第6話 アンチアンデッド薬
「(もし坂田さんじゃなくて私が参加していたら、囮役は私だったんだろうな)」
多分生徒会長は無意識に、伴龍高校の生徒でない坂田さんを囮にすることを決めた。
ならば彼は、生徒ではなくて用務員である私も囮にしたはずだ。
「あの……。もう時間がないので私を捨てて行ってください」
「……」
助けてくださいと縋られるよりも、置いていってくれと言われる方が逆に辛い。
それにこの子は、伴龍高校の生徒ではない。
見捨てるに忍びなかった。
「置いて行ってくれと言われてもなぁ……」
「私、もうすぐゾンビになってしまうので、そうしたら命の恩人に迷惑をかけてしまいますから」
「(いや、捨てていけないって!)それなら大丈夫だ」
私は彼女が見えていない場所から、『アイテムボックス』内に保管していた魔法薬を取り出した。
そういえばあの王様、私が魔王討伐の旅路で手に入れたアイテム、武器と防具、金銀財宝を没収しなかったな。
異世界に留まれたのなら、絶対にこの世界に戻って来なかったくらい良い上司……王様だった。
「とりあえず落ち着いて、この薬を飲めば大丈夫だから」
「薬なんですか? これ」
「たまたまゾンビを倒したら手に入れてね。これを飲めば、多分大丈夫だよ」
「はあ……」
実はこの魔法薬は、『アンチアンデッド薬』という。
魔王軍が率いている魔物や幹部の一部に、人間をアンデッドにしてしまう能力を持つ者たちがいた。
この攻撃を受けた人は、数時間で死んでアンデッドになってしまうのだが、その前にこのアンチアンデッド薬を飲むとアンデッドにならずに済むのだ。
「どうせあと少しでアンデッドになってしまうのなら、賭けでこの薬を飲むというのも悪くない選択肢だと思うよ」
「……そうですね! 飲みます。助けてくれたおじさんがそう言うのなら、効果があるような気がするので」
坂田さんは、私が手渡したアンチアンデッド薬を一気に飲み干した。
「どうかな?」
「あっ! 噛み跡が消えている! ありがとうございます!」
どうやらこの世界の人間にも、アンチアンデッド薬の効果はあるようだ。
「(私も使っていたから当然か)これでもうゾンビにならないはずだ。さてと……」
あとは、この子をどうするかだ。
今さら伴龍高校には戻せない。
なぜならこの子が伴龍高校に戻ると、生徒会長の悪事が白昼の下に晒されてしまうからだ。
自分たちが助かるために、他校の生徒である坂田さんを置き去りにしたことが。
伴龍高校の生徒たちはエリート揃いでプライドが高いから、自分たちが他校の同行者を囮にしてゾンビの群れから逃げきったなんて事実、他者には知られたくないだろう。
下手をしたら、それが他人に漏れないよう坂田さんが再びゾンビの群れに放り込まれかねない。
「どこかに、避難民がいるキャンプでもあれば……」
「あの! 命を助けてもらったお礼をさせてください!」
「ええっ! いやあ……。お礼なんて気にしなくてもいいよぉーーー」
とは言ったものの、これまでに避難民向けのキャンプについての情報なんてなかった。
伴龍高校に、生き残った生徒たちと数少ない町の生き残りが逃げ込んだことしかわかっていなかったのだから。
「(あっ! そうだ!)」
私は一つ、大切なことを忘れていた。
伴龍高校に、白井さんが逃げ込めているのか確認する必要があったのを。
それを確認してどうするのか、実はまだよくわかっていないのだけど、白井さんは伴龍高校で唯一私に優しかった。
なにより、生徒会長たちが坂田さんをゾンビの群れの前に置き去りにしたのは伴龍高校では食料が尽きかけており、学校周辺の民家から食べられるものを回収しようとしていたからだ。
「(もしあの子が学校にいて、食料が尽きたら……)」
ゾンビにされなくても、じきに飢え死にしてしまう。
伴龍高校にいるのなら、どうにかしてあそこから脱出させないと。
「坂田さん、白井さんという伴龍高校の生徒のことを知らないかな? ギャルみたいな格好をしていて……」
「伴龍高校の生徒なのに、ギャルのような服装をしている生徒はいました。彼女、伴龍高校の生徒たちの中でも浮いていて、町の人たちも彼女が伴龍高校の生徒なので警戒していて……。 実は伴龍高校の生徒たちと、私たちのように伴龍高校に逃げ込んだ町の住民の間で対立が深刻になっていたんです。食料が尽きかけていて、それなのに配給が伴龍高校の生徒や教師、その関係者が優先だったり。そのことで町の人たちが強く抗議したりして……。だから私は、食料集めに立候補したんです」
そしてゾンビと遭遇してしまった時、生徒会長は伴龍高校の生徒でない坂田さんを犠牲にしようとしたというわけか。
「(内輪揉めをしている場合じゃないのに、変にプライドが高い連中だな)あっ!」
「どうかしましたか? ええと……」
「私の名前は伊作 幸三だ。おじさんでもいいけど」
女子高生である坂田さんから見たら、私はおじさん以外の何者でもないしな。
変に『お兄さん』などと気を使われても、すぐにわかってしまうのでおじさんで一向に構わなかった。
「伊作さん、なにか気になることがあるのでは?」
「そうだった! 急ぎ伴龍高校に向かいたい。なぜなら……」
結局、生徒会長たちによる食料の確保は失敗した。
そればかりか、坂田さんが戻ってこないのだ。
町の住民からすれば、伴龍高校の生徒たちが坂田さんが余所者だから置き去りにしたと考える可能性が高かった。
「もしそうなったら、両者の対立は深刻なものとなる」
そうでなくても、食料がなくなりつつあるのだ。
今後争いのネタが増えこそそれ、減ることはない。
伴龍高校の連中は自分たちが生き残るため、平気で町の住民を犠牲にするという結論に至れば、両者の対立は必至だ。
「残った食料を巡って争いが始まるのも時間の問題だ」
「確かに町の住民たちは、すべて自分たちが仕切ろうとする生徒会長と教師たちに辟易していました」
生徒や教師からすれば、学校は自分たちのホームであり、町の住民たちは居候でしかない。
さらに、伴龍高校は名の知れたエリート校だから、自分たちが校内を仕切って当然だと思っている。
無意識に町の住民を下に見てしまうのは、用務員である私への態度で一目瞭然なのだから。
それに加えて実際に、食料配給で生徒と町の住民に差をつけてしまった。
「非常時にそんなことをすれば、町の住民たちが反発するに決まっている。避難者は、町の住民の方が多いんだろう?」
「はい」
これは拙いかもしれない。
もし町の住民たちが、避難所となった学校での主導権を握ろうと、生徒たちと争いを始めてしまったら……。
「町を蹂躙し尽くしたゾンビの集団がいつ学校に襲いかかってくるかわからないのに、内輪揉めを始める可能性が高い。そうなったら、たとえ要塞のような造りでも簡単に落とされてしまう」
そもそも、現状でゾンビを倒せるのは……私だけだろう。
ゾンビは燃やせば倒せるが、燃え尽きるまでは激しく動くし、自身の手で火を消そうともする。
ゾンビなので火傷なんてしないというか、表面が焼けたくらいでは普通に動ける。
普通の人たちが一体倒すまでに、多くの燃料と手間と時間がかかるのだ。
切り刻むという手もあるが、いくらゾンビでも元は人間だ。
心理的な抵抗感があって、それができる人は少ないと思う。
「じゃあ学校は?」
「坂田さんたちがゾンビに襲われたってことは、すでに山の手まで上がってきている……そうか!」
「伊作さん?」
「多分学校は、坂田さんを襲ったゾンビたちよりも多くのゾンビに襲われている」
なぜなら、学校には多くの餌があるからだ。
避難してきた人間という餌が。
「急ごう!」
「はい!」
もはや一刻の猶予も残っていない。
私は坂田さんを乗せたまま、車を全力で走らせるのであった。




