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キセキ  作者: かがりいずみ


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11/18

一通の手紙

【Vol.11:The letter filled with love】


お母さんが、死んだ


それは突然だった

交通事故

夏のある日に起きたことだった


お母さんが死んで、

 お葬式があった

お葬式は、あっという間に終わった

それは、どこか遠い国の人がなくなったように

ふわふわとした気持ちのまま過ぎていった


そのふわふわは

その後

 学校に行っても

友達と話をしていても

先生の話を聞いていても

習い事のバレエをしていても


ずっと続いていた


まるで水の中にいるような感じ

耳は健康でも 音もよく聞こえない

 目は見えていても ぼんやりとしている

おかしな感じだった


たまにお母さんの夢を見た

 夢の中ではお母さんは優しくて

私の頭をそっとそっと撫でてくれた

  テストが良く出来たねと褒めてくれた

バレエでもうすぐトゥシューズだねと言ってくれた

私は

「うん」と

笑顔で言うのだった


ぼんやり

 ぼんやりと

時間を過ごしていて

たまに夢でお母さんと会って

私の毎日はそうやって過ぎていった


ある時

 家への帰り道

その日は初めて鉄棒で逆上がりが出来た

クラスで一番最後だったけど

がんばって、がんばって

 私はやっとできたのだった

一回できればかんたんだった

 なんで今までできなかったのだろうと思った


その日はぼんやりしていなかった

 目も耳もはっきりしていた

私は走って大急ぎで家に帰った


玄関の扉の鍵がなかなかあかない

 ガチャガチャと鍵を合わせて


ああ!やっと開いた!


「お母さん!

  まいちゃん鉄棒できたよ!!」

私は大きな声で言った!


…家は黙っていた


私はキッチンに行った

「お母さん!」


ベッドルーム

「お母さん!!」


トイレ

「おかあさ…ん」


みんな静かだった


お母さんの笑顔はなかった


エプロンを付けて

 おやつを作って待っていてくれたお母さん

逆上がりが出来て

 良かったねとなでてくれるはずだったお母さん


お母さんの声も

 においも

どこにもなかった…


私は急に涙が止まらなくなった

 なんどもなんども鼻水をすすり上げた

大きな声で泣いていた


どんなに 泣いても

 お母さんはいないのだ


お母さんはいないのだ

もう、いないのだ


その日から私は泣き虫になった


朝起きては泣いた

 食事をしては泣いた

泣いて、泣いて

  お父さんをとても困らせた

それでも泣いた


学校に行かれない日もあった

朝から涙が止まらないのだ

自分でもわからない

 わからないけど涙が止まらない


そんな日は、お父さんが

ずっといてくれた


秋になった

冷たい風が吹いて

 色づき始めたイチョウの葉が舞い散る

指先が冷たい


私は母と一緒に買った手袋をつけた

手袋はお母さんのにおいがする気がして

また、涙が出た


「舞!」

お父さんが私を呼ぶ

 なんだろう?

お父さんは一通の手紙を持っていた

手紙は私宛だった


「まいちゃんへ

 おたんじょう日おめでとう

 またひとつ大きくなったね

 毎日がんばっているまいちゃんを見て

 お母さんはとても元気をもらっています


 まいちゃんの10才は

 どんな1年になるでしょう

 たのしいことがたくさんあるといいね

 

 たいへんなことがあってもだいじょうぶ!

 お母さんとお父さんは

 いつでもいつでもミカタだから

 どこにいてもどこにいても

 ずっとまいちゃんを守っているから


 お父さん お母さんより」


ーお母さんが、事故にあう前に

 舞に手紙を出していたんだ

 お母さん忘れん坊だから

 舞の誕生日に手紙を渡すの忘れないように

 半年も前から用意していたんだよ


私はまた泣いた

 泣いて泣いて

すごく泣いた


お母さんはいつでもミカタで

 お母さんはどこにいてもどこにいても

私を守ってくれるんだって


それから

 手紙は

  私の宝物になった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

妻がなくなってから10年

 娘が二十歳になった

妻の遺影にその報告をした


「私達の娘は立派に育ったよ

  今年、舞は留学でイギリスに行ったんだ

 すごいだろう?

   俺はこんなに英語が苦手なのに

 舞は英語で法律を勉強しているんだ…」


今日は、午後から妻の姉に久しぶりに会う

義姉にはとても大事な恩があった


「お義姉さん

  おかげさまで舞は立派に成長しました

 まだ、子育ては終わりじゃないけれど

 いろいろ助けていただいてありがとうございます。」

ホテルのカフェの一角

 明るい陽が差していた


「特に、あの手紙には感謝しています

  あの時は、舞が毎日毎日泣いていて

 私にはどうすることもできなかった

 あの手紙が

 舞を救ってくれました。

 あの手紙はキセキだった…」


そう。

あの手紙は、妻からのものではなかった

私が義姉に頼んだのだ


 妻からの手紙だと思えるように

 筆跡が似ている義姉に書いてもらったのだ


ふふ…

 義姉は微笑む


「まいちゃんはね、

 とうに気づいていたのよ

 あの手紙がお母さんからじゃないって」


「でも、

 お母さんからだって、信じたの

 信じようとしたの

 いいえ、

 たぶん、お父さんの気持ちが嬉しかったのね」


だから、キセキは

 あなたが起こしたのよ

 まいちゃんのたった一人の お父さんが…


そう言って、義姉はまた笑った

 妻も、笑った気がした

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