第71話 町長のリッチー
「あっ! 特別個体だ!」
「幸三さん、このオジさん誰?」
「さあ?」
「ワシハ、コノシンミョウチョウノチョウチョウ、ハネダノボルダ! ワシヲシラントハケシカラン!」
「楓さんは知ってる?」
「いえ、私には選挙権がありませんから。幸三さんこそ知らないんですか?」
「選挙には行ったことがないんだ」
「それはよくないですよ」
「そうは思うんだけどねぇ……」
就寝氷河期世代なのもあって、私はまったく政治に期待していなかったからだ。
実際誰が政治家になっても、私の生活になんの変化もなかったのだから。
なによりブラック労働が多かった私は、貴重なお休みを選挙の投票に使うのはもったいないとも思っていた。
「どちらにしても、ゾンビになってしまったらもう町長じゃないよね? 死人は町長になれないもの」
「ワシハチョウチョウダァーーー!」
未来さんの発言に怒る町長……いや元町長か……の特別個体。
アンデッドになった町長は死んでおり、彼が正式な町長でないことは誰の目から見ても明白だった。
神明町自体がこんな状況で、町長もへったくれもないというのもあるのか。
町長が普通に死んでいればその認識で間違っていないのだけど、アンデッドに、それも喋れる特別個体になっていたのが問題だった。
なまじ本人の意識が残っているので、この特別個体はいまだ自分が神明町の町長だと強く思い込んでいるのだから。
「シンミョウチョウハワタサン!」
「神明町は、お前の所有物じゃないだろうに……」
この町長の評判は知らないけど、町長なんて誰でもいいや的な理由で投票率が低く、労働団体や業界団体の組織票で当選していたタイプに見える。
もしいい町長だったとしても、アンデッドになってしまったら討伐一択なんだけど。
「いくぞ!」
とはいえ、特別個体のリッチーなので強さは別格なはずだ。
私もレベルが上がったので、大苦戦ということはないと思うけど、まずは私が戦って勝ち目がなさそうなら逃げることも考えないといけない。
みんなに下がれと指示を出してから、私は町長のリッチーに攻撃を仕掛けた。
「グッ!」
「(リッチーに力負けすることはなくなったか……)」
とはいえ、そう簡単に倒せそうにない。
長い戦いが続くかもしれない。
これでも特別個体の中で一番弱いのだから、先が思いやられるというか……。
「こいつは……」
ミスリルソードに治癒魔法を纏わせてから斬りつけると、斬り口から緑色の炎が上がった。
焼け焦げた傷が残るが、まだ余裕がありそうだ。
「(力、素早さは大したことないが、かなり持久力に優れたタイプのようだ)動いたか……」
「食らえ!」
私と交代するように、瑠璃さんが火炎を纏わせたミスリルソードで町長のリッチーを斬りつけた。
やはり傷口から炎があがるが、ダメージは少ないように見える。
「沢山攻撃を当てないと倒せないようですね」
続けて楓さんが聖魔法を纏わせたミスリルソードで、未来さんが聖魔法を纏わせたミスリルナックルで、さらに晶が聖魔法を纏わせたミスリルの矢でリッチーの胸を撃ち抜き、最後に大島三佐がミスリル製のバトルアックスで豪快に袈裟斬りにした。
「倒せたかな?」
「コムスメドモガーーー! センキョケンガナイクセニーーー!」
「それ関係あるのか?」
晶のツッコミに、全員が首を縦に振る。
生前の記憶が残っているためか、町長のリッチーは自分に連続攻撃を仕掛けた未成年の瑠璃さんたちに怒っていた。
政治家なんて特権意識の塊のような連中ばかりだから、自分を知らなかったり、敬われないことに怒ったのだろう。
なら、選挙権のある私や大島三佐の攻撃ならいいのかという皮肉を口にしたくなったけど。
「将来有権者になる人たちに怒るなんて、だから町長程度なんだな。器が小さい」
「おじさん、それもなんか違うと思う」
今度は私が晶にツッコまれてしまったけたど、どうせ倒さないといけないアンデッドなのだ。
このくらいの悪態は構わないだろう。
「伊作さん!」
「そうだね。交代で隊員たちにも攻撃させよう」
反撃が怖かったのだか、幸い力とスピードは大したことない。
私が許可を出すと、大島三佐が率いている対アンデッド隊の隊員たちが、銀製の装備で順番に攻撃を始めた。
「ザコガァーーー! シネェーーー!」
「そうはさせるか!」
次々と攻撃され、頭にきた町長のリッチーが隊員の一人に殴りかかるが、それは私が間に入ってミスリルソードで防ぐ。
「ジャマスルナーーー!」
「知るか! こっちには、こっちの都合があるんだ」
「カバッ!」
町長のリッチーが再び私に意識と攻撃を集中させると、背中から隊員たちが順番に銀の剣で斬りつけていく。
奴は私の相手をするのが精一杯で、隊員たちの攻撃に反撃できない。
隊員たちには必ず一撃入れたらすぐに下がるを徹底させ、少しずつダメージを与えていった。
「しかし頑丈だよね」
「それが売りなんだろう」
ただその分、力とスピードがないので、みんなで攻撃することができた。
たまに鋭い反撃が遭うが、それは私が間に入って引き受ける。
戦い方のルーチンが決まったので、大島三佐が対アンデッド隊の隊員と傭兵レベリストを上手く指揮して、少しずつダメージを蓄積させていった。
大島三佐が素人も混じったレベリストたちを巧みに指揮する様子を見ていると、さすがはエリート国防隊員だなと感心してしまう。
私は個人で戦うことには長けていたが、集団戦の指揮経験はほとんどなかったからだ。
非正規の就職氷河期世代に、部下なんていた試しがなかったからな。
「安城陸将の近くにいた参謀エリートたちとは違う感じだ」
「お褒めにあずかり光栄ですけど、こいつ、いつ倒せるんですか?」
「さすがにそろそろ限界のはず……」
私の予想は当たり、まるで蜂の群れに群がられるかのように攻撃を食らっていた町長のリッチーが片膝をついた。
「トドメだ!」
「アーーーハッハ! シンミョウチョウノシハイシャタルワシヲタオスコトハデキン!」
片膝をつきながらも余裕の態度を見せる町長のリッチーが両手を天に向けて挙げると、異変が発生した。
突然空がどんよりと曇り、新明町の方から猛スピードでなにかが飛んできて、それが次々と町長のリッチーに吸収されていったのだ。
「伊作さん、あれは?」
「ええと……」
「ゾンビとスケルトンに見えたよ」
「さすがの動体視力だ。空手の世界チャンピオン」
私は格段に運動神経や動体視力に長けているわけではないので、素直に未来さんは凄いと思った。
就職氷河期なのでそろそろ老眼が気になる年齢だったが、レベルアップのおかげかよく目を凝らすと、新明町から吸い寄せられたゾンビやスケルトンが町長のリッチーに吸収されていく様子が確認できた。
吸い寄せられた多数のゾンビとスケルトンは、町長のリッチーを完全に回復させた。
「ユウケンシャノシジダ!」
「んなわけあるかい!」
と、悪態をつきつつ、町長のリッチーは厄介であるとも思っていた。
確かにそんなに強くはないが、いくらダメージを与えても新明町からゾンビとスケルトンを吸い寄せ、吸収して回復してしまう。
新明町にいるゾンビとスケルトンの数を考えると、奴は無限に近い体力を持っているに等しいのだから。
「伊作さん、どうしますか?」
ルーチン作業を続けながら、一旦に冷静になって考える。
その間も、町長のリッチーの攻撃を受けることを忘れない。
隊員と町長のリッチーの間に入ってミスリルソードで攻撃を受けながらふと地面を見ると、奴の足元に大量の魔石が落ちていることを確認した。
「大島三佐!」
すべてを語ると、町長のリッチーに勘付かれるかもしれない。
私はわざと町長のリッチーに全力で斬りかかり、奴の体を押し飛ばしてその場から移動させた。
すると、大島三佐は私の考えを察してくれたようだ。
急ぎ魔石を拾うと、それを魔法の腕輪を持つ隊員たちに渡す。
すべて私が貸与したもので、彼らは魔力を回復させたあと、町長のリッチーへの攻撃を続けた。
「可能な限り攻撃を続けて削っていく!」
「ムダナコトヲ!」
「(伊作さん、一旦立て直しませんか?)」
そっと私の後ろについた大島三佐が、町長のリッチーに聞こえないように小声で尋ねてきた。
「(それをすると、奴が伴龍高校駐屯地に攻めてくるかもしれない。戸高さんに戦況の報告は?)」
「(通信兵に命じて、無線機でしました)」
「(私は、このまま戦い続けた方がいいと思う)」
特別個体は、戦ってみるまでどんな敵かわからないことが大半だ。
過去に異世界でも同類と戦った経験があると思われていそうだが、支配している町のゾンビとスケルトンを自身の回復に使う特別個体なんて初めてだった。
不用意に戦ってしまったのは迂闊だったが、威力偵察の結果なりゆきで戦闘に突入したので仕方がない部分もある。
それよりも、失敗した時にすぐ対策を立てて動くことが生き残るコツだと私は思っていた。
そうなんでも事前の予想どおりにいかないし、ミスをしない人間もいない。
たとえミスをしても、急ぎそれをカバーすることが大切だと私は思うし、そうやって魔王を倒したのだから。
これが少なくとも戦いに負けないコツであり、私は一旦引いて再戦するという大島三佐の考えに反対だった。
なぜなら、私たちの存在を知りすでに回復した奴からすれば、そのまま追撃を続けて疲弊した我々を削りつつ、伴龍高校駐屯地に雪崩れ込んで殲滅することも可能だからだ。




