第9話 あてもなく
「おじさん、助けてくれてありがとう」
「白井さんを助けられてよかったよ。すでにゾンビになっていたら助けようがなかったから」
「私、もしかしたらおじさんが学校にやって来るかもって思って、町の人たちと一緒に学校に逃げ込んだんだ。相変わらず先生や同級生たちには無視されていたけど……」
「こんな時にまで……」
すぐに食料や物資、水の問題が出て、先に学校に逃げ込んでいた生徒や教師たちと、あとから学校に避難してきた町の住民が揉めてしまったのが容易に想像できる。
坂田さんから聞いたとおりだ。
「私は生徒会長たちの食料探しを手伝って、少しでも両者の関係をよくしようと思ったんですが……」
「肝心の生徒会長たちは、坂田さんを囮にゾンビたちから逃げ出してしまったというわけか……」
「はい……」
世の中、そう上手くはいかないか……。
そしてどんなに家柄と学業成績が良くても、極限状態に陥ったら自分が助かるために平気で他人を犠牲にしてしまうという実例を目の当たりにしてしまった。
ゾンビと同じく、自分以外の人間が脅威になるかもしれない状況なのだ。
「ところで、これからどうするんですか?」
「私は、亡くなった祖父の実家で隠棲しようと思っていたんだ」
アラフィフの私が、今さら結婚して子供を作ろうとは思わない。
ゆえにこの世の行く末にも興味をなくしており、あとは死ぬまで自分一人が安寧に暮らせればいいと思っていた。
『子供たちの将来のため』というフレーズほど空しく感じ、そんなことのために命を懸けたくないと思ってしまう。
だから私は、世界を救おうなんて気は微塵もなかった。
だけど……。
「私たちは、どうしよう……」
「私もこれからどうしたら……」
「白井さんも坂田さんも若いから、避難民キャンプにでも送って別れようと思っていた」
私は祖父の家に行って、死ぬまで隠棲すれば済む話だ。
だが二人は若い。
このゾンビだらけの世界で、世界のために働くも、自分の幸せだけを追求するも本人の自由だと思っていた。
それでもまずは、私以外のちゃんとした人たちと合流した方がいいと思うのだ。
「伊作さんはその力を用いて、このゾンビだらけになってしまった世界を救うつもりはないのですか?」
「まったくその気はないね」
すでに私は一度、別の世界を魔王の侵略から救って大勢のために働いた。
何度も死にかけて大変だったし、私はもうアラフィフだ。
この世界を救いたければ、もっと若くて優秀な人たちがやればいい。
なにより無能な就職氷河期に頼るなんて、彼らのプライドが許さないだろうから。
「私よりも若くて優秀な人たちに任せて、私は静かに暮らすよ」
「凄い力があるのにですか?」
坂田さんは、私が『アイテムボックス』から聖水を取り出すところを見てしまったのを思い出した。
あの時は隠す時間がなかったので仕方がなかったのと、別にバレたところで影響も少なかったからだ。
もし坂田さんが私の力のことを他人に話しても、普通は信じてくれないだろう。
「多少ゾンビを倒せたところで、世界中がこの様だと多勢に無勢だよ」
それに今の私は、レベル1に戻ってレベルの上げ直しをしているところだ。
そんな状態で世界を救うなんて、無理に決まっている。
「そうですよね……。町の住民で生き残った人はとても少ないのに、日本や世界はどうなっているか……」
世界がゾンビに蹂躙されてしまった影響で、外部の情報がまったく入ってこなくなってしまった。
もう電話もネットも繋がらず、はたして日本政府は健在なのか?
他国はどうなっているのか?
とにかく、わからない尽くしなのだから。
「なにもわからないから、余計下手に動けないのさ。それでも、二人が暮らせる避難所を探さないとなぁ……」
私は山奥の廃村でも構わないが、二人は前途ある若者なのだから。
「伊作さん、もし避難民向けのキャンプがあったとしても、また伴龍高校のように内部崩壊してしまうかもしれません。せめてこの地域の状況がわかるまで、私もその廃村に置いていただけないでしょうか?」
「なにもないし、家も長年放置していたから壊れているかもしれないんだよ」
「このまま避難キャンプを求めて海沿いに降りていくと、またゾンビに襲われるかもしれません。私も家の修繕や掃除、料理、洗濯などなんでもしますから」
「おじさん、三人で頑張れば早く普通に暮らせるようになると思うんだ。それに私の両親は東京に出張に出ていて、そう簡単には会えないだろうし……」
「そうか……」
よくよく考えると、うら若き女子高生二人を下手な避難民キャンプに送っていっても、先ほどの学校のように困窮した人たちが自分の欲望を優先して危害を加えるかもしれない。
ゾンビも怖いが、ゾンビによって秩序が崩壊した世界も同じくらい、まともな人間にとっては脅威なのだから。
「町の住民の大半が呆気なくゾンビに殺され、自身もゾンビにされてしまった。日本、世界でどれだけの人がゾンビになってしまったか。とにかく今は、安全な場所に逃げて態勢を立て直すしかありません」
「……そうだよね。学校だってあの様で、おじさんですら、私を助けるので精一杯だった。ゾンビに引っかかれただけでゾンビにされてしまうんだから、今は下手に動き回らない方がいいと思う」
白井さんは、私がこの世界のために戦わないことに賛同というか、無理だと理解してくれたようだ。
せめて私のレベルが魔王討伐直前くらいあれば可能性はあるけど、ゾンビだけを倒してレベル3000超えにするのは難しいと思う。
今後別のアンデッドが出現したとしても、それは同じだろう。
向こうの世界ではアンデッドは単体だと、そこまで強い魔物ではなかった。
その分沢山倒さなければ、レベルも上がらないのだから。
「(今の私のレベルは13だ。最盛期の二百分の一以下だからなぁ……)今は安全な場所の確保が重要か……」
少なくも今は、無理に動くわけにいかない。
私のようにレベルの上がる仲間が最低でも数名いなければ、ゾンビ大量発生の原因すら掴めないだろう。
「そんなわけだから、世界を救うなんて大きすぎる目標は今は無理。ところで二人は、避難者の受け入れ先についての情報をなにか知っていない?」
「全然ないです。もうスマホも繋がらなくなっていますから。そもそもこの状況で日本政府がまともに機能し続けていて、避難民向けのキャンプを設営している保証はないと思います」
「避難所はあるかもしれないけど、まずはそれを見つけるのが大変だから」
都内なら避難キャンプくらい……。
いや、かえって人口密集地だからゾンビだらけになっている可能性があるのか……。
それにここから東京まで、全力で車を飛ばしても数時間はかかる。
なにより世界中がこんな状態では、のん気に避難所なんて設営している時間がなさそうだ。
学校のように自発的に人々が避難して、避難所になってしまった場所はあるかもしれないけど。
「学校の生き残りは、他の難民キャンプを目指して移動を開始したのかもしれません。でも私は彼らに殺させられかけたので会いたくないです」
「おじさん、少なくとも今は、あるかわからない避難民キャンプをあてもなく探すより、安全な場所を確保した方がいいと思う」
「伊作さんのお祖父様の家でしたっけ? 山奥ならここよりも安全だと思います」
「私はおじさんと暮らすの楽しみ。それとその家って、標高の高い場所にあるんでしょう? ゾンビは高い場所に上がってくるのに時間がかかるみたいだから、少なくとも今はそこの方が安全だと思う」
「私たち、他に行くところがありませんし……」
「……永らく無人で、なにもないボロ家でよければ……」
「「ありがとうございます!」」
このまま二人を置いていくわけにいかず、私は二人と共に今は亡き祖父が暮らしていた山奥の農村へと車を走らせた。
まさかこの年になって、若い女の子二人と暮らすことになるとは……
はたして独身の私に、彼女たちの保護者代わりが務まるのだろうか?




