第8話 救出
「うん? 誰かの声が聞こえるな」
「伊作さん、あそこの用具倉庫のある方から声が聞こえます。誰か残っていたようです」
「まさか、まだ生き残りがいたなんて。いったい誰だろう?」
私たちは白井さんを探すべく校内に殴り込みをかけ、またも多数のゾンビを斬り伏せた。
坂田さんは私が貸したおもちゃ屋から回収した水鉄砲に、私が異世界から持ち帰った聖水を入れ、接近するゾンビに発射する。
ゾンビにとって聖水とは、人間にとっての濃硫酸のようなものだ。
触れれば、肌と肉が焼け爛れてしまう。
ゾンビは痛みを感じないが、聖水だけは例外だ。
坂田さんから聖水を浴びせかけられ、肌と肉が焼けたゾンビたちは、激しい痛みを感じ、その場でのたうち回っていた。
「今だ!」
私は用具倉庫までの進路上にいるゾンビだけを斬り捨て、坂田さんは聖水を発射していく。
距離を詰めると、用具倉庫の窓から私を呼んでいたのが、なんと白井さんだと確認できた。
「白井さん、無事だったのか。よかった」
「おじさんも無事でよかった。でも、私はもう駄目みたい……」
白井さんは一人用具倉庫に逃げ込んで静かに隠れていたようだけど、私に気がついてもらおうと声をあげたために、用具倉庫がゾンビに囲まれてしまった。
急いで助けないと。
窓の前にも、用具倉庫のドアの前もゾンビだらけだ。
特に入り口のドアは、ゾンビが体当たりを繰り返して大きくひしゃげており、今にも破られそうだった。
「窓か、ドアか……。坂田さん、ドアだ!」
窓は小さくてゾンビが入り込めないが、それは私たちも同じだ。
だから私と坂田さんで、ドアを破ろうとしているゾンビたちを駆逐。
白井さんを助けて車まで走って逃げる、という作戦を頭の中で思いついた。
すると、みなまで言わなくても、坂田さんは私の作戦を理解してくれたようだ。
彼女は頭もいいし、意外と戦闘センスもあった。
私が『アイテムボックス』から取り出した追加の聖水の瓶を渡すと、彼女は素早く水鉄砲に補充した。
突然なにもない空間から聖水が入った瓶が出現したので、驚きの表情を浮かべていたが。今はそれどころではないことは理解しているようで、ゾンビたちに水鉄砲で聖水を浴びせ続ける作業を繰り返していた。
「(見た目はおしとやか系なのに、運動神経もいいし、臆することなくゾンビに聖水を発射しているよな、この子)」
人は見かけによらないものだ。
「どけぇーーー!」
そして私は、ドアに体当たりを繰り返していたゾンビたちを次々と銀の剣で斬り捨てていく。
それでも手が足りないので『ヒール』もかけて、短時間のうちに入り口ドアの前にいたゾンビの群れの駆逐に成功した。
「ドアがひしゃげているから、これは力技で開けるしかないな」
レベルも11まで上がったから、なんとかやれるだろう。
私は、ゾンビの連続体当たりで凹んでいる鉄のドアに全力で突進した。
それがトドメだったのだろう。
ドアの蝶番が外れて内側に倒れ、私も勢いを止めきれず、用具倉庫の中に倒れ込んでしまった。
「あいたたたたっ……」
「おじさん!」
のん気に倒れている暇はない。
すぐに起き上がると、室内には制服姿の白井さんが立っていた。
相変わらずのギャルぶりで安心した。
「やあ、久しぶり」
「おじさん!」
「えっ! えっ!」
白井さんに抱きつかれてしまったが、ゾンビに囲まれて逃げることができず、よほど不安だったのだろう。
そうでなければ、綺麗な若い女性がこんなおじさんに抱き着くわけがない。
「白井さん、まだゾンビが沢山いるから、今はここから逃げ出すことが重要だ」
「……そうだね」
声をかけたら、白井さんも冷静になったようで私から離れてくれた。
正直少し惜しいと思ったが、今は一秒でも早くこの学校から脱出しなければいけないのだから。
「車に向かって走るぞ!」
全力で走ると二人が追いつけないので、用具倉庫を出た私は走る速度を二人に合わせつつ、次々とこちらに向かってくる新手のゾンビたちを銀の剣で斬り捨てていく。
「魔石は惜しいが、回収している時間がないな。車に乗り込めぇーーー!」
三人で校庭の真ん中にある車にたどり着くと、すでに数十体のゾンビが車を囲んでいた。
生前の本能で、車には人が乗っていると思っているようだ
いや、車内に残った人の臭いに誘われているのか?
ゾンビは体が腐っていく過程で目の機能が失われていくので、嗅覚と聴覚を頼りに標的へと移動する習性があったからだ。
勿論例外もあって、目のいいゾンビも存在したけど。
「木崎……」
白井さんが一体のゾンビを見ながら呟いた名前は、いつも私をバカにしていた実家の太い生徒の名前だった。
彼らのグループも親が学校に多額の寄付をしているから、何人もの用務員に嫌がらせをして辞めさせてもお咎めナシだったが、ゾンビには通じずに襲われてしまったようだ。
「殺された人がゾンビになるまでにかかる時間は、早い人は一時間とない。ゾンビに噛まれたらすぐに対処しないといけないし、間に合わずにゾンビになってしまったらもう救う手立てがない」
知り合いのゾンビに遭遇してしまったせいだろうか?
私は無意識にそんなことを呟きながら、車を囲んでいたゾンビたちを銀の剣で斬り倒していった。
レベルアップのおかげでゾンビ相手には苦戦しなくなったが、倒して骨だけになったものがスケルトンになってしまったら、今の私では勝てないかもしれない。
これはゲームではないので、失敗してアンデッドに殺されたら即ゲームオーバーなのだ。
セーブロードも復活の呪文もないので、慎重に行動する必要があった。
「よし! 車に乗り込むんだ!」
「「はい!」」
車を囲んでいたゾンビは全滅したので、私たちは急ぎ車に乗り込んだ。
そして素早くエンジンをかける。
「ようし行くぞ! シートベルトを忘れるな!」
「ええっ! おじさん、こんな時にそれを言う?」
「こんな時だからだ。それにな!」
私はいきなり車を全速力で走らせると、進路を塞いだゾンビを容赦なく撥ね飛ばしていく。
割といい車なんだが、すでに前面はボコボコで、血やらよくわからない体液や肉片が付着して注視しない方がいい状態になっていた。
自分が残クレで購入した高級車なら涙目だけど、町中に放置されていたものを拝借したので安心して使い潰しているのだから。
「おっと!」
さらにフロントガラスにも血や体液が付着したので、私はワイパーを動かしてそれを拭って視界を確保し、校門を出てそのまま山の上へと車を飛ばしていく。
「……学校も全滅か……」
「先に逃げてしまった人もいるけど」
「そうか……。でも彼らも絶対に助かるとは言えないからなぁ……」
校門を抜ける前、私はゾンビに食い殺された多くの学生、教師、町の住民を目撃した。
用務員として働いていた学校であったが、正直あまりいい印象はない。
白井さんだけは気になったが、他の教師や学生たちがどうなっても……と思っていたんだが、やはり顔見知りがゾンビに食い殺されているところは見たくなかったな。
じゃあ助ければよかったじゃないかと言われるかもしれないが、私はレベル1に戻ってしまった。
いくら元異世界の勇者でも、無茶をすれば簡単に死んでしまうだろう。
白井さんと坂田さん、この二人を助けられただけでも上等だと思わないと。




