
「たまたま、かしら?」
いつかの弓工房の職人に感謝した。
それは残り少なくなり、他の街で買った矢とは別に、何かの時のためにと残しておいた矢だった。
そして弓のおかげだろう。
職人に直してもらってから、たまにああいう射が出来るようになった。
私の頭も手も身体も無い「射」が。
最初から矢がそこに刺さっていたかのような不思議な予感とともに放たれるそれは絶対に外れなかった。
こんな事を言っても、私以外の誰にも分からないだろうから、誰にも話していない。
そして勿論、この場でも話さない。
それにしても、あそこまで完全に意識が離れた射は初めてだった。
思い出そうとしても、私自身が放ったという感覚がどうにも薄い。
うまく思い返せないのがこの上なくもどかしかった。
「依頼として受けてなくても、報酬はもらえるのよね?」
そうでなくては困る。
「勿論よ。あなたが倒したって証言もあるしね」
早速、噂になっているらしい。
最近、あまり数を減らせてなかった魔獣を来たばかりの小娘が倒したと。
このまま数を減らすのに協力して欲しいと言う小人に、考えておくわ、と簡単に返事をしてギルドを出た。
そこからすぐに鎧工房へと向かい、鎧を預けて後にした。
合成弓
冒険者の矢籠
祭儀用の剣
スルゲリのナイフ
左手:黒水牛の小手
右手:黒水牛の小手
積層鎧 → 改修
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ヒッチコックの映画か。




