第63話 第五の女(前編)
「……うわぁ、凄い! 凄い! これが、ミスリルなんだ。創作物でしか出てこなかった伝説の金属だよ。ボク感動しちゃった。それにしてはいっぱいあるけど……」
「異世界での鹵獲品が多いからだよ。魔王に従っていた魔族はミスリル製の装備が大好きなんだ。簡単に魔法を纏わせることができるから」
「銀も魔法を纏わせることができるけど、あまり高威力の魔法を纏わせようとすると溶けて壊れてしまうんだよね?」
「銀製の武器は魔力を纏わせなくても、アンデッドに一定のダメージを与えられるからそのまま使った方がいい。ただ、こちらの世界で作った銀の武器は耐久性と攻撃力が低いみたいだ」
「それは、異世界の銀と、こちらの世界の銀になにか違いがあるのかな?」
「ないと思う。加工技術になんらかの差があるみたいなんだけど、私は専門家じゃないから……」
「あとで知っていることを、ボクに教えてほしいな」
「信じるんだ……」
「現実に、ゾンビ、スケルトン、レイスの軍団が出現して世界は大変なことになってしまっているから、これまでの常識なんて通用しないでしょう。そして実際に、松代のレベリストたちが銀でできた武器を使ってアンデッドを倒し始めているし」
「ようやく銀製の武器が、国防隊に配備され始めたのか」
「ここで使われている武器に比べると性能が低いけど。それにしても、アンデッドに関する情報は戸高陸将補経由だって松代で噂になっていたけど、大元は伊作さんなんだね。だから松代では生き残っていた刀工が大量に集められて、銀装備の生産を始めたんだよ。ただ、刀工なんてそんなに大勢いないから全然足りてないし、腕もねぇ……。凄腕の刀工の多くがゾンビに殺されてしまったから」
「(名人は老人が多くて、アンデッドから逃げきれなかったのか……)」
「それなら、腕のいい刀工である奈津子がここにいるのは変じゃないか? 松代が手放さないのでは?」
「憲法にも移動の自由があるからね。すでに両親が死んでいるボクと兄貴、兄妹で一緒にいたいって国防隊の偉い人たちに言ってみたら、ちゃんとわかってくれたようだよ。国防隊も働き方改革を推進しているってことで。それよりも、国防大学首席卒業のエリートで、将来の統合幕僚長候補が進んで地方の基地に赴任しちゃってさ。その人事が通るなら、ボクの要望が通ってもおかしくないじゃん。こっちの方が気楽そうだし、ボクは軍属待遇だからね」
「俺がどこで任務にあたろうと、どうでもいいと思うがね」
「これまでのエリート自衛官は、ちょっとドサ回りをしてから、中央でキャリアを積むのが常識だからだと思うよ。きっと松代のエリートたちは、兄貴の行動が理解できなかったんだよ。そして……」
「レベリストになってしまった」
「これで、将来の統合幕僚長は泡と消えたね」
「別になりたくないからいいよ」
朝山駐屯地に全員レベリストで編成された対アンデッド部隊が着任し、その指揮官に大島三佐が任命された。
彼らは、私たちと一緒に松代郊外で巨大ゾンビとスーパーゾンビを倒す戦いに参加した結果レベリストとなったが、そのせいで上から警戒されたらしい。
戦力としてのレベリストは欲しいが、対アンデッド部隊には将来有望な士官も複数混じっており、出世して自分たちの地位を脅かす脅威なのは嫌だ。
なにより、レベリストが将来の統合幕僚長になる。
そんな前例ができることを嫌った国防隊上層部の思惑により、彼らは大島三佐がいる朝山駐屯地へ配属となったらしい。
『レベリストは現場だけで働いて、たとえ国防大学を出ていても決してキャリア組にするな!』と。
酷い話だと思うが、時代や国は違えど軍隊なんてそんなものだ。
それに彼らは特に気にもしておらず、毎日真面目にアンデッドを倒してレベルを上げていた。
前例踏襲主義の上層部の権力ゲームにつき合って、自分もアンデッドに殺されたくないからだろう。
今は功績稼ぎよりも、経験値稼ぎの方が生存率向上に役に立つ、というわけだ。
まずは、徐々に稲美基地に巣食うアンデッドを減らしていき、それを奪還。
ここに前線基地を作って、朝山駐屯地との連携を強化する計画だと聞いていた。
「そして稲美基地から、今度は新明町へと駒を進めていく。勿論アンデッドを減らしながらだ」
「安城陸将も上の連中も、急ぎ過ぎたんですね。こうなったら持久戦ですよ」
「大島三佐の言うとおり、アンデッドとの戦いは長期戦が前提ですからね」
「さすが、伊作さんはわかっていますね。中央のエリート参謀たちは、大兵力を動員してアンデッド軍団を華麗に殲滅、大戦果で特進、なんて夢を見てしまう傾向にあるので。だから安城陸将をサポートして、無駄な犠牲を出してしまうんです。そして失敗しても死んだ安城陸将たちに責任を押し付けてしまう。戦前の日本を滅ぼした旧軍の連中と同類ですよ。私はあんなところにいたくないですね」
「……兄貴。ボクたち軍属の技術者たちは、まずは武器の手入れから始めるよ。ボクは隊員の経験なんてまったくなくて、本当の仕事は刀工見習いなんだけどね」
対アンデッド部隊はエリート揃いなので、順調に強くなっていった。
そして彼らと一緒に、レベリストではない自衛官や、新たに作られた隊属……防衛隊は軍隊ではないので、軍属ではない……に任じられた技術者たちもやってきたのだけど、なんとアンデッドに効果的な武器を作る刀工が、大島三佐の妹さんだった。
兄である大島三佐は、妹さんがここに赴任してくることを知らなかったようだ。
いまだに松代との通信手段が無線機だけなので、新たに朝山駐屯地に着任してくる隊員全員を読み上げて知らせるなんてしなかったのだろう。
彼はそのことに色々と思うところがあるようだが、肝心の妹さんはお兄さんと再会しても特に感動はないようで、興味深そうに私に対し異世界の武器について色々と質問をしていた。
今の時代に刀工に弟子入りするような人なので、よほど剣や刀に興味があるのだと思う。
「自己紹介が遅れたね。ボクの名前は大島奈津子です。元の職業は刀鍛冶見習いだったんだ」
ショートカットで童顔なため、二十代半ばにしては若く見える大島三佐の妹さんは、ツナギ姿が良く似合っていた。
スタイルもよく、楓さんには少し負けるけど、胸もかなり大きくて……おっと、女性をそういう風に見るのはよくないな。
彼女は私が持つ異世界の武器やその作成方法に関する知識に興味があるようで、満面の笑みを浮かべながら私を見ている。
「大島三佐の妹さん、刀工なんだ。格好いいなぁ」
「新しい武器とか作ってもらいたいですね」
「自分に合う格闘専用の武器とかも作ってもらえるのかな?」
「いい矢を作ってもらいたいな」
瑠璃さんたちは、大島三佐の妹さんをキラキラとした目で見つめていた。
確かに、現代で刀工になろうとする女性はとても格好いいと思う。
決して儲かる仕事とは言えない……いや、以前ならそうだけど、今は逆に勝ち組かもしれないのか。
銀製の武器の需要はうなぎ登りなのだから。
「大変な仕事だよね」
「伊作さんも思ってそうだけど、刀工の仕事はとても大変で、しかも収入が低いんだけどね。国防隊の隊属になった今は給料制で結構高いけど、松代でもろくに買い物できないという悲劇」
「そもそも、買える物が少ないからね」
日本政府も、なんとか人と設備が生き残って仕事を再開した企業も、とにかく人手不足なので給料を大幅に上げざるを得なかったが。問題だったのはその給料を使える場所が少ないことだった。
現金も全然足りないので、雇用先が労働者の給料を帳簿に記載して預かっており、一月に下ろせる金額に制限があったりと。
なんのための給料なのか、という問題が発生しているのだとか。
それでも、配給制度などを併用した結果、飢え死にする人はほとんど出ていないので、なんとか安定したって感じだ。
日本は国民から文句を言われながらも、まだなんとか国を維持できているが。世界にはすでに統治機構が崩壊した国も少なくないのだとか。




