第57話 松代(後編)
お菓子は女性陣に渡し、私は常温のミネラルウォータを飲みながらレベリストと世間話を始めた。
「景気はどうだい?」
「よくはないさ。なにしろ銀行が実質潰れてしまったんだから」
「実質潰れた?」
「政府の見解では、潰れた銀行はないって話だが、預金が下せない銀行なんて潰れたも同然だろうさ」
「預金者が銀行に殺到したのか」
「ああ」
大方そんなことだろうと思った。
拾ったお菓子を売っているレベリストによると。松代臨時政府が発足した直後、松代に避難してきた人たちが銀行から預金を下ろそうとしたがそれができず、暴動寸前までいったらしい。
「銀行に、そんなに沢山の現金はないからなぁ」
「それだよ」
いくらその銀行の預金残高が多くても、大半はデータ上の数字でしかない。
ゾンビの出現により社会インフラが死ねば、その数字に意味がなくなってしまうのだ。
企業に融資したお金も、担保も、顧客に売った国債や投資信託も。
アンデッドのせいですべて消え去ってしまい、帳簿上でいえば銀行は潰れたに等しいだろう。
だが、もしそれを日本政府が認めたら、さらに混乱が増してしまう。
どのみち、預金者が現金を下ろせなくて銀行の信用は地に落ちてしまったようだけど。
「地元の地方銀行はまだマシかもな。メガバンクの支店なんて、えらいことになってたぜ」
本店や規模の大きな支店は関東圏や大都市にあって、そこがゾンビのせいで全滅してしまったからだ。
東京や首都圏から逃げてきた人たちが預金を下ろそうと殺到したが、支店がそんなに現金を持っているわけがない。
現金がないため、支店の職員たちが『これ以上、預金の引き落としはできない』と言ってしまった瞬間、『金を返せ!』と預金者たちが大騒ぎを起こし、警察や国防隊まで出動したという。
「データ上の現金がなくなってしまったに等しいから、この物価なのさ」
「普通はデフレになって価格が下がりませんか? 現金がないのですから」
「お嬢さんは鋭いな。だが同時に、現金で買える物がそれ以上に不足して供給不足になっている。この程度のインフレで済んだのは僥倖だな。というわけで、今は昔に戻って物々交換をしたり、金や宝石などの現物で取引したりと、この商店街の連中も涙ぐましい努力をしているよ」
「現金は、いつまで価値があるかな?」
「さあ? 完全に信用はしていないので、俺も今日のうちに食料に替えてしまう予定だからな。ただ便利ではあるから、残りはするんじゃないか? 政府も新札を刷ろうにも、材料も印刷機も刷る人もいないんだから」
そのうち、偽札でも出てきそう……いや、それを作ることすらできないのか。
「お宝拾いだが、まだ成果はあるのかな?」
「……あんた、レベリストか」
「まあね」
「人が住んでいる町の近くは駄目だな。ライバルが多いから、もうかなり遠方に行かないと良い物は出てこない。それは、同業者のあんたが一番よくわかっているんじゃないかな? なんでも噂だと、苦労して遠征して自分たちが初めて足を踏み入れたはずの町が、すでに荒らされていたって話だ」
「ゾンビに荒らされたのかな?」
「いやいや、ゾンビが使えそうな車両、工具、ガソリンなんかを食うわけがないじゃないか。我々が知らない凄腕のレベリストたちが、先に使えそうな物を集めまくっているのではないかって」
「それは初耳だ」
それは間違いなく私たちだと思うが、バカ正直に『それは自分たちです』と言うわけにもいかないので、誤魔化しておいた。
私にはまだ限界に達していない『アイテムボックス』があるので、とりあえず使えそうな物は根こそぎ回収してしまうからだ。
だが、私たちだけで日本全国のすべての町でお宝拾いをできるわけがない。
まだ行ったことのない場所は多く、そこでレベリストたちはお宝拾いをしているのだろう。
「今となっては現金よりも、保存が利きゾンビに食われていない食料が今一番のお宝かもしれない」
「そうだな。今となっては滅多に見つからないが。あとは酒とタバコだな」
この手の嗜好品は、いくらお金を出しても欲しいと思う人がいるのは、私が懸命にお酒を集めていたのを見ればわかると思う。
人間は楽しみがないと生き辛いのだから。
「お隣が酒を売ってるぜ。高いけど、よく売れるらしい」
隣のゴザを見ると、安い発泡酒やチューハイの缶が一本五千円で売られていた。
「当然こうなるか」
「今から酒を作る余裕があるとは思えないからな。貴重品だから高いさ」
ようやく所有者が行方不明か死亡して空いた農地を纏め、米、雑穀、野菜の生産が始まったばかりなのに、お酒なんて作る余裕があるわけがない。
お酒は今あるだけか、誰かがそのうち密造酒でも作り始めそうだ。
密造酒造りは違法だが、今の日本政府に取り締まる余裕はないだろう。
ただ問題は、お酒の材料である穀物や果物を確保できるかという問題に尽きると思う。
「伊作さん、お待たせしました。みなさんの生存登録が終わりましたよ」
お菓子を食べ終え、水を飲みながら話をしていると、ちょうど一時間経ったようだ。
大島三佐が声をかけてきた。
そしてなんと、私たちの生存登録も終わらせてくれたようだ。
「伊作さんたちは水無月市解放作戦に参加していたので、すぐに認められましたよ。晶ちゃんの件も、伊作さんが保護者ということで決着です」
「早いですね」
しかも、私たちがなにかする必要もなかった。
「親を亡くした子供が多いので、しっかりとした人が預かってくれるなら、それだけで大歓迎なんですよ。たとえ親戚がいても、自分たちが生きていくので精一杯の人たちばかりだから……」
なかなか親を亡くした子供たちを預かってくれる親戚がいないので、新規に仮保護者制度ができたのだと、大島三佐が教えてくれた。
「いつの間にか、そんな制度が……」
「私が推薦したので、すんなり通りました。なんか、複雑な心情ですけど」
国防隊の士官だからって、必ずしも人を見る目に優れているという保証はない。
もしかしたら、国防隊員が子供を悪党に売り渡す手伝いをする可能性だってある。
大島三佐はそう言いたいのだと思う。
「まともな大人に子供を預けたいですからね。ただ、結局そんなに上手くいかなくて、児童養護施設の拡大で対応するそうですけど……」
自分たちだけで生きるのに精一杯の人が多く、なかなか子供を預ってくれる大人はいないそうだ。
「とにかく、晶ちゃんが正式に伊作村で住めるようになってよかったですよ」
「ありがとう、大島のおじさん」
「……できたら、お兄さんで。私は独身だし、ギリギリ二十代だから……」
二十代後半で佐官とは、大島三佐は本当にエリートなんだと思う。
そのあとは、みんなで商店街の中を散策するが、とにかくなんでも高かった。
「この物価高でも、私の給料は変わっていないんですよ。そもそも現金がないから、支給されないんですけどね」
「詐欺じゃないかな? それ」
「今は国防隊で預かっているって状態ですね。あとで現金が刷れるようになれば支給するそうですけど。幸いなのは、国防隊で働いているとお金がかからない仕組みってことでしょうか。少額だけど毎月決まった金額は下せるから、詐欺とまではいかないのかな?」
「子供のお小遣いみたい」
「まさにそれだね」
と、瑠璃さんに説明する大島三佐。
とにかく今は現金も食料も物資も不足しており、せっかくゾンビから逃げ延びても日々の生活が大変そうだ。
松代で暮らすのは大変そうなので、やはり私たちは伊作村で暮らすのが一番という結論に至ってしまうのであった。




