第62話 お花見
「神明町を解放した功績で、戸高さんが昇進、松代に栄転するかもしれませんけど」
「ああ、それはないです」
戸高さんのかわりに、大島三佐が断言した。
「ないの?」
「ええ。戸高陸将補はレベリストになってしまったので、もうずっと現場でしょうね。そしてこれから始まるかもしれない、大都市や首都圏解放作戦にも呼ばれません」
「下手に功績を挙げられると、戸高さんが出世してしまうから?」
「もう一つ、戸高さんは国防大出ではないので、上の連中はこれ以上出世させたくないんです。以前、例外で戸高さんを陸将補にする時、上で喧々諤々の論争が起こりましたから。次に功績を挙げても勲章で済ませるでしょうね」
「なんだかなぁ……」
「旧軍でも、陸軍大学を出ていない人はほぼ将官になれませんでしたから。人間の考えって、そんなに変わらないですよ」
「こんな感じで平気で上層部批判をするのに、これまでずっとエリートコースを歩んでいた大島三佐が特殊すぎるけどな。それと、我々は正式に新明町解放作戦を発動するわけではない。レベリストへの訓練で新明町のアンデッドを倒していたら、いつの間にかアンデッドが全滅していた。となっていたら万々歳ってことですよ」
「そのくらいの気持ちでいいと思いますよ」
「安城陸将の二の舞いはゴメンということです」
そもそも一駐屯地が勝手に軍事行動はできないが、レベリストたちはアンデッドを倒してレベルを上げないと戦力にならない。
新明町でアンデッド相手にレベルアップと訓練をしていたら、いつの間にかアンデッドたちを全滅させてしまったので、この町を復興させつつ守ります。
戸高さんは、上にそう説明する予定なのだろう。
詭弁もいいところだが、安城陸将のように無謀な軍事行動をしないだけマシだと思う。
「すべては、熊野一尉が率いていた対アンデッド部隊を呼び寄せてからだ」
「それもそうですね」
その日の訓練が終わり、私たちは『移転』で伊作村へと帰った。
そして翌日、今日はお休みの日と決めており、みんなで農作業をやってみることにした。
小型カセットボンベで動かせる小型耕運機を使って庭の小さな畑を耕し、そこに野菜の種を植えていく。
最初に植えた野菜の種は、半年も全国行脚に出かけた際に放置していたら、虫に食われたり、育ちすぎて食べられなくなってしまった。
今度は、ちゃんと野菜を収穫したいものだ。
「ホームセンターに商品として置いてあった野菜の種だから大丈夫なはず」
これも沢山確保しているが、『異次元倉庫』に種子や苗を収納できてよかった。
『異次元倉庫』に生物は収納できないが、種子や苗は例外だったからだ。
「肥料も植物促進剤もあるから、きっと育つよ」
「農業の本があるので、定期的に必要な世話さえすればちゃんと育つはずです」
「オレ、野菜はそんなに好きじゃないけど」
「晶ちゃん、野菜もちゃんと食べないと大きくなれないよ?」
「うへぇ、それは勘弁。ちゃんと育てよ」
晶が頑張ったので、農作業はすぐに終わった。
村にはまだ手つかずの田畑が多くあるけど、私たちは農作業の経験がないのと、他に色々と忙しくてなかなか手が出せなかった。
そのうち農業経験のある人がここに移住してくるといいのだけど、信用できない人を村に入れたくないので、移住者の選定は慎重にやらないと。
そして、この村に価値がある間は世界がアンデッドから解放されていない証拠でもある。
それを考えると少し複雑な心境だった。
このままでもいい気がしなくもないが、現在世界では食料が不足している。
私たちはアンデッド退治で忙しいので、誰かが伊作村の田畑の面倒を見てくれるといいのだけど……。
「さあ、お花見だ」
まだ寒さが残るが、もう春になった。
自分たちで作ったお弁当を持って、村の中で咲いている梅の木の下でピクニックと洒落込んだ。
「まだ一年経ってないんだよねぇ。ゾンビが大量に出現してから」」
「そういえばそうですね」
異世界で魔王を倒していたからか、もう随分とこんな暮らしをしているという錯覚が……。
実際、異世界に召喚されてから随分と長い年月が経った……私の肉体年齢はそのままだったけど。
いや、肉体的にはむしろ若返っているのか。
「そういえば幸三さんは、異世界で魔王を倒しても戻ってきたんだよね?」
「信じるんだ、未来さんも」
「『アイテムボックス』、『魔法』、『異世界の武器と防具』、『上がるレベル』。この世界の原理では説明できないことばかりだから」
「ねえ、おじさん。異世界のお話をしてよ」
「今日はお休みだから、ちょっと話そうかな」
「私も初めて聞くな、幸三さんが異世界の勇者だった頃の話」
「私もです。これまではそれどころではなかったので、楽しみです」
ようやくこの村で落ち着ける時間ができ、少しは生活環境が良くなった証拠かな。
この世界を救うのは難しそうだけど、しばらくは生き延びれるだろうし、せめてこの子たちは天寿をまっとうしてほしいものだ。
「あの日、瑠璃さんと別れてから自宅に帰って、夕食を食べてから布団に入って目が覚めたら、異世界に召喚されていたんだ。そうしたら王様に魔王を倒してくれと頼まれて……」
「今流行している、小説やアニメみたいですね」
「それ、素直に引き受けるんだ」
「悪い王様じゃなかったから」
これまでに、私が勤めた会社の上司と経営者に比べれば。
命がけの魔王討伐を命じる王様よりも、ブラック企業の上司や社長の方が酷いと思ってしまう。
これも就職氷河期世代の悲劇かもしれない。
「おじさん、すげぇ! それで?」
「最初はお城の隊員たちに剣術を、魔法使いに魔法を習ってね。そのあとは、魔物を倒してレベルを上げないといけないから旅に出て」
「ゲームみたいだ」
その後も瑠璃さんたちは、梅の花を見ながらお弁当を食べ、私が魔王を倒すまでの話に聞き入っていた。
伊作村には桜の木もあるので、来月も花見ができるといいな。
その前に、新明町が解放されるかどうか。
また失敗するかもしれないけど、その時はその時だ。
変に焦っても疲れるだけだし、無理をすれば死を早めだけなのは、安城陸将たちの末路を見ればあきらかだ。
とにかく今は、私たちのペースでやっていこうと思う。
それが、就職氷河期であるがために世間にまったく期待されずに生きてきた、私の生き方……いや、ストレスを溜めない生き方なのだから。




