V1Ch1物語の始まり
帝国暦一四九五年、冬。
その年、最初の雪は、夜明けもまだ訪れぬうちに、ひっそりと降り始めた。
音もなく舞う細かな雪片は、まるで空が何かを引き裂いたかのように、一片、また一片と、眠りについた大地へと静かに降り注いでいく。
山頂から朝七時の鐘が鳴り響いた頃には、世界法則研究院はすでに真っ白な衣をまとっていた。まるで一晩のうちに、純白の封印魔法でもかけられたかのように。
鐘の音は、遠く。
そして重い。
一つ、また一つと、山々の間にいつまでも響き渡る。まるで、何か古の存在が、ゆっくりと目を覚ましているかのようだった。
石畳の上に積もった雪はまだ踏み荒らされていないというのに、すでに多くの人影が、柔らかな雪をかき分けながら、深く浅くと足跡を残して行き交っている。
吐く息は白く、冷たい空気の中で幾重にも漂っては、すぐに消えていく。
ある者は剣を提げ、鞘には昨夜の霜がまだ凝ったまま、広場の方へと大股で歩いていく。その足取りには、抑えきれない高揚感が滲んでいた。
ある者は湯気の立つ朝食を頬張りながら、昨夜書き終えられなかった研究ノートをめくり、ぶつぶつと何かを呟いている。時折、何かに思い至ったのか、はっとした表情を浮かべる。
またある者は、実験室からよろめきながら出てきたばかりで、目には血走った赤い糸が幾筋も走り、髪は爆発でも起こしたかのように乱れているというのに、口だけは休むことなく魔法方程式を唱え続けている——それは、徹夜明けの何よりの証だった。
この学院には、朝・昼・晩の三度の鐘の音しかない。
クラス分けはない。
ましてや、固定された学年制度など存在しない。
入院試験さえ通れば、誰もが自由に自分の研究方向を選ぶことができる。誰かに何かを強いられることも、特定の道を歩まされることもない。
たった一年で目標を成し遂げ、満足げな笑みを浮かべて去っていく者もいれば。
二十年を過ごしてなお、自分はまだ何も学んでいないと感じ、雪と書物の間に留まり続けることを選ぶ者もいる。
だから——
毎日、誰かが卒業していく。
毎日、誰かがここに加わる。
世界法則研究院は、決して誰も引き止めはしない。
なぜなら、この学院は信じ続けているからだ——
真の知識とは、壁の中に閉じ込められるべきものではない、と。
⸻
魔法実験室の前では、数名の教授たちが輪になり、顔を真っ赤にして議論を交わしていた。吐き出す白い息が、互いの顔を覆い隠さんばかりの勢いだ。これは、この学院ではもはやおなじみの光景である——一日たりとも静かな日はない。魔法に対する理解は人それぞれ多少の違いがあるとはいえ、彼らは皆、この世に数えるほどしかいないA級魔法師であり、そのうちの誰を取っても、民衆が仰ぎ見るほどの存在であることに間違いはなかった。
「風魔法の覚醒第二段階は、火魔法とまったく同じじゃないか!ほら、この波形を見てみろ!」髭を蓄えた教授が、魔法陣の図を振り回しながら、興奮のあまり唾を飛ばしていた。
「違うね、俺が見るに風と水の方がよっぽど似てるだろ。おい、その髭で目まで覆われてるんじゃないか?」もう一人の教授が、遠慮なく反論する。
「お前こそ目が節穴か?さっき測定したデータは明らかにそうなってないだろ、ここに記録がある!」
「その記録がそもそも間違ってるんだよ!」
「間違ってるのはお前の方だ!」
周りで見物していた学生たちは、もはや慣れきった様子で、中にはメモ帳を取り出し、こそこそと笑いながら書き留めている者もいた。まるで、毎日上演される寸劇でも見物しているかのように。
……
「『魔法と万物の相互作用』第二章の、QW= oSUという公式に沿って推論していけば、ミゲの言っていることの方が正しいですよ。おとといあたり一通りの実験をやってみたので、後でお見せします」
場違いなほど落ち着いた声が、突如として輪の外から割り込んできた。その瞬間、言い争いはぴたりと止んだ。
全員の視線が、いっせいにそちらへと向く。
黒いコートに身を包み、それでいてフードは被らず、耳まで雪に白く染まっているというのに、寒がる様子など微塵も見せない少年がそこにいた。その口調は、まるで今日の天気について語るかのように淡々としていて、さっきまでの言い争いなど自分には何の関係もないと言わんばかりだった。
「伊達!お前、なんでここにいるんだ!これから授業か?」髭の教授が目を丸くし、まるで幽霊でも見たかのような顔をした。
「いや、寝に帰るところです」
そう言い終えると、伊達瀧雪はまるで何事もなかったかのように、教授たちが長らく揉めていた核心を一言で言い当て、さっさとその場を後にした。余計な視線すら向けようとしなかった。
残されたのは、互いに顔を見合わせる教授たちだった。
「あいつ、相変わらずだな。恐ろしいったらないぜ!」
「まったくだ、いつもああやって冷たく、一言で人の十年の苦労を否定してくれる」
「しかも相変わらず失礼なんだよ、『お邪魔しました』の一言もない」
「そうだそうだ、あいつに『教授』と呼ばれたことなんて一度もないぞ!こっちは丸一年、振動魔法の研究を一緒にやったってのに!」
「俺もだよ、はっはっはっは!慣れるしかない、慣れるしかないさ」
「はっはっは、だがまああいつの実力に関しちゃ、誰も文句のつけようがないけどな」
笑い声の中には、幾分かの諦めが混じっていたが、同時にどこか誇らしげな響きも隠されていた——結局のところ、あれほどの強者と共にいられること自体が、一つの栄誉なのだから。
⸻
ガタン!
教室のドアが勢いよく開け放たれた。
ミゲが分厚い講義資料を抱えて教室に入ってくる。顔にはまだ、さっきの言い争いの余韻がくすぶっていた。
これはミゲの「魔法動力学」の講義であり、教室には学生がぎっしりと座り、あちこちでひそひそ話が絶えなかった。
ミゲは教室をぐるりと見回し、ちょうど最後列の席で伊達が突っ伏して眠っているのを見つけた。コートのフードが顔の大半を覆い隠し、微かに上下する呼吸だけが見えていた。
「……あいつめ」ミゲはため息をついたが、起こそうとはせず、ただ諦めたように首を振ると、そのまま教壇へと向かい、今日の授業を始めた。
窓の外では、雪が静かに降り続けている。
……
コーン、コーン、コーン!
正午の鐘が鳴り響いた。長く尾を引く余韻が、教室の中に響き渡る。
学生たちが次々と立ち上がり、荷物をまとめて教室を出る準備を始める。話し声や椅子を引く音が、瞬く間に教室を満たした。
伊達もちょうどこの時、体内に精密な時計でも仕込んであるかのように、ゆっくりと目を覚ました。伸びをしながら立ち上がると、のんびりとした足取りで教壇へと向かう。
「はい。さっき約束していたものです」伊達は、複雑な公式とデータでびっしり埋め尽くされた紙の束を、無造作にミゲへと手渡した。
紙を受け取ったミゲの眉間の皺は、さらに深くなった。
「お前、ここでこんなに長く寝てたのは、これを俺に渡すためだけだったのか?」彼はその資料をめくりながら言った。文字は乱雑だというのに、筋道は明確で、どのデータも恐ろしいほど精密だった。
伊達はあくびを一つし、目尻にはうっすらと涙まで滲んでいたが、彼の問いには答えなかった。
「空間よ、我に力を」
低く呪文を唱えるその口調は、まるで注文でもするかのように淡々としていた。
次の瞬間、微かな電流のような音とともに、深い青色の空間の扉が、教室の中央に突如として浮かび上がった。扉の向こう側には、一面の白い雪景色が広がっている。
教室中の視線が、呆然とその光景に釘付けになった。荷物をまとめかけていた学生たちさえ、動きを止めていた。
「あ、あいつまた……」
「あの空間魔法って、普通の人が使ったら魔力を使い果たしてその場で気絶するらしいぜ」
ひそひそという囁き声が、あちこちから漏れ聞こえる。
だが伊達はまるで気づいていないかのように、そのまま扉の中へとまっすぐ進んでいった。彼の姿は扉の向こう側でひらりと揺らぎ、そのまま教室の外へと通じていた。
空間の扉は彼の背後で、音もなく静かに閉じ、まるで最初から何もなかったかのように消えた。
⸻
雪は、もうかなり積もっていて、踏みしめるたびに「サクッ」という軽い音が鳴った。
伊達はその雪を全身に浴びながら、ゆっくりと歩いていく。吐き出す白い息と、舞い散る雪とが混ざり合い、どちらが本物なのか、もはや区別がつかなかった。
一方、教室から出てきた一人の少女が、黒く長い髪を風になびかせながら、遠ざかっていく少年の後ろ姿を見つめていた。その瞳には、何か興味をそそられているような、好奇の色が浮かんでいる。
彼女は一瞬躊躇ったが、結局は足を踏み出し、後を追いかけた。ブーツが雪を踏みしめ、慌ただしい音を立てる。
「待って」
フードも被らないその長い髪は、あっという間に雪に濡れて汚れ、幾筋かの髪が、整った頬に張り付いていた。
「伊達?」
少年は振り向かなかったが、足取りがほんの一瞬、止まった。
「あなたが伊達でしょう!」少女は彼の傍らに回り込み、顔を上げると、期待のこもった眼差しで彼を見つめた。
二人は言葉を交わしながらも、足を止めることなく、雪に覆われた石畳の道を並んで歩いていく。
「ああ、そうだ」彼の声はとても軽く、まるで何かを驚かせるのを恐れているかのようだった。
「さっき使ってたの、空間魔法?すごく格好良かった!」少女の瞳がきらきらと輝き、興奮を隠しきれない様子だった。
「厳密に言えば、時空魔法だ」伊達の口調は相変わらず淡々としていたが、珍しく一言、説明を付け加えた。
「時間と空間は、切り離せないものだからな」
その言葉を、伊達は声を落として、まるで独り言のように呟いた。
「なんでそんなことするの!その魔法ってすごく魔力を消耗するって聞いたけど、魔力切れが怖くないの?」少女が心配そうに眉をひそめる。
「扉のところが混んでいた」彼は淡々と答えた。冗談なのか本気なのか、まったく判別がつかない口調だった。
「じゃあ……今日はなんで教授の授業に来て、しかもずっと寝てたの?」少女は首を傾げ、不思議そうな顔をした。
「休む場所を探していただけだ」
「それと、あいつに渡すものがあった」
「その言い方、失礼すぎない!?あれでも教授なんだからね!」少女はたまらず、軽く彼の腕を叩いて抗議した。
「……」伊達はちらりと彼女を一瞥しただけで、反論も謝罪もしなかった。
「ねえ、じゃあなんでまだこの学院にいるの?」少女は話を続けようと、わざと歩調を緩めた。二人でもう少し長く並んで歩けるように。
「答えを探している」
「何の答え?」彼女の瞳には好奇心が満ちていたが、その問いかけに問い詰めるような響きはなかった。
「……」伊達は黙り込んだ。雪が睫毛の上に落ち、小さな水滴となって溶けていく。
それを見て、彼女もそれ以上は追及せず、ただ黒く長い髪をかき上げ、突然の気まずさを誤魔化した——まるで、聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように。
「今の魔法等級って、何なの?」彼女は話題を変えることにした。
「時空、C級」
少女の足がぴたりと止まり、驚いた表情で目を見開いた。
「嘘でしょ、それって時空魔法だよ!C級だってもう十分すごいんだからね!」
「……」伊達は肩をすくめただけで、それがそれほど驚くようなことだとは思っていないようだった。
「じゃあ振動魔法は?」彼女の口調には、まだ諦めきれない期待が滲んでいた。
「A級」
「嘘でしょ、それじゃ教授たちと同じじゃない!」少女の声が思わず跳ね上がり、通りすがりの小鳥たちが数羽、羽ばたいて飛び去っていった。
「……」
「波動魔法は?」彼女はほとんど息を止めるようにしてその問いを口にした。
「S級」
「本気で言ってるの!?」少女は全身が固まったように立ち尽くし、一瞬、彼の後を追うことすら忘れていた。
「……」伊達はさらに少し先まで歩いてから、ようやくのんびりと足を止め、彼女を待った。
「物質魔法は?」少女は小走りで追いつくと、声を潜めて尋ねた。まるで、信じられない答えを確認するかのように。
「S級」
「あなた本当に人間なの!?」少女はほとんど彼の袖を掴んで揺さぶらんばかりの勢いで、信じられないという顔をした。
「うぅ……私、あなたよりたった一歳下なだけなのに、なんでこんなに差があるのよ……」彼女は小さくぼやき、しょんぼりとした表情を浮かべた。
「つまり、十六歳ということか」珍しく伊達が言葉を継いだ。その口調には、わずかにからかうような響きさえあった。
少女は一瞬呆気に取られたが、すぐに自分がまんまと聞き出されたことに気づき、微笑みながら彼を軽く睨んだ。寒さと悔しさとで、頬がほんのりと赤く染まっていた。
「うん!」
「昨日もう会ってはいたけど、まだちゃんと自己紹介してなかったよね」彼女は咳払いを一つし、できるだけ改まった様子を装おうとしたが、首元に雪が入り込み、思わず肩をすくめてしまった。
「私は月城澪。学院の剣術首席で、同時に四属性のB級魔法師でもあるの」そう言う彼女の口調には、当然だと言わんばかりの誇らしさが滲んでいた。胸を張り、まるで彼の賞賛を待っているかのようだった。
「伊達瀧雪」
「……」彼は一瞬言葉を止め、何かを考えているようだった。
「知っている。昨日、B級モンスターと戦っていた女だろう」
伊達が珍しく、自分から話題を切り出した。その口調からは、褒めているのか、ただ事実を述べているだけなのか、判別がつかなかった。
月城は一瞬呆気にとられたが、すぐに目を輝かせた。まるで、何か貴重な承認を得たかのように。
「その……寒くないの?」月城は恥ずかしそうに尋ね、視線を彼の薄手ながらも重みのあるコートに落とし、それから自分の雪に濡れた裾へと目を移した。
伊達がコートの前を開くと、中には常に火魔法で温められた湯たんぽが入っていて、コートの開閉に合わせて、温もりがふわりと漂い出した。
「……」彼は何も言わず、ただその温もりを彼女の方へと漂わせるままにしておいた。
月城は一瞬呆然とし、ふと自分がまるで馬鹿みたいだと思った。
「はは!」伊達が思わず笑い声をあげた。
「あなたも笑うんだ」月城は首を傾げ、彼の細められた目を見つめながら、わざと拗ねたふりをした。
「……?ああ」彼もまた一瞬戸惑い、自分が知らぬ間に笑い声を漏らしていたことに気づいた。
雪は降り続け、二人の足跡が、背後の白い雪の上に、並んで小さな道を延ばしていく。
「どこに行くの?」月城が沈黙を破り、興味深そうに尋ねた。
「わからない」
「じゃあ広場に行きましょ!私と手合わせして、手加減するって約束するから!」月城は拳を握りしめ、瞳に挑戦的な光を浮かべた。
「嫌だ」
「なんで?」彼女は納得できないとばかりに食い下がり、彼の前に立ちはだかった。白い息が彼の頬にかかる。
「命は大事にしろ。学院の強者、特に首席とは剣を交えるな」伊達の口調は相変わらず淡々としていたが、月城は一瞬、返す言葉を失った。
月城は怒ったふりをして彼を睨みつけたが、ふくれた頬には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
雪は、なおも静かに降り続き、二人はあてもなく歩き続けた。どちらも、この束の間の静けさを破ろうとはしなかった。ただ、雪を踏みしめる音だけが、一つ、また一つと、交互に響いていた。
⸻
その静寂を破ったのは、突然鳴り響いた通信機の音だった。
リリリン——リリリン!
甲高い呼び出し音が、雪原の静けさを切り裂き、二人は同時に足を止めた。
月城が懐から丸い通信機を取り出し、応答ボタンを押す。
ブーンという微かな音とともに、半透明の投影スクリーンが二人の間に浮かび上がった。光が明滅する中に映し出されたのは、学院長室の光景だった——壁いっぱいの書棚、山のように積み上げられた書類、そして机の向こうに座る、どこか疲れた表情の顔。
投影に学院長の顔が現れ、伊達を見た瞬間、その眉がぴくりと跳ね上がった。
「おい!!伊達、お前なんでそこにいるんだ!」学院長の声は驚きで裏返り、思わず画面に顔を近づけて、自分の見間違いでないかを確かめようとした。
「……」伊達はただ淡々と投影を見返すだけで、答えなかった。
「まったく、お前を探しても見つからないと思ったら!通信機を三回もかけたのに一度も出やしない!」学院長は不機嫌そうにため息をつき、こめかみを揉んだ。
「まあいい……澪、伊達と一緒に私の部屋まで来てくれ。ついでにそいつを引っ張ってきてくれるとありがたい」
パチン!
軽い音とともに投影スクリーンが消え、通信機はただの何の変哲もない機械へと戻り、静かに月城の手のひらの上に横たわった。
「なんであなたの通信機の音、聞こえなかったの?」月城は不思議そうに彼を見ながら、手の中の通信機を弄んだ。
「遮断していた」
「波動魔法で?」
「ああ」
「変な人」月城は口を尖らせたが、その口調には、本当に呆れているような響きは微塵もなかった。
「……」
「……」
「……」
二人はそのまま無言のまま、雪に覆われた回廊を深く浅くと足跡を残しながら歩き、やがて学院長室の前へとたどり着いた。
⸻
扉を押し開けて中に入ると、そこにはすでに多くの人が集まっていた。教授もいれば学生もいて、三々五々に固まって小声で言葉を交わしている。空気の中には、なんとも言えない重苦しさが漂っていた。
「コホン……だいたい集まったようだな」学院長は咳払いを一つして立ち上がり、その場にいる全員を見渡した。
「皆、来た時点でもう何の用件かは分かっていると思うが」
「昨日のB級モンスターは、近隣の迷宮が暴走した際に出現したものだ。帝国側の処理はすでに完了している。皆、安心してくれていい」
「皆、ご苦労だった」学院長は、昨日モンスターに立ち向かった者たち一人一人に向かって、丁重に頭を下げた。
執務室は静まり返り、ただ窓の外を吹き抜ける風の音だけが、微かに響いていた。
「その……皆の勇敢な働きを表彰するために、望む褒賞を申し出てくれていい」学院長は再び顔を上げ、口元にわずかな笑みを浮かべた。
その言葉が終わるやいなや、その場にいた全員の視線が、示し合わせたかのように一斉に伊達へと向いた。
その場にいる誰もが、昨日の乱戦の中で起きたことを鮮明に覚えていた。皆がモンスターと激しい攻防を繰り広げていたその最中、冷静を通り越して、ほとんど冷酷とも言える声が響いたのだ——
「皆、下がれ」
続いて、天から一筋の雷が轟音とともに落ち、モンスターの巨体を直撃した。その瞬間、巨大な体はぐったりと崩れ落ち、虫の息となった。その者は、それ以上何も語ることなく、身を翻して人混みの中へと消えていった。まるで、たった今の天地を揺るがすほどの一撃が、ごくありふれた些事に過ぎないとでも言うように。
意識が、現実へと引き戻される。
「えっと……金でいいです」部屋中の視線を一身に浴びながら、伊達は珍しく気まずそうな表情を浮かべ、後頭部を掻きながら、曖昧にそう答えた。
「よし、承認が下り次第、お前に届けよう」学院長は笑いをこらえながら、頷いて応じた。
一通りの社交辞令が交わされた後、人々は次第に散り散りとなり、一人また一人と執務室を後にしていった。
「伊達、お前の魔法は誰に教わったんだ?どうしてそんなに強いんだ?」帰り際、一人の教授がふと振り返り、何気ない調子でそう尋ねた。
その言葉を聞いた瞬間、伊達の表情が、ふっと冷たくなった。
もともと愛想の良い表情とは言えなかったが、その一瞬の変化には、周りにいた者たちも思わず息を呑んだ。
沈黙は数秒間続き、もう答えるつもりはないのではないかと思われるほどだった。
だが、彼は不意に何かを思い出したかのように、張り詰めていた表情を緩め、どこか安堵を帯びた、淡い微笑みを浮かべた。
その笑みの奥には、言葉にしきれない感情が、いくつも隠されているようだった——懐かしさもあれば、微かに気づかれぬほどの寂しさも。
「クロエ先生だ」
彼はその名を、静かに口にした。声はとても軽かったが、まるで誰も知らない過去を背負っているかのようだった。
雪は、なおも窓の外に静かに降り続け、その名前だけが、そのまま空気の中に留まり続けた。まるで、これから語られる物語のための、小さな伏線として。




