第7話 伴龍高校崩壊
「きゃーーー!」
「助けてくれぇーーー!」
「くっ、くるなぁーーー!」
ついに伴龍学校にも、ゾンビの群れが押し寄せてきた。
いくらこの学校の外壁が高く、校門が頑丈で要塞のような作りだといっても、一度に数百〜数千のゾンビの群れに攻められたら防ぎきれない。
そのうえ校内では、先に避難してきたこの学校の生徒と教師とその家族、あとから逃げ込んできた町の住民たちによる争いが始まっていたのだから。
当然の如く主導権を握ろうとした生徒と教師たちに、数の多い町の住民たちが反発。
住民の中に市議会議員や市役所の幹部職員がいたのと、先ほど学校の外に食料を探しに行った生徒会長が、それを手伝っていた他校の生徒を見捨てて逃げ戻ったそうで、両者はわずかな時間で真っ二つに割れた。
その女子生徒の次は、自分たち町の住民が伴龍高校の連中の盾にされる。
そんな噂が一瞬で流れて、もう両者の関係修復はできなかった。
元々学校に保管されている食料や物資は少なく、山の上にあるため水道もすぐに止まってしまい、水不足が表面化してしまったというのもある。
その前から、教師たちと生徒会長が町の住民に渡す食料と水を減らしていたのも致命的だった。
双方が、残った水と食料を巡って争い始めるようになるまでわずか三日。
食料と水が人間にとってどれだけ大切なもので、それがなくなる恐怖に飽食に慣れた現代人は耐えられない。
恐怖は人間の判断力を狂わせる。
その結果、学校側は生徒会長が、住民側は市議会議員がトップとなり、それぞれ自衛のために武器を取って睨み合いを始めたのだが、一時間と経たずに校内にゾンビの群れが流れ込んできた。
どうしてそんなことになったのか?
その答えは簡単で、これまでは生徒と住民で一緒に見張っていた校門が争いのせいで無人になり、そこからゾンビが雪崩れ込んてきたという非常に間抜けな理由だった。
こうして、学校の安全はわずか三日間で崩壊した。
校内に雪崩れ込んできたゾンビによって、年寄りや子供などの足が遅い人たちから襲われていく。
あちこちにゾンビに食われて死んだ人たちの死体が目立つが、急いで離れないといつゾンビとして復活するかわからない。
「おいっ! 逃げるぞ!」
「そうだな。この学校はもう終わりだ」
この崩壊劇の主犯である生徒会長や教師たちが、校内に置かれた車に乗って逃げ出し始めた。
住民の中には車で逃げてきた人も多く、それを奪っての逃走だ。
「これは私の車……」
「うるせえ!」
自分の車を奪われまいと抵抗した老人を木の棒で殴り倒したのは、いつも用務員のおじさんをバカしていた、理事長の孫である田崎とその取り巻きたちだった。
「この!」
「きゃあーーー! なにをするのよ! 助けてぇーーー!」
ゾンビに食われる人も多かったけど、自分がゾンビから逃げるために、わざと他人を転ばせる人。
教師や住民の車を奪うだけでなく、抵抗した持ち主に容赦なく暴力を振るう人など。
この極限状態では、人間の理性などあまりあてにならないようだ。
「乗せて!」
「へへっ、いいけどさぁ……。わかってるよね?」
「……はい……」
運良く車を確保した男子生徒に縋る、いわるゆスクールカースト上位の可愛い女子生徒がいた。
男子生徒の厭らしい表情を見れば、自分がその車に乗るためになにを対価として差し出すことになるのか、容易に想像できた。
はっきり言ってこんな極限状態でなければ、その男子生徒がその子に言い寄っても相手にされるわけがない。
ところが今は、自分の安全を確保してくれる男性なら、容姿や性格を問わずに体を許すことを容認する。
彼女も、自分の容姿の良さを武器に生き残ろうと懸命なのだけど。
「まさに極限状態ね」
これまでの文明的で恵まれた生活と、豊かだからこそ保たれていた秩序が、ゾンビによって一瞬で崩れ去っていく。
私はその瞬間に立ち会ってしまったわけだ。
「……私はどうすれば……」
私は今の生活がなにもかも気に食わず、両親とも毎日喧嘩ばかり。
反抗の意志を示すために、伴龍高校の生徒には相応しくないギャルの格好をしたために校内でも孤立し、三日前ゾンビから追われるようにして自宅から学校に逃げ込んだのはいいけど。生徒会長や教師たちは、私をあとで受け入れた町の住民と同じ扱いにした。
町の人たちからも、私が伴龍高校の制服を着ているから仲間外れにされ、丸一日食料を分けてもらっていない。
「お父さんとお母さんは無事かな?」
ゾンビが襲来する前日から、両親は長期出張で東京に出かけていた。
現在無事かどうかすら不明で、私一人で不安だから町の人たちと学校に逃げ込んだけど、この非常時でも私は仲間外れにされてしまい。では町の人たちの仲間に入れてもらえるとかというと、彼らからも学校側のスパイだと疑われ、食料も水も貰えなくなってしまった。
そうこうしている間に、校内にゾンビが侵入して大勢が食い殺されてしまった。
私は一人、校庭の端にある用具室に逃げ込み、その窓から三日間だけ安全だった学校の避難所が崩壊する様子を眺めることしかできなかった。
「もう逃げ出せない……」
先に車を確保して逃げ出した人たちを除くと、もう視界にはゾンビと、ゾンビに食われて死んだ人たちの死体しか残っていなかった。
そしてその死体も、じきにゾンビとして復活する。
そうなったら、ますます私では脱出は困難だ。
「いっそ、飢えて死ぬぐらいなら、ゾンビに殺された方がマシかも……」
どうして私は、嫌いな学校になんて逃げ込んだのだろう?
友達なんて一人もいないのに……。
「あっ、でも……。おじさんがいたからかな?」
おじさんは用務員で、いつも理事長の孫とその取り巻きたちにバカにされていた。
でもまったく取り合わずに一人で黙々と仕事をこなし、私が用務員室に遊びに行っても、特に気にすることなく受け入れてくれる。
私とおじさんは友達ではないと思う。
だって、お父さんよりも年上だから。
でも私は、放課後におじさんとお話をしながらお茶を飲んでいる時が一番心が落ち着いた。
ゾンビが出現してから丸三日。
おじさんは学校に逃げ込んでいなかったから多分死んでしまったんだろうけど、私が町から学校に逃げ込んだのは、そこでおじさんと会えるもしれないって思ったからだ。
でも結局おじさんとは会えず、逃げ遅れた私は一人ゾンビだらけの校内に取り残され、あとは死を待つのみとなってしまった。
「どうしてさっき、私は用具倉庫に逃げ込んで鍵をかけてしまったんだろう?」
もしゾンビに見つからなくても、ここには水も食料もないし、すでに丸一日なにも飲み食いしていない。
「私はここで一人死んでいくのか……」
嫌だけど、仕方がない。
それに、ゾンビに食われてゾンビになってしまうよりはマシかも。
「最後に、おじさんに会いたかったなぁ……」
「もしあの世があったら、おじさんが先に待っているのかな?」
そんなことを考えている時だった。
突然校門から、一台の車が猛スピードで飛び込んできた。
そして、ゾンビたちを容赦なく轢き、はね飛ばしてから校庭の真ん中に止まるとドアが開き、他校の女子生徒が……。
「(あの子、確か生徒会長たちと食料を探しに行って殺されたって……)」
他校の制服の上から、なにやら防具のようなものを装備していて、その手には……。
「水鉄砲?」
ゾンビ相手にそんなものが通用するわけがないと思っていると、その子が水鉄砲をゾンビに向けて発射した。
すると、水を被ったゾンビから白い煙が盛大にあがり、その場でのたうち回る。
そして白い煙が晴れると、水がかかったゾンビの皮膚が焼けただれ、肉と骨が露出してした。
「ううむ……。思っていたよりも、聖水に効果があったな」
「でも倒すのは難しいようです」
「元は、アンデッド避けに使う聖水だから仕方がない」
「ああっーーー!」
あの子に話しかけた男性は、男子が好きそうな剣で魔物を倒すゲームに出てくるような格好をしており。その顔をよく見ると、なんと用務員のおじさんだった。
「おじさん、生きていたんだ……」
目頭が熱くなった。
ゾンビが出現して町がパニックになった時に両親は出張で東京に出かけていて、無事かどうかわからなかったけどあまり心配しなかった。
でもおじさんは、家の中でも学校でも孤立していた私と毎日普通に話してくれて……。
でも、ゾンビが現れて三日。
学校にも逃げ込めていなかったから、ゾンビにやられてしまったかもって本当に心配してた。
「元気そうでよかった……あれ? でもどうして?」
おじさんが無事でよかったんだけど、中世ヨーロッパの兵士みたいな格好をして、剣でゾンビたちを次々と斬り倒しているのはどうして?
そしておじさんに斬られたゾンビは、白い煙を盛大に噴き出したあとに骨だけが残った。
「どういう武器なんだろう? おじさん、ゾンビを倒せるんだ」
三日前までは優しいけど、全然荒事には向かない人ってイメージだったのに、よく見ると顔つきが精悍になってまるで若返ったみたい。
「格好いいかも……。あっ! そうだ!」
まるで流れるようにゾンビを斬り倒し続けるおじさんに、見惚れている場合じゃなかった。
おじさんに、私がここにいることを伝えないと。
「(もしかしたら、おじさんは私を助けてくれないかもしれないけど……)」
この学校の生徒、教師、職員の多くが、用務員だったおじさんをバカにしていた。
あの年で、非正規待遇の用務員なんて終わっている。
就職氷河期だなんて、怠け者のただの言い訳だって。
だからこんな状況になってしまったら、もしおじさんが生きていても、ここに逃げ込んで来ない可能性も高かった。
また不快な思いをするだろうし、どうせもう給料も出ないはずだから。
それでも私が好きじゃないこの学校に逃げ込んだのは、もしかしたらおじさんと会えるかもしれない。
またお話ができるかもしれないって思ったから。
「(おじさんが私を助けてくれなくてもいい。最後に少しでもお話ができたら)おじさーーーん!」
私は、大声で校庭で戦っているおじさんを呼んだ。
それはすなわち、用具倉庫の中に私がいると、校内に侵入したゾンビにその存在を知らせることを意味する。
早速ゾンビに見つかったらしく、鍵をかけた入り口ドアが『ガン! ガン!』と鳴った。
どうやら体当たりを繰り返して、ドアを破ろうとしているみたいだ。
もしドアが破られたら、窓から外に出て……いや、それも難しい。
校舎の外を彷徨っていたゾンビたちが、私の声を聞いて窓の前に陣取ってしまったからだ。
「おじさんが助けてくれなかったら、私はゾンビに食い殺されて終わりね」
元から私は一人置き去りにされてしまった身だし、もし学校から逃げ出すことに成功にしても食べる物も水もない。
それでも私は、おじさんに自分がまだ生きていることを伝えたかった。
「おじさぁーーーん!」
たとえ聞こえなくても、私はおじさんに気がついてもらいたくて、用具室の窓から叫び続けた。
そのせいで、ゾンビが続々と用具倉庫の周りに集まってくるけど、そんなことはもうどうでもよかった。
「おじさぁーーーん!」
私は叫び続ける。
せめて死ぬ前に、おじさんと一言でも話をしたかったから。
だからせめて、おじさん気がついて!




