第75話 いまだ諦めず
「むむむ……。やはりすべてを回収するのは難しいですね。どこに飛んでいったのかな?」
「中には大きく狙いをハズれて、遠くに飛んでいってしまった矢や弾もあるから」
「不足分は、松代からの補給と国民からの『強制供出』に頼るとして。レベリストになれた影響で、作業が早く正確になったのはいいですね。魔導炉の試作も一応形になったので、今後作業が捗らなくなったら、伊作さんと一緒にレベル上げをするといいかもしれません。その時は、ボクも連れて行ってくれますか?」
「いいですよ」
「ありがとうございます。そういえば、伴龍高校駐屯地の人員は、全員がレベリストになったんですよね?」
「戸高さんの命令で、全員が町長のリッチーと戦ったからね」
「特別個体と戦うと、レベリストになれる。ボクは他の部隊の報告書を見たことがありますけど、そんな事象は聞いたことがないです。レベリストの資質が発生する要因はいまだ不明ですから。もっとも今のところ、特別個体と戦ったことがある国防隊の部隊は戸高司令のところだけだから」
「私たち以外は特別個体に勝てないことが多いから、試さない方がいいと思う」
「特別個体と三回も戦ったことがある伊作さんたちが特殊なんですけどね。新明町の解放によって守る場所が増えたので、銀の矢と銀の弾丸の量産を急ぎます」
「銀の武器なら、一般人でもゾンビとスケルトンにダメージを与えられるから、沢山あった方がいいよ」
「銀の提供、ありがとうございました。大変高価なものなのでありがたいです。伊作さんは大損でしょうし」
「今のところ、特に使い道もないからね。それに町で集めたものだから、決して褒められることではないよ」
「すでに多くのレベリストたちが、アンデッドが巣食う町でお宝探しをして、見つけた銀を国防隊に売っているので、幸三さんだけが批判されるのはおかしいですよ。たとえすでに持ち主が死んでいても、厳密には他人の銀を勝手に持ってくるのは窃盗です。ただ日本政府もそれを黙認していますし、なんなら今は銀製品の強制供出を進めています。今のこの世界で罪のない生存者なんて一人もいないのでは?」
「生き残るためとはいえ、戦前みたいだね」
「そうでもしないと、武器を作る銀が足りませんから。他の金属も不足していて、価格がとんでもないことになっています」
「鉱山から鉱石を採取できず、輸入もできず、精錬できる量も大幅に減った。金属が不足して当然だよ」
町長のリッチーを倒してから一週間後。
私は、伴龍高校駐屯地内にある工房で銀の矢と弾丸を急ぎ量産している奈津子さんと話をしていた。
彼女はミスリルを精錬、加工できる魔導炉の試作品の試作に成功したので試しにミスリルの精製をしてみたのだが、精度のいいミスリルが作れなかったらしい。
そこで私が可能な限りアドバイスしたあと、少し話をしていたのだ。
アンデッドに効果がある銀が不足しているので、国防隊員たちが町長のリッチーを倒すのに大量に放った銀の矢と弾丸を回収しているのだが、やはりすべてを回収するのは不可能だったようだ。
特に弾丸は、標的を外れて遠くに飛んでしまうと回収が困難になってしまう。
そこで戸高さんが松代に増援と補給の要請をしたのだが、補給は最低限のみで、人員の補充はゼロだったそうだ。
奈津子さんのお兄さんである大島三佐によると、国防隊の上層部は日本で初めてアンデッドから奪還された所が神明町であることと、その司令官が戸高さんであることが気に入らないらしい。
「国防大出のエリートである朝山駐屯地の隅川陸将が最初に水無月市の解放に成功して、その功績で統合幕僚長にという計画が駄目になったからだって、兄貴が」
「こんな時に、なにを言っているんだか」
「こんな時にそんなことを気にするのが、国防大出のエリートたちなんだって」
「つまり、奪還したばかりの神明町を守るために必要な人員と補給はあまりこないで、戦力と補給の大半が朝山駐屯地に送られてるのか」
「なるべく早く、隅川陸将に水無月市を解放してもらうためだって。一般大学出の戸高司令にやれたのだから、国防大首席の隅川陸将にできないはずがないって」
「……エリートって、時おり拗らせるよなぁ……。さあて、仕事をしようか」
「そうですね」
軍属でしかない奈津子さんと、ただの民間レベリストである私が松代になにか文句を言ったところで、この問題が解決するわけがない。
それなら今は、松代や朝山駐屯地なんて放っておいて、今は伊作村、伴龍高校駐屯地、神明町をアンデッドから守り切るため、必要なことをした方がいい。
足りない物資、特に銀は、私がこの世界で拾ったものを奈津子さんに提供した。
私が異世界で手に入れた銀は、もしもの時に備えて『アイテムボックス』に仕舞ってあるけど。
「戸高さん、神明町への移住者はいないんですか?」
「まだ日本政府と国防隊が許可を出していないのさ。最初アンデッドは海から上陸してきた。神明町は海沿いにあるので、まだ安全を確認できていないと。神明町から逃げ出して生き延びた住民たちが帰りたがっているが、生存者が予想以上に少なく、新たに移住者も募集したいという理由もあるそうだ。効率の問題もあるってことさ」
伴龍高校は元々働いていた場所なので、勝手知ったるといった感じだ。
理事長室であった司令室に顔を出すと、戸高さんが書類の山と格闘していた。
彼に声をかけてから話をするが、せっかく解放した神明町に住民が戻れるのはまだ先の話のようだ。
「一番の理由は、神明町に住んでいた住民を帰還させる労力を水無月市解放に使いたいんだけど。あと私の昇進はない。どうやら国防隊の上層部は、私を隅川陸将の下に置きたいようでね。神明町、伴龍高校駐屯地、稲美基地、朝山駐屯地、水無月市と。一つの軍管区を作って、その司令官に隅川陸将の後輩である三河陸将補を昇進させて任せたいようでして」
「隅川陸将は、水無月市解放の功績で統合幕僚長ですか」
「松代の連中はそういう計画を立てている」
「取らぬタヌキの皮算用にならないといいけど」
エリートなら、安城陸将の時と同じミスをしないでほしいものだ。
「私もそう思うので、今は伊作村、伴龍高校駐屯地、神明町の防衛を優先するつもりだ」
「稲美基地は?」
「管理区分が朝山駐屯地に移ってね。人員は伴龍高校駐屯地に転属となるので、少しは人手不足がマシになると思う」
稲美基地は、松代と朝山駐屯地との補給路を守るために大切な防衛拠点だ。
これから松代から水無月市解放のための必要な戦力と物資を送るので、国防隊の上層部はその管理をいつまでも戸高さんに任せたくないのだろう。
「新しい稲美基地の人員は、松代から来るそうだ。そして、隅川陸将の指揮下に入る」
「……私は伊作村に戻ろうかな」
「これまで伊作さんたちには散々協力してもらっているから、アンデッドから取り戻した神明町は確実に守るよ。今は防衛のための準備が最優先だ」
「それってつまり……」
「そうならないといいな、と思っているよ」
今度は、国防隊希望の星である隅川陸将が水無月市解放作戦を指揮するのか。
成功するといいけど、戸高さんはまた失敗する可能性が高いと思っている。
国防隊の上層部は、今度は隅川陸将という次期統合幕僚長候補のエリート将官が指揮し、前回の失敗を教訓に戦力を整えるから大丈夫だと思っているわけか。
「戸高さんは、隅川陸将を手伝わないのですか?」
「今は移動させた稲美基地の隊員たちと共に、奪還したばかりの神明町を守ってくれと命じられましたよ。私は動かなくていいから楽だけど」
前回攻略に失敗したのだから、隅川陸将は戸高さんに応援を求めるべきだ。
それは正しい意見ではあるのだけど、もし応援で来た戸高さんが『第二次水無月市解放作戦』で活躍してしまうと、国防隊の上層部が困るのだろう。
だから水無月市解放作戦に、戸高さんは呼ばれなかった。
もっとも戸高さん本人は、水無月市攻略作戦など死にに行くようなものなので不参加を喜んでいたけど。
「あの連中は、こんな世界になってもなにも変わらない。つける薬がないな」
「国防隊の上層部なんて、大半が国防大を卒業したエリートだろうに……」
「戦前と同じだよ。幼年学校、士官学校、陸軍大学を出たエリートたちが国を滅ぼした。これに抗うのは難しく、私は可能な限りできることをやるだけさ」
個人の力なんて、大きな組織や国相手には無力だからなぁ……。
無謀な戦争を止めるのは難しい。
「そうですね……。私は一旦伊作村に戻ります」
異世界でもそうだったのを思い出した。
いくら私が異世界の勇者でも、向こうの世界の国の政治や軍事作戦に口を出すわけにいかず、愚かな王族や貴族のせいで多くの犠牲者が出たことを。
世界は違えど、人間とはそんなに変わらないらしい。
「ところで伊作さん、実は一つ相談が……。伊作村に戻る前に……」
戸田さんの相談とは、朝山駐屯地司令の隅川陸将が私に会いたいらしい。
「つまりは、安城陸将が指揮した前回の作戦について話を聞きたいようで」
「それを聞いて無謀だと思ったら、水無月市解放作戦を中止してくれるんですか?」
「それは正直わからない。ちなみに、隅川陸将との面会は義務ではないから断ってくれても構わないよ」
「……どんな人なのか、知っておくことが大切だと思います」
「そう言ってもらえるとありがたい」
しばらく瑠璃さんたちと伊作村でノンビリ過ごそうと思っていたけど、第二次水無月市解放作戦が実際に行われるのか気になるし、こちらの生活や安全にも大きく関わってくるはずだ。
次期統合幕僚長の最有力候補だという隅川陸将の為人と考えを聞いてこようじゃないか。




